リンゴの種が芽吹く頃   作:アランスミ氏

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前節のラストを修正しました。@4/18


【2章4節】追想のダンデライオン

 はっと目を醒ました。どれくらい寝ていたのか、固い床に体が痛い。ディーンは頭に手を添え首を振ると、おもむろに立ち上がった。頭でも打ったのだろうか、痛みはないがまだ少し足元が覚束ない。

 彼はすぐに腕を降ろすと腰に手を回した。厚ぼったいコートの下には、しっかりとした金属の感触がある。相棒の二挺拳銃(ツインフェンリル)は、きちんとそこに収まっていた。

「さてと……どうしたもんかな」

 

 少年はひとりごちた。

 見渡す周囲は薄暗く、どうやらどこかの建物の中のようだ。少し湿った空気が晒した頬を冷やしていく。

 ここはどこで、この状況はどういうことか。皆目見当がつかない。先ほどまで何か大切なことをしていた気がするのに、頭に(もや)がかかったように少年にはそれがとんと思い出せなかった。

 ディーンが慣れない思考を始めようとした、まさにその時。近くにあった出入口らしき場所、まばゆい外光の先から男女の声が響いた。

 

『アヴリルはそれを望んでないのッ!』

 

 強い想いをはらんだ少女の言葉に、ディーンは一瞬、自分の胸を掴まれたかのような気持ちになった。間違えるわけがない、これは幼馴染 ( レベッカ)の声だ。

 彼女はいま”幼馴染みの少年”が危険を犯そうとするのを必死で止めているのだ。

 

(入り口にいるのはレベッカと「過去のオレ」……?)

 

 どういうことかはわからないが、ここは暴走を開始した1年前の中央改造実験塔 ( T Fシステム)のようだった。

 ずいぶん長いこと来ていなかったからか、すぐには気づかなかったが、確かに建物の構造には見覚えがあった。ディーンは、見えないはずの塔の最上階を無意識に見上げ、睨み付けていた。

 

 あの日(・・・)、少年は彼女を助けに行かなかった。その判断が完全な間違いだったとは、彼はいまも思っていない。アヴリルがそう望んだように、人間とベルーニが手をとる世界の 先駆者( ヴァンガード)の役目は、あのとき放り投げていいほど軽くはなかった。だが、ループの存在を知ったいま、果たしてそれが最善だったのか……。彼は悩んだ。

 これ以上先に踏み込めば、自らも次元の乱気流に巻き込まれるかもしれない。ディーンはアヴリルが言ったことを思い出し、次の行動を決めかねていた。

 その時、彼の脳裏にもうひとりの少女の顔が(よぎ)る。その幼馴染みの少女の表情もまた、ループがもたらした悲しみの色に染まっていた。少年は考える。大切な二人のために、いま自分に何が出来るのか。

 そして彼は己を鼓舞するように、言葉を口にする。

 

「なら《覚悟》を決めろ、ディーン・スターク……ッ!!」

 

 今の自分なら助けられるかもしれない。いや、絶対に助けてみせる。

 思うが早いか、彼は駆け出していた。

 

 

 黒幕であった怨念と融合し、今まさに惑星を破壊せんと暴走している惑星改造実験塔(TFシステム)の中は伽藍堂のありさまであった。すべての防衛機能が停止し、死を待つ巨大な獣のように、そこに存在するばかりである。まるで静止した空間の中で、軋みのような音と地鳴りだけが、残された時間が有限であることを伝えていた。

 幾層ものフロアを抜け、息を切らせてディーンがたどり着いたのは塔の最奥、制御室。果たしてそこに――彼女はいた。

 

「やっぱり……こんなの、ダメだ!」

 

 その後ろ姿に、息を整える間も惜しんで、ディーンは叫んだ。

 目線の先の銀髪がびくりと揺れた。少女は驚いたように首を( すく)ませると、緑色の衣を翻して振り返る。彼女の美しい長髪が空気をはらみ、わずかにたなびいた。

 

「追って来たのですか、ディーン!」

 

 一瞬、優しい眼に見えたのは錯覚だろうか。いまその瞳はキッと少年を睨み付けていた。

 

「いまここでシステムの暴走を止めなければ、ファルガイアをも巻き込んだ崩壊が起きてしまいます」

 

 張り上げた声で彼女は続ける。

 

「あなたには、これからヒトを導く大切な役割があるのです。だから――ッ!」

 

  その声には非難と共に悲しみの色も含まれていた。ディーンは彼女の言葉を遮るように、大きく手を払いながら叫んだ。

 

