図書館の中には所々椅子やテーブルも設けられており、まるで現実のそれと錯覚しかける。しかし、驚くべきはその蔵書量である。
「はわぁ」と一行のなかでひときわ背の低いキャロルが、建物のような高さの本棚を見上げてため息をついた。ほかの面々もその圧倒的な量とスケールに打ちのめされている。
「これらすべてが、アヴリルの想い出。彼女が生きた時間の証です」
リリィが無数の本たちを振り返りながら言った。
整然と並ぶ本棚には、丁寧に、しかし所狭しと本が収められている。そして、そのどれもが美しい
その蔵書たちの中、ひとつの本にディーンの目が止まった。
彼の視線を追ったリリィが彼に声をかけた。
「……少し見てみましょうか」
彼女の声に他の仲間たちもそちらを振り返った。リリィはおもむろに棚に近づき、丁寧に本を手に取った。彼女が本を取る際に、表紙には小さな
途端、ページはひとりでに、そして瞬く間にめくられ続けていく。開かれたページからからたくさんの光の粒があふれ出した。よく見ればそれは文字である。文字があふれ出すごとに、まわりの景色が徐々に書き換えられていく。その本を中心に、景色はすっかり図書館からどこかの洞窟の中へと変わってしまった。
「えっ……まさか、ここって……」
驚いたように目を見張り、レベッカがつぶやく。他の面々も目の前の巨大な物体に目を丸くした。それは巨大で硬質なゴーレムの左腕だった。
レベッカは自分の考えを確かめるように、あたりをキョロキョロと見回した。丁度その時だ。
『なんなの……一体……』
『たぶんさっきの衝撃は地震じゃない……この腕が落ちてきたからだ』
見知った声に見知った顔。青髪の少年と赤髪の少女がこちらへと歩いて来た。
間違いない。ここはかつてディーンとレベッカがアヴリルと出会った場所だ。見守るディーン達を尻目に想い出の物語は進んでいく。ゴーレムの掌から少女が現れるとすぐに、洞窟が崩壊を始めた。想い出の中の少年は、少女を腕に抱えて崩落から逃げていく。彼の腕の中で、少女の瞳から涙がひとすじ零れて落ちる。少年は息を飲んだ。
その時、パタンと本を閉じる音がした。気づくとみんなは再び図書館に戻っていた。見れば目の前でリリィが閉じた本を持って立っている。
「これが出会いの記憶なのですね」と彼女は言った。伏せたその顔からは表情を読み取ることは出来ない。
「レベッカの日記を読んで知ってはいましたが……」
そう続けた彼女に、慌ててディーンが駆け寄った。
「大丈夫か? どこか…痛いのか?」
心配そうに覗き込んできたディーンに、リリィは小さく
「記憶と同調した副作用です。問題はありません」
そう言って彼女は軽く微笑むと、手にしていた本を元あった棚に丁寧に戻した。
「なら……いいんだけど……さ」
それでも心配そうにするディーン。
そのとき、どこからともなく蛍のような光が表れた。ひとつふたつと数を増やしたその光はしまいには6つまで増えていた。それらは無数の本棚の間をいまもせわしなく飛び回っている。
「何あれ?!」
「博士の
レベッカの質問にキャロルが答えた。
ふわふわとあたりを飛び交う光球は、まるでおとぎ話の妖精のようである。光の中からわずかに覗く薄い羽も透き通るように美しい。
レベッカはうっとりするような視線で近くにきたそれをよく観察した。しかし、光の中のその姿は妖精とはほど遠く……つまるところ、甲虫のような外見の
レベッカの反応にさもありなんと苦笑いのキャロル。彼女は気を取り直すとディーンに向かって切り出した。
「今回の想い出の再現は、リリィさんの脳で無理やりミーディアムの情報を
少女の言葉に、ディーンだけでなく、みなが頷く。
「今回知りたい情報は【星の回復方法】、【黒いミーディアム】それから【金色のタングラム】の三つです。他にもいくつかありますが、それは様子を見ながらで」
「なら、最初は星の回復について聞いていこうぜ」
ディーンの提案を聞いたリリィは「わかりました」と言うと瞳を閉じた。そして
「ではまずは、ファルガイアの回復に関する知識を探してみましょう」
天に向けた彼女の手のひらにどこからともなく1冊の本が飛び込んできた。リリィは目を開けると手の中に納まるずっしりとした灰色の本を確認し、それを開く。先ほどと同じようにディーン達の周りの風景が一変した。
そこはどこかの研究施設のようであった。工具のようなものと様々な資材がならべられているようだ。
きょろきょろとあたりを見回していた一行に声がかかる。リリィの声だ。彼女は白みがかった
その彼女が空中を撫でるように指を動かすと、ひとりでにいくつかの機械が動き出した。それらは空中に緑色の
