ディーンが人類の代表となり、人間とベルーニの独立宣言をしてからおよそ一年。ファルガイアでは両種族の友好的な交流が続いていた。
少女・アヴリルは独立宣言の少しあとから、首都ライラベルの街で暮らしていた。そんな彼女には一つの不安があった。それは自身の記憶がいまだ失われていることだった。以前のアヴリルと入れ替わった彼女は、周りが空っぽの自分を通して以前の彼女を見ていることに不安を感じていたのである。
ある日、アヴリルは街のなかで一軒の新しい花屋をみつける。そしてそれが知己のバーソロミューの店であることを知った。その店の中で遅咲きの白百合を彼女は見つけた。彼女は今にも枯れそうで誰にも見向きもされないその花に、いまの自分の境遇を重ねたのであった。
花屋を出た道すがら不審な気配を感じたアヴリルは、危険だとは知りつつも無力な自分を否定するかのように路地裏へと足を踏みいれたのであった。
一方その頃ディーンは、一年前の騒動の後に顔なじみになった副総統や技術局の博士と話をしていた。日常を過ごしていたディーンの元へ知らせが入る。そこでアヴリルがいま行方不明になっていることをディーンは知った。彼は副総統の制止を振り切り執務室を飛び出すと、アヴリルの探索に向かうのだった。
途中、バーソロミューが捜索に参加してきた。二人は二手に分かれて捜索をした。その時、ディーンのARMが誤作動を起こしその影響で予期せず彼は人気のない裏路地へと迷い込んでしまう。
昼に似つかわしくない薄暗いその場所で、ディーンの目の前に一人の女性が現れたのだった。
「アヴリル……」
予期せず迷い込んだ路地裏で、ディーンは思わずつぶやいた。
昼過ぎのライラベルの街中。表の喧騒とは裏腹な、その光あたらぬ暗がりのなかに一人の人物が立っていた。その人物は空からの突然の来訪者に少し驚いたものの、一歩、また一歩とためらいがちにディーンに近づいてきた。
薄暗いビルの谷間に奇跡的に差していた一条の光の帯が、進むその姿を照らしだす。光によって少し明瞭となったその人影は、あごに手を当てるようなしぐさをしながら不思議そうに応えた。
「アヴリルさん……ですか?」
念のため、といった風にディーンから目を離し後ろを振り返る。そしてそこに誰もいないことを確認すると、ふたたび不思議そうに首を傾げた。
驚いたのはディーンも同じである。彼は目をこするとすっとんきょうな声を上げた。
「あ、あれ? ゴメン、人違いみたいだ」
はははと言い訳のような笑顔で頭を掻きながらディーンが言った。
彼の目の前にいたのは全身を真っ黒なローブで覆った人物であった。そのローブの色合いは初めて見るものであったが、目深にかぶったフードから元中立派のおそらく女性研究者であることをうかがわせた。おそらく、というのは彼女が鼻から口元にかけてを覆いで隠していて声がくぐもっていたからである。よく見ればどこにも彼女の面影はないはずなのに、どうして先ほどは見間違えたりしたのだろうか。不慮の出来事にいまだ混乱する頭でディーンは考えてみたものの、結局その結論は出なかった。いずれにせよ、人違いであるならば長居は無用である。彼は立ち上がり、それじゃぁと黒衣の女性の横を通り過ぎようとした。そのとき、女性のほうから予想外にも声が掛けられた。
「ヒトを探しているのではないですか? おそらくはとても大切なヒトを」
驚いたディーンは振り返り、まじまじとその顔をみようとした。しかし目元をほとんど見せぬフードと口元のヴェールでその人物の表情は杳として伺い知ることはできなかった。彼はもしやと思い「店長の知り合いなのか」と尋ねたが、彼女は小さく首を横に振るばかり。
ガラスの円蓋の上空で雲が動いた。先ほどまであった一条の光がゆっくりと細く消えていく。彼女はやや声を低くすると、どこか怪しげな口調で続けた。
「そしていま、手掛かりを得てそのかたの場所へと向かっている」
「どうして、わかるんだ? ひょっとして……」
一瞬、二人の視線が交差した。
「ひょっとして……キミが犯人なのか?」
顔をしかめながら単刀直入にディーンが尋ねた。その竹を割ったようなまっすぐな質問に、つい彼女は吹き出してしまう。当のディーンは、突然の笑い声に驚いたように目をパチクリとさせた。彼の表情を見ながら、コロコロと笑っていた彼女が口を開く。
「そんな風に聞かれて『はい、そうです』なんていう犯人はいませんよ。ふふふ」
「だけど……」
「少し、冗談が過ぎましたね。趣味で辻占いをやっているもので、つい癖で」
「占い……? もしかして今日も? なんでまたこんなところで」
次々と浮かんだ疑問がディーンの口からそのまま零れ落ちた。黒衣の女性はそれに首肯すると、その疑問に答える。
「えぇ。なんだか明るい場所でやるよりも当たりそうではないですか。路地裏の方が」
実際カマを掛けたら当たりましたし、などと彼女は言ってのけた。ディーンはややバツの悪さを感じつつもいまだ正体不明の彼女を訝しんで言い返した。
「いや、さすがにオレでも出会ってすぐのヒトの言葉を全部信じるほどバカじゃないぜ」
「たしかに、こんな格好では怪しまれても仕方ありませんね」
そういって、彼女は自身の黒づくめの姿を見まわした。占いのハッタリを効かせるためなのか、その装いはどこからどう見ても怪しい恰好である。
「顔をみせられればいいのですが。ちょっと昔に事故に遭ってしまって……その傷跡がひどいのです」
彼女はヴェールの上からそのほほをなぞると肩をすくめた。
「――それでもよければ見せましょうか?」
「いいや、必要ないぜ」
ディーンは首を横に振って断ると、疑ってゴメンと謝った。少なくとも彼女の悲しそうな仕草に嘘はないように思えたからだ。
「そう――、あなたは優しいかたなのですね」
すこし安堵したように彼女が言った。それから彼女は顎に手を当てて小さく考えると言葉をつづけた。
「時間を取ってしまったお詫びとその優しさへの感謝に、人探しのヒントをひとつ差し上げましょう」
「占いでか? オレ占いってあんまり――」
「ふふふ、私の趣味で人探しは難しいでしょうね。ですが、あなたのそれなら話は別です」
そういって彼女はディーンが持っていたARMを指さした。彼女の言わんとしていることが何かわからずディーンが首を傾げて先を促すと、言葉が続いた。
「≪二丁拳銃・ツインフェンリル≫――氷の女王が手ずから作った特別なARM。以前、研究室で資料を拝見しました。たしかその中に探索の弾丸があるのではないですか?」
ディーンはハッとして自身の手に収まったARMをみた。彼は急いで特殊弾倉を入れ替えると、ARMに精神をつなげていく。そしておもむろに銃口を空へと掲げると、普段そうするように探したいもの、つまり彼女をイメージしながらその銃爪を引いた。弾丸から生まれた無数の光の粒子が周囲に展開する。しかし、それらは何に反応するともなく一瞬輝いたのちに虚空へと霧散していった。
