セオドアは一人ミーディアムを棄てた場所へと急いでいた。グレッグと別れてしばらくしたあたりから、鉱山全体が揺れるのを少年は何度か感じていた。
おそらく”グレッグ”が敵と戦っているのだ。2人を危険に晒していまだ自分は安全な場所にいる。その状況が少年にはもどかしく感じられた。焦りと疲労で途中何度も躓きながらも、程なくして彼は目的の分岐点までたどり着いた。そこを曲がれば自分が投げ棄ててしまったトーマスのミーディアムはすぐそこだ。
「そんな……嘘だろ……」
道を曲がった少年は目の前の光景に、ついそんな言葉を漏らした。そこにあるはずの坑道がなかったのだ。いや、"あった"というべきか。彼の目の前で坑道の天井が崩落し、一部を土砂が塞いでいたのだ。少年の記憶が確かであればミーディアムを投げ捨てた場所は今まさに崩れた岩や土砂で埋まっている部分であった。
一瞬呆然としていた少年だったが、眉間に力をいれ口を結ぶと崩れた現場に駆け寄った。そして真新しい土砂を堀り返し、邪魔な岩塊を退け始めた。呆けている間にも状況は刻一刻と悪くなっていく。いま自分にできることをやるしかない。そう思って少年は黙々と作業を進めていった。
掘り始めてからどれほどの時間が過ぎたか、道具もなく素手で掘り返していた少年の手は短時間のうちに既にボロボロになり爪はところどころ割れていた。そうしてやっとのことで、少年は土砂の中からミーディアムの末端を探し当てた。疲れはじめていた少年の表情が一気に明るくなった。彼は急いでその周りを重点的に掘り返していく。しかし、希望に満ちたのも束の間、少年は掘り返す手を止めた。ミーディアムの本体が大きな二つの岩塊に挟み込まれて引っかかっていたのだ。素手ではどうすることもできない大岩に、少年は持っていたナイフを打ちつけた。ガチンガチンと乾いた音が響く。苛立ちをぶつけるように少年はその動作を繰り返す。硬い感触にじわじわと手が痺れてきた。しかし、彼は諦めずに何度も何度も打ちつけた。ついにはその衝撃に耐えかねて、ナイフの方がポキリと折れた。もはや子供の力ではどうすることもできず途方に暮れたセオドアはがっくりと膝をついてうなだれた。
「オレの所為だ……オレがずっと誰かを恨んでいたから。周りが不幸になっていくんだ」
もしあの時、自分がミーディアムを投げ棄てなければ、いや敵討ちなど諦めて素直に帰っていたら、そもそも不審者がいることを信じてもらえていたら……こんな最悪な状況はどうにかできたかもしれない。ほかのヒトを不幸にしなくて済んだかもしれない。その時、少年はあの日の母の言葉を想い出した。『どうか、幸せに生きてね』――その言葉を、願いを裏切ってしまったのだと後悔する。
「こんなんじゃ誰も幸せになんてできない。オレ自身も……ッ!」」
無力さに自然と涙が溢れてきた。万策が尽きた。自分一人ではどうすることもできない状況に打ちひしがれた少年は、ただそこに座り込んで悔しげに土を握りしめた。
「全部……全部オレのせいだ。ごめん……ごめんなさい……」
彼はうずくまると嗚咽をもらした。そんな少年に背後から一人の男が声をかけた。
「いいや、お前だけじゃない。私たちも悪かった」
少年が振り返る。気づけば、そこにはアントンをはじめとした炭鉱の男たちが集まっていた。
「もっとお前の話をきちんと聞いていれば……。ずっと独りで、寂しい想いをさせてすまなかった」
男たちを率いていたアントンはセオドアに近づくとその小さな体を抱きしめ、背中を優しく叩いた。哀しくもないハズなのに昂った感情は、少年の瞳から再び涙を溢れさせた。しかし、セオドアはまだ泣いている場合ではないと涙を拭うと、真剣な眼差しで彼らに言った。
