鉱山の視察に来たグレッグ。彼はそこで責任者のアントン、元ベルーニ兵のトーマス、問題児のセオドア達と出会う。
グレッグがアントンと共に炭鉱内で調査を進めていると、不審者の侵入が明らかになった。その狙いが発掘されたゴーレムと判断したグレッグとトーマスは坑道の最奥に進む。しかし、その矢先に大量のモンスターが発生し、対応を余儀なくされるグレッグ。時を同じくして、自分に濡れ衣を着せた犯人を捕まえようとセオドアはひとり坑内に入り、犯人の正体がかつて彼の両親を殺したベルーニだと知る。怒りに震えるセオドアの元へ、グレッグと別れひとり先行したトーマスが現れる。一度はセオドアを確保するも、二人は諍いとなり、結果トーマスは自身の生命線であるミーディアムを少年に投げ捨てられてしまう。そしてなかば自暴自棄になったセオドアは独り坑道の奥へと進むのだった。
「お父さん、誰か倒れてるよッ!」
森で父と狩猟をしていたとき、少年は偶然そのベルーニを見つけた。
森の小川、といっても本当にか細い流れだが、の近くに横たわったその男は何をどうしたのか全身にひどい怪我をしており、すでに虫の息であった。見つけた少年は父の表情を覗き見た。厳しくも柔和そうな顔をした父は、ベルーニを匿うことで何か不測の事態が起きることを懸念したが、少年の熱意に負けて家に連れ帰ることにしたのだった。
少年の母は薬師の心得が多少あった。ベルーニに人間の薬がうまく効くかはわからなかったが解熱剤や鎮痛作用のある薬を調合し男に与えた。少年もタオルや包帯を取り換えるなど、責任をもって介抱した。
――それがすべての間違いだったのだ。
次の晩、目覚めたベルーニの男は大声で喚いた。初めは怪我のための錯乱かと思われた。しかしそうではなかった。彼は叫んだ。「どうして卑しい人間がベルーニの体に触れてやがる」と。男は人間から施しを受けたことが気に入らなかったのだ。暴れる男は、膏薬を塗るために近くに来ていた母を払い飛ばした。それをみた少年の父は怒り、男にすぐでていってくれと叫んだ。ついぞみたことがなかった父の剣幕に、少年は自らが責められているかのように怯えた。
しかし、その父の言葉が男のさらなる逆鱗に触れたのだ。怪我で臥せっていたとは思えぬ力で父が殴られ床に倒れた。母はもはや声にならない叫びをあげて固まっていた。男に倒された父は、そのまま床の上で何度か殴りつけられた。そのときだ、
「父さんを……離せッ!」
少年は傍らに立てかけてあった猟銃を手にすると、その銃口を男に向け威嚇した。父の悲しそうな顔が目に入った。ARMを向けられた男が嗤う。人間の子供にARMは扱えまい、と。事実、少年は引き金を引けなかった。ヒトを傷つけることに怯えたこともあるだろう。なにより、そもそも引き金を引く握力が足りなかったのだ。ベルーニの男は、少年を高らかにあざ笑った。ボロボロの父を捨て置き少年に近づく男。しかし次の瞬間、くぐもった銃声と共に男の肩に銃弾が突き刺さった。母がARMを撃ったのだ。床に吹き飛んだ男を、立ち直った父が必死で拘束する。男ともみ合いになった父は、縛り付けるものを持ってきてくれと少年に告げた。
飽くまでも反抗的な人間たちに、男は逆恨みし激昂した。その叫びに呼応するかのように、その時、男のミーディアムが輝きを放った。そして、信じられないことが起こる。男の体が発火したのである。噴き出した焔は男を押さえつけていた父の体を包んだ。焔は床を伝い、家全体へと広がっていく。パニックになった少年は、父に着いた火を消そうと二人に近づいた。その少年の腕を掴む手があった。燃えさかるベル―二の男の手であった。あまりの熱さに少年は叫んだ。それを助けたのは、最期の力を振り絞った父だった。彼はベルーニに体当たりをすると手ぶりで逃げろと伝えてきた。母は気を持ち直すと、少年を前に抱えて出口の扉へと逃げ出した。不安そうな少年に母は何度も「大丈夫」と繰り返し口にした。