「あれ? やっぱり調子が悪いのかな」
ディーンは困惑するように自身のARMを再度みやった。一目見た限りではこれといった不調は見られないのだが……。
「広域の人探しには少し探査能力が足りないのかもしれませんね」
よろしければ見せていただけますか?と手を出した彼女に、ディーンはうなずくとそのARMをすぐさま差し出した。
その躊躇のない行動に少し驚いたものの、彼女は懐から慣れた手つきで小型の機械をとりだすとそれをARMにかざした。機械に取り付けられた小ぶりなディスプレイにツインフェンリルの内部情報が流れるように表示されていく。
「大切にメンテナンスされていますね。不具合などは……特にないようです」
どことなく嬉しそうに彼女はつぶやいた。そして手早くいくつかのデータを精査すると、必要なパラメータの調整を始めた。彼女の行動を見守っていたディーンが口を開く。
「いけそうか?」
「えぇ、なんとか。調整のため少し質問をさせてください」
その言葉に彼は短くうなずいた。
「まず、探す範囲はライラベルの北側でよかったですか?」
「あぁ、そうだぜ」
「それから、彼女の感応触媒の種類はわかりますか?」
「≪天のミーディアム≫でいいハズだ」
「よかった。それなら私のミーディアムデータが利用できそうですね」
彼女は懐からベル―二に配られている複製品のミーディアムを取り出すと、その情報を基に調整を再開した。程なくしてARMがディーンに返される。
「私が持ついくつかのデータを補完情報としてARMに記録しました。これで検索対象と選択範囲を絞って精度があがるはずです。一時的な例外処理にしましたので今回限りですが、ディテクターの光を追えば100m圏内にはたどり着けるはずです」
「あぁ、わかった。サンキューな」
ディーンは調整されたディテクターを受け取った。そしてそれを再び上空に掲げると祈るように銃爪に手を掛け弾丸を放つ。
すると再びあたりが緑色に光りだした。今度はその光の群れの中から一筋の光球がほうき星のように北に向かっていくのが見えた。普段の標識よりも移動速度が遅いのは足で追いかけられるようにとの配慮だろうか。
すぐに追いかけようと特殊弾倉をワイヤーフックに交換し、それを射出するディーン。アンカーが建物の壁に張り付きARMとつながったワイヤーが巻き取られる。ワイヤーに引かれながらディーンは、はたと思いいたり彼女を振り返った。
「そうだ、キミの名前は?」
その質問に黒衣の女性は「アトラです」と短く答えると、彼を送り出すように小さく手を振った。
「サンキューな、アトラ! 今度お礼させてくれよな」
元気よく言いながら、ディーンはワイヤーフックを繰り裏路地からビルの合間を抜け、ライラベルの空へと登っていく。
黒衣の女性はフードを手で少し持ち上げると、その空色の瞳で少年の消えて行った虚空を眩そうに見つめる。その黒い覆いのしたで、彼女の口元がわずかに歪んだ。
***********
黒衣の女性と別れたあと、ディーンはディテクターの光を追いながら待ち合わせ場所であるライラベルの北門を目指した。光のマーカーはライラベルのガラスの天井をすり抜けて、郊外地区へと進んでいくのが見えた。程なくしてディーンも円蓋の外壁へと到着する。外壁に設けられた 外界へと続く歩道の前に、見知った男が佇んでいた。その男、バーソロミューはビルの合間を縫って現れたディーンを認めると、彼に向って大声で叫んだ。
「遅かったなディーン。トラブルか?」
「ピンチはチャンスってやつさ! ひとまず店長も空の光を追ってくれ!」
短く言葉を交わすと、二人は北門をくぐり円蓋の外へと駆け出した。駆けながらディーンは先ほどバスカーの研究者に会い、ディテクターでアヴリルを探し当てたことを簡単に説明する。
ドームを出た二人の眼には、北東に向かってのびる大通りが映った。
うず高い外壁が作り出す日陰を避けて、そこよりやや離れたあたりからポツポツと建物が増えていく。この大通りは駅に向かう大街道に続いており、人間にもベル―二にも比較的人気が高い地区だ。その街並みは無機質なライラベルとは異なり、どことなくトゥエールビットのそれに似ていた。簡単に建てられる造りの住宅を中心に、食料品、日用雑貨を扱う商店から人間向けの診療所などが軒を連ねている。一方、向かって大きく左側、つまるところライラベルの西側は臨海地区であり比較的裕福な層が土地を確保していた。こちらは北東地区よりも建物がまばらであるがそのぶん個々の家が大きく造られているのが特徴だ。ディーンとバーソロミューが追う緑の光はその二つの地域のあいだ、北北西の方角へ向かって移動していた。北門から連なる大通りから外れ、道なき道を踏破するためにディーンがアンカーフックを駆使すると、バーソロミューは負けじと自慢の健脚で跳躍し近くの屋根に飛び乗った。二人は屋根伝いに街並みを横断していく。やがて周囲から障害物となる家々が減り始めていった。このあたりは商業地区と臨海地区の丁度中間のあたりである。特にこれといったうまみもなくその分地価は安かった。そしてその人気を表すように、家々もまばらに建っているのである。ただし、駆け抜けるには申し分なかった。周囲がほとんど未開の荒野と言った具合になったところでディーンが口を開いた。
「ん? なんだ、アレ?」
二人が駆ける目線の先、荒野の真ん中で車両が何台か止まっていた。その配置から察するにすべての車両が列車のように数珠つなぎになっているようだ。他ではあまり見かけない形態ではあったが、側面にペイントされた文字から商隊の一種であることが伺えた。停車した荷車の近くに何人か動く人影が見えた。加えて今まさに、先頭車両から女性と男性の2名が出てくるところであった。目を凝らすと運転士と思しき女性の頭に男性が何かを突き付けているのが見えた。それは拳銃型のARMだった。
「商隊を狙った野盗か? 荒野のど真ん中、白昼堂々とは頭が悪いのかキモが座ってんのか」
バーソロミューがやや呆れたようにつぶやいた。それから、ディーンに視線を投げて彼は尋ねる。
「みたとこ暴漢は3人だ。で、どうするよ。助けるか? それともこのまま走るか?」
「んー、両方!」
バーソロミューの問いかけに、間を置かずに答えたディーン。質問者はその返答の意図を汲むと満足そうにニッカリと笑った。
「じゃぁ、一番槍はオレがもらうぜ!」
