【1章1節】カゴをたつ鳥
夢。それは儚く消える朝露のようなもの――――
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走っていた。
あてもなく走っていた。
ズキズキと痛む体と心臓。
目に飛び込んでくる高層建築の群れ。
地上にあふれていく異形の怪物。
恐怖に歪む人々の顔。
きっとこれは陳腐な悪夢だ。
建物の上に男の影があった。
ああ、やはり、これは悪い夢だ。
その懐かしい面影のさらに向こう。
そこにあるはずの青空は砕けて捻じれ、まるで泥で塗りつぶされたように淀んでいる。
恐怖から逃れるように再び足を動かす。
この夢の出口はどこだ?
どこまで行けば許される?
大きな音が轟いた。驚いて周りを確認する。
音と共にあふれてきた光の奔流が、あたり一面を呑み込んでいく。それはどこか悲しい光に思えた。
そしてそれに呼応するかのように胸のあたりでも何かがギラリと煌めくと、体がふわりと持ち上がる感覚があった。
同時に、母の腕に抱かれたような安らぎと大海に放り落とされたかのような孤独感がないまぜに幼い心を埋めていく。
なおも周囲の光は膨れ上がる。消えゆく意識の中で、遠くに誰かの声を聞く。
『――世界の臓腑は暴かれた。諸人よ、これより先一切の希望を棄てよ』
そうだ、これが夢の終わりだ。
そして、ここから現実が始まる。
斯くて、世界は白く雪がれた。
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「!!!」
あまりの眩しさに跳ね起きた。しかし周りを見渡すと、あたりはまだ薄暗い部屋の中。それもそのはず、いまはまだ夜明け前。冬特有の冷たく張り詰めた部屋の空気に、荒くなった呼吸が響いた。
(夢、か……)
1年前のあの日から、ときおり不思議な夢をみる。
内容はほとんど覚えていないのに、どこか懐かしさを感じる夢。
気づけば瞳からは涙が零れていた。しかしびっしょりと額にかいた汗は、うなされていたことを物語る。片手でそれを拭うと、ベッドのわきに置いておいた水差しに手を伸ばす。コップに水を移すと、コクリと乾いた喉を潤した。
青い瞳で窓の外を見れば、淡紫の空の端がうっすらとその身を浅黄に染め始めている。
じきに、夜が明けようとしていた。
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朝の身支度を整えると、銀髪の少女・アヴリルは首都ライラベルの街に繰り出した。今から向かうのは政府の研究施設だ。
今日も街にそよぐ柔らかな風が彼女の長い髪を優しくなでた。街を覆う円蓋の空調によって作り出された、快適で清浄な空気の循環である。それはヒトの活動に最適化された心地よい環境ではあるのだが、どこか無機質で息苦しい印象も受けた。風とは本来、自由に渡るものなのだから。かつて支配者層のために作られていたこの街は、以前はその殆どが合理的で無駄がなく、無機質で、整然として、そして閉鎖的であった。それが変わってきたのは1年前に行われた『人間とベルーニの独立宣言』の影響が大きいだろう。人間とベルーニの友好的な交流が続いたこの1年で街の雰囲気は徐々に砕けたものに変わってきていた。特に大気中のUb成分の影響から解放されたベル―二たちはシェルター代わりのガラスの天井から抜け出し、自由で開放的なドームの外へとその生活圏を広げていた。その分、政府施設に近い円蓋内に空いたスペースには人間や外からきたベルーニがあたらしく店舗を出店していたりする。そして、ここもその一つだと思われた。
「フラワーショップ……やまさ、こ……?」
アヴリルは初めて見る真新しいお店の看板を見つけると、そこに書かれた【山査子】という文字を読み上げた。
「それ、【メイフラワー】って読むんですよ」
するとそんな彼女に気づいた店員が気さくに声をかけてきた。
「……ってあれアヴリルさんじゃないですか」
「どこかで……お会いしましたか?」
「俺もバーソロミューの海賊船にいたんですよ。下っ端なんで覚えてなくて当然ですよね……」
はははと少し残念そうに返した彼はどうやら以前の私と知り合いのようだとアヴリルは思った。
