リンゴの種が芽吹く頃   作:アランスミ氏

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小春日和:晩秋から初冬にかけての、暖かく穏やかな晴天のこと。(wikipediaより)

ディーンと記憶を失ったエピローグアヴリル(=リリィ)のお互いの矢印の大きさをふんわりお伝えするサイドストーリーです。読まなくても本編の流れには問題ありません。


【2章 1.5節】小さな春に日は和み・前編

 不意に靴底が地面から離れる。そしてわずかの後に、重力から解き放たれたふわりとした感覚が全身を包みこんだ。

 眼下に広がるのはそれなりの深さの水路。先ほどまでいた場所を見れば、自分たちを追いかけてきていたベルーニの青年が、こちらを見ながら呆気に取られているではないか。

 

(あぁ……また落ちるのか)

 

 落下する少女――リリィの短い銀髪が風をはらんだ。彼女にとって、それは本日二度目の落下である。半ば諦めた気持ちで、彼女は走馬灯のようにその一度目を思い返した――。

 

************

******

**

 

 

 ここトゥエールビットの今朝の天気は、すがすがしいほどの快晴だった。雲ひとつない青空の下、彼女は小さな鞄と冊子を手に色とりどりの家々の間を抜けて大通りへと歩いていた。

 風向きが変わったのは、彼女が街の中央にある水路にかかった橋を通ったときだ。

 晴れのち、ところにより少年(・・)

 

「そこのヒト、どいてくれぇ!」

 

 突如、頭上から大きな声がした。

 見上げると、青空より深い青髪の少年が(そら)から水路へと真っ逆さまに落ちて来ていた。

 ディーンだ。「危ない」と思ったときにはとっさに橋の欄干から身を乗り出して手を伸ばしていた。それが良かったのか悪かったのか……。落下する少年も彼女に気づき目を丸くする。予期せぬ人物との邂逅とその突然の行動に、彼もまた無意識に手を伸ばしていた。いや、伸ばしてしまった。そうして手をつないだ彼ら彼女らは、そのまま仲良く水路へと――。水がきれいだったのがせめてもの救いか。

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 服屋の店先で店員が深々とお辞儀をする。

 感謝したいのはこちらのほうだと少女は思った。全身ずぶ濡れになったヒト二人を快く店に入れてくれたばかりか、今日はまだ肌寒いからと奥で温かい飲み物までごちそうになってしまった。

 店の品ぞろえも好みであった。彼女はいま、濡れてしまった普段着に代えて白いニットのワンピースに身を包み、薄手の上着を羽織っている。ケープに袖が付いたようなゆったりとしたデザインのコートは薄桃色で、彼女が着るとどこか春の花を思わせた。

 少女は見送る店員に軽く会釈をして店から離れると隣で歩くディーンに言った。

 

「やはり、すこし変……でしょうか?」

 

 じっと見てくる少年の視線が気になった。目の前の彼もまた、先ほどまでの濡れネズミから少々派手な赤いコートへと装いを変えている。その少年がリリィの言葉に目を丸くして首を振った。

「全ッ然! むしろ、なんかオトナっぽくて似合ってると思うぜ!」

 親指を立てながら笑う彼の返事に、少女は安堵したように口元をほころばせた。

 

「本当にごめんな。せっかくの休日(おやすみ)を台無しにしちゃって」

 

 申し訳なさそうに言う少年に、少女は首を振って答えた。

 

「いえ、こちらこそ素敵な服をいただきましたから。むしろ申し訳ないくらいです」

 

「それに今日はまだたっぷりとありますから」と言って彼女はいまだ上りきっていない太陽を指さした。それでも気がすまないディーンは「今度なにか埋め合わせするぜ」と彼女に申し出た。すると、彼女は急に黙り込んで何か考えるようにあごに指をあてると、ひと呼吸おいて少年に尋ねてきたのだ。

 

「あの……ディーンは今日はお仕事でしょうか?」

 

 彼女の質問を聞くや否や少年はやや眉根を寄せた。そして回答が難しそうに、言葉を選ぶように声をだす。

 

「いや、仕事はないぜ……というか、なくなっちゃったというか……」

 