言うが早いか駆ける速度を上げてバーソロミューが商隊へと突っ込んでいく。その駿足によるスピードは、フィジカルに優れるベル―二の中でも最上級。人間には真似できない次元のものであり、もはや獲物を狩る肉食獣のそれであった。バーソロミューは車両の横腹にいた人物に目掛けて特攻を行う。当然、獲物となった男は突然の乱入者を発見し、それを手持ちの銃で迎撃する。バーソロミューはそれをことごとく避けて見せると肉薄し、相手の胴へと右の剛拳を見舞う。かろうじて意識を保った敵が次善の策に接射を講じた。しかし、バーソロミューはそんな行動も意に介さずに、殴った勢いのまま跳躍する。相手はいまだ拳の先である。銃口が振れてあらぬ方向へと弾が飛ぶ。そのまま肉食獣は慣性にそって空に放物線を描くと車両を越えた反対側に躍り出た。着地と共にその右手の敵が地面に叩きつけられ、わずかに残った彼の意識を刈り取った。
キャラバン後方で、その光景を信じられないといった表情でみていた敵の一人は、仲間を下した超人の後方から人間が駆けてくるのを発見した。そして、これ幸いと彼に向かって銃を掃射する。一方のディーンは自身の感応触媒を取り出すと、その≪山≫の権能を引き出した。直後、大量の銃弾がディーンに降り注ぐ。しかしそれらはすべてディーンに触れるその直前でまるで見えない壁に当たるかのように止められ、ことごとくが地面に落とされていく。ミーディアムのスキル≪異相防壁≫によって弾を防いだディーンは、そのまま重戦車の如く力強く敵に迫る。
恐れをなした敵が後ろを振り返り逃走を試みる。それを追い駆けるようにディーンは足を早めると、どんどん距離を詰めていく。ディーンと敵が並んだ瞬間、彼は男の顎に素早く拳を入れその頭を揺さぶる。すると男は膝から崩れ落ち、仰向けに倒れた。
瞬く間に仲間2人が無力化されたことで、車両の先頭で女を拘束していた男はわずかに狼狽しながらも激昂した。
「ナマやってんじゃねぇぞ! こいつがどうなってもいいのかッ!!」
そういって彼は持っていたARMの銃口をいま一度、女性に突き付けた。しかし、バーソロミューとディーンはまるで散歩で通りかかっただけとでもいうように男の叫びも意に介さず走り去っていく。ディーンは背中の声には答ぬ代わりに、胸元から何かを取り出しそれを口にくわえた。それは小さな笛だった。
しびれを切らした男は銃口を人質の女から離すと手近なディーンの背に向け引き金に指を掛ける。
「危ない、おにいさん!」
拘束されていた運転手の女性がディーンに叫ぶ。その時、ディーンの咥えていた笛が甲高い音を鳴らした。その不意の快音に、男の指が躊躇する。すぐに野盗の男は彼の背後で地面を振るわせるような重低音が鳴っていることに気がついた。それは規則正しくリズムを刻んで近づいてくる。
「一体、なんだってんだ!?」
男が後ろを振り向いたのと、大きなゴムの車輪が男の頭を踏み抜いたのはほぼ同時であった。めきょりと耳慣れない不快な響きで、男の何かがひしゃげる音がした。突然の衝撃に男はそのまま地面へと倒れこんだ。
男を倒した巨大な車輪、それはディーンの愛機・自動一輪(2号)であった。呼び笛によって転送されたその巨大な車輪は、内側に設えられた運転席を空のまま土煙をあげながらディーンの元へと向かっていく。
ディーンは大地を蹴ってわずかに横に跳躍する。すると息を合わせたかのようにモノホイールの足場が彼の足を出迎えた。そうして足をステップに、手をハンドルとホイールの内側に掛けてディーンがジャンプの勢いを制動すると、その反動でモノホイールは大きく傾き、地面に美しい轍の曲線を描いていく。まるで荒野で帆船を操るかのごとく、彼は立ったまま重心を反対に傾けそれを修正する。そうして何度か左右に蛇行しながら、徐々にバランスをとり馴らしていった。
嵐のように駆けぬけていった二人と1台に女性は大きく叫び感謝を伝えた。ディーンは後ろを振り向くと手を振ってその声に答えた。
「治安部隊への連絡よろしくなッ!」
彼は立った姿勢から運転席に乗り込むと、モノホイールのスロットルを回し速度を上げた。そうしてようやく先行するバーソロミューに追いついたところで、彼がディーンに言ってきた。
「ディーン、ずるいぞ!」
彼はディーンの乗るモノホイールを指さして不満げだ。
「店長の脚なら必要ないだろ?」
「ちがーう! オレより目立つの禁止ってとこだッ!」
えー、と反論のように、拗ねるように返事をするディーン。口ではそういいながらも二人は視線を交わすとニヤリと笑い拳をぶつけた。そして何事もなかったかのようにディテクターの光を追って荒野を駆け抜けていくのであった。その先にはライラベルの北に位置する巨大な台地、その切り立った岩壁が迫っていた。
***********
「…………女…………来…だ!」
「…すぐ………じゃ…いか?」
「ボスが……は保留…………」
「だいた……ヘマをし……が偉……だよな」
輪郭のぼやけた意識を、ざわざわとした周りの声が覚醒させていく。目を開けようとしたが目隠しをされているのか視界は何かに遮られている。手足も動かすことも叶わなかった。どうやら椅子に縛り付けられているようだ。音の反響からするとどこかの屋内だと思われた。
「おっ、どうやら気が付いたようだな」
誰かの声が聞こえた。無防備な自分に近づく足音に、自然と体がこわばった。
どうして自分はこんな状況になっているのか。縛り付けられた女性、アヴリルは徐々にはっきりとしてきた意識で記憶を手繰る。
バーソロミューの花屋から出たあとに、少しだけ確認するつもりでのぞき込んだライラベルの裏路地。その角を曲がったところにベル―二の子供が倒れていた。確か子供の人数は2人だったか。そのまま息を潜めて様子をうかがっていたら、二人の男たちがその子たちからミーディアムを奪い取るのを目撃した。
(やはりこれは件の事件の! そして彼らが――)
犯人だ。そう確信したアヴリルは、この重要な情報を仲間たちに知らせなければと気が逸った。子供たちの命に別条がないことを確認すると、彼女はまずはその場を後にしなければと物音を立てないよう慎重に足を運んだ。そして振り向こうとしたとき、彼女の華奢な首筋に電撃が走った。
「馬鹿だね。目撃者よ」
最後にそんな女性の声を聞いたような気がした。そしてそこで彼女の記憶は途切れている。
おそらくあの場にもう一人いたのだろう。すぐに殺されなかったのは不幸中の幸いだった。案外、敵は悪い人ではないのかもしれない。生かされているのならば、まだ交渉の余地もあるだろう。などと、縛り付けられたままアヴリルは努めて冷静に状況を分析した。
「悪いが、お前の処分はボスの判断次第だ。現場を見られちまったからな、あまり期待はしないでくれよ」
先程近づいてきた男が彼女にそう告げた。その言葉から、彼らがなにがしかの組織であり、これからそのまとめ役が現れることが推測できた。