この世界に生きている以上、こういうことはままあることだ。1年前の独立宣言の日、彼女はとある事故で意識だけが12000年前からこの世界に跳んできたのだ。
それまでこの体を使っていた以前の彼女の意識を追い出して。もっとも、この体自体はそもそも自分のものなので、12000年のあいだ無断で間借りしていたのは追い出された彼女の方ではあるのだけれど。
そしてそのタイムリープの影響か、今のアヴリルは間借りされた12000年だけではなく、時間跳躍する前の記憶も喪失しているのだった。すぐに記憶は戻るだろうとタカをくくっていたが、1年が経とうという今現在もその状態にほとんど変わりはなかった。
しかし、そんな内情を知るものはごくわずか。事故の当時は独立宣言で慌ただしかった頃だ。全ての人に開示して起きる要らぬ混乱を避けるのも道理であろう。自分の知らない自分を知る人物を目の前にして、アヴリルはやや居心地の悪さを感じていた。
「今日はお花をお探しで?」
「はい。知り合いのおへやが少しさっぷうけいだったのを想い出して、何かあればと思いまして」
「あぁ、ディーンさんですか!」
店員は得心したように両の手を打った。一方のアヴリルはその名前を聞いて一瞬顔を曇らせたのだった。別に彼を嫌っているわけではない。彼のことを深くは知らないが、若いながらも指導者的な立場で頑張っていることは好ましいとさえ思っている。でも以前の自分と懇意にしていたらしい彼と今の自分の間には、まるでこの円蓋のように近くにあっても越えがたい冷たく透明な壁があるようにも感じていた。それは、どこかでボタンを掛け違えたかのような違和感。チグハグした関係であった。自分が知らずに彼の気に障ることをしたのかもしれない。
もしくは、目の前の男のように彼が自分を通して過去のアヴリルをみているからなのかもしれない。きっとそうだ。皆もが自分を通していなくなったアヴリルの影を見ている。そして、空っぽの今の自分にはそれがたまらなく恐ろしく感じられた。
そんな気持ちを振り払うように、彼女は首を横に振ると静かに話をつないだ。
「いえ、べつの方です……」
「あれ、そうなんですか?てっきり」
頭をかく店員を前に、ひとまずぎこちなく笑顔を作って受け流すと、彼女は足早に店を離れようとした。その時だ。店のやや内側にディスプレイされていた鉢植えの白い花が彼女の空色の瞳に飛び込んできた。
「あれは……」
白く可憐なその花に、アヴリルは一瞬視線を奪われた。それに気づいた店員が口を開いた。
「珍しいですよね、この時期に。狂い咲きの白百合なんて。まだ少し弱っていますが」
「あちらも、うりものなのですか?」
「いえいえ。残念ながらあれは預かりもんです。このあいだ萎れていたのを持ち込まれて――」
店員が話を続けようとしたその時だ、彼女の後ろから声がかけられた。
「お花をお探しですか? 女王」
振り返ると、ブロンドをオールバックになでつけた美丈夫が店の入り口付近に立っていた。
女王と呼ばれたアヴリルは目の前の男性と以前あっていただろうかと軽く思案する。そして、おぼろげながらその記憶に行き当たった。たしかこのヒトは、新政府でグレッグ達と一緒に働いているベルーニだったはずだ。
名前は確か……えぇと……誰だっただろうか。アヴリルが口元に手を当てて記憶を探っているあいだに、男は彼女のすぐそばまで近寄ってきた。
「貴方ならそんな見すぼらしい花よりも、こちらの燃えるような深紅の薔薇の方がお似合いかと思いますよ」
ベルーニの男の手には店先から手にしてきたらしい一輪の赤いバラがあった。彼はその薫りを確かめるように口元に寄せるとそれを彼女に手渡した。
「――美しい。やはり、よくお似合いだ。どうでしょう、貴方がよろしければ今度シーフードの美味しい店でお食事でも? 人間の店ですが、なかなかなものでした」
押し付けられた花と笑顔にアヴリルが少し困惑していると、店の奥からやや年配のしかし溌溂とした声が響いた。
「ヒトの店先で口説くようになるとは、鼻たれボウズの成長がオレは嬉しいぜ」
声と共に店の奥から花屋には似つかわしくない、大男がぬらりと現れた。それは今のアヴリルにも馴染みの顔であった。安心したような彼女とは対称に、バツが悪そうにしたのはベルーニの男だ。
「げっ、バーソロミュー……さん」