 普段は竹を割ったような少年が、どこかバツが悪そうに頭をかいている。その姿に疑問を感じつつも、リリィは恐る恐るといった様子で彼に聞いた。

 

「それなら……。それなら、今日は一緒に街中(トゥエールビット)を回りませんか……?」

 

「お(イヤ)でなければ……ですけれど」と彼女はためらいがちに小声で付け足した。

 そんなリリィの提案に少し驚き目を丸くしたものの、少年はほとんど間を置かずに「あぁ、いいぜ!」と快諾する。そして何かを思いついたように、ポケットに入れていた通信機に視線を落とした。

 

「あ、じゃあ他にも誰か誘ったほうがいいよな。大勢のほうがにぎや――」

 

 ディーンが少女のほうへと顔を上げる。しかし、彼の言葉は目の前に開かれた冊子に遮られた。リリィはカバンから観光ガイドを取り出すと、それを少年の眼前に広げていた。ガイド雑誌には、ところどころ付箋(チェック)が入っているのが見て取れた。

 

「行きたいところが、たくさんあるのです。うかうかしてはいられません!」

 

 まるで「ふんす」と鼻息が聞こえてきそうなほどに力が入った彼女の言葉。いつもの理知的な瞳も、今日は心なしかキラキラと幼い輝きを宿していた。彼女はすぐさまガイドを片手に持ち直すと、もう一方の手で呆気に取られたディーンの腕を掴んで街の中央へと駆け出した。

「スピードマッハ3です!」初めて見る彼女の楽しそうな笑顔につられ、少年も思わず顔がほころぶ。ディーンは歯を見せニッカリ笑うと、駆ける足を早めて少女を追い越し、逆に彼女の手を引っ張った。

 

「よっし、今日はたくさん遊ぼうぜ! まずはドコだ?」

「はい!」

 

 彼の視線に笑顔で答えた。「では、最初は――」こうして二人だけの観光(おでかけ)が始まったのだ。

 

 

 

 まずやってきたのは、街の玄関口付近に佇む小洒落(こじゃれ)たパン屋《アイリントン・ベーカリー》。ここのヤキソバパンはちょっとしたもので、ベルーニ領主のダイアナ様御用達だったと攻略本(ガイド)には書かれている。

 

「お昼には少し早いですが、『お(なか)が空いてはなんとやら』です」

 

 言うが早いか、彼女は狙いすましたかのように通りに面したカウンターに向かうと、そこに立つ青年に注文を始める。彼女が選んだのはチキンとトマト、それからみずみずしい葉物野菜を使ったさっぱりとした特製サンドだ。使われているバゲットは名物のヤキソバパンにも使われているもので、香ばしくサクサクとした皮とふかふかで甘みのある生地が特徴的な逸品だ。

 優しそうな男性店員が、その姿どおりの柔らかい声で注文の確認をした。リリィがディーンへ何を頼むか聞こうとした直前、カウンターの男が声をかけた。

 

「今日はチャレンジしなくていいのかい?」

 

 声を掛けられたディーンは、壁に貼られたチラシをチラリと見たが首をブンブンと大きく振るう。

 

「いいや。今日はヤキソバパン・メンショウガ・マシマシで頼む!」

 

「了解」と気さくに返事をした青年。彼は店頭に並べられたパンから2つを手に取ると店内の簡易のキッチンに向かった。パンにサクりと切り込みをいれ、手早く中身をはさんでいく。

 代金を置いて出来上がったパンを受け取る。ディーンはもう待ちきれないといった風にパンを抱えていそいそと備え付けのテラス席に向かった。そうして、席で待っていたリリィへ特製サンドを渡すと同時に自分もヤキソバパンにかぶりついた。

 

「これこれ、やっぱサイコーだな」

「評判通りパンがとても美味しいですね」

「そう言ってもらえるとうれしいわ」

 

 二人が舌鼓を打っていたところ、いつの間にか傍に来ていた三つ編みの女性店員が言葉通り嬉しそうに応えた。彼女は手にしたピッチャーからグラスに水を注いでふたりに差し出す。どうやらサービスのようだ。礼をいってそれを受け取ると、パンで乾いていたところにコクリとひとくち流し込む。ヒールベリーとミントで作られた果実水は、甘く爽やかな香りで口のなかをさっぱりとさせてくれた。