アヴリルが耳を澄ませたまま口をつぐんでいたのを同意ととらえたのか、目の前の人物はそれきり特に何も言わずにまた彼女から離れていった。
それからすぐに部屋の扉が開く音がした。部屋にいた数名が姿勢を整えるような音がする。わずかに緊張しているようだ。さきほど声をかけてきた男が口を開いた。
「ボス、お疲れ様です。面倒を掛けてすみません。これが例の女です」
ボスと呼ばれた人物は、まっすぐにアヴリルの元へ向かうと気さくにも挨拶をしてきた。
「よぉ、お嬢さん。縛り付けて悪いな。体調に悪いところはないか?」
「しばられている手足と、たおれたときに打ったひざが少々」
アヴリルは不安な心を見透かされないよう、毅然とした態度で回答する。
「そうか。まぁ拘束はあんたの回答如何で解くことができる。膝に関しては不可抗力だが薬をだしてやろう。ベル―二用でいいか?」
「いえ、できれば人間用をおねがいします」
「そうか……、それはよかった」
男の妙な物言いに、アヴリルの顔に疑問符が浮かぶ。眉をひそめていた彼女の耳に、くくくと噛み殺したような笑い声が聞こえた。
「あんたがベル―二だったらこの場で処分しているところだったぜ」
「それほどまでにベル―二がにくいのですか? 彼らの生活にひつようなミーディアムをうばい、くるしめるなど……」
非難するかのような口調でアヴリルが答える。
「憎かねぇさ。だが、その存在がこの星のためにならないとは思っている。アンタは歯に衣着せぬ人物のようだから率直に訊こう。我が物顔でのさばるヤツラに嫌な思いはしてないか?」
「ベル―二の中には、いい人もわるい人もいます。もちろん人間の中にも、いい人もいればわるい人もいます。あなたたちのように」
「まぁそうなるか。俺たちが悪人のように見えるのも無理はねぇ。市井には今の状況が知らされてないんだろうからよ」
少し考えるかのような間のあとに、彼は声のトーンを下げてアヴリルに静かに言った。
「だがな、これだけは言える。ヤツらベル―二がいる限り、この星に未来はない。俺たちは≪ファルガイア解放戦線≫。この星の未来を人間の手に取り戻すために活動している」
「先ほどもそのようなことをおっしゃっていました……一体どういういみなのですか」
「言葉通りさ。もっと詳しく知りたいというのなら―― どうだ、俺たちの仲間にならないか? 度胸があるやつは嫌いじゃァない」
周りの人たちが、まさかといった風に息をのむ様子がうかがえた。
「……フェアなかんゆうには聞こえませんね」
アヴリルは言葉を濁した。断れば自らの命が危険に晒されるのは明白だろう。かといって命惜しさに二つ返事で承諾することも憚られた。彼女が逡巡していると、男が口を開く。
「何も答えないんじゃ、返答はNOってことでいいな?」
男の威圧感に、目隠し越しでも睨まれていることが手に取るように分かった。
アヴリルの手の平にじっとりと汗がにじんだ。しかし、彼女は平静を装って淡々とした口調で返答した。
「……いえ、そうではありません。よしんば今の社会にはんきをひるがえしたところで、しょうさんがあるとは思えなかったもので」
その彼女の言葉を聞いて、ボスの男は少し明るい口調に戻るとこういった。
「アンタは度胸があるだけじゃなく、やはり聡明なようだ。確かに今の政府の正規部隊に少数の人間が抗ったところで結果は火を見るより明らかだろう。口惜しいが、ベル―二はベル―二であるだけで俺たち人間よりもずっと強い」
しかし、と言って彼は続けた。
「もしも俺たちが『ミーディアムを持ったら』どうなる?」
「まさか、あなたたちの狙いは――」
「ミーディアムさえあれば人間もベル―二どもに勝ることができる。それをかの英雄、ディーン・スタークが証明した。そして幸運なことに、ヤツは俺たちのために今もせっせとミーディアムを製造してくれている。まったく先駆者様様だ」
アヴリルは自身の心の中で、何か言いようのない感情がマグマのように沸き立つのを感じた。どうしてここまで感情が揺さぶられるのかわからなかった。それは仲間が残してくれた日記を読んで知っていたからかもしれない。ミーディアム、そこに込められた以前の彼女の想いを。あるいはもっと別の何かが原因か――。
いずれにしろ、彼女は結んでいた口を開くと男に反論した。
「ミーディアムは、たたかいの道具ではないはずです」
「確かに、これはただの戦いの道具じゃねぇ。星の未来を守るための希望の旗印だ」
熱くなってしまった彼女に対し、男は極めて紳士的になだめるようにやさしく言った。
「もう少しだけ考えてみてくれよ。そうだな――ひとまずお互い目を見て話そうじゃねぇか」
そういって男はアヴリルに施された目隠しを丁寧に外した。アヴリルが久しぶりにその水色の瞳を開けると、眩しい光に目がくらんだ。彼女は目を細めながら、ぼんやりとしていた視界の中で近くにいた男に焦点を合わせていく。じきに目がなれると、男の顔が――その驚愕した表情が見て取れた。
「てめぇら、これはどういうことだ?」
「え……?」
眼前のがたいのいい男が、部下を振り返って詰問する。
「こいつこそ、すべての元凶。大罪人のアヴリル・ヴァン・フルールじゃねぇかッ!」
その声に、当のアヴリルもびくりと体を震わせた。委細はわからなかったが、どうやら自分が歓迎されていないということは理解できた。さきほどまでの勧誘もこれで白紙だろう。目の前の男は腰に帯びた剣型のARMに手を掛け、それをスラリと引き抜いた。
もはや自分の命運もここまでかと思ったが、不思議と恐怖心よりもどこか安堵するような気持が広がるのをアヴリルは感じていた。そんな気持ちが現れたのかまったく抵抗する様子をみせない彼女をみて、首魁の男は怪訝な表情を浮かべる。それでも持った大剣を振り上げんとした彼に、部屋の壁際からやや大柄な人物が近寄ってきた。いままで沈黙を貫いてきたその人物は、蒼色の外套に頭から足までその身をすっぽりと包まれた格好をしていた。蒼の外套者は、猛る男に何がしかを耳打ちしていく。
「……なるほどな。それは妙案だ」
ボスは剣を下すと、嘗め回すように、はたまた憐れむようにアヴリルをみてニヤリと嗤った。
***********
一方そのころ、ディテクターの光を追って荒野を駆けていたディーンとバーソロミューはライラベル北部にある台地の麓にたどり着いていた。そこにポツンと存在した木々のあたりで光は止まり、そこで大きくはじけたのだ。そこで周囲を探した二人はひとつの施設を見つけたのだった。その前面に掲げられた看板を見てディーンは顔をしかめる。
「白……雲……」
「白雲孤飛の館って書いてあるな。なんだここは」
ディーンが読み上げるのをバーソロミューが引き継いで答えた。しかし、彼にもこの館の正体はわからないようだった。