「今だけでいいんだ、力を貸して! トーマスさんを助けたいんだッ!!」
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「くっ……」
肩を焔に灼かれ、グレッグの顔が苦痛に歪む。ミーディアムの加護のなくなった身で戦ううちに、彼は何度か敵の攻撃を受けていた。その数倍はARMの弾をお見舞いしたハズであったが、撃っても撃ってもその度に黒い霧にダメージを回復され眼前の男はいまだ健在であった。敵の動きは一流とは言えなかったが、無尽蔵とも思えるその魔力による攻撃で、逆にグレッグはじりじりと体力を削られていた。トーマスをかばいながら戦ったことも大きかった。そんな状況にたまらずベルーニの男が叫んだ。
「もうやめてくださいッ!ボクに構わず、このミーディアムを使ってください。このままではジリ貧だ」
「その間、アンタはどうする? それが答えられないなら、そのミーディアムを使うつもりはないぜ」
「それが……それが≪英雄≫の生き方ですか。今まで上手くいったからって、これからも想い通りに進むなんて子供が描く幻想です!」
二人の会話を遮るように黒い影が動いた。敵はグレッグに駆け寄りながら魔法を放つと、彼がそれを避けた隙をついて硬質化したその腕と爪で襲い掛かってきた。一度目の攻撃をARMを盾に防いだグレッグであったが、至近距離からのさらなる魔法を受けて壁際まで吹き飛んでしまう。そこへ追い打ちを掛けんと敵が飛び掛かった。体勢を立て直そうとするグレッグを敵の黒い剛腕が襲う。しかしその直前、敵の男はグレッグの目の前でその動きをとめると、腕で自らの頭部を庇う。その腕に2,3度火花が散った。トーマスがARMによる援護射撃をしたのだ。
「ボクはあなたたち英雄が嫌いです。だから――」
だいぶ体力を回復したトーマスは座位のままARMを撃ち終わると、ゆっくりと立ち上がる。そこへ遠距離から敵の焔の魔法が襲い掛かった。脚を負傷したことで逃げることなど適わないトーマス。いや、端から彼に逃げるつもりなどなかった。
「そんなボクを守る必要なんて、ありはしないんです」
足手まといは退場するべきなのだ。そうすれば、グレッグは憂いなく戦えるのだから。迫り来る業火から目をそらさずに、ベルーニの男は耐えるようにひとり奥歯を嚙みしめた。
(キミの最期に立ち会えなかったボクだ、どんな結末だろうと後悔なんて――)
覚悟を決めたトーマスであったが、そのとき、彼の眼がグレッグの手元でなにか小さな輝きが瞬くのを捉えた。その優しく儚い煌めきは男の手を離れると焔の塊を追い越し、まっすぐに彼の元へと向かう。そしてその前で水塊の魔法となって、後に続く焔を相殺した。発生した水蒸気の圧力がトーマスを吹き飛ばし、彼は軽く尻もちをついた。あとからわかったが、それは水の魔力を秘めた魔宝石の力であった。離れた場所で敵の攻撃をあしらいながらグレッグが言う。
「ジェリーブロッブ退治も、たまにはいいもんだ」
「どうして……」
グレッグは襲いかかっていた敵を蹴り飛ばし距離を取ると、ARMで追い討ちをかけダメージを蓄積していた四肢を吹き飛ばす。再生するまでしばらくの猶予はあるだろう。ふぅと息を吐くと、体勢を整えた。トーマスはそんなグレッグに憎々しげに叫んだ。
「どうして切り捨てないんですか。全てを救おうとするんですか。ボクにはどちらも出来なかったのに平然とやってのける!やっぱり嫌いだ、英雄も……何もできないボク自身も!」
そんなトーマスにグレッグは優しく声をかけた。
「オレは……アンタが好きだぜ」
「な、なにを……!」
本心から彼はそう告げたのだ。そんなはずはないとトーマスは動揺する。
「ヒト当たりがいいからってだけじゃねぇ。セオドアから聞いたよ、命に代えても守ろうとしてくれたことを」