「久方ぶりだなジョルジュ、それからアヴリル。バーソロミューの店にようこそ」
「お久しぶりです、かんちょう。ここはかんちょうのお店だったのですね」
「おうとも。店が軌道に乗ったら連絡しようと思ってたんだがな。それから、もう天路遍歴号は売っ払っちまったから艦長じゃねぇんだ。いまは店長って呼んでくれよ」
大男は大業に手を振る所作をして説明した。彼の話にわずかに目を丸くしたアヴリルだったが、理解を示すように彼女は軽くうなずいた。それをみてバーソロミューは続ける。
「愛着もあったが、平和な時代にアレは無用の長物だ。まぁ今はこの店が新しいフネってわけよ」
「むようの……ちょうぶつ……」
アヴリルは彼の言葉を繰り返した。なんだかその言葉がとても悲しく思えて。彼女は再び店の端に置かれた白百合を見た。バーソロミューはそんなアヴリルの姿を静かに見つめた。そこへ店員の男が横やりをいれる。
「艦長が突然『花屋をやる』って言いだしたときはわが耳を疑ったんですが、結局、クルーのほとんどがそのままこの店で厄介になってるんです」
「かいぞくせんのみなさんがお花やさんに? それはまた、すいきょうなことですね」
アヴリルは屈強な男たちがお花の手入れをしている姿を想像してすこし微笑んだ。
「自分でも似合わないとは思うんですが、みんな店長の心意気に惚れたんですよ。何せ目標が特大の花――ぐふぅッ」
と店員が何か言いかけたところでバーソロミューが彼の脇腹に少し強めの肘を入れた。黙っとけと言わんばっかりにジト目で店員をにらむその顔は、心なしか少し赤らんでいるようにも見えた。目を向けられた店員も頭をかいて苦笑いしていた。バーソロミューが「話を戻すか」と言って、ベルーニの男に視線を投げる。この場をどう切り抜けるかと計算していた彼は、バーソロミューの視線を感じると身構えた。その反応を楽しむかのようにバーソロミューが言葉をつづけた。
「穏健派のよしみだ。その薔薇、今なら1万ギャラに負けといてやるぜ」
「花1本が1万ギャラ?! そこに3ギャラって書いてあるじゃないですか!」
ジョルジュは店長の無茶な請求に抗議するように店先の値札を指差した。バーソロミューは口の端をつり上げながら指を振ると、それに答える。
「確かに普通の薔薇なら3ギャラだ。だがな、いい女を口説くのにそれじゃあ安い。安さが爆発してるぜ。そういう時はその10000倍くらい気持ちを込めなきゃなんねぇ。だから定価は3万ギャラだ」
「いや、その理屈はおかしいでしょ」
「しかしオレも男だ。オマエの男気を汲んで7割引きで応援してやろうってんだ」
「そもそもの値段設定で足を引っ張ってますよ」
冷静に突っ込みを返したジョルジュに意外にもアヴリルが賛同した。
「てんちょうが言っていることはおかしいです。そのけいさんではひとつ9000ギャラ。あと1000ギャラ足りていません」
「女王、おかしいのはそこではないです」
「いや、計算はあってるぜ」
「といいますと?」
「残りはもちろん、ウチの開店祝いに決まってらぁ」
「なるほど」
「『なるほど』ではないです」
ニッカリと笑う店長と納得したアヴリルをみて、ジョルジュは手を額に当てた。彼は自らの敗色を悟ると、わざとらしく腕につけた時計に目を落としていった。
「おっと、朝の仕事があったのを想い出しました。名残惜しいけれど、今日はここでお暇しましょう。では女王、また後で」
そういって爽やかな笑顔をアヴリルに残すと、彼は逃げるように足早に去っていった。
彼の金髪が通りの先で小さくなるのを見送ったあと、アヴリルは自身の手に残った赤い花に目を落とした。
「このお花どうしましょうか?」
「折角だ、もらっとけもらっとけ。受け取られない花ほど寂しいものはねぇ」
手の甲で払うようなジェスチャーをしながらバーソロミューがそういうと、わかりましたとアヴリルは笑ってうなずいた。それをみてバーソロミューも再びニッカリと笑うのだった。ついでに店員の男が何事か察したようにニヤニヤしていたのだが、バーソロミューがきつい目を向けると彼は「あ、お水換えなくちゃ」といそいそと店の奥へと移動していった。店員が去り、二人きりになったバーソロミューはアヴリルにやや声のトーンを下げて静かに言った。