その施設は一面の壁が清潔そうな白色で塗られており、その周囲には幾ばくかの針葉樹が植樹されていた。それはまるで外から施設を隠すかのようにも見られた。名称だけではどうにもはっきりしなかったが少なくとも個人の邸宅ではなさそうだった。
他に手掛かりがないか看板のまわりをつぶさに見ていくとディーンがすぐさまそれを発見した。
「あ、ここに私設孤児院って書いてあるぜ」
「なるほどな。差し詰め≪白い孤児院≫ってトコか」
表向きは孤児院だがはてさて、とバーソロミューは眉に唾してその孤児院の外観を見回した。
「ここにほんとに彼女が捉えられてるのかな」
ディーンは自身のARMを見ながら自信なさげにつぶやいた。それにバーソロミューが答える。
「ディーン、こいつはおそらく当たりだぜ」
「なんでわかるんだ?」
「有体にいえば……勘、だな」
ガハハと豪快に、ただし見つからないようそれなりに控えめに、笑ったバーソロミューだったが、その実、彼の眼は孤児院の違和感を捉えていた。子供が遊んでいるかのように置かれた庭の遊具や設備には傷も減りもなく使われた痕跡がみられなかった。一方で、この場所に向かう轍の数から何者かが頻繁に出入りしている様子がみられた。その割には、見える範囲では水を打ったように静かであるのも妙だった。
「まぁ色々引っかかる点はあるがな、なにより花壇の手入れがなっちゃいねぇ」
すこしムスっとしながら指差し答える店長に、ディーンは目を丸くしながらも歯を見せて笑った。
「どんなに外見を取り繕っても、 中身はサイアクってことがままあんのさ。そういう女に騙されんなよ?」
「オーケー。そういうオトコにならないよう気を付けるぜ」
なぁにお前はダイジョブさ、などと軽口をいい返したバーソロミューは、一転表情を硬くして提案する。
「さて、ここは王道でいこう。二手に分かれるぞ。揺動と潜入だ」
「あぁ、オレもそう思ってた。潜入はオレでいいか?」
「そのほうが小回りが利くだろうからな。いいぜ、揺動はオレが買ってやる。救って来いよ、アヴリルを!」
意見がまとまり、うなずく二人。
「勘がハズれたときの責任はオレが被る。気にせずやんな」
「バカだなぁ、総統はオレだぜ? それくらい≪覚悟≫はできてる」
そういってディーンは片目をつぶると拳を前に突き出した。
バーソロミューも口の端をニヒルに吊り上げると、少年が出した拳に自分の右手をコツリと当てた。
「「状況開始」」
二人は声を合わせると、それぞれ施設の正面と裏手に別れていった。
「ごめんくださーい!」
バーソロミューはまずは穏便に入口の扉を叩く。すると中から施設の職員を装った若い男女が現れた。出てきた二人は訪問者がどうにも威圧感のある大男であることに気づき、一瞬ぎょっとした。しかしそれを取り繕うとにこやかに尋ねた。
「いったいどうされましたか?」
二人の様子をじっとみたバーソロミューは、そのボディラインや重心のブレから彼らがARMや防弾装備を身に着けていることを読み取った。しかしそれをおくびにもださず、にこやかに用件を伝えていく。
「どうも初めまして。オレはライラベルでしがない花屋をやってる者です。こちらに珍しいお花があると聞いたので伺ったんですが……」
眉を曲げて困った表情の男が隣の女に目線を投げた。当の女は面倒くさそうに一瞬表情を曇らせたが、それを悟らせまいと笑顔を貼り付けて目の前の大男に回答する。
「珍しい花……ですか? 心当たりはありませんが、あるなら庭の花壇かと思います。減るもんではありませんし、どうぞごゆっくり」
丁寧な返しにうんうんとうなずいていたバーソロミューであったが、表情はにこやかなまま少し声を低くしてそれに返答した。
「いえいえ、あんな放置されたヤツじゃなくて、もっと活きのいいのが運びこまれたって聞いたんですよ。丁度今朝あたり、大きな白い花が」
バーソロミューが言い終わるか終わらないかというところで、目の前の二人が隠していたARMを引き抜いた。二人の次の行動に先んじて、花屋の男は足で玄関の床板を踏みつける。衝撃で大きく剥がれて浮いたその板を、目の前の敵に豪快に蹴りつけた。
床板が当たった男女が吹き飛び、それぞれ壁や扉に打ち付けられる。
「やっぱりなーんか、隠してるな? ちょっと捜索をいれさせてもらうぜ」
言うや否や、彼は先ほどの野盗に見舞ったものよりも数段研ぎ澄ませた正拳で、近くの壁をブチ抜いた。そして悠々と孤児院の検分を始めたのだった。
表で騒ぎが始まった。それを確認してディーンも行動を開始する。
裏口を見回すと孤児院にしては不釣り合いに大きなダクトがあった。ディーンはやや高所にあるその排気口へアンカーフックを伸ばすと、周りを確認し一息でそこから中へするりと侵入するのだった。
***********
「ここだ、入れ」
ずんぐりとした体形の男にそう短く告げられアヴリルが入ったのは、先ほど監禁されていた場所よりもやや広い、窓のない部屋であった。
違うのは広さばかりではなかった。こちらの部屋にはいくつもの見慣れない装置類が置かれていた。それらを目で辿っていくと部屋の中央にある金属製の背もたれがついた椅子につながっていた。その座り心地の悪そうな椅子の近くに、あの蒼い外套の男が立っていた。それから違いはもう一つ。ここにはアヴリルのほかに30人前後の子供たちが同様に拘束され集められていた。その顔はひどく怯えているようで、見ているだけでアヴリルは胸が痛んだ。彼女は自身をこの部屋に連れてきた男に険しい目で言った。
「このような小さな子どもをしばりあげて、なにがかいほうせんせんですか」
その鋭い視線を向けられたお目付け役の男は、しかしそれをどこ吹く風と相手にしなかった。それどころかへらへらとした笑顔で言ってのける。
「あぁ、子供は宝だよ。ベル―二のガキはミーディアムになるし、人間のガキは手駒になる」
「てごま……?」
「まぁ見ていろ」
男はアヴリルをその場に置いて、子供たちの方へと向かっていく。そしてそこから最も近かった一人の少女を連れ出すと、部屋に鎮座する機械仕掛けの椅子へと座らせた。怯える少女の体を外套の男が手際よく椅子へと固定していく。そして子供の頭に半球状の覆いをかぶせた。
「いったい何を……!」
アヴリルが言い知れぬ不安を抱きながらことの次第を見守ると、次に蒼外套の男は懐から何かを取り出した。それはミーディアムだった。アヴリルはそのミーディアムに妙な違和感を感じる。違和感の正体はすぐにわかった。黒いのだ。本来、金色に輝くはずのミーディアムの中央部が、目の前のそれではドス黒く変色していたのだ。男はその黒いミーディアムを装置のくぼみにはめ込んだ。そしておもむろに手元の機械を操作する。装置が音と立てて起動し始めた。