何とか扉にたどり着いたとき、少年は鈍い衝撃を受けた。母の体越しに後ろをみやると、ベルーニの男が片手を上げて何がしかを行ったようだった。母は苦し気に扉を開けると、少年を床に下した。母親を見ようとした少年に彼女は「振り返ってはダメ」と小さく叱った。そして、少年に小さな瓶に入った火傷の薬を握らせると開いた扉の外へ促したのだ。そうして彼がすっかり部屋をでたところで、彼女は中から戸の鍵を閉めた。扉を叩き叫ぶ少年に、彼女は「どうか、幸せに生きてね」とだけ伝えたのだった。しばらくして女性ののくぐもった声がしたかと思うと、目の前の扉はゆっくりと焔にまかれていった。
少年は焼け崩れていく家を後にして、泣きながら夜道を走った。そのあと、どうしたのかはほとんど覚えていない。
次の朝、焼け跡からは人間の遺体が2つ見つかったと聞いた。ベルーニの男は発見されなかった。ただ美しい朝日が昇っていた。
そして、少年は独りになった。
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坑内で両親の仇を追う少年は、あの日失った幸せを想い瞳に滲む涙を拭った。そして彼は足早に移動しながら、腕に巻かれていた包帯を取った。そこにあるのはやけどの痕だ。その痛みを思い出すと、弱気になっていた心をもう一度奮い立たせた。
トーマスと別れてからどれくらい走っただろうか。息が上がりながらも、ようやっとセオドアは憎き男へと追いついた。そして、持っていたナイフを取り出し、声をあげる。
「お前が――」
眼前をとぼとぼと歩いていたそのベルーニは、少年の声に反応したのか壁に沿わせていた腕を降ろしゆっくりと振り返った。虚ろな目が少年を捕らえた。
「――父さんと母さんを殺したんだな」
そのまま続けて少年は言葉を口にした。心のどこかで記憶違いであって欲しいと思いながらも男を詰問する。自然とその表情も険しくなる。
対する男は、何を答えるでもなく薄く嗤うと、口元で何かを呟きながら少年にゆっくりと近づいてきた。様子のおかしい男にセオドアはわずかに動揺した。しかし、少年は意を決すると、左手でポケットから彼の得物を取り出した。今度は先ほどよりも強力な状態異常、石化毒を調合したものだ。大の大人であろうと、それがベルーニであろうと必ず仕留められるはずだ。いまだゆっくりとこちらへ向かってくる男から視線を外さずに、彼は慎重に投擲体勢に移った。その時だった、目の前の男は獲物を見つけた獣のように突如そのスピードを上げて近づいてきた。セオドアは驚いたものの、構わずかんしゃく玉を投げつけた。同時に3つばかり投げたうちの一つがみごと敵に命中する。爆ぜた玉は薄黄緑色の毒々しい煙をまき散らしていった。しかし男はそれをくぐり抜けて迫ってきたのだ。
「くそッ、こいつもかよ」
イヤになるぜ、と思いつつも耐性がある可能性は織り込み済みだ。セオドアは煙が張られるのと同時に、とっておきの隠し玉・足止めの呪符を男の前の地面に仕掛けておいたのだ。男が呪符の領域に足を踏み入れた瞬間、それが発動した。仕掛けを中心に地面から六角柱状に光の帯が立ちのぼる。それはさながら逆さまに現れたオーロラのように輝くと、出入り禁止の障壁を構築した。こうなればヒトも魔物も呪符が効力を失うまでの間は一切の移動ができなくなる……ハズだった。
光の壁に囲まれた空間を男は駆けていくと、そのまま何事もなかったかのように閉鎖領域から抜け出した。
(失敗した!?)
セオドアが自身の調合の不備を疑ったのと、ベルーニの男の腕が少年の首に届いたのは同時だった。少年は逃げる間もなく首を掴まれ持ち上げられると、そのまま後ろの岩壁に打ち付けられた。
首を締めあげられ朦朧とし始めた意識の中、少年は自分を拘束している敵を見た。近くで見ればその顔は、やはりあの日、出会ったベルーニのものであった。しかし、にたりと不気味に崩れたその表情にはどこか生気がないようにも感じられた。その顔の下でチラチラと光るものが目についた。
(なんだ……首輪……?)