「買い被りです。そんなの……結局、自己満足だったんです」
「そうなのかもしれない。それでもアンタはそうするだけの『価値』を人間にみてくれた」
トーマスは、目の前の男が何事をいわんとしているのか図りかねていた。
「アンタは違うというかも知れないが、オレ達は救世主なんかじゃない。この手に世界は広すぎる。英雄が出来ることは、せいぜい現状を悪くしないようにするのが関の山さ。未来を良くするのはいつだって、そこに生きる全員の願いだ。英雄なんかじゃァない」
はっとした表情のトーマスを見ながらグレッグは続けた。
「いまだ積年の妄執は人間とベルーニを蝕み続けていやがる。だからこそ、貴重なんだ。アンタやテッドみたいな種族を越えても誰かを大切にできるやつが」
その時、再生を終えた敵が怒りを露にするかのように咆哮した。グレッグは再びそれと対峙すると、誓うようにトーマスに告げた。
「だからアンタは死なせない。それがオレの――『英雄』の役割だッ!」
「だとしても、英雄一人でどうこう出来る状況じゃありません!」
悲痛に叫ぶトーマスに背中を向けたまま、何かに気づいたグレッグはそれまでの険しい表情を緩め、彼に語った。
「ひとりじゃありませんよ。"英雄"なんてどこにだっています。きっとほら、すぐそこにだって」
その時、坑洞の入り口に小さな人影が現れた。服はボロボロ、手にも血が滲み、息も上がっていた少年は、それでも明朗な声で叫んだ。
「おじさんッ!」
少年が手にしたミーディアムを掲げる。彼の後ろを見れば、アントンをはじめ何人かの炭鉱夫たちが採掘道具を構えて臨戦態勢をとっていた。
「そいつをこっちにッ!!」
セオドアは入口からほど近い場所にいたトーマスの無事を横目で確認すると、すぐにミーディアムをグレッグへと投げた。男は受け取ったミーディアムに目を落とす。ところどころ血と土にまみれたそれをみて彼はつぶやいた。
「こいつは……最高のミーディアムだ」
手に馴染んだ
ニヒルに笑ったグレッグは、土の大魔法を発動させると敵を宙へと突き上げた。そしてその体が地面に着くより先に縮地で間合いを一気に詰める。敵は落下しながらも掌をグレッグに向けると、魔力を収束させた。
「させるかッ!」
それをグレッグはARMで狙い撃つ。ミーディアムによる徹甲の加護を受けた弾丸が両の腕を一撃で破壊した。そうして無防備に落下してくる敵を見据えるとグレッグは腰を落とし、素早くARMを横に構える。彼は目を見開くと、高めた闘気を力と変えた。
「行くぜ! ――剣心一如ッ!」
正しき剣が心に移るなら、正しき心もまた剣に映る。心象に描いた必殺は、触媒の助けによって現実となる。グレッグがARMの銃把を引き抜くと、そこから緑色に輝く光の刃が現れた。彼はその光剣を繰り、瞬きのうちに無数の斬撃を敵に見舞う。刹那の攻撃の後、グレッグが納刀すると切り刻まれた敵がグシャりと落下した。
坑洞の入り口でその光景を見たアントンたちはどよめいた。彼らは圧倒的なグレッグの強さを確認すると、トーマスの確保を行うため坑洞内に入っていった。一方、攻撃を決めたグレッグは苦々しく敵をみやった。
「これでも浅いか……ッ!」
彼は目の前で再生を始めた敵をみて、己の必殺がミーディアムを斬り損ねたことを察した。黒い人型はふらつきながらも立ち上がる。その時、剣撃のダメージによって敵の首環が割れ、コトリと落ちた。敵の動きがピタリと止まる。グレッグが訝しんだ次の瞬間、その黒い人型は激昂とでもいうような一際大きな雄たけびを上げた。その咆哮に呼応するように黒いミーディアムが今まで以上に強い輝きを放つ。
「なんだ……これは……」
グレッグが一歩あとずさる。