「まぁなんだ。アイツの死んだ父親とは穏健派時代の馴染みでな。それなりに心配してんだ。アレな性格だが悪いヤツじゃねぇ。今度会ったら”早くまた顔出せ”って伝えといてくれや」
穏やかな表情で語る老成したベルーニに、再びアヴリルは笑顔で「ええ」と頷いた。
「それではこの辺で私もしつれいします」
「おう、久しぶりに会えてよかったぜ。最近は物騒だからな、ベルーニじゃないから平気だと思うが気を付けろよ」
にこりとアヴリルはうなずくと、もう一度だけひっそりと店の奥に佇む白い徒花に目を移した。その姿を心にしまうと、彼女は軽く会釈をして店を出たのだった。
予定よりずいぶんゆっくりしてしまった。アヴリルは技術局でのキャロルとの待ち合わせ時間を思い出すと、その足を早めた。
まだ余裕はあるが少し近道をしようと、大通りから外れて裏道を進む。最近この辺りは近所の子供の遊び場になっているのだろうか、小さなボールが転がっているのを見つけた。道の端に寄せておこうとそのボールを拾い上げたところで、彼女はどさりとなにかが落ちるような音をかすかに聞いた。みれば、裏路地からさらに伸びる細く仄暗い路に影がちらりと揺れた気がした。それは人影のようにも見えた。先を急ぐべきかアヴリルは悩んだが、ふと今朝がた見たニュースを想い出す。
――最近、ベルーニの女性や子供を狙った事件が多発しています。――
一瞬、鼓動が早くなった。いやいや考えすぎではないだろうか。彼女は自分にそう言い聞かせる。しかし、万が一そうであれば大事である。さりとて自分に何ができるのか。短剣はうまく扱えない。ミーディアムがあれば使えるはずの魔法も何故か自分には使えなかった。独立運動の際にアヴリルは英雄たちと共に戦ったという話だが、今の自分にそんな力はない。いつだって、求められているのは以前の私か指導者の私なのだ。
(いまだ記憶が戻らない私に、現代を生きる資格はないのかもしれませんね……)
自嘲気味に考えを巡らせた彼女の脳裏に、思わずあの白い花がちらついた。目を瞑ってそれをかき消すように首を振ると彼女は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「あだ花にかちがないというのなら、どうなろうとかまわないではないですか」
アヴリルは意を決すると、音をたてないように慎重に路地裏のさらに裏へと足を踏み出した。少しだけ、そう、ほんの少し様子をみるだけと――。
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「そう、ちょっとだけ! ちょっとだけじゃぁ! 絶対、何もしないからッ!!」
そこまで小さくない部屋の中にやや皺枯れた男の声が響いた。
高価そうな調度品が設えられたその部屋は、ライラベルに一際高くそびえる40階建てのビルの一室であった。先ほどの声の主である白衣を着た老ベルーニは、拝むように両手を合わせている。その視線の先では青髪の少年が、そのあどけない雰囲気とは不釣り合いな立派な椅子に座って話を聞いていた。
「ゑ~~~。それゼッタイ何かするやつじゃん」
彼は老人のお願いに、気の置けない友人のように口をとがらせて返答した。
減るもんじゃないしと食い下がる白衣の男にその少年・ディーンは「なんか減る……ような気がする」などと返していた。
「だいたい、アースガルズの整備は専任者に任せてるから他のヒトに触ってもらうのもなぁ」
「少しだけ内部機構を見せてくれるだけでいいんじゃ。ヨトゥンヘイム無きいま、穏健派最強の機体は地上最強ってことじゃろ? そう思うと技術者魂がだまっちゃおらんのじゃ」
「じいちゃんにOKもらえればいいんだけど、すこし前から連絡がつかないんだよなぁ。最近、田舎にも顔出せてないし、ちょっと心配だぜ」
頬杖をつきながら語るディーンの話に、老ベルーニはしめたとばかりに乗ってきた。
「確かに心配じゃ。本人もそうじゃが、整備不良なぞあったら一朝事起きたときに困るじゃろ。そういう意味でも天才技術者が一回見といたほうがいいと思うなぁ。思うなぁ~~~!」
老人のにこやかなアピールに、ディーンはうーんと唸る。両手を頭の後ろで組むと、背中を反るようにして椅子の背もたれに体重をかけた。その煮え切らない態度にベルーニの男はダメ押しにと条件を出してきた。