「だとしても! アヴリルがループで犠牲になるのを見過ごすなんて、やっぱりオレはできないッ!」

 

 どうしてそれをと少女は呟き、思わず胸に手を当てる。彼に全てを伝えるはずの手紙は、まだそこにしっかりとあった。ではまさか勘のいい彼女 (レベッカ)が伝えたのだろうか。いや、この際そんなことはどうでもいい。

 この場に彼がいるという、その非常事態 ( イレギュラー)がアヴリルを不安にさせていた。ループにない状況。それは裏を返せば彼の身の安全を保証できないということに他ならない。

 

「もちろんシステムの暴走を止めてからで構わない。だから絶対に帰ろう、アヴリルッ!」

 

 そんな気持ちを知ってか知らずか、さらに一歩踏み出した彼はその手を伸ばして叫んだ。そのとき塔がひときわ大きく揺れる。突然のことに体勢を崩す2人。

 経験のない揺れ方に、アヴリルは自身の迂闊さを呪う。ディーンとの会話に気を取られて、既に状況は刻一刻と彼女の記憶から逸脱していた。

 少女の耳が不快な異音を捉えた。彼女はすぐさま上を見上げると声を張った。

 

「ッ!? 避けて、ディーンッ!」

 

 直後。ディーンの真上、制御室の天井が崩落した。

 少年は瓦礫につぶされそうになったものの、咄嗟に後ろに大きく跳躍し間一髪、難を逃れた。しかし、むべなるかな。崩落した天井は床を破壊し、周囲の壁さえも巻き込みさらなる崩落を引き起こした。ディーンは、彼の立つ足場もろともに下層へと呑み込まれてしまった。

 

 轟音が鳴り響いた。

 アヴリルが駆け出し手を伸ばしたときには既に目の前一帯の床はなく。ディーンの姿は巻き起こった粉塵とともに新たに生まれた奈落へと消えていた。

 この実験塔は上層部で精製したエネルギーを地表のナノマシンへ効率的に供給するため、かなりの部分が中空構造になっていた。それがいま仇となり、最下層までの連鎖的な崩落が起きてしまったようだ。

 そこに巻き込まれたのだ。ディーンの状況は絶望的だった。

 

「そんな……」

 

 呆然としたアヴリルの頬を、自然と溢れた涙が伝う。彼女は膝からガクりと崩れ落ると、ようやく追い付いた喪失感にその身を抱えて震えた。

 頭が思考を拒絶する。それでも、と彼女は思う。自分にはやらなければならないことがまだ残っていると。

 アヴリルは感情に無理やり蓋をすると、いまだふらつく足どりで制御盤(コンソール)の前へと戻った。泣いてばかりはいられない。例え何があろうとも、せめてシステムの暴走だけは抑えてみせる。

 彼女は一心不乱に緊急用シーケンスの起動を急いだ。それだけが、いま彼女を絶望から引きとどめる理由であった。 ぼやける視界が鬱陶しかった。

 

「どうして手を伸ばしたのですか。こんな亡霊(わたくし)のために……」

 

 ポツリと、怨嗟のような悔恨のような言葉が漏れた。

 時を置かずに、最後の制御スイッチが入る。暴走していたシステムは掌握され、後は彼女がいなくとも事態は収束に向かうはずである。

 シーケンスに連動してとある回路(・・・・・)が動き出す。そしてそれと共に次元が軋みを上げ始め雷光のようにあたりに飛び散りだす。

 このままループすれば、また別の世界でディーンに逢うことが出来る。でも……でも、いま助けに来てくれたディーンには、もう二度と逢うことが出来ない。それがアヴリルには、たまらなく哀しかった。

 いまだ覚束ぬ足で先ほどの崩落地点へと向かう。床に大きくあいた穴は、いまだもくもくと砂煙を吐き出している。

 

「ディーン……( わたくし)は……」

 

 くしゃくしゃになった顔でアヴリルがつぶやく。彼女は吸い寄せられるように、一歩また一歩と奈落へと歩みを進める。ついに、その足が穴の淵にかかった。

 ポロリと小さく床が崩れ落ち、黒く深い闇の中へと溶けていく。アヴリルは虚ろな瞳でそれを眺めた。そして彼女が再び足を動かそうとした、そのとき――。

 

「諦めるなッ!」

 

 いまだ収まらぬ崩壊。その砂煙の向こうから、( なつか)しい声が届いた。その声に、背中がビクリと撥ねる。アヴリルはすぐに声のしたあたりに目を凝らした。徐々に薄くなってきた煙の向こうに、ぼんやりと人影が見えた。

