リンゴの種が芽吹く頃   作:アランスミ氏

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【2章2節】 記憶のキミが遺した跡は

「待って! 待ってよ! 待てってばッ!」

 

 白を基調とした小綺麗な部屋の中に、不釣り合いな怒声が響く。

 ここはライラベルの政府庁舎。その一角にある医療室だ。いくつかの簡素なベッドとなにやら不可思議な機械が並んだ部屋の中を、黄色と青の軌跡が駆け巡っていた。

 追いかけられ叫んでいるのは若くしてゴーレムハンター協会の上層部(オエラがた)となったチャック・プレストン。そして追いかけているのは、今をときめく政府のトップ。ディーン・スタークその人である。年齢はチャックよりもさらに若く、少年と言っても差し支えないだろう。そんな青髪の少年の右手には、いまひとつの注射器が握られていた。トリガーのついたそれは、さながら拳銃のような形であった。

 

「チャックこそ、止まれってぇ!」

 

 ニヤついた顔でディーンが叫ぶ。彼らは棚の周りを回ったり、ベッドの上を飛び越したりしながら言い合いを続けていた。「怖くない、怖くない」と徐々にチャックとの間合いを詰めていくディーン。

 騒ぐオトコどもをみかねたレベッカが、ディーンをたしなめた。

 

「モンスターも倒せる人間が、注射なんて怖いわけないでしょーが!」

 

 彼女の言葉を聞いて、隣にいたグレッグがテンガロンハットを目深にかぶり直した。

 レベッカの声に反論したのは、意外にもチャックだ。

 

「いいや、怖いね! 怪しげな薬をド素人が振り回している状況は、怖い以外の何者でもないだろ!」

 

 その言葉を聞いてますますテンションが上がるディーン。レベッカが額に手を当て息を吐いた。事態を見守っていたキャロルは困ったように眉を曲げると、チャックを安心させようと声をかけた。

 

「怪しくないですよっ! 無痛注射器ですし、中に入っているのはミーディアムとの結合を強める薬、LiNKER(リンカー)と睡眠導入剤ですからっ!」

 

 そんな彼女の説得も虚しくチャックは逃走を続けた。しかし、ついに彼は壁際に追いつめられてしまう。一貫の終わりかと思われたが、そこは部屋の出入り口。チャックは壁の開閉ボタンに飛び付き、押した。いや、押そうとした。しかし、その前に扉が自動で開きはじめた。

 

「騒がしい! さっさと寝んかッ!」

 

 開いた扉から突如として現れたジウスドラは、持っていた予備の注射器をプスりとチャックの首元に打ち込んだ。とたん、呆気にとられていた彼は白目をむいて昏倒する。大きな音を立てて倒れると、チャックは床の上でぐったりとしてしまった。キャロルがあわてて博士に詰め寄る。

 

「だ、だ、だ、大丈夫なんですか!? 睡眠導入剤ってこんな……」

「ん? あぁ、手持ちが足りなくての。大熊梟(アウルベア)用の麻酔薬を足したんじゃ。まぁ、似たようなもんじゃろ」

 

 アッケラカンといい放った博士に、全員が手にした注射器をじっと見つめる。

 

「「「適当すぎる……」」」

 

 彼らの心情を知ってか知らずか博士は手をパンパンと叩くと、チャックをベッドに運ぶように後ろに控えたスタッフに指示を出していく。そしてディーンに振り返り、彼に何かを投げ渡した。

 

「そいつが帰りの切符じゃ。しっかり持って行ってこい」

 

 ディーンの手のひらに収まった水晶。それはかつてバーソロミューから渡されたものと同じである。アイテムの名はエスケープゲート。そしてそれを使うことになった場所こそは――。

 

 

 

「《記憶の遺跡》……。また来ることになるとは、ね」

 

 つぶやくようにチャックが言った。

 つられるようにディーンは視線を上げる。先ほど打った麻酔の影響か、ややぼんやりとしていた視界が徐々にはっきりとしてきた。

 彼らの前に現れたのはこの世のものとは思えない異空間。そのマーブル色の空は、様々な色の絵の具が混ざりあい相克しつづけているかのように、時々刻々とその様相を変化させていた。そして、その空間にぽっかりと浮かぶ見覚えのある道。ごつごつとした自然岩でできている無数の分岐路は、果たしてどこまで続いているのかもわからない。そんな果てのない荒涼とした世界であった。

「さてと……」とディーンはみんなの前にでると大真面目な顔で言った。

 

「何しに来たんだっけ、オレたち?」

 

 とたんに少年は言い訳のように顔を崩した。真面目に聞いていたレベッカの膝も崩れて落ちた。

 

「アンタねぇ。来る前の博士の話、聞いてなかったの!?」

「聞いてた、聞いてた! いま困っていることをアヴリルに相談しようってのは覚えてるんだケド……」

 