「そうじゃ、代わりにディーンのお願いをワシも聞いてやろう。やりたいことなんていくらでもあるじゃろ、若いんだから」
その提案にすこし面食らったディーンであったが、先ほどまでの明るい雰囲気から彼はその表情をわずかに曇らせた。
「やりたいこと……か」
その表情と声色に、ベルーニの男はその内容を察した。
「次元の乱気流の彼方へ消えてしまったという以前の彼女 のことか? それはワシにも難題じゃな」
「へぇ、ジーさんでもそういうことあるのか。なんかいつもスゲーの開発してるから何でもできるのかと思った」
少しだけ驚いた表情になったディーンに、ジーさんと呼ばれた男はむすっとした表情で答えた。
「侮るなよ、ディーン。”今は”じゃ、今は。元四天王とも比肩しうる、この天才のワシに不可能はないのじゃ」
「オーケー、オーケー。わかったよ。なんかスゲーの出来たら教えてくれよな」
「次元の乱気流はワシも興味深く思っておるからな、なにか進展があったら話してやろう。して、他にないんか? 若いんだからもっとでるじゃろ」
それ若さ関係あるのか?とツッコミながら再びディーンは考えた。
「あとはそうだな……”ゴーレムになりたい!”とかかな」
ガッツポーズをするように両手を上げたディーンは白い歯をむき出して笑った。それを聞いて老人は目を丸くすると噴飯した。
「発想が大胆じゃな。ゴーレムエンジニアがいうのもなんじゃが機械になってもいいことないと思うぞ。以前、技術局にあったゴーレム義肢の経過記録をみたがメンテ諸々大変そうじゃったぞ」
「えー、そうかなぁ。ゴーレムになったらスゲーし、ツエ―と思うんだけど」
シャドーボクシングをするような少年を見ながら、あきれたように男は答えた。
「まったく、おヌシは子供じゃのぉ。ワシの息子にソックリじゃ」
「そうかなぁオレもそれなりに成長したし、色々考えて……って、ジーさん子供いたのか!?」
彼の適当な性格と、普段の偏食や奇抜な行動を知っていたディーンは驚いた。
驚くディーンを見て、老ベルーニはどうだといわんばっかりの顔になる。しかしそのとき、それに異を唱える声がした。
「ジウスドラ博士に子供はいませんよ。というか、いま現在結婚もしてませんし離婚歴もない全きクリーンな戸籍をお持ちです」
そういって部屋に入ってきたのはディーンを補佐する金髪のベルーニであった。
ディーンがその言葉を聞いて拗ねたように博士をみやると、彼は舌をだしてしてやったりといった表情をしていた。
「まったく、ジーさんにはあきれるぜ。そんなだからそんななんだよ」
ディーンはすこしむくれるポーズをとると、気を取り直して「あ、おはよう。ジョルジュ」と挨拶をした。
博士の方は「ジョルジュ君、それはプライバシーの侵害じゃ」などと冗談ぽくおどけて見せた。
「あ、おはようじゃないですよ。呆れるのは私の方です。まったく二人して遊んでばかりで。少しは仕事してください。仕事!」
そういって彼はディーンの机にたまっていた決裁書の隣に追加の紙束を置いた。その量をみて、辟易としながらディーンが口を開く。
「いやー、こういうのはオレより副総統や議長がやったほうがうまくいくって」
「まったく調子のいいことをいって。それで人類の代表者が務まると思っているのですからお気楽なものです。だいたい貴方は――」
ジョルジュがディーンを諭すように小言を言い始めた。ヴァンガードの元となったベルーニの指導者がなんたるか、近年の世情がどうなっているかをとくとくと語っていく。当のディーンは軽く耳をふさいで嵐が去るのを待つのであった。そしてその姿をみてさらにヒートアップするジョルジュ。そんな二人のやりとりをみて老ベルーニは苦笑した。
「――というわけです。いいですね。それでなくとも最近は鉱山での謎の事故や冷害による作物の減収、ゴーレム暴走事件なども起きているんです。そのあたりの対応、本腰入れて考えてくださいね」
ディーンは毎日小言を言ってくれるジョルジュに感謝しつつ幼馴染の赤毛の少女の姿を重ねた。そういえば、いまごろ彼女はどうしているだろうか。若干うわの空なディーンを見ながらジョルジュはため息をつくと、今朝の各部門からの報告書に目を通して次々と読み上げていった。そして話はその中の治安部門からの書類にさしかかる。
「――えぇと、それから、今朝がたまた例のベルーニ襲撃事件が起きたようです」