眼前の男の目や口から大量の黒い粘液が溢れてきたのだ。見る見るうちにそれは男の体を包みこむと肥大していく。5メートルほどの楕円状の塊にまで膨れ上がるとそれは止まった。黒い粘液の塊はまるで巨大な卵かなにかのようである。アントンはじめ、皆が立ち止まり固唾をのんでそれを見守る。すると変化はすぐに訪れた。その黒い卵にひびが入ると同時に中から大量の焔が噴き出しグレッグ達を襲う。アントンたちは大量の火の弾から逃げるように次々に、入口へと撤退していく。その中でテッドだけがトーマスの元へ駆け寄ると、彼を手近な岩陰へと引っ張り込んだ。
「黒い……獣……。いや、こいつは……鳥、か?」
焔に耐えながら、グレッグが呟く。卵の中から焔と共にあらわれたのは、これまた黒い巨大な鳥だった。生まれたばかりの怪鳥は、まるでその力を誇示するかのように大きく咆哮した。そしてその大きな翼を広げると地下洞の空へと舞い上がる。その体表に徐々に焔が灯っていく。巨鳥は上空を旋回すると、グレッグたちに焔の塊を降らせてくる。
「でかけりゃイイってもんでもねぇぜ!」
グレッグも対抗して大きくなった的に魔法を連発していく。大地から複数の岩塊が宙へと伸びていく。それをひらりひらりとかわしていく怪鳥。しかし突如、怪鳥は頭上からの攻撃を受け地面に激突する。グレッグが放ったアルカナは死角となる天井からも岩塊を伸ばしていたのだ。一度地に伏した黒い鳥は怒りをあらわに再び舞い上がると、今度はグレッグめがけて空から急襲をしかけた。ARMでこれを迎撃をするグレッグ。彼はなんとか攻撃を回避する。突撃は1度にとどまらず続けて何度も彼を襲った。グレッグは、回避をしながらも地面に置き去りにされていた道具袋をみつけると、徐々に近づきそれを手にした。次の瞬間、グレッグはその横っ腹に鈍痛を感じた。敵の突進が見事に決まると、彼はそれに巻き込まれ、地下洞を引きずられながら移動する。そして、思い切り岩壁に叩きつけられたのだった。衝撃で肺から漏れた空気がうめき声に変わる。彼はその痛みに構わず、魔力を練り上げていく。そこを獣の群れのようにいくつもの焔の牙が襲い掛かった。グレッグは身を焦がしながらも、さらに魔力を練りつづけた。焔はグレッグの持つ爆薬入りの袋にも引火した。
(バッジで軽減してもこの威力。さっきとは段違いに火力が上がっているッ! だとしても……ッ!)
魔力が臨界まで高まると同時に、グレッグは岩壁にこぶしを打ち付けた。すると先ほどよりも大規模に巨岩を生み出す魔法が展開される。グレッグもろとも敵を囲い込むようにドーム状に岩塊が現れた。魔力をほとんど使い切ったグレッグだったが、これで終わりではない。再び彼のミーディアムが輝く。
グレッグはその身に漲る闘気を使って間髪入れずミーディアムの力を開放する。彼は火のついたザックを敵に放ると、空間転移の能力でその場を後にした。体勢を崩しながらもグレッグがなんとかドームから脱出した直後、重い爆発音があたりに響いた。着地に失敗し、地面に投げ出されたグレッグが敵の状況を確認する。衝撃によりひび割れた岩壁の中から再び現れた巨鳥は、いまだその足でそこに立っていた。しかれども、その自慢の翼は大きなダメージを受けて簡単には回復できないようだった。巨鳥の翼が根元付近でちぎれ、地面に落ちる。ドシャりという音がしたと思えば、その黒い塊は音もなく霧散していった。
大ダメージは与えたモノの、いまだ決定打には程遠い。その現実にグレッグは苦虫を嚙み潰したような表情になった。残された手段はそう多くはない、があるにはある。しかしそれを実行するには――。
そう彼が思案していると、再び怪鳥が吠えた。その咆哮は次第に熱を帯び、太陽の熱冠のように周囲を焼き尽くさんと広がっていった。