セオドアが見たそれは、ボロボロの外套とは不釣り合いな真新しい首輪であった。何かの機械のようにも見える首輪は、ときおりその表面に設けられた溝が赤く光っていた。
「いい加減……離せよ……ッ!」
いよいよ苦しくなってきた少年は、男の顔に視線を戻すと右手に持ったままだったナイフを自らを拘束するベルーニの右腕へと力任せに突き立てた。しかし敵は微動だにせず、お返しと言わんばっかりに空いていた逆の腕を使って少年の右手首を強く掴んできた。少年は痛みに思わずナイフを離した。その後も男は少年の細腕を掴んだまま、無造作にそれを引っ張った。喉を締め付けられた少年のくぐもった悲鳴が坑内に響いた。肩が外れるのが先か、それとも肘がちぎれるのが先か。少年が嫌な想像を描いたその時、一つの人影が男の背後に現れた。
その男、トーマスは拳銃を侵入者に突き付けながら言った。
「今すぐに、その子を離して投降するんだ。そうすれば手荒なことはしない」
脅しだけでは済まないぞ、というようにARMの銃口を男の背中にぐりっと押し付けるトーマス。その表情は威圧的で険しかったが、その額には脂汗がじっとりと浮かんでいた。しかし、当の侵入者の男はそんな言葉をどこ吹く風といわんばっかりに、セオドアの腕を引っ張り続けた。それはまるで新しいおもちゃを見つけた赤子のようだった。セオドアの苦痛の声が再度響いた。トーマスは悪態をつくと、男と少年の間に回り込む。そして、少年を拘束する男の腕に向かって至近距離から数発弾丸を撃ち込んだ。
鈍色の弾丸が無慈悲に男の右手の腱を吹き飛ばした。トーマスはすかさず男の左手の自由も奪うとその腕を掴み、慣れた動きで男をうつぶせに地面に倒し完全に鎮圧した。
男の拘束から逃れたセオドアは崩れるように地面に落ちる。したたかに体を打って呻いたあと、少年は喉の違和感からせき込んだ。そんな少年にトーマスが大声で叫んだ。
「テッド! 縄を持ってきてくれッ! 早く!」
トーマスの顔は熱でもあるように紅潮しており、息も荒くなっていた。
至近距離での発砲により耳鳴りがしていたセオドアであったが、トーマスの言いたいことは把握できた。彼は丁度近くにあった資材置き場に目をやると、仕事用具が詰まった道具袋を発見した。少年が道具袋へ向かおうとしたとき、トーマスの下で自由を奪われた不審者が低く唸り始めた。少年は、その光景に既視感を感じる。
「ダメだ、ベルーニ! 離れろッ!」
注意を促したその瞬間、怒りに燃えた侵入者の服の中でミーディアムが輝いた。男の全身から憤怒のように焔が噴き出し、一瞬、周囲の岩肌を真昼のように照らす。当然、男を拘束していたトーマスは至近距離から不意打ちをくらった。全身が火だるまとなったトーマスは慌てて地面に転がり鎮火を試みる。幸いにも火勢は弱く、トーマスはその前面に軽い火傷をした程度で事なきを得た。
そんなトーマスに男がゆっくりと近づいていく。男の服の裡からまるで粘液のような黒いモヤがあふれ出すと、それはだらんと垂れ下がったままの腕に纏わりついた。それは銃撃により空いてしまった孔をみるみる塞ぎ、男の体にじわりと馴染んでいったのだ。男は黒く変色した左手の機能を確かめるように開閉すると、徐に右腕に刺さったままだった少年のナイフを引き抜いた。そして、それを地面に転がっていたトーマスの大腿に突き刺したのだった。
「――――ッ!」
トーマスは苦痛に顔を歪めながらも声を噛み殺し、果敢にも上体を起こして男にARMを見舞った。胴体へ受けた衝撃に男はたたらを踏んで後ずさる。銃口を向け残心しながらトーマスは立ち上がり、注意深く男を見据えた。その目線の先で、侵入者の外套が自らの焔によって焼け広がっていた。