「最近その事件、多いのぉ」
「でも襲われたベルーニに大きな怪我はないんだよな?」
「二人ともなにを悠長に構えているんですか。外傷は大したことがなくても、この件ではミーディアムが強奪されているんですよ。そうでなくとも生産が追い付いていない部分があるというのに」
すこしイライラしているジョルジュだったが、気を取り直すと報告書の続きを読み上げた。
「まぁ、今朝も路地裏で昏倒していたベルーニの子供2名はかすり傷程度の軽傷。その後病院で意識が回復したようです。不幸中の幸いですね。やはり今回も背後から襲われて犯人の容姿は不明。ミーディアムは奪われています。手口から言って同一犯でしょう。それから現場には……薔薇が……」
いい淀んだジョルジュに「なんかあったのか?」とディーンが尋ねた。
「ちょっと今朝の嫌な想い出がぶり返しただけです。プライベートなので詮索はしないでください。……襲撃事件の話に戻りますね。当該路地には不自然に薔薇の花が残されていたそうです」
「犯人からの何かのメッセージかのぉ」
ジウスドラが首をひねりつつ応えた。丁度その時、3人がいる執務室の扉がノックされた。
「ディーン総統、お仕事中失礼します。こちらに副総統はいらっしゃいま――あ、副総統!」
ノックに続いて入ってきたのは女性だった。服装からして博士と同じ技術局の人物であることがわかる。彼女の言葉にジョルジュが反応した。
「なんだね、キミは」
「あ、はい。技術局のクッチといいます。副総統にアヴリルさんに関して少しお伺いしたく……」
「女王に関して? なんで私に?」
怪訝な顔をするジョルジュにやや口ごもりながら技術局の女性は答えた。
「いや、副総統はその……アヴリルさんのことにお詳しいというか、追っかけというか……正直あの熱量はちょっと気持ち悪いねってみんなの評判なので……」
その言葉に怒りからか恥ずかしさからか顔を赤らめたジョルジュが答えた。
「わ、私は政府の重要人物である氷の女王に敬意と最新の注意を払って動向を見守っているだけだ! なんでストーカーみたいに言われなきゃならないんだ」
「あわわ、怒らないでください~~。そこまで言わないようにしてたんですが……自覚はあったんですね」
しゅんとした彼女をフォローするように同じ技術局の博士が口を開いた。
「クッチ君は素直でいい子なんじゃ。悪気はないから勘弁して欲しい」
「博士! サボってるのはサイアクですけど、フォロー感謝ですっ!」
「こういう子なんじゃ……」
「悪気がないのは、なおさらタチが悪いですね……。で、用件は?」
諦めたような副総統に話を振られて、彼女は一転して表情を硬くすると再び口を開いた。
「実は、アヴリルさんが今朝こちらに来る予定だったのですが、時間になってもいらっしゃらず。こんなことは初めてだったので、いま局員が探しているところなんです。キャロルさんは最悪のパターンとして何かの拍子に望まれざる強硬派としての人格が戻ってしまった可能性を指摘しています。それで、もし副総統が何か手掛かりをご存じであればと……」
「ちょっと待ってくれ、女王が行方不明だと?」
「どうかしたのか?」
博士に尋ねられたジョルジュは何かに思い至ったように慌てて手にした報告書に目をやった。
「先ほどの……近いな」
彼は神妙な面持ちで顔を上げると、その推測を口にした。
「結論から言いますと、アヴリル・ヴァン・フルールが今朝のベルーニ襲撃事件に巻き込まれた可能性があります。根拠は彼女と私が今朝あった場所と薔薇の花くらいですが。現場を目撃したため連れ去られた可能性を考慮にいれるべきでしょう。相手が女王の重要性に気づかなければ、最悪口封じも考えられます」
その言葉にガタリと音を立ててディーンが立ち上がった。その表情は先ほどまでと打って変わって真剣そものもだ。
「ジョルジュ、午後の会談は全部キャンセル。もしくはお前に任せるぜ」
ディーンにからの突然の指示に、言われたジョルジュは眉間にしわを寄せた。彼はディーンへと向き直ると、厳しい口調でこう言った。
「ご自分で探すつもりですか? ギルドか治安部隊に任せるべきです。あなたにはあなたの役割がある」