 

 ディーンは伸展させたARMのブレードを壁に突き刺し、どうにか落下を免れていた。少し切った額からわずかばかり出血はあったが、それ以外に体に異常はなさそうだった。彼は調子を確かめるようにぶら下がったまま足で大きく体を揺らすと、そのまま反動をつけて飛び降りる。そして、崩落を免れた近くの床に軽やかに着地した。

 少年は瞼にかかった血を拭うとその目を開けて、塔を見上げた。瞳には、次々と小さな崩落を繰り返す内部の様子とアヴリルの姿が映った。

 アヴリルは、少年の無事を知りわずかに胸をなでおろした。しかしそれも束の間、すぐに彼女は涙をぬぐうと強い口調でこう言った。

 

「いいえ、諦めてください」

 

 彼女はディーンを脅すように(すご)んだ。それからわずかに表情を緩めると、彼女は諭すようにディーンに告げた。

 

「すぐに、次元の乱気流 ( ディメンショナルタービュランス)が発生します。そうなれば時空に干渉する脱出の宝珠 ( エクソダスオーブ)は正常動作しません。今ならまだ引き返せます。ディーンはレベッカ達と、どうか未来にッ!」

 

 しかし、彼の身を案じた提案をディーンは否定する。彼は腕を払いながら叫んだ。

 

「イヤだッ! そこにはアヴリルもいなきゃダメだろッ! 見たかったんだろ、ずっと。キミが守ったこの先のファルガイアをッ!」

「わがままを言わないでッ! どうして命を賭けるのですか、( わたくし)なんかのためにッ!」

 

 少年の拒絶に、アヴリルはつい語気を荒げてしまった。

 そのとき、まるで彼女の意思を代弁するかのように、またも塔が揺れて軋んだ。そして、ひび割れていた塔の 建材( ブロック)が瓦礫となり、再びディーンに降り注ぐ。

 

「いけない、ディーンッ!!」

 

 彼女は叫ぶが、しかし少年は動じない。彼はその手のARMを強く握りしめると、頭上の瓦礫へ向かって鋼刃(ブレード)を振り抜いた。

 金属と瓦礫がぶつかり、衝撃が腕に伝わるその刹那。意を決したようにディーンが目を大きく見開くと、彼が持つ 感応媒介( ミーディアム)が一際強く光を放った。次の瞬間、大きな瓦礫は少年の真横へと吹き飛ばされた。ミーディアムの力、《 物理反射( リタリエイション)》だ。

 あたりに甲高い金属音が残響する。

 

「死にたくなんてないさ。でも前にも言ったろ、アヴリルがいなくなるのは、もっとイヤなんだ……ッ!!」

 

 ディーンの叫びは、紛れもない本心だった。かつて、《記憶の遺跡(・・・・・)》で彼女に伝えた想いだ。そこで少年はハッとする。

 

「記憶の……」

 

 彼はつぶやき、何かを思い出したように僅かに呆ける。しかしそれも一瞬。少年は口を固く結ぶと駆け出し、ARMに装填した 火炎弾(ファイアバレット) を眼前に放つ。特大の炎の塊が、崩落で行く手を塞いでいた木片を跡形もなく燃やしていく。

 火の粉の舞い散る中を駆け抜けながらディーンは周囲を見回し、上へと向かう手段を探す。そして、塔の内壁に沿ってかつては整然と続いていた階段を――今はひび割れたそのらせん階段を――みつけると、それを一気に駆け上がった。

 階段は足を踏み込むたびに亀裂が広がり、駆けたはしからどんどん崩れていく。それを構うものかとディーンは必死に駆け登る。そして駆けながら彼女に叫んだ。

 

「アヴリルにとって、この世界は命を賭けるに値しないのか!? ただのループの一つでしかないのか!!」

「そんなこと、ありません! そんなこと……でも……!」

 

 ディーンの叫びに彼女は答えた。

 

「たとえ逃げ出そうと(もが)いても、運命は時間(とき)(くびき)(わたくし)を捕えて離さなかった……ッ!!」

 

 アヴリルの口から零れた言葉は、彼女の苦悩と諦観を思わせた。その瞳に先ほどとは違う涙が滲んだ。ディーンは悲しげに眉根を寄せ、口を固く結ぶ。

 そんな彼の前方で、螺旋階段に瓦礫がぶつかった。ひび割れた踏板は次々に崩れ去り、彼女へと繋がる経路(みち)はすっかりなくなってしまった。

 ディーンが叫んだ。

 