 

「ところで、先ほど言っていたチャレンジとはなんですか?」

 

 一息ついたところで、リリィが疑問に思っていたことを口にする。すると、「あぁ、アレアレ」と言ってディーンは店内の壁を指し示した。その壁に貼られたチラシには、見るからに辛そうなヤキソバパンの写真が載っている。どうやら制限時間内に食べきれれば景品がもらえる(たぐい)のものらしい。

 

「あの景品(ステッカー)は、なかなかレアなんだぜ」

「幻の……特撮作品? お好きなんですか?」

「もちろん! ナイトバーンも渋くてカッコいいけど、やっぱりヒーローものはアツいもんなッ!」

 

 少年が目を輝かせて語りだす。彼が話すその作品の内容は、少女が知らない単語も多かった。けれどそれでもリリィはなぜだか楽しかった。「あぁ、そうか」彼女は思った。「これが本当の彼なのだ」と。

 普段目にする両種族の代表としての彼でも、レベッカの日記で読んだような戦い続けた英雄でもなく、等身大の少年としてのディーンがそこにいた。身振り手振りで好きな場面を説明していく目の前の男の子。この時間がずっと続けばと、当初の目的を忘れてリリィは思った。

 

「あ、ワリィ、オレばっかり。レベッカにもよく怒られるんだ」

「いいえ、とても楽しかったです。いつかディーンの好きなその作品も見てみたいですね」

 

 丁度、食事も終わったところだった。二人は女性の店員に軽く挨拶をするとその場を後にし、食後の腹ごなしにゆっくりと歩きながら街を散策する。リリィはガイドを片手に、目に入った有名な商家発祥の地や有名映画で使われたロケーションをディーンに説明していった。

 華やかな目抜き通りから裏通りへと入りしばらく二人で歩いていく。角を1つか2つ曲がったあたりで地面の敷石(タイル)が、普段目にする長方形のものから色もまばらな自然石を使ったものに変わり始めた。

 

「そういや今はどこかに向かってるのか?」

 

 淀みなく進むリリィにディーンが尋ねた。彼女は彼の問いに笑顔で答える。

 

「えぇ、次の目的地はもうすぐそこです」

 

 そういって少女は目の前の大きな石造りの建物を指さした。しっかりした造りのその構造物は、簡素ながらもどこか荘厳な雰囲気を放っている。

 

「ここはファルーナ礼拝堂。できたのは500年以上前と言われています」

 

 彼女はディーンをひとまず中へと案内した。

 建物内では石造り独特のどこかひんやりとした空気が彼らを出迎えた。外観よりも意外に広く感じるのは、長椅子のようなものが床にないからだろうか。お昼時で観光客がこないこともあるのだろうか。堂内には膝を折って祈りを捧げている人間の姿がわずかにみられるくらいだ。

 

 ディーンはなにかに引き寄せられるようにさらに奥へと数歩進んだ。

「すっげぇなァ」と声が零れる。彼が見ていたのは正面にあった大きなガラス装飾(ステンドグラス)だ。職人の手によってまるでレースを編むかのように緻密に作られたそれは、色とりどりのガラス片で寓話かなにかの1シーンかを表したもののようだった。

「正面のもののモチーフは聖女カリュシオンですね」とアヴリルが応えた。

 

「ゴーレムくらいデッカいと、やっぱカッコいいな!」

「なるほど。それは興味深い感想です」

 

 リリィが大まじめな顔で頷く。

 ステンドグラスは彼らが見ている正面のものだけでなく、他にも大小様々なものが聖堂の天井や壁にあるようだ。ちょうど天頂にきた太陽が、ふたりの足元に大きな虹の影を作り出している。ディーンは手のひらを頭の後ろで組みながら、感心したようにつぶやいた。

 

「人間もこんなでっかいものが作れたんだなぁ」

「子孫が残っていればお話も聞けたかもしれませんが、100年前ベルーニが入植した頃にはすでにここは無人の廃墟だったようですね」

「ここを作ったヒトたち、どうしていなくなっちゃったんだろう」

「さて、どうしてでしょう?」

 