次の瞬間、先ほどのミーディアムが黒い輝きを放つとそれは装置に移り、そこから繋がった椅子へと送られていく。
「ああぁあぁあぁぁぁぁぐあ、あああァァァア、アアッ!!!!」
部屋に不快な声が響いた。声の主は少女である。泣き叫ぶようなその声に、アヴリルは居ても立ってもいられず彼女の元へと駆けだした。
しかし三歩も進まぬうちに、その体はお目付け役の男の腕に止められてしまう。
「すぐに終わる」
男が言い終わるのが早いか、果たしてその声は間もなく止んだ。蒼外套の男がぐったりした少女の頭部から装置を外す。
うつろな瞳の彼女へ隣にいた蒼外套が何やらささやき、その拘束を外す。すると彼女はこくりとうなずき、何事もなかったかのようにすたすたと歩きはじめた。そして子供たちのなかから先ほどと同様に一人の少年を選んで装置へと引っ張った。当然、選ばれた少年は抵抗したが少女の細腕にまったくなす術なく連行されていった。彼は先ほどと同様に椅子に固定され、装置のスイッチが入れられる。
そこからは作業だった。装置に掛けられた子供たちが次々と分担し、あれよあれよという間に集められた子供のおよそ半数がその瞳をうつろに変えられていった。泣いて謝り助けを懇願する子もいた。果敢にも他の子どもを助けようとした少年もいた。しかしそのすべてが無駄に終わった。
アヴリルは拘束されながらも、その光景の一部始終を目に焼き付け歯噛みした。
「これがオレたちのもう一つの切り札だ」
「なんと、しゅうあくでざんこくな……」
「もともと身寄りも学もない子供たちが養子に迎えられるためさ」
「おもてむきは、でしょう?」
「元の生活より幸せさ。加えてこっちに金も入る」
それのどこに幸せがあるのか、とアヴリルは彼の言葉に嫌悪感を抱き顔をしかめた。
よしんばこの子達が幸せを感じたとしても、元の彼ら彼女らが求めたそれと同一である保証などないではないか。以前の私と、今の私のそれが異なるように。
彼女はぐっと言葉を飲み込むと、欺瞞を非難するようにお目付け役の男に言った。
「そして来る日に、その子たちを各地でたたかわせるつもりなのですね」
その言葉に男は瞠目するとニヤリと笑う。
「本当に聡いな。その知性がなくなるのが敵ながら惜しい」
アブリルは、やはりと思いながら眉をひそめた。この部屋に連れてこられたのだ、彼らは自分も洗脳して何かに使うつもりのようだ。
彼らに与することになれば、世界が血に濡れるのは必至。ならば、どうにかしてこの場所から抜け出さなければならない。残された無事な子供たちと共に――。
アヴリルはなんとか打開策がないかと限られた時間で思索を巡らせる。しかし、そのどれもがうまくいくとは思えなかった。せめて自分に戦う力さえあればと思わずにはいられなかった。突然グレッグたちが助けに来てくれる、そんな奇跡のようなことを信じられるほど彼女はロマンチストにもなれなかった。不安と焦燥の中で、彼女の心にある人物の影がチラリと映った。
「えっ……?」
思わず声が漏れた。彼女にとってそれは本当に意外な人物だった。どうして今あの少年のことを想い出したのか。なにより自分がまだ見たことのない彼の青空のような笑顔を、いまこの場で想い浮かべたのか。アヴリルにはその理由が思い当たらなかった。無理やり理由を探すならば、やはりレベッカの日記ということになるのだろうか。
「あなたならこのじょうきょうも――。そんな風に思えてしまいます」
彼女は手錠が嵌められた両手を組むと、胸にそっとその手を置いた。そして悲しみに耐えるように、はたまた祈るようにその目を閉じた。彼女の様子に、隣で男が怪訝な顔をした。
その時だ、突如けたたましい警報が部屋に鳴り響く。お目付け役の男が叫んだ。
「どうした!何が起きた!?」
間を置かずに部屋の外の廊下で幾人かが駆けていく音がした。しばらくして別の足音がアヴリルたちの部屋へと顔を出した。そして男に状況を叫ぶ。
「敵襲だ!なんだかわからないが男がひとり上で暴れているらしい」
「そんなものすぐどうにかできるだろう?」
「それがめっぽう強いんだ。調整が終わった子供たちも使わせてもらうぞ」
彼はそういうと、装置に掛けられたばかりの子供たちを先導して足早に去っていった。迎撃組が去った後、お目付け役の男が蒼外套へと声をかけた。
「賛同者さんよ、どうも雲行きがおかしい。予定を変更してこの女を先に装置に掛けてくれないか?」
その言葉に蒼外套の男がコクリとうなずいた。そして彼は今しがた処置が終わった少年の頭から装置を外した。しかし、当の少年は装置を外されてもうめき声を上げ続けた。お目付け役の男は、辟易といった顔でその光景をみた。処置をしていた蒼外套の男が少年の拘束を外すと、彼はなおも苦しそうに呻きながらも力なくゴトリと床に落ちた。
「こんなときに拒絶反応か。めんどくせぇ」
恰幅のいい男はそういってくたびれたジャケットの胸元からARMを取り出した。それを見てアヴリルが叫ぶ。
「何をする気ですかッ!」
「こうしねぇと、じきに暴れまわるんだよ」
男は彼女の叫びも気にも留めず苦しむ少年に銃口を向けた。その状況にアヴリルは意を決すると、拘束されたままのその両手で男の腕を掴んだ。
「やめなさい」
「助ける方法なんかこれしかねぇんだ」
アヴリルと男が揉みあう。しかし相手は仮にも武装勢力の構成員である。華奢な彼女が押し勝てる要素などなかった。
じきに彼女の両手が男から引きはがされると、男は手錠を掴んで彼女の体を持ち上げた。男が吊るしたアヴリルに銃口を向ける。暴れないように多少痛めつける腹積もりたった。アヴリルはぎゅっと目を瞑り口を結んだ。それは恐怖からではなかった。自分の無力さが悔しくて、彼女の顔が悲痛に歪む。強く瞑った瞳から、こぼれた涙がほほを伝った。
(私に力があれば……ほんの少しでもいい、目の前の悲劇を救う力があれば――)
その時、ドクンと心臓が跳ねるような音が聞こえた。アヴリルは驚いて目を見張るとその音の正体を探った。景色がゆっくりと動いて見えた。
目の前の男にはその心音が聞こえていないようだった。彼のARMがゆっくりと水あめのような時間の中を動いていく。アヴリルはさらにドクンドクンと激しさを増す音の出所を探していく。それは彼女を拘束しているその男の胸元から響いているようだった。そして次の瞬間、男の胸元で何かが強烈な光が爆ぜた。
「一体なんだ!?」
それは男が携帯していた感応触媒からの光だった。なおも輝きを増していくミーディアム。それはアヴリルに語りかけてきた。
『そなたが《記憶》の相続人であるならば、正しき名前を告げよ』
アヴリルはミーディアムからの質問を反芻する。
(正しき……名前? 私の……?)