「道がないから諦めるのか? そうじゃないだろッ!!」

 

 ディーンは残り少ない階段を一気に駆け上がると力強く跳躍した。と同時に、上方の壁にツインフェンリルでアンカーフックを打ち込む。アンカーにつながった 鉄綱( ワイヤー)が、ディーンの体重でピンと張り詰めた。ディーンはアンカーを支点に振り子のように壁を駆ける。

 

「たとえ万策尽きたとしても、最後まで諦めない。そうだろ、アヴリル! オレたちの旅はッ!!」

 

 彼はまだ崩壊していない( タイル)をみつけると、そこに氷結弾(フリーズバレット)を撃ち込む。そして、アンカーフックを外し強く壁を蹴って、凍らせたタイルに勢いままに着地した。薄く氷の張った床がみしりと音を立てる。

 彼は今やアヴリルと同じ高さまで登ってきていた。しかし、まだ遠い。塔の崩壊はすすみ、今はもうフロアのほどんどが階下の暗闇に飲み込まれていた。ディーンは息を整えわずかに表情を緩めると、少女を見つめて言った。

 

「なによりこんな悲しみの中、キミをひとりぼっちになんてさせるもんか」

 

 アヴリルの瞳が揺れた。それでも彼女は奈落から身を乗り出すように彼に叫んだ。

 

「そんなことをしては、時間の矛盾(タイムパラドクス)が起きるかもしれません! 貴方(あなた)が存在しない世界になってしまうかもしれない! そんなの( わたくし)は嫌ですッ!」

 

 それでもアヴリルは少年の気持ちには応えられない。

「それに……」と彼女はつぶやき、あたりをちらりと見た。周囲一帯は崩落が進み、奈落が大きく口を開けている。どんなに彼が頑張ろうとも、そもそも彼女には帰る路などもはや残ってはいないのだ。悲し気に目を伏せた少女にディーンは言った。

 

「ハニースデイで、村人たちをベルーニから解放したときのこと、覚えているか?」

 

 ディーンは穏やかにかつての旅のことを訊ねた。

 

「忘れるはずが……ありません」

 

 アヴリルの返答にディーンは満足そうに頷いた。

 

「あの時、助けた人たちの中には結果的にオレたちを悪くいう人もいた。でも、それで『構わない』んだ。オレはどんな結果でも受け入れて進む決意をしたんだから」

 

 そのとき、氷によってギリギリ形を保っていたディーンの周囲の足場に亀裂が走った。ディーンはそれに気づくとARMに小型ミサイル(パワーポイント)を装填する。彼は銃口をアヴリルのやや斜め上に向け、狙いを定めて発射した。

 小型のジェットエンジンを点火させ巡行を開始したミサイルに、もう片方のARMからアンカーフックを打ち込み彼は飛び上がった。ディーンのジャンプとほぼ同時に彼がいた足場がすべて崩落する。

 ミサイルに引っ張られながらディーンは言った。

 

「いまだってそうさ。オレは『覚悟』してここにいる。そして、アヴリルにとっても”今”がその時なんだ」

 

 そう言って彼は手を突き出した。アヴリルは自身に伸ばされたディーンの手を見ながら、彼の決意にハッと目を見開く。

 そんなアヴリルの変化を見ていたディーンの視線が彼女から後ろの壁へと移る。そこに亀裂が入る。時を置かずに内壁は、彼女に襲い掛からんと崩れ始めた。

 

「伏せろ、アヴリル!」

 

 ディーンは自らアンカーフックを外すと、そのままミサイルを進ませる。ミサイルはアヴリルの頭上を高速で通り過ぎ、彼女の背後の壁にあたった。とたんに火薬が炸裂し、爆風が崩れかけた壁をその周囲ごと吹き飛ばす。すると、塔の外壁まで穿たれた穴から風が舞い込み、塔の中を吹き荒れた。

 ミサイルから切り離され落下を始めたはずのディーンの体が浮き上がる。塔の外へ向かう強い気流に捕まってしまったのだ。それと時を同じくしてアヴリルにも危機が迫る。先ほどの荒療治で外壁に空いた穴から亀裂が徐々に、彼女のいるコンソール周辺に向かっていった。

 亀裂から逃れるように後ずさるアヴリル。そのとき、ディーンの声が響いた。

 

「信じて踏み出さなきゃ、どんな目標(ばしょ)にもたどり着くことなんて出来やしないッ!」

 