「具体的には何がなんだか」と頭をかく少年に、レベッカは仕方がないなぁと諦念し腕を組みながら口を開いた。

 

「つまり……その……つまり……ねぇ?」

 

 そしてこちらもバツが悪そうに眉を曲げると彼女はぎこちなく笑ってキャロルの方を向いた。そんな二人にキャロルも苦笑する。

 

「私も専門外なので理解できた範囲で解説しますね」

 

 うんうんと頷くディーンとレベッカ。キャロルは二人の前に立つと、他のメンバーにも説明するように話を続ける。

 

「基本的は≪(こわ)された祭壇≫と一緒です」

「……なんだっけ?」

「アレでしょ? みんなの想い出をみた遺跡」

「あぁ、アレか。面白かったよな」

 

 その反応に満足げに頷くキャロル。

 

「そうですね。あれは遺跡がミーディアムの中の情報(おもいで)を読み込んで、映像として出力したものです」

「それがどう今の状況に関係してるの?」

 

 レベッカが首をひねった。すると「あ、そういうことか」と傍で聞いていたチャックがつぶやく。

 

「≪天のミーディアム≫にアヴリルの想い出が残っているなら、それを機械を通して全部みればいいわけだ」

「いい読みです、チャックさん。80点を差し上げます」

 

 キャロルに褒められてチャックは得意げだ。

 

「ダテに遺跡調査でキャロルにこき使われてはいないからね」

「……やっぱり、0点です」

「なんで!?」

 

 むぅといった表情のキャロルに、チャックが詰めよった。レベッカは2人の間に割って入ると、彼らを両手で押し退けるようにして呆れて言った。

 

「ハイハイ、ラブコメ禁止」

「ち、違いますよっ!」

 

 抗議するように両腕を何度も振り下ろすキャロルだったが、はたと気付くと少し恥ずかしそうに咳払いを一つ。そうして場を区切った彼女は、平静を取り戻して話を続けた。

 

「基本的にはチャックさんがいった通りです。ですが、実はミーディアムに残されているのは正確には記憶そのものではありません。持ち主の生体データなんです」

「なにか違うの?」

 

「大違いです」とキャロルはレベッカに言った。

 

「記録されているのは複雑かつ膨大な情報の塊ですから、そのままではとても理解できるものではありません。遺跡では高度な演算処理機能で、なんとかその一部を映像として出力していたに過ぎないのです。どこに何があるのかわからない状態の無数の暗号(ブラックボックス)から、特定の情報だけを探そうとすれば途方もない時間がかかるでしょう」

 

 キャロルの弁に「じゃあ、どうすればいいの?」と再びレベッカが訊ねた。

 

「そこで、博士の研究していたゴーレム用フィードバックシステムの登場です。元々は機械(ゴーレム)の情報をヒトに伝えるためのモノですが、その機能を応用してミーディアムにある情報(データ)を直接、人体に入力(インストール)します」

「そ、そんなことして大丈夫なの!?」

「もちろんダメです。きっと記憶も上手く再生できません。というか下手すれば……いやしなくても、他人の情報(おもいで)なんて入力されたら廃人ですよ」

「廃人……」

 

 軽く引いた表情でレベッカが繰り返した。彼女に構わずキャロルは続ける。

 

「ですがそれは、裏を返せば本人なら問題ないということです」

「本人に本人の記憶を見せても意味ないだろう?」

 

 ツッコミを入れたチャックだったが、すぐに「いや、まてよ?」と顎に手を当てる。そんな彼の意を汲んで、キャロルは肯定する。

 

「そうです。アヴリルさんとまったく同一のバイオパターンを持っているならば、そこに生体データを逆展開して想い出の再構成が可能です。つまり――リリィさんならアヴリルさんの人格まで再現が出来るのです」

 

「……理論上は」と一応、キャロルは付け加えた。しかし、その言葉にディーン達は色めき立つと互いに顔を見合わせた。

 

「今回は、リリィさんの脳を通して翻訳(デコード)した生体データを電脳空間上(エミュレーターゾーン)で再構成しています。いまこうしてかつての記憶の遺跡が再現できているということは、この世界のどこかに同じく復元されたアヴリルさんの人格がいるはずなんです。はい」

 

 キャロルが言うには、つまるところ今回はそのアヴリルの人格を使って過去の知識を引き出そうということだった。

 ディーン達はさっそく彼女の探索を開始する。

 かつても通った複雑な分岐路を、彼らがほうぼう探したところそれ(・・)はあった。そこはおそらくこの空間の最深部。ディーン達は、記憶の遺跡の最奥で巨大な紫色の水晶に対面していた。その水晶には見覚えがある。以前、リリティアと呼ばれた人格とアヴリルの人格が囚われていたものだ。しかし、現在そこに彼女の姿はない。代わりに閉じ込められていたのは――。

 

「これって……ミーディアムか?」

 