その間にもディーンは自身のARMの調子を確認するとそれを銃嚢に収納し、コートを羽織り出立の準備を進めていた。そんな今にも飛び出さんとするディーンの前に副総統の男が立ちはだかる。彼は無言で懐から手のひらサイズの機械を取り出すとそこについていたボタンを押した。すると出入り口の扉からガシャンガシャンと機械音が幾重にも鳴り響く。その音に驚き、扉の近くにいた技術局の女性が慌ててそのそばを離れた。そうして執務室の出入り口は、いく層もの機械扉で封鎖されたのだった。驚くディーンに、ジョルジュは苛立ちを隠さず言い放つ。
「何度も逃走する貴方のために特別に設えました。この件は私が陣頭指揮を執りますので、総統のスタンドプレーは不要です」
「どうしても行っちゃダメか?」
「女王に執着するのはやめてください。彼女はもはや……貴方の仲間ではないのですから」
そうだよな、と言ってディーンは小さく息を吐くと少し悲しい顔をした。彼はまるでため息を逃がすように、真後ろの窓を開けた。完全に管理されたビルの外部から冬とは思えぬ柔らかな風が室内に舞い込んできた。ディーンは人々が活気よく行き交うライラベルの街を高層から見渡す。彼は眼下の雑踏から目を離すと室内を振り返り、困ったように眉をひそめてジョルジュに言った。
「でも思うんだ。オレが託されたファルガイアの未来は、きっと誰もが泣かずにすむ世界だって。少なくともこの街で誰かが悲しんでいるなら、その涙を止めたいんだ。たとえそれが、誰であっても。だから――」
「わりぃな」と言うや否や彼は窓に足をかけ、そこから外に飛び出した。
「ちょっと、ここは10階ですよッ!?」
ジョルジュはすぐさま窓に駆け寄った。
一方のディーンは飛び出すと同時にミーディアムに心を繋げる。そして高まった闘気を一気に解き放った。
「――山の守護獣ッ!!」
ディーンの目前に星の力が収束し、突如として怪腕の巨人が顕現する。それは庁舎の前庭に着地すると地面を踏みしめ、その両腕に構えた大盾の一つを落下するディーンに向けて突き出した。当の少年は自身のARMからアンカーフックを盾に向けて射出し固定すると、振り子のように移動してそのまま斜めに寝かされた盾の上面に着地した。もう一つの大盾がその下端に接続されると、まるで山の斜面のようにディーンの前に道を作る。そうして彼は振り返りもせずにそのまま市街地へと駆けて行った。庁舎近くの地上にいた人々は唖然とした表情で先駆者が駆けていく姿を見送った。そして、10階の窓から見ていたジョルジュもまたその光景を見て、独り言ちた。
「……そんなに今の役職が嫌なら私にその椅子、譲ってくれればいいのに」
「まったく、お前さんはディーンのこととなるとキツイのお」
「そうもなります。先の強硬派のクーデターだって我々穏健派だけで対応できた事象なんです。それをたまたま氷の女王に気に入られてミーディアムを手にしただけで、あんなふうに横紙破りをされて……毒づきたくもなりますよ」
彼はため息をつくと、無念そうに扉のロックを解除した。博士は少し考えるように自らの顎髭をなでた。
「まあ、そう言いなさんな。アレは怖いんじゃろう。誰かに任せてまた何かを失うのが。ひとまず好きにやらせたらいい」
それにここに縛り付けても仕事をするとは限らんしな、と笑う博士をみてジョルジュはまた大きくため息をついた。しかし、すぐに気をとりなおすと彼は関係部署へと執務室から通信を始める。
「こちら副総統です。この後の首長連との会談の開始を30分ほど後ろにずらしてください。会談にはディーンの代わりに私が出席します。それから今日来ているはずのファリドゥーンに――」
「さて、ワシもサボりは終わりかのぉ」
そう言って白衣の老ベルーニはそそくさと執務室をあとにした。
庁舎を出発してから、ディーンは二丁拳銃のアンカーフックを駆使してライラベルの街を駆けていた。建造物の外壁や張り巡らされたパイプ、果ては街灯といったものに固定具を打ち込み、そこにつながった鋼綱を巻き取っては伸ばすを次々と繰り返す。そして時には建物の屋根や突き出た看板の上を駆け、フェンスを飛び越え、ビルの谷間を高速で移動していく。ひとまずの目的地は今朝の事件の現場であった。そのとき、ディーンのもつ通信機に活気のある声で連絡が入った。
「ディーン! 人探しなら手伝うぜ!」