 ディーンは両手にツインフェンリルを構えると、それを後方に向ける。そして、叫びと共に乱射を始めた。

 それは彼の 全力全開(ファイネストアーツ) 。ありったけの弾薬を消費して、その反動で乱気流に抗いアヴリルのもとへ徐々に近づいていく。

 そんな彼の姿をみて、アヴリルはつぶやく。

 

「諦めなければ……どんな困難(カベ)も乗り越えられる……」

 

 視線の先で、ディーンが笑う。こんな状況にも関わらず、まるで晴天のようにすがすがしい笑顔で少女に言った。

 

「そうさッ! 諦めない限り……ヒトは何だってできるッ!」

 

 この言葉に何度も救われてきたのだとアヴリルは思い、少年を見つめる。

 

「新しい一歩が怖くないわけがないさ。でもそんなときはいつだってオレがついている。だから――ッ!」

 

 ディーンがついにアヴリルの目と鼻の先に迫る。少年は片腕をもう一度アヴリルへと伸ばす。

 

「手を伸ばせ、アヴリル! 花開く、この先の未来へッ!!」

 

 彼の言葉に、ついに少女は意を決する。

 

「許されるのなら( わたくし)も行きたい! みんなで守った、この星の未来にッ!!」

 

 アヴリルは不安を堪えてその手を伸ばした。吹き荒れていた風が止んだ。

 しかしそのとき無情にも、少女の周囲一帯がとうとう音を立てて崩れだした。そして彼女はその崩落に巻き込まれてしまう。

 

「アヴリルッ!!」

 

 ディーンはとっさに周囲を落ちる瓦礫を蹴り方向転換をすると、落ちる少女の元へ向かった。もはやARMは弾切れ。出足の差で彼女との距離は離れていく一方だ。手の届かぬ状況にディーンは歯噛みする。

 

「ここまで来て諦めるもんかッ!」

 

 ディーンは最後の 特殊弾倉( カートリッジ)を素早く装填する。ディーンはARMを振りかぶるとアヴリルとともに落下している瓦礫に向けて投擲した。

 果たして瓦礫に衝突したツインフェンリルは、その衝撃により暴発。装填された 魔物寄せ( デュエルサイン)の弾薬が光と共に信号を放った。そしてディーンは叫ぶ、信頼する友の名を。

 

「来てくれ、アースガルズッ!!」

 

 ディーンの声に応えるように塔の壁を壊しながら鋼鉄の巨人の一部、その左腕が現れた。 発信機( ビーコン)となったARMに向けて真っすぐに飛んでいく左腕にアヴリルが驚く。

 

自動防衛機構( オートディフェンサー)ッ!? まさか、そんな――」

 

 巨大な腕はツインフェンリルを追いかけてロケットを吹かし、さらに加速していく。

 ディーンは現れたその巨大な腕にタイミングを合わせて掴まると、体勢を整えてその装甲の上を滑るように駆け下りる。そして、その末端からさらに下へと跳躍する。アヴリルに向かって強く、速く。

 

「届けぇぇぇえッ!」

 

 ARMを持たない右手を精一杯伸ばすディーン。

 

「ディーンッ!」

 

 それに応じるようにアヴリルも少年へと手を伸ばした。

 地面がぐんぐん迫るなか、二人の距離も徐々に縮まっていく。そして、墜落まであとわずかというところで、ついにディーンとアヴリルの指が触れた。ディーンは彼女にやっとたどり着いたのだ。

 逆さまになりながらもしっかりと手をつないだディーンはそのまま彼女を引き寄せ、抱き締めた。

 

「やっと捕まえたぜ、アヴリル。もう二度と放すもんか」

 

 アヴリルは一瞬大きく目を見開くと、安堵したように相好を崩した。同様にディーンも微笑む。そのとき、塔の最上階が一際大きく輝いた。黒い雷かと見紛うような次元の( ひず)みが、塔の上部から二人に迫る。

 ディーンはアヴリルの頭をぎゅっと抱え込んだ。ほどなく黒い奔流が二人を飲み込まんとした、まさにその時。少年は視界の端で何かきらりと光るものを見た。瓦礫に混じって落ちるそれは《金色の機械片(タングラム)》であった。

 ディーンは目を見張る。しかし、すぐに彼の視界は、いや塔の内部そのすべてが黒い洪水に飲み込まれてしまった。辺りには漆黒に見える空間が広がった。

[newpage]