「アヴリル……」と彼女は思わずつぶやいた。その言葉を待っていたかのように、ミーディアムが反応する。
『…………該当名および生体波形照合完了。限定管理者権限で起動します』
そう声が告げると、ミーディアムはなおも輝きを増し部屋全体を白く塗りつぶしていく。
「熱ッ!」
男はアヴリルを拘束していた手を離すと、熱を放ち始めたミーディアムを取り出し床へと放り投げた。カランカランと乾いた音が部屋に響いた。と同時にミーディアムによる閃光も収まっていく。同じく床に落とされたアヴリルは、なんとか立ち上がると音を立てて転がるミーディアムに向かって直感的に駆けだした。
これ以上の異常事態はこりごりと、見張りの男が不審な行動をとるアヴリルにARMを向ける。そこではたと気づきその銃口を子供たちの方向へ向けた。少年たちが身を縮こませる。
「おい、止まれ!ガキどもがどうなってもいいのか!」
男の指が銃爪にかかった。そのとき、部屋の入口のほうからコツンと軽い音が鳴った。今度はなんだ!と男が振り返ると入口の床に小さな物体が転がっていた。それはなんの変哲もない金属のネジだ。男がネジを認めた直後、彼の後ろにある天井のダクトが音を立ててぶち破られた。
勢いよく外れた排気口から青髪の少年が現れる。彼は床に着地すると息つく間もなくお目付け役の男に背後から駆け寄った。男の脚を払い体勢を崩すとその上体に肘を入れ、彼を地面に打ち付けた。同時に少年のもつARMが四度、弾丸を放つ。不意を突かれた男は全身を打ちつけた痛みの中、どうにか立ち上がろうと力を入れる。しかし、男の四肢は青髪の少年、ディーンの放った氷結弾によって既に床に凍り付いていた。
男に右手のARMを向けて残心しながらも、ディーンは洗脳装置のそばにいた男に残った左の銃を向ける。しかしそこに既に敵の姿はなかった。気づけば蒼外套の男はディーンも驚く速度で部屋の出口へと一目散に向かって走っていた。威嚇で撃って当てるわけにもいかず、ディーンはその銃を下し蒼外套の男はまんまと部屋から逃げおおせた。それからディーンは人質となっていたアヴリルに声をかける。
「大丈夫か?!」
ようやっと彼女の方を向いたディーンだったが、彼は二の句を継げず口をつぐんだ。アヴリルの、彼女のその真剣な表情を見たからだ。
彼女は苦しむ少年に駆け寄ると、その横に跪いた。彼女のその掌には先ほど零れ落ちたミーディアムが握られていた。彼女の瞳いっぱいに少年の苦しそうな顔が映る。
その時アヴリルは、不思議な感覚を得ていた。
さきほどミーディアムの声に応えそれに直接触れた瞬間、彼女の脳内には洪水のように情報がなだれ込んできていた。それはミーディアムの取扱い説明書とでもいうようなものであり、装置の構成やどうすれば何ができるかをすべて網羅したような情報の塊だった。そうした全能感のような感覚のなか、彼女は確信した。ミーディアムの機能を使えば、きっと目の前の子供は救えると。
アヴリルは精神を集中させると、この一年まったく成功しなかったミーディアムと精神の同調を開始する。ほどなくしてそれは難なく成された。そしてその瞬間、彼女の胸に鈍痛が広がった。大きな丸太で打ち付けられたかのようなその痛みは、しかし初めの一瞬だけでその後は徐々に落ち着いた。どうにか耐えられそうな痛みだと知って彼女は気を取り直すと、ミーディアムとの霊的なパスを意識する。そして自身の手のひらを少年の体にかざし、今度はそのパスを苦しむ少年へと感覚的に延長していく。
しかしそこからは難儀した。ミーディアムを扱うこと自体が初めて、ましてや他人の肉体に精神をつなぐなど前代未聞の工程だったからだ。ミーディアムによる補助をもってしても、なかなか経路を繋ぐことができなかった。
そうこうしている間に少年の唸りが質を変え、攻撃的な色を帯びてきた。彼は目の前のアヴリルを仇のように睨みつけると、その手を手刀と変えて彼女の顔へと突き出した。
「危ないッ!」
ディーンの手が間に合いなんとかその軌道を曲げたものの、少年の爪はアヴリルの頬をかすめ、彼女に赤い血をにじませた。アヴリルはジワリとあふれてくる血には気にも止めず、空を切った少年の手を優しくとると、今度はそこを起点にパスをつなぐイメージをしていく。これが奏功しどうにか二人の間にミーディアムを介した経路ができあがった。
パスができたことで彼女の瞳に異様な存在が映りだした。それは少年の体を包むような黒いモヤのイメージだった。アヴリルは意を決すると小さくつぶやき魔法を発動させる。
「――吸引」
アヴリルは霊的経路を用いて、少年のモヤを自身に向かって吸い出していく。二次被害を懸念してはいたが、黒いモヤはこともなく彼女の体内に入るとじわりと馴染むように消えていった。そうして少年からすっかり黒いモヤを取り除き終わると、彼の苦悶の表情は安らかなものへと変わっていった。
少年の処置が終わると、アヴリルはふぅと肺にたまった息を吐いた。体感では1時間ほどのつもりであったが、後で聞いた話では実際には1,2分といったところだった。神経を尖らせた施術が終わり、ぐったりしたアヴリルの背中をディーンが支えた。
「大丈夫か?」
「少し、疲れました」
そう言って振り向いた彼女の顔には玉の汗が浮かんでいた。しかしその疲れがとても充実したものであるかのように彼女は笑っていた。その表情にディーンは一瞬ドキリとして目を見張った。しかしすぐに小さく首を振ると「気休めだけど」とヒールベリーを彼女に手渡した。アヴリルがお礼を言ってからそれを一粒口に入れると、あふれ出た果汁が口の中に広がった。その甘みと酸味は、確かに張り詰めたこころを解してくれるような心地がした。ディーンは彼女に質問をする。
「一体何をしたんだ?」
「私もよくはわかっていませんが、ミーディアムのパスを使って彼を蝕んでいた悪いモノを掻きだしました」
「ミーディアムの……パス?」