ディーンは突然の声に驚いたものの、すぐに近くのビルの屋上に着地するとその通信に返答をする。
「店長、なんで!?」
「花も情報も鮮度が命よ。まぁ詳しいトコロはまだ企業秘密だが『困ったときには花屋を頼れ』ってこった」
「ベルーニの言葉かなんかか?」
「いいや、花屋の宣伝文句だ。水道トラブルからペットの世話まで手広くやるぜ」
「なんだそりゃ。まぁ、なんにせよ助かるぜ」
バーソロミューの軽口に、ディーンは鼻のしたを指でこすった。
「大船にのったつもりで任せとけ。ひとまずお前さんは現場へ向かいな。ウチの北東200ってあたりだ。現場検証してるからすぐわかるはずだぜ」
「あぁ、そのつもりで向かってる」
「上等だ。こっちも若いもんに情報を集めさせる。何かわかればまた連絡しよう」
「わかった、サンキューな」
ディーンは通信を切り、そのまま現場に向かった。すると確かにそこには治安部隊が集まっていた。ディーンはその場を一望すると、その中に見知った人物がいることに気が付き彼に近づいた。その人物とは午後の会談で会うはずだったファリドゥーンだ。軍部から再編された治安部隊に所属する彼がこの場にいるのも道理だった。
「ファリドゥーン!」
「ディーン殿、丁度よいタイミングです。いま詳しい現場検証もあらかた終わったところです」
ファリドゥーンは検証結果を手短に話した。しかし、彼の話でも現場に残された薔薇がやはりバーソロミューの店のものであることと、犯人の人数が新たにわかった程度で他にめぼしい情報はなかったのであった。完全に手詰まりで唸るディーンに、ファリドゥーンは言うべきか逡巡しながらも口を開いた。
「完全に自分の憶測で事柄がデリケートな問題ゆえ報告書への記載は憚られましたが一つ付け加えることがあります」
なんだ?とディーンは藁にもすがる思いで話の先を促した。
「手口や被害者の選び方から、どうもこれらは人間の組織的な犯行ではないかと自分は考えています」
「人間たちがベルーニを襲ってる? ベルーニとは仲良くなったんだぜ? 今さらどうして」
「理由まではまだなんとも。ですが、長年軋轢のあった両種族です。表面上友好を結んだとて、諍いの火種とは綺麗に消え去るものではないでしょう。努々お忘れなきように」
ファリドゥーンの忠告にディーンは険しい表情になった。その時、彼の通信機にバーソロミューから再度連絡が入る。
「ディーン、いま大丈夫か?」
「大丈夫だぜ。何かわかったのか?」
「あぁ、犯人の根城はおそらく構外の北区だ。これまでのミーディアム強奪ならいざしらず、今回はヒトを一人抱えて移動してるはずだ。案の定、大きな荷物を抱えて構外に出た男たちを見たって話があった。円蓋内は基本的に物流も管理されているからな、十中八九間違いないだろうぜ」
「助かったぜ」
「若いのには引き続き情報収集にあたらせるが、オレも動く。北のゲートに集まれるか?」
「わかった、すぐに向かう。店長が来てくれるなら心強いぜ」
また後で、と通信をきるとディーンは今しがた聞いた情報をファリドゥーンにも伝えた。
「情報提供感謝します。本件、押っ取り刀でまだ大隊は動かせませんが、個人で動ける遊撃隊を検討しておきましょう」
「あぁ、わかった。サンキューな」
それからディーンはファリドゥーンと別れると、再びアンカーフックを取り出した。目指すは円蓋の北門。あせる気持ちを抑えて、再びARMに精神を繋ぐ。そして、2挺のARMを手足のように自在に操り、ビルの間を翔ぶように移動していく。そうして順調に合流地点に向かっていたさなか、ディーンは不意にARMに違和感があることに気づいた。そして次の瞬間、予期せぬタイミングでARMが暴発したかと思うと、射出されたアンカーが見当違いな場所へと固定されてしまった。
「な、なんだ……ッ!?」
あわてて操作を修正しようとするも、時すでに遅し。彼はバランスを崩して人気のない路地裏に墜落したのだった。
「いてててて……」と頭を押さえながらディーンが立ち上がる。受け身がとれたのは幸いだったがまだ全身が痛い。ふらつきながらも顔をあげると、薄暗い路地裏に一筋の光がさしていた。その光の中に何者かが立っているのが見える。
……どうしてこんなところに彼女がいるのか。
その姿にディーンは目を見張ると小さくつぶやいた。
「アヴ……リル……?」
【つづく】