 まるで突然照明を消されたかのように一寸先も見ることができない。先程までの落下の浮遊感もなく、感じるのはお互いの体温のみ。そんな、上下も左右も光すらない空間でディーンが口を開いた。

 

「どうなっちまったんだ? オレたち」

「『わからない(・・・・・)』おそらく、それが正解(こたえ)でしょう。ディーンが助けに来るなど、アヴリル(わたくし)の記憶にはなかった瑕疵(こと)ですから」

 

 さらりと言ってのけた少女の声に、ディーンは息を飲んだ。

 

「……気付いてたのか?」

「確信したのはいま(・・)いま(・・)、ですけれど。あの土壇場でも、最後までディーンは具現化(マテリアライズ)を使いませんでしたから」

「そんなことで?!」

「えぇ、そんなことで。使わないのではなく、使えない(・・・・)のかもしれないという、あくまで可能性の一つとしてですが」

 

「ほぁ」となんとも気の抜けた声をだして、少年は彼女の説明に感心した。「ですが……」と少女はつぶやき、少しだけ不思議そうに彼に言った。

 

「それでも最後まで確信できなかったのは、アナタが(わたくし)を助けようとしていたからです。ただのデータでしかない(わたくし)を、仮想現実とはいえ危険を冒してまで助ける意味などありませんから」

「意味ならあるさ」

「一体、どんな?!」

 

 アヴリルは予想だにしない返事に驚き、ディーンの表情を伺うように顔を向ける。もちろん、暗闇でそれは見えないのだが。それでも、彼の次の言葉をじっと待った。

 

「だってさっきアヴリル、怒ったり泣いたりしてただろ? それって現実(ホンモノ)と何が違うのさ」

 

 しかし、それはすぐには理解できない答えだった。

 

「そんなことで?! この意識は仮初めの――すぐに消えてしまう朝露のような存在(もの)なのですよ!?」

「オカシイかな? 目の前で悲しんでるヒトがいたら涙を止めてあげたいって思うの。……えっ、もしかして、明日オレが死ぬってなったら、みんな素っ気なくなっちまうのか!?」

 

「それは寂しいぜ」と少年がこぼす。先ほどの勇ましさと結びつかないその状況があんまりにもあんまりで、思わずアヴリルは吹き出した。そんな彼女の様子に、ディーンは少し安堵したように鼻を鳴らして笑った。

 

「それに、確かめたかったんだ」

 

 少しだけトーンを落とした彼の声に、アヴリルは「何を?」と尋ねる。少年は穏やかに続ける。

 

「あのとき、アヴリルが本当は助けて欲しかったのかどうか。きっと本人(キミ)にしか聞けないから。他のヒトじゃ、ダメだからさ」

 

 表情の見えない彼に、「ディーン……」と彼の名をつぶやくことしかアヴリルにはできなかった。彼女の気持ちを知ってか知らずか、少年は何事もなかったかのように声をかける。

 

「さてと。そろそろ戻らないとな。レベッカに心配かけちゃうし」

「そうですね。ここにあまり長居は無用でしょう」

 

 彼女はそれに賛成する。互いに、それが別れになると知っていても。

 

「なんか、いい考えってあるか?」

「えぇ。ミーディアムを使いましょう」

 

「ミーディアムを?!」と驚くディーンに、アヴリルは当然と言ったふうに説明する。

 

「本来、ミーディアムとは《繋ぐもの》。どんな状況でも仲間(みんな)の元へ導いてくれるはずです」

 

 その声に「わかった」とディーンは返す。アヴリルは彼のコート越しに胸元のミーディアムへと触れた。

 

「さあ、 精神( こころ)をミーディアムに委ねて……」

 

 彼女の言葉にディーンが従うと、彼のミーディアムが輝きだした。闇の中に灯火が生まれる。目映(まばゆ)くも眩しくはないその輝きに、二人の顔が照らし出された。ディーンの瞳に、少女の穏やかな表情(かお)が映る。

 ディーンは、ミーディアムから仲間達とのたしかな繋がりを感じ始めた。それと時を同じくして、目の前の少女の体が光に包まれる。その体は足元から徐々に光の粒へと変わり、光は虚空へと舞い上がる。

 アヴリルは最後に微笑むとディーンに言った。

 

「ありがとう……ディーン」

 

 彼女が残された両腕に力を込めると、少年はそれに応えるように彼女を抱き寄せた。二人の姿を書き消すように、ミーディアムの輝きがあたり一面に広がっていく。

 斯くて、世界はすべて、白く光に包まれた。

 

 

【つづく】




次の更新は間が空くと思います。
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