あっ、と小さく声を出したのはトーマスかセオドアか、いや二人ともだったかもしれない。ローブが焼け落ちたあと、露わになった男の胸には、ぽっかりと孔が空いていた。そして、その孔に、本来心臓があるべき場所にあったのは、體に食い込むように不格好に嵌ったミーディアムであった。男のミーディアムはまるで脈動するかのように埒外にも黒い光を明滅させていた。
セオドアは目の前で動いているモノが何なのか理解ができず恐怖した。
「お前……一体、なんなんだよ……」
さきほどと変わらずに薄気味の悪い笑みを貼り付けた”ソレ”がまたも少年に近づこうとしたとき、彼の不安を吹き飛ばすように力強い銃声が鳴り響いた。トーマスの放った銃弾が迫りくるその脚に突き刺ささり、体勢を崩したソレは大きく転倒する。
「なんにせよ……、襲ってくるなら……"アレ"は敵だ」
息も絶え絶えにトーマスが告げる。彼は足を引きずりながらも、セオドアと男の間に立った。そして背にした少年に声をかける。
「走れるか? ボクが足止めする、キミは助けを呼んできて欲しい」
体よくひとりで逃げろと指示するベルーニの背中に、少年はあの日の母の影を重ねた。
「あんたに何ができるっていうんだよッ! ARMだってほとんど効いてないじゃないか!」
「……ボクのことは気にするな。ベルーニと離れてせいせいするとでも思ってくれよ」
トーマスの言葉にクソッと吐き捨てたセオドアだったが、意を決して彼は走り出した。それをせつない表情で見送りながらも安堵するトーマス。そして、彼は立ち上がらんとする目の前の敵に向き直った。しかし、程なくして遠ざかっていたはずの少年の足音が再び大きくなって来たことにトーマスは気づいた。見れば、少年は叫びながらこちらに駆けてくるではないか。その手には採掘用に用意されていた爆薬が握られていた。彼は導火線に火をつけると、それをまだふらつく侵入者の足元へと投げつける。叱るようにトーマスが叫んだ。
「何をやってるんだッ!」
「オレだって、何やってんのかわかんねぇよッ!」
とにかく死ぬ気で走れ!と叫んで少年はトーマスに肩を貸しながら坑道の奥へと急いだ。ダイナマイトを投げつけられた男は、興味深げにそれを手にした。
セオドアは近くに貨車があることを認めると、そこに転がりこむように二人で乗り込んだ。すると次の瞬間、耳をつんざくような轟音が響き坑道全体が大きく揺れた。脆くなっていた壁の一部は崩れ、木片や石ころは飛び散っていく。破片が岩肌や貨車の横板にあたる破壊の音が広がっていった。セオドアたちの乗ったトロッコは爆風で弾みがついたらしく、敷かれた線路に沿ってゆっくりと加速を始めた。
「やった……のか……?」
敵を確認しようと少年はトロッコから顔を出し振り返ると、まだ煙の上がっている爆心地に目を凝らした。すると、もうもうと上がる土煙と硝煙の中から何かが飛び出してくるのが見えた。それは子供の頭ほどの大きさの火球で、爛々と輝き坑道を照らしながら少年たちに迫ってきた。とっさにセオドアは頭を下げそれを回避する。幸いトロッコに直撃はしなかったものの、残念ながら敵が生き残ったことが確認できた。二人を乗せたトロッコは鉱山内部の傾斜に従って徐々にスピードを上げていく。その小さな貨車のなかで、トーマスは先ほどの熱傷と足の怪我により小さく呻いた。彼は痛みをこらえながらセオドアを叱る。
「なんで助けに戻ってきた」
「そりゃ、こっちの台詞だぜ」
セオドアは不機嫌そうにいい返した。トーマスは眉間にしわを寄せ息も絶え絶えながらも、優しいまなざしに戻ると少年を見返した。
「ありがとう。助けるつもりが、助かった」
そして、素直な気持ちでいたずら小僧に感謝を述べたのだった。
真っすぐな気持ちを受けて、少年はトーマスから目をそらすと小さく悪態をついた。それから、なにかを誤魔化すように先ほど爆薬と共に手に入れた道具袋を漁りめぼしいものを探し始めた。彼は血止めと包帯を見つけると、それらを取り出してトーマスの脚の応急処置を行っていった。