「まずいッ!」
グレッグが焦る。アントンたちは既に入り口から離れていたようだった。残すはトーマスとセオドア。彼らのもとへ縮地で駆けつけると、グレッグはなけなしの魔力で岩壁を作った。そこに熱波がブチ当たる。何とか初撃は凌げたが、連続する攻撃に堅牢な岩の盾も徐々にひび割れていく。修復するようにグレッグもさらなる魔力を注いだ。
「ダメだ、あんなのに勝てっこないよ」
「万事休す、か……」
「いやまだだ。まだ策はある。……あるにはあるが、そいつをブチ込む隙がねぇッ」
巨岩を維持するために魔力を流しつづけながら、苦し気にグレッグが言った。そんな彼にトーマスが声をかけた。
「なら、その時間はボクが作ります」
「その体で?無茶だ。彼との『約束』を破る気ですか」
「いいえ、その『約束』を守るために。――諦めない限り、ヒトはなんだってできるんですよね?」
その言葉にグレッグは二の句を継げず、黙るしかなかった。
「……10秒で構いません。頼めますか?」
「でもどうやって時間を稼ぐんだよ」
そこへ今まで口を噤んでいた少年が口をはさむ。それにトーマスが答えた。
「もう一度突進を誘ってそれを躱せれば……」
「アレはオレですらミーディアムを使ってギリギリ避けられるかどうかです」
悩む二人にセオドアが提案する。
「いや、できる。あそこだ!」
セオドアが指さす先の地面には、わずかに30cm足らずの段差があった。高さはほとんどなかったが、幅は大人と子供が寝転がればギリギリといったところだ。
「オレとトーマスさんで敵を引き付けたあと、そこに飛び込んでやりすごすんだ」
他に対案も時間もなく、グレッグとトーマスはその意見にうなずき同意する。
「もしもの時は、オレも助けに入ります」
「いや、グレッグさんは攻撃に全力を集中してください。この子はボクが、必ず」
捨て鉢ではないそのまっすぐで力強い瞳をみて、グレッグはわかったと決意をするように返した。
敵の癇癪が終わるのを待って、トーマスとセオドアは岩陰から飛び出した。そして二人は段差に向かって一直線に駆けていく。トーマスは自身のARMを引き抜くと、挑発的に怪鳥の目を穿った。それに怒った敵の注意がトーマスに移ったのを確認してグレッグも準備に取り掛かる。セオドアはトーマスの横で彼を支えながら、時折くる火球をグレッグから渡された水の魔宝石で凌いでいった。遠距離での攻撃が効かず、業を煮やした敵は予想通り突進の体勢に入る。このまま段差へ逃げ込めば空振りした敵は大きく隙をさらすはずだ。
その時だった、段差まであと少しというところでトーマスが躓き大きく転倒する。それを支えていたセオドアもバランスを崩し投げ出された。見れば大腿の傷が大きく開き血が滲んでいた。直後に巨大な火の鳥が逃げ遅れた彼に狙いを定めて踏み出した。
「行け、テッドッ!キミだけでもッ!!」
トーマスに指示を出されたセオドアであったが、もはや彼を見捨てるなどという選択肢は少年の心にはなかった。少年は立ち上がると同時に、焔の獣が迫るトーマスの方へ急いで駆け戻る。彼の名を叫びながら少年は腰のポーチからかんしゃく玉を取り出した。
「戻れ!そんなもの効きやしないッ!」
「違う、こいつは――誰かを救う力だッ!」
少年はそう叫ぶと、かんしゃく玉を地面に叩きつけた。爆煙が広がり二人を包み込む。その一瞬のちに巨大な焔の塊となった敵がそこへ突っ込んだ。その突進によって巻き起こされた風があたりの煙を晴らしていく。そこにはなんと、猫のぬいぐるみのように小さく縮んだ二人の姿があった。獲物に回避され、勢い余った敵が壁に激突する。
「おじさん、任せたニャ!」
少年がグレッグに叫ぶ。二人の無事を確認し、グレッグが口角を持ち上げた。