「かつて穏健派は、疲弊したファルガイア各地に祠を建て、わずかに残った星の命を繋いできました。ここまではよろしいですか?」
キャロルは一歩前に出ると彼女に尋ねた。
「はい。ですがその祠は12000年のあいだに機能が弱っています。それを直す方法か……もしくは、先史文明期に検討されていた他の手段はありませんでしたか?」
キャロルの問いにリリィは首を振って答えた。
「やはり、今のファルガイアの物資と技術レベルでは先史文明期の遺跡を修復することは適いません。そしてご存じの通り強硬派に、過去のファルガイア
「そんな……」
落胆するように肩を落としたキャロルだったが、すぐにその微妙なニュアンスに気づく。彼女はリリィの顔をみて言った。
「あれ? 過去のファルガイア……は? それってまるで、今ならできるみたいな……」
キャロルの問いに、リリィはいたずらっぽく微笑む。
「先史文明期に普及せず、
「量…産……? まさか、ミーディアムッ!? ですが、星の回復と一体どんな関係が――」
胸元に手を当てて驚くキャロルに、リリィは小さく頷いた。彼女は再び部屋の中の機械を操作し始める。
「その説明の前に、まずはこちらを見てください」
すると、目の前の映像が動き出した。機械から生み出された緑の光は形を変えて、小さな六角形の網目―つまりハニカム―で構成された球体となった。そして、いくつかの緑色のプレートがその表面に貼り付けられるように示される。さらに3つの赤い点も現れた。
「これ、ファルガイアですか!?」
「えぇ、その通り」
キャロルの問いにリリィが首肯する。どうやらそれは、ファルガイアの立体図を表しているらしい。よくみれば見知った海岸線も認められた。
映像は尚も変化を続け、赤い光を起点としてオレンジの光が溢れだすと、それは血管のように球体全体に拡がっていった。地表だけに留まらず、地中に、海に、果ては空中にも一部は延びている。
「ということは、この光の筋は
「さすがキャロルですね」
二人がにこやかに談笑する間に、レベッカが割ってはいった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。アタシには、なにがなんだかサッパリなんだけど……」
リリィは「あっ、すみません」というと皆に向かって説明をする。
「星の命そのものと言ってもよいレイエネルギー、それを血液のように惑星全体に廻らせているのが
「星命力に干渉するのに
リリィとキャロルの解説に、得心したレベッカが頷いた。
「あぁ、なるほど。それがこのオレンジの線と赤い点ってワケね。ありがと」
リリィは軽く微笑んでから、少しだけ表情を引き締めて話を進めた。
「穏健派の《祠》はレイラインに接続し、それ自身も他の施設へ霊的なバイパスを形成します。各地の
彼女の言葉にあわせて、ホログラム上のレイラインも脈打つようにその輝きを増していった。それを興味深げにみていたキャロルが顎に手を当ててつぶやく。
「【接続】と【共鳴】……あっ、もしかし――」
「ねぇ。もしかして、ミーディアムって祠の代わりになるのかな?」
少女の声を遮るように、さらりとチャックが言ってのけた。一瞬、目を丸くした少女だったが、とたんに口をへの時に曲げる。
「あれ? なんか怒ってる?」
「いま、わたしが言おうとしてましたのにっ!」
少女は腕を組み頬を膨らませると、そっぽを向いてしまった。「えぇ……」と、その理不尽に声を洩らす青年。彼は所在なげな視線を他のメンバーに向けた。そこには、一様に「いまのはチャックが悪い」とでも言うかように無言で頷くディーンたちがいたのだった。
ため息をついたチャックの肩をリリィが優しく叩く。すると彼の胸元のミーディアムが輝き出した―と言ってもそれは機械による
驚く青年を尻目に、彼女はそのまま話を続ける。
「ミーディアムは、その内部に
彼女の言葉に合わせて、他のメンバーの胸元も輝いていく。
「そして、ミーディアムとは【繋ぐもの】。機能の衰えた祠の代わりに、世界中に広がった量産型ミーディアムをつなぎ合わせることで、レイラインの接続と共鳴を発生させるネットワークを作り上げる。それこそが――」
リリィの話に呼応して、チャックたちに灯った光がそれぞれ光の筋で繋がれていく。
「アヴリルが遺した希望――《人造レイライン計画》です」
リリィの説明に息をのむ面々。その中で、レベッカが口を開いた。
「アヴリルが遺した……って、今の状況を知ってたってこと!?」
その質問に少女は首肯する。
「えぇ。彼女はどうやら、
レベッカははっと驚くと、すぐに目を伏せて言った。
「そっか……。本当に一人で全部、頑張ってたんだ……」