「アレをみて、まだ復讐したいと思っているのか?」
「わかんねぇよ……。多分……あいつは"もう死んでる"」
どうやって動いているのかはわからないが、そう考えると先ほど呪符が働かなかったことにも納得がいった。行き場のない悲しみを胸に、セオドアは表情を暗くした。
「それでも、お前らベルーニと慣れあうつもりはねぇ。そもそも、そんなこと出来るはずがないんだ……」
そうこうしているうちにトロッコによる小旅行は、坑道の高低差がなくなったことでゆっくりと静かに終わった。彼らはそこから這い出ると、手当の続きを手早く行っていく。怪我の処置をしていく間に、少年はトーマスの体温が異常に高いことに気が付いた。
「ベルーニ、お前……ミーディアム、どうしたんだよ」
「気にするな」
「まさか……オレを追うために?」
自分を優先してミーディアムを捨て置いた目の前のベルーニを、信じられないものを見たというように目を見張るセオドア。
「ベルーニはアレ無しじゃ生きられないんだろ。だからそんなに具合悪いんじゃないのか」
「末期でもなければ、すぐにどうこうなるようなもんじゃないさ」
言葉とは裏腹に、その声は普段と比べ弱々しく今にも消えてしまいそうに感じられた。それでもトーマスは手当が終わると立ち上がり、セオドアを引き連れて坑道の壁際に移動を開始した。移動しながらトーマスはぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「さっきの話だけど、人間とベルーニは仲良くできると思う」
「そんなことできるわけが――」
「ボクには妻がいたんだ。人間の妻が……。とても素敵な女性だった」
それは、さきほどよりもさらに震えた声だった。
「でも今いないってことは、結局ケンカでもして別れたんだろ」
「いいや……死んだんだよ。病でね」
あっと少年は呟き、おのれの愚鈍さを恥じた。ほんの1年前に人間に流行していた病だ。少年の母も治療に加わったことがあったことを思い出す。
「ベルーニと関わったからだと碌な治療も受けられず、見捨てられたんだ。人間たちに」
「そんな……。アンタは、復讐しようって……思わなかったのかよ」
「憎んださ、何もかも。そんな気持ちで荒れて過ごして、しばらくしてから彼女の最後の手紙を読んだんだ。そこにあったんだよ、『誰も恨まないで欲しい』って。たぶん、その言葉のおかげで今もこうして生きていられている」
トーマスは、目を細めると遠くをみた。少年には、彼が何かに後悔しているようにも思われた。トーマスは声のトーンを戻して話をつづけた。
「キミはあの頃のボクと同じさ。誰かを恨み傷つけようとする限り、きっといつか破滅する」
男は歩みを止めると、重たい体をゆっくりと落とした。そして少年の目をみて言葉を伝えた。
「だから、もう誰も恨まないで欲しい。そして、今度はキミが幸せになるんだ」
「よく……わかんねぇよ」
「まだわからなくてもいい。だからこそ、いづれ理解るその時までキミには生きていて欲しいんだ」
目を背けたセオドアを少し困った顔で見たあと、トーマスは立ち上がり明るい語調で語り掛ける。
「人間とベルーニは仲良くできると思う。でもそれはまだ簡単なことじゃない。それでも、いつかそんな世界が来たらキミは『自分が間違ってました』と泣いてボクに謝るんだ、いいね?」
「ちょ、突然なんだよ、それ。」
「なに、って謝ることは大切だよ。そしたらきっと、そこからまた始められる」
勝手に言い終わるとトーマスは満足げにほほ笑んだ。そして、意味わからんと怒るセオドアをそのままに彼は再び痛む足を動かすと、何事もなかったかのように話題を変えた。真剣な表情にその場の雰囲気が引き締まる。
「さて、この状況から逃げる方法だけど……」
「そんなのあるもんか。オレも……戦うよ」
少年は険しいまなざしで目の前のベルーニをみた。