 ディーンが訝し気につぶやく。彼はゆっくりと水晶に歩み寄ると、つぶさに観察するようにそれに触れた。すると、突然、彼の胸元から光があふれ出す。驚く少年。輝いていたのは彼のミーディアムだ。いや彼だけではなく、見れば他の面々のミーディアムも輝きだしていた。輝きは彼らの体から離れるとひとつに重なり、そのまま水晶の中のミーディアムへと注がれていった。次第に水晶の中のミーディアムも輝きを取り戻していく。それと同時に巨大な水晶にわずかにヒビが入り始めた。まるで光に呼応するかのように、亀裂はどんどん大きく成長していく。

 

「割れるぞ、気を付けろッ!」

 

 ガラスが砕けるように水晶が爆ぜた。中から溢れたのは白い氷霧をまとった冷気だ。その冷たい爆風が身構えた彼らの体を叩いた。

 風圧が弱まり、顔を覆っていた腕をどかすと、目の前の水晶は跡形もなく消え去っていた。しかし、砕けたその欠片は何かに引き寄せられるかのように宙を舞い弧を描くと、彼らの目の前に一本の道を形作っていった。バラバラであった欠片が集まり、つながり、再び透き通ったガラスの道へと変化していく。その道が向かう先――気づけば小さな浮き島があった。そこに1人の人物が立っている。後ろを向いたままのその女性は緑色の服をまとい、長い銀髪がわずかな風に揺れていた。レベッカがはっと目を見開いてつぶやく。

 

「まさか、あれって……」

「――アヴリルッ!!」

 

 レベッカの声に重なるようにディーンが叫んだ。

 言うが早いか彼は途端に駆け出した。少女が止めようとする間もなく今まさに形作られていく水晶の道を少年は走っていく。まだ道になりきれていない不安定な水晶の足場に何度も転びそうになりつつも、彼はそのさきに待つ少女の元へと1歩1歩力強く近づいていった。

 あと少し。少年はカラカラの喉から肺に酸素を取り込む。あと少し。少年は焦り手を延ばす。あと少し――。だが、その手が彼女の肩を掴むことはなかった。彼の手が少女に触れる直前、銀髪の彼女は振り返る。その表情はどこか困ったようで――。

 

「ごめんなさい……失敗、してしまいました」

 

 眉を下げながら微笑んだ女性。少年は伸ばした手を握ると力なく下ろした。いまだ肩で息をする彼に、レベッカが追い付いた。

 

「え、失敗ってどういうこと、アヴリル?!」

 

 赤毛の少女の問いかけに、目の前の銀髪の女性はいいづらそうに口を結んだ。息を整えた少年は、そんな彼女にさもなんでもないという風に笑った。

 

「なに、気にすんなよ……リリィ」

 

 そういって少年は鼻をこする。レベッカは、はっとした表情で二人を交互に見ると、心配そうに眉根をよせる。そこへ仲間たちもようやっと追い付いた。キャロルが落ち着いた声で言った。

 

「やはり1年という期間は、お二人を別の人物として認識するには十分だったようですね」

 

 キャロルが少しがっかりしながらも、さもありなんと小さく頷いた。

 

「そうですね。(わたくし)はこの一年でたくさんのものを皆さんからいただきましたから……」

 

 そういうと、困ったような嬉しいような表情で彼女は笑った。視界の端に少年の青髪がチラリと映った。

 

「ご期待に応えられず申し訳ありません」と謝る彼女に「あ、いえ、リリィさんを責めているわけじゃ……」とキャロルは取り繕った。

 慌てる少女を安心させるように、リリィは微笑むとこう言った。

 

「アヴリルの人格を再現することは叶いませんでしたが……ですが、その記憶(おもいで)を紐解くことはできました」

「ほ、本当ですか!?」

 

 キャロルはリリィに向かってぐいっと身を寄せると、一転して嬉しそうにはしゃいだ。銀髪の少女は仲間たちを見渡すと胸の前で両手を構えた。

 

「それでは、行きましょうか」

「行くって……どこに?」

 

 レベッカの疑問に答えるように、リリィの両の手がパチンと柏手を打った。すると空間が捻じれ、あたりの景色がゆがんでいく。少女の両手から現れた白い光があたりに溢れていった。視界が白で塗りつぶされ驚く一行を前に、落ち着いた様子でリリィは続けた。

 

「《記憶の遺跡》とは、訪問者が時間のループを知らない場合に飛ばされる世界。いわば、アヴリルの意識の表層領域。今回みなさんを案内するのは、そのさらに奥にあるアヴリルの深層意識領域――」

 

「アヴリルの……心の…奥?」

 

 光が収まるとそこには、先ほどとは一変した静謐で清涼な世界があった。どこまで続くのか、果てもないような世界に無数の巨大な本棚が整然と立ち並ぶ。そんな巨大な本棚を見上げれば、その先に天井はなく、星のきらめく満天の夜空が広がっている。

 

「えぇ。それがこの――《封印図書館》です」

 

【つづく】

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