「あぁ! あとは任せろッ!」
その身には臨界まで高めた闘気が陽炎のごとく揺らいでいた。グレッグはその力を一点に集中させる。ファルガイアが振るう剣、その権能を与えられたミーディアム。彼はさらにミーディアムとの繋がりを強めていく。目指すのはその深奥に眠る絶技、最強の剣。特大の守護獣による一撃であれば、あの巨鳥にも通用する。
高まっていく尋常ならざる気配を察知し、敵も体勢を立て直すと必殺の一撃を準備する。力を引き出された黒いミーディアムが、怪鳥の胸元を怪しく光らせた。大きく広げた嘴の前にこれまで以上の焔の力を収束させていく。炎の帯が巻き取られるよう形成されたそれは優に3メートルはあろうかという、超特大の火の玉となった。目がくらむほどの烈光と、吹き出た汗すらもすぐに消し飛ばすかのような熱風が放たれる。それはもはや小さな太陽であった。
対峙した二つの極限に、地下洞全体が大きく軋み鈍い悲鳴をあげていた。
「ダメだ、このままじゃ倒せたとしても坑洞が保たないッ!」
ヒトに戻ったトーマスが叫んだ。崩落の危険に気づいたグレッグは必死で余波を抑え込もうと画策する。しかし、全霊を込めた一撃はすさまじい力の奔流を生み出し、下手に手綱を違えれば逆に彼さえも飲み込まんとする勢いとなっていた。
(頼む、どうかオレに与えてくれ。滅ぼす為の武器じゃなく、守るための剣を――ッ!)
グレッグは願った。しかし彼の願いが届くよりも一瞬早く、眼前で怪鳥が火球を放つ。
「おじさんッ!」
「グレッグさんl」
叫ぶ二人の声が届かぬほどにグレッグはさらに集中する。感じるのは自分の息遣いと、敵の動きのみ。否、もう一つ……グレッグは不思議な何かの存在を感じた。目では見えず音にも聞こえぬその存在は、か細く、しかし確かにそこにいた。その掌がグレッグの手をとる。しなやかなそれは、女性のもののようだった。
その幻覚は一瞬のことのようでも、もう少し長い時間のようにも感じられた。はたと気が付くと、彼は無意識にARMの銃把に手をかけていた。そこへ火球が迫る。
「うぉぉぉお――ッ!」
グレッグはまるで何かに促されるかれるようにARMのグリップを引き抜いた。刹那、無軌道に発散していたエネルギーの流れがまるで引き寄せられるようにARMへと収められていく。ミーディアムの力が引き抜かれた緑の光刃と重なりあい、それは黄金の剣として顕現した。
一歩、彼は前へ踏み出すと上段から火球を斬り捨てた。まるで雲が空に溶けるように火球はその断面からミーディアムの力と対消滅をしていく。二歩、今度はより強く踏み込む。そのステップは通常の縮地を超え、神行法へと昇華する。瞬きのうちに接敵したグレッグは、その勢いのまま返す刃で巨鳥を袈裟に斬り上げた。剣圧が敵の体を突き抜ける。その衝撃波を追うようにグレッグが駆け、剣を振りぬいた。彼が通り過ぎた後ろで、神速の斬撃を受けた怪鳥は真っ二つに裂かれていた。その中心から零れ落ちる黒いミーディアム。それは地面に落ちると二つに割れて光を失った。同時に怪物を形作っていた禍々しい黒い霞はゆっくりと二つに崩れながら文字通り霧散していったのだった。
ふぅ……とグレッグが息を吐くと、そこへセオドアが駆け寄り声をかける。
「すげぇな……おじさん……」
セオドアがグレッグに言葉をかけた。既に変化の解けていた刃をARMに戻し、グレッグが応えた。
「あぁ、なんとか倒せたぜ」
「いや、それもあるんだけど……」
「なんだ……?」
少年が、「やっちゃったな」と男の目の前の壁面を指さす。そこには先ほどの一撃でその石壁ごと大きく斬り割かれたゴーレムの巨体があった。
「あっ……」