脚を痛めたトーマスを逃がすためとはいえ、場当たり的にほぼ一本道の坑道を下って来たのだ。この先は袋小路。もはや敵が来ることを迎え撃つ他はないように少年には思われた。
「覚悟はありがたいけど、子供一人増えたところで状況は変わらないのはわかるだろ? それよりも敵のことを皆に伝えたい」
「みんなに?無理だよ……オレ、嫌われてるもん。逃げられるなら、アンタがやればいいだろ」
「そんなことないさ、キミがほんの少し勇気を出せばいいんだ。それにそれができるのはキミしかいないんだ」
そういうとトーマスは壁際の地面に這わされた排気用ダクトの接合部を外していった。
「まさか、この中を隠れて戻るっていうのか!?」
「あぁ、キミならこの大きさでも通れるはずだ。回転翼までたどり着いたらダクトを切って脱出するんだ」
そういって、彼は先ほどまで自身の脚に突き刺さっていたナイフを少年に返した。
ナイフを受け取った少年は不安そうな眼差しでベルーニを見返した。彼が何事か言おうと口を動かした時、彼らのもとへ向かってくるゆっくりとした足音が二人の耳に届いた。
「そろそろヤツがここに来そうだ。時間がない」
「アンタは……どうするんだよ」
「心配ないさ。近くに資材置き場がある。ボクも爆薬を持ち出すよ。ARMもあるし時間稼ぎならできると思う」
そういって目の前のベルーニは軽薄にウインクをした。強がるその顔には真新しい火傷のあとが残っていた。何か言いたげだったセオドアは少し逡巡したのちに、懐に大切にしまっていた軟膏入れを取り出すと、その蓋をあけ丁寧にトーマスの顔に塗り広げた。
「おい、今は――」
「すぐに終わるから黙ってろ。オレじゃない、ウデのいい薬師の調合だ。きれいに治る」
「そうか……ありがとう」
そういって、手早く軟膏を塗り広げると少年は覚悟を決めた。
「あんまりダクトを開放していると敵に気づかれるかもしれない。素早く入ってくれ」
「わかったよ。……『また』な、ベルーニ」
「あぁ、無事に外で『また会おう』」
セオドアがコクリとうなずいたのを確認して、トーマスはダクトのジョイントを開放した。一瞬、気圧が下がりダクトがわずかに潰れたが、少年はするりと中に入ることに成功した。中に入ると下層の回転翼からの風が全身に吹き付けてきた。トーマスは手早く最低限の螺子を締めると、その場を急いで後にした。ひとり残された少年は、周囲の音に意識を集中させた。
ひたひたと上から足音が近づいてくる。その音はだんだんと大きくなり、そしてセオドアが隠れた接合部の前でピタリとやんだ。少年はわずかな音も漏らすまいと手を口に当てじっと息をひそめた。そこで少年ははたと気づいた、自分の手に血の匂いが残っていることに。ヒクヒクと鼻をならす音が聞こえてきた。
(大丈夫、大丈夫。ここはダクトの中だ、臭いなんて洩れてるハズがない……)
少年は祈るように両の手で口を押えるが、足音は徐々に少年が隠れているダクトに近づいてくる。そこで少年は気が付いた。一度外したことで緩んだ螺子がカタカタと音を鳴らしていたことに。見つかる前に逃げだすかそれともこのまま隠れるか少年は悩んだ。そうしている間にも男がダクトのジョイントに近づいていくのを感じた。男の手がダクトに伸びたその時、その手がビクリと動きを止めた。坑道の奥で銃声が鳴ったのだ。威嚇射撃にARMを発砲したトーマスは、敵の注意が自分に逸れたことを確認すると、脚を庇いながらも急いで坑道の奥へと進んだ。
セオドアは足音が十分に離れていったのを確認すると、物音を立てぬようにゆっくりと慎重にダクトの中を進んでいった。そして予定通り回転翼のあるところまで進むと、防水布を破り抜けだした。ダクトを出たところで、小さく深呼吸をする。新鮮とはいいがたいが、やっと思いっきり酸素を取り込んでこわばった体をほぐした。すると彼は近づいてくる軽快な足音に彼は気が付いた。その足音に向かって駆けだす少年。果たしてそれはあの役人のものであった。「おじさん!」と叫んでセオドアはグレッグに駆け寄った。