それきり黙ってしまったレベッカの代わりに再びキャロルが口を開いた。
「それでは、戻ったらすぐにでもミーディアムの増産体制を整えましょう。ベルーニだけではなく人間にも配るとなると、その問題にも備えたほうが良さそうです、はい」
その問いにはリリィは静かに
「いいえ、その必要はありません」
「どうしてですか?」
「既に星とつながりを持ち、
「えっ、強硬派は入植可能な
「もちろん、表向きはそうです。ですが、アヴリルの真のねらいは違いました。
12000年をかけたアヴリルの壮大な計画に、一行は再び息を飲んだ。その中で、ディーンはどこか嬉しそうに鼻の下を擦って言った。
「なんか安心したな。やっぱファルガイアには、人間もベルーニもいなきゃ嘘だぜ」
彼らしい発言に、リリィは思わず頬を緩めた。だが、すぐに表情を固くするとこう言った。
「ですが、安心するのはまだ少し早いかもしれません。実は、この方法にはひとつ問題が残されています」
「なんだ?」
「今の状況は単にベルーニがミーディアムを通して
リリィの言葉に、キャロルもうなずいた。
「たしかに。そうでなければ現在、
「ん? じゃぁ結局、どうしたらいいんだ?」
ディーンの疑問にリリィが答えた。
「ミーディアムの機能は、使用者の精神に大きく依存します。おそらく、鍵となるのはヒトのもつ共感性――つまり《絆》です。苦楽を共にした仲間同士のミーディアムは、
彼女の弁には一定の説得力がある。しかし、《絆》などというあやふやな基準を、どうやってベルーニ全体で繋げばいいのか……。ディーンたちは一様に渋い顔になると首を捻った。
顎に手を当てながらチャックがつぶやく。
「鍵は
少し困ったような表情を浮かべたリリィに、ディーンは親指を立てて言った。
「それでも、ファルガイアを救う方法が見つかっただけ、前に進めたぜ。ありがとな、リリィ!」
リリィは少しだけ口元を緩めると、記憶の本を閉じた。
目を開けると、再び彼らは本棚に囲まれていた。ふぅとため息をつくリリィ。キャロルはそんな彼女を少し心配そうに見つめながらも、提案する。
「さて立て続けで申し訳ありませんが、次は【黒いミーディアム】について聞かせてもらえませんか?」
「わかりました。ですが、それにはまず、ミーディアムの説明からしなければなりませんね……」
キャロルにそう返すと、リリィは胸の前で手を伸ばす。その手に、近くの棚から一冊の本が飛び込んだ。手元に引き寄せた少女はその表紙を見ると一瞬、目を丸くする。
「どうして……」と思わずつぶやいた彼女に、やや心配そうにディーンが近づいた。
「何かあったのか?」
見れば彼女の手には一冊の赤茶色の本。縁は金具で装飾され、表紙には金細工と
「お母様と……寝物語に読んだ本にそっくりで……」
そういうと、彼女は目を開き、もう一度その表紙を眺めた。懐かしむように細めたその瞳から、一粒、光が零れた。
ほんとうにわずかの間があって、少女は目尻を拭いながら言う。
「ダメですね……同じものではないというのに……」
ディーンは何も言えずに口を結ぶと、少しだけ悲しそうに彼女を見つめた。わずかの静寂の後、快活な少女の声がその空気を打ち破る。
「いやー、ミーディアムの話を聞くハズが児童書が飛びこんでくるなんて。本でも道に迷うことがあるものね!」
レベッカは大仰な身振りで腕を組み、自分の言葉を反芻するように頷いた。リリィはその意を酌んで薄く微笑むとこう答えた。
「ふふふ、
「え、そうなのッ!?」
「えぇ、そうなのです。おとぎ話――つまり、星の神話をモチーフにアヴリルがミーディアムを造った影響でしょう」
「おとぎ話がモチーフ?」
レベッカの疑問に答えるようにリリィは続けた。
「レイエネルギーは星の血も同義。この
「そ、そうだったんだ……アタシそんなこと考えずに適当に使ってた……」
苦笑いするレベッカの言葉に「右に同じく」と言わんばっかりに次々に眼を逸らし、帽子をかぶり、頭を掻く男性三人。残されたリリィとキャロルはお互いに目を合わせると、仕方がないというように苦笑する。レベッカは取り繕うような咳ばらいをすると言った。
「なるほど、だいたいわかったわ。そこでミーディアムの力のモチーフにしたのが、おとぎ話ってことなのね」
「その通りです、レベッカ。
リリィが言葉を続けようとしたその時、近くで爆発音が鳴った。それとほぼ同時に、彼女の顔の前を何かが横切る。それを慌てて目で追った。
その先にあったのは、床の上で煙を上げながら壊れた虫のような形の機械。博士の作った
「……ッ!?」
そこで彼女は目にする。本棚の奥から零れ出る禍々しい黒き光を。
それは、常闇の輝きを秘めた黒いミーディアムであった。
【つづく】