 少女はガイドブックを閉じると、礼拝堂の中をじっくりと検分するように眺めていった。

 

「真実はわかりませんが、過去に何があったか考えてみるのも面白いかもしれませんね」

 

 彼女の提案に少年は腕を組み「うーん」と唸り始めた。なにがあったのか彼なりに想像しているのかもしれない。『考えるのは苦手』でも、すぐに「わからない」と投げ出さないところは彼の美点だろう。

 

「いなくなったってことは……」などとつぶやくディーン。しばらくして彼はゆっくりと口を開いた。

 

「なにかスッゴク悲しいことがあったんじゃないかな。それを想い出したくないからみんなで別のところに引っ越した……とか」

 

「前に見たんだ、そういうの」と小さく続けた少年の顔は、どこかいつもより大人びて見えた。リリィは彼に寄り添うように静かに応えた。

 

「ARMの普及していない時代ですから、魔獣の被害や疫病など原因は色々あったかもしれませんね」

 

 それから少女は(おもむろ)に顎に手を当て、少ししてからこう言った。

 

(わたくし)の想像を聞いてもらってもいいですか?」

 

「あぁ、モチロン」とディーンが答えた。返事を聞いてリリィは目を細め遠くを見つめる。それはまるで昔話でもするかのようだ。

 

「ある時、この地に住んでいた誰かがひとつの花を見つけたのです。それはとてもとても素敵な花で、彼の仲間たちも感動します。彼らはもっとたくさんの人間にも見てもらいたいと思い、その種を手に世界中へと散らばっていったのでした……というのは?」

「あ、それ、なんかいいな。冒険ってのもワクワクするし!」

 

 少し興奮したようにディーンが言った。リリィは口元をほころばせると、少しだけ恥ずかしそうに肩をすくめる。

 

「せっかくなら、誰も悲しまない物語が(わたくし)は好きです」

 

 そう言って彼女は微笑んだ。その表情はステンドグラスの聖女とどこか重なるようだった。

 ディーンがぼうっと少女の顔を見つめていたところ、突然近くで咳払いの音がした。そばに来ていた管理人らしきベルーニが「お静かに」と言って二人に注意する。彼らはわずかに赤面し、バツの悪さにやや足早に礼拝堂の外へと向かうのだった。

 礼拝堂正面の小さな段差を下りながら、少女は何かを想い出したかのようにポンと軽く手を合わせる。そして隣にいた少年に言った。

 

「そうだ、ちょうど近いので次は寄り道をしていきましょう」

「近くってなんの?」

 

  ディーンは首をひねって聞き返した。

 

「子供たちのところですよ」

「あぁ、そっか」

 

 彼女の言葉に得心する。慣れた足取りの少女の先導。そうしてあまり時間もかからずに、ふたりは目的地に到着した。目の前に現れたのは小さな孤児院であった。そこは以前、誘拐事件で助けた人間の子供たちを預けた場所だ。敷地内で遊んでいた子供の一人が、リリィに気づいた。

 

「あ、おねぇちゃん!」

 

 他の子供もそれにつられてこちらを覗くと、一目散に駆け寄ってきた。彼らは口々に話しかけてきた。

 

「今日は花壇の日じゃないよね?」

「あれ、おめかししてるー!」

「もしかしてデートぉ!?」

 

 子供たちの質問攻めに「さて、どうでしょう」と笑うリリィ。彼女はそのままディーンのほうを振り返った。しかし次の瞬間、その顔は驚きの表情へ変わってしまう。隣にいた少年の背後から突如として人影が現れたからだ。現れたその人物はディーンが子供たちに振ろうとした片手をガシリとつかむと、うなるように声を出した。

 

「つ~~~か~~~ま~~~え~~~た~~~~~~~!!!」

 

 驚くディーンが振り返ると、そこにはうっすらと笑う副総統(ジョルジュ)が立っていた。貼り付けたような笑顔の背後には、メラメラと憤怒の炎が見える気がした。

 ディーンは思わぬ再会に、顔を引きつらせながら声を絞り出す。

 

「や、やぁ、ジョルジュ……ごきげんはいかがでございますですか?」

 

 

 

【つづく】

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