「一人か? トーマスさんには会ってないか?」
トーマスの名を聞いて、少年の表情が一瞬曇った。その様子に嫌な予感をグレッグは感じた。セオドアはこれまでのことをつっかえながらもグレッグに伝えていく。
「なるほどな……しかし、生ける屍とはまいったな。聖乙女でもいればいいんだが……。ここはトーマスさんと共闘して……」
唸るグレッグを見ながら、セオドアは言いづらそうに声をかけた。
「オレ……トーマスさんのミーディアムを投げ捨てちゃったんだ。それで今、ロクに戦うこともできなくなって……。お願いだよ、あのヒトを助けてあげて」
「なんだと!?」
その言葉にグレッグは表情をこわばらせた。そして、屈みこむと懇願する少年の瞳をみて言った。
「いいかボウズ、自分でしでかしたことには責任を持て。力を振るうってことはそういうことだ」
その言葉に少年はハッとする。そして、恥じ入るようにグレッグから目を逸らした。グレッグは、少し表情をやわらげると少年の頭に手を載せて、安心させるように声をかけた。
「トーマスさんのことはひとまずオレに任せておけ、かならず連れ帰る」
「頼むよ……『約束』したんだ」
「あぁ、わかった。オレも『約束』しよう」
グレッグは自分にも誓うように少年に告げ、ひとり炭鉱の奥へと急いだ。
「オレが果たすべき責任……」
残されたセオドアはそうつぶやくと、決意を新たに駆け出した。
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少年と別れた後、トーマスは足を引きずりながらもなんとか坑道の終着点まで逃げる切ることができた。
ここに来るまでに何度か敵に追い付かれ、その度にARMでの足止めはしたものの敵を倒すまでにはいたらなかった。相手が魔法を使ってこなかったのは不幸中の幸いだ。たどり着いた坑道の最奥は天井も地面も少し広く掘られており、荘厳な雰囲気はさながらどこかの音楽堂のようでもあった。その突き当り、まさしくステージにあたる場所には完全な姿のゴーレムが岩の中でひっそりと眠っていた。その美しいゴーレムを見ながらトーマスはひとりごちた。
「アントンさんには……迷惑かけちゃうな……」
彼は手にしたザックをのぞき込むと、中に入っている爆薬を確かめる。これだけあれば、この入口を崩すには十分だろう。そうして入口の岩陰になんとか腰を下ろした。ようやっとの想いでここまで来ることはできたが、ファルガイアによる拒絶は彼を蝕み続けていた。意識は朦朧とし手足は言うことをきかず、もはや息をするだけでも精一杯の状況。それでも、"アイツ"はここで止めなければならない。
程なくして、ひたひたとした足音とともに侵入者の男がその空間にあらわれた。
「……ん……ろ………、……いろ………きん………、……ん…ろ……」
男は行き止まりの空間にはいると、ゴーレムの埋まった岩壁を見ながら何事かブツブツとつぶやいていた。
(きんいろ……金色? なんだ? よく聞こえない)
トーマスは怪訝に思ったが、目の前の男が突如止まった。男は鼻を引くつかせると、腕を持ち上げ後ろ手に掌をトーマスの隠れている入口の方へと向けた。そして、その手に魔力の光が収束していく。ついに来る終わりを覚悟したベルーニの青年は、爆薬を手にどこか安堵したようにつぶやいた。
「これで、やっと君のところにいける……」
そうしてトーマスが目を瞑った直後、男の掌から焔の魔法が放たれた。それと同時に、彼の横を一陣の風が通り抜ける。否、それは一人の人間の男だった。
トーマスが突然の強風に驚き目を開けると、その男、グレッグは体重を後ろに移し土煙をあげながら制動をかける。そうしてトーマスの前に躍り出ると同時に、拳を握りそこへ意識と魔力を集中させていく。その間にも、火球はそのグレッグの目の前へと迫ってきていた。彼は握りしめた拳を地面へと力強くたたきつけると高らかに叫んだ。