間抜けな声を上げて呆然とするグレッグを尻目に、バランスを崩したゴーレムは目の前でガラガラと音を立てながら崩れていくのだった。
「あーーーーーーッ!!!!」
その光景を止めることもできず、膝をついて崩れ落ちるグレッグ。
「カッコいい……ゴーレムが……」
「力を振るうっていうことは……責任を伴うもんなんだよ、うん」
その肩をドンマイとたたく訳知り顔のセオドア。さらに地面にガックリとうなだれた彼の視界に、崩れた岩と共に何かが転がり込んでくるのが見えた。
「こいつは……」
*************
「大変申し訳ありませんッ!」
炭坑を出た後アントンに事の顛末を伝えたグレッグは、結果としてゴーレムを破壊してしまったことを彼に詫びた。
「いえいえ、人的被害を最小に抑えられたのですから不幸中の幸いでした。それにいまさらゴーレムの一つや二つ……」
「あの……そのことなのですが」
言いにくそうにグレッグは言葉を躊躇ったが、アントンに促されて先を続けた。
「調査の結果ですが、ここは小規模鉱床のようです。眠るゴーレムはほぼアレ1体、多くてあと2、3体と言ったところでしょう」
「そ、そんな……」
今度はアントンが崩れ落ちた。グレッグは大規模ゴーレム採掘場となり得る"遺跡鉱山"の特徴を簡単に説明していく。
「採掘方法も含めた詳細は、追って資料をお送りします。それから今回の被害に関してはできるかぎり補填されるように掛け合いますので」
「そうですか……。何から何まですみません」
「いえ、こちらも"収穫"はありましたから。いい交渉材料にはなるかと思います」
そういうとグレッグは手にした小振りの背嚢を持ち上げて見せた。
またなにかあったらよろしくお願いしますといって2人は握手をして別れた。そこへ大声が響く。
「なんだよこれぇ!」
見れば日当たりの良い場所に置かれた長椅子にトーマスとセオドアが腰かけていた。トーマスが手にしていたのは大きな弁当箱。少し遅めの昼食を始めた周りの男たちも何事かと二人をみやる。グレッグもそれとなく流し見ていると、トーマスが箸でその中身を一つ摘まんで取り出した。それはキラキラと輝く美味しそうなソースをまとった――カブトムシであった。
「子供は好きだと聞いたから……」
「そういう"好き"じゃねぇよ」
どうやらお弁当を分けてあげようとしたらしい。美味しいのに、と呟きながら何処となくしょんぼりしたトーマスがつぶやいた。
「これ以外にもボクの出身域じゃ寿――」
「いい、いらない、聞きたくない。オレはいま、人間とベルーニにかつてない壁を感じている」
言葉を遮り大業に振る舞うセオドアを見て、グレッグはフフッと小さく笑った。そんな彼の姿に気がついてトーマスが手を振ってくる。セオドアも気づき声をかけた。
「またな、ゴーレム好きのグレッグさん!」
「ゴーレム好きは余計だ!」と苦々しく返しながら、二人に笑顔と手振りで答えると、彼はそのまま朝来た道を戻り鉱山を後にするのだった。山道を下りながらグレッグは坑道を出たときにトーマスが教えてくれた侵入者の言葉を想い出す。
(金色……か。まさかな……)
彼は背嚢の中をまさぐると、先ほど鉱山の奥で見つけたものを取り出した。それは黄金色に輝く機械片であった。黒いミーディアムと金色のタングラム。自分の預かり知らぬところで何か取り返しのつかないことが動き始めているのではないか。言い知れぬ胸騒ぎを感じ、グレッグは急ぎライラベルに戻るのだった。
厳しい冬は、すぐそこまで来ていた。
【序章・END】
ということで序章完結です。
拙い部分あるかと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
感想などお気軽にいただけると嬉しいです。ではではまた1章で。