「――大岩砕ッ!!」
グレッグの魔力と大地の気が溶け合い収束すると彼の目の前の地面から巨大な岩塊が屹立した。その巨岩は紅蓮の焔とぶつかると僅かに震え傾いだもののグレッグとトーマスを守ってみせた。行き場を失ったエネルギーが爆炎と共に四散し、坑道全体が大きく鳴動する。グレッグは額の汗を拭うと口を開いた。
「ふぅ……攻撃は最大の防御ってヤツさ。……間に合って良かった」
「グレッグさん!」
「話はセオドアから聞いています。すぐに片付けますからもう少し待っていてください」
そういうとグレッグは岩影から抜け出し、ARMを乱射していく。侵入者は抵抗するでもなくされるがままに撃たれていった。しかしそれも束の間、すぐに黒いモヤが現れすっかりと元通りに修復されていく侵入者。それどころかいまや攻撃を受けた体のほどんどがどす黒く変色し、その形を変えていく。破壊される度にそれは禍々しい姿へと変わっているようだった。黒く染まった体は硬質化し次第にARMも効きづらくなっていった。敵はグレッグを標的として捉えると、次々に焔の魔法を放ってきた。このアルカナは脅威ではあったが、その素人然とした動きにグレッグは勝機をみた。
(やはり回復はやっかいだな。だが、ここなら……ッ!)
すかさず、いまだ手足のおぼつかない敵に肉薄すると、グレッグはその弱点と思われる心臓を撃ちぬいた。直後、ARMを撃ったグレッグは驚きで目を見張る。敵の黒い表皮が変形し、それがガチリと噛むように胸の手前で彼の銃弾を受け止めていたのだ。
「クソッ……その受け止め方、流行ってるのか?」
因縁の男の影を脳内でちらつかせながら、グレッグは悪態をついてひとりごちた。殴りつけてきた敵の攻撃を回避すると、彼は体勢を立て直すため一旦距離をとった。みれば、敵の胸部はすっかり黒い装甲で覆われているではないか。敵は再び焔の魔法を放ってくる。湯水のごとく放たれたその火焔を避けては、お返しにARMと魔法をお見舞いするグレッグ。しかし敵のタフさに時間だけが過ぎていく。そうしているうちに、背後から苦しそうに呻く男の声が聞こえてきた。トーマスの容態が悪化していることに気づいたグレッグは、立ち止まり先程より多くの魔力を練り上げる。そして、再び大魔法を発動させると、今度は完全に敵の真芯を捉えて打ち上げた。その攻撃でも倒すには至らなかったが、それでも敵をダウンさせわずかながら時間は稼ぐことができた。グレッグはその隙にトーマスのもとに駆け付ける。そして彼は息も絶え絶えな男の手に何かを握らせた。トーマスは体の中の鉛のような不快感が一気に消失するのを感じた。全快には程遠いものの、息も発熱も落ち着いたものに変わっていく。彼が何事かと手にしたものをみると、それはグレッグの持つオリジナルミーディアムだったのだ。
「これは……ミーディアム!? グレッグさん、無茶だ!」
グレッグはトーマスには振り返らずに、気にするなとでもいうように片手を上げて戦線に復帰する。そして、汗ばんだ手を乱雑に服で拭うとARMを再び強く握りしめる。彼はテンガロンハットの鍔を持ち上げ敵を見据えながら不敵に言った。
「無理、無茶、無謀は承知の上。なに、諦めなければヒトはなんだって出来るもんですよ」
グレッグの頬を伝い、汗が滴り落ちる。その目線の先では、すっかり体を回復させた敵がお返しと言わんばっかりに、焔のアルカナを連発する。さきほどより威力は押さえられているが、そのぶん雨あられのように飛来するそれを、グレッグは精彩を欠いた動きでなんとか避けていく。それでも幾ばくかの攻撃を受けてしまうグレッグ。周囲に着弾した魔法が爆発を起し、鉱山に低く唸る地響きが広がっていった。
【つづく】