ディーンが不思議な言葉を聞いたように首をひねった。
「いくつか隠された機能があるようです。そしてどうやらアヴリルの体にはそれを使う権限があるようなのです」
そういうものかとひとまず頷き納得したディーンは、無事の再会に安堵の表情でアヴリルをみた。
「遅くなりましたが、助けていただいてありがとうございます」
一息ついたアヴリルは、ディーンに感謝を述べた。ディーンはそれにまたも頷きで返す。彼女は肩を抱かれていた姿勢からゆっくりと立ち上がった。それから静かに寝息を立てている少年を満足そうにみると、おもむろに洗脳装置のほうへと歩みを進めた。そしてそこに残されたままの解除キーで自身の手かせを外した。
「あら?」
何気なくみやった洗脳装置の制御基盤。アヴリルは先ほどまでそこにあったものが無くなっていることに気が付いた。
「どうかしたのか?」
「ミーディアムが……黒いミーディアムが外されています」
その単語にディーンは疑問符を顔に浮かべたが、アヴリルは首を振ると彼に提案する。
「いえ、まずは脱出することを考えましょう。何かいいアイディアはありますか?」
彼女は言いながら、マスターキーで子供たちの拘束を手早く外していった。
一方のディーンはポーチからひとつの道具を取り出した。
「こいつを使おう」
「脱出の宝珠……ですか?」
「あぁ。さっきここの入口近くに座標指定してきたんだ」
彼の手に乗る紫色の球体をみて、アヴリルは顎に手を当てて少し唸ると意見を述べた。彼女が気になったのはそのアイテムの性能限界だ。
「この人数では重量制限に引っかかるかもしれませんね……」
「確かにな。こんなに子供がいるって思わなかったから――」
そういってディーンは残された十余名の子供たちを見渡し頭をかいた。彼に見られた子供たちは一様に表情を曇らせた。それは自分が取り残されるのではないかという不安だった。
「二手に別れるのはどうだ? キミができるかぎりの子供たちとオーブで脱出する。残った子供たちはオレが地上へ連れて行くよ」
その提案に首を横に振るアブリル。彼女は言った。
「何人も守りながらこの施設を駆けるのは危険です。オーブを使うのは子供たちだけにしましょう。それなら何とか全員一緒に逃げられるでしょうから」
「危険……って、子供だけで行動させるほうが危険なんじゃないか?」
「あなたのことですから、ここに来るまでにきっといくつか騒ぎを起こしたのではないですか? 当然、当局もそれに気づいているはずです。キャロルやペルセフォネなら貴方の足取りから今頃ここを割り出して増援を差し向けていることでしょう。子供達は後発隊に保護してもらい、その時こちらの状況も伝えてもらいます」
アヴリルの説明を受けて、ディーンは瞠目し鼻をこすった。
「わかった、その案でいこう。その代わりキミはオレが必ず無事に連れて帰る」
「よろしくお願いします」
意見がまとまると、二人は部屋の子供たちを一か所に集めていった。そして、彼らにオーブを持たせ施設の外へと脱出させたのだった。
二人が子供たちを無事見送った後すぐ、施設全体が大きく揺らいだ。心なしか、最初よりも戦闘による破壊音が大きくなっている気がした。なんだ?!とディーンが驚きの声を上げる。すると、床に拘束されていた男が先ほどからの沈黙を破り、二人に声をかけてきた。
「きっとボスの戦闘だ。オレは遅れをとったが、うちのボスはこうはいかねぇぞ」
ディーンは一人で大立ち回りをしているだろうバーソロミューを想い、できるだけ早く合流しようと決意した。
***********
それから二人は鍵のかかっていない経路を探しつつ、外を目指した。ディーンが潜入したときの感覚があっていれば、ここは施設の地下のはずであった。まずは上に登る手段を探さなければいけなかった。脱出の途中で何度か敵に遭遇したが、ディーンにとってはそれほどの脅威でもなく特に難なく進めていた。それでも年端もいかない子供を連れていたらここまで順調には行かなかったかもしれない。ディーンは先ほどアヴリルと再会した時を想い出し話を振った。
「子供たちのコトさ、やっぱりあの時逃がせてよかったって思ったぜ。キミはやっぱスゲーな。オレそういうのはカラッキシだからさ」
「そんなことはありませんよ。あなたの案もそこまで悪くはありませんでした。ただ、私は失敗したときのリスクが一番小さくなるよう提案しただけです」
「リスク?」
「だって、あの子たちよりも私がいなくなるほうが未来の損失は少ないハズですから」
自嘲的にそう告げた彼女に、ディーンは少し怒ったように反論した。
「キミの存在だって、大切に決まってるじゃないか!」
「それは――、『以前の私への手掛かりを失うから』ですか」
アヴリルは熱くなった彼とは対照的に氷のように冷たい眼をしていた。しかし、その瞳はディーンではなくほかでもない彼女自身に向けられていようであった。彼女は続けた。
「あなたには助けてもらって、いいえライラベルでの生活にだって本当に感謝しています。でもその本心は全てアヴリルのためなのではないですか」
「それは違うッ! キミのことだってオレは――」
「じゃぁどうして……」
アヴリルの不安をディーンは否定した。しかし続く彼の言葉は、涙と共にあふれ出た彼女の言葉が遮った。
「どうして私の名前を口にしないのですか。一度たりとも、あなたはアヴリルと呼ばないではないですかッ!」
彼女の叫びにディーンは目を見開くと、その顔を伏せた。その様子にアヴリルの顔は失望で染まる。そして彼女はその足を止めると、つぶやくように言葉を紡いだ。
「私の存在を、アヴリルとして認められないからではないのですか……?」
「違うんだ……オレは……。……ごめん」
押し殺していた想いをぶつけたアヴリルは、目の前で同じように足を止め悲しそうに顔を歪ませるディーンをみて心がチクリと痛むのを感じた。彼女は一度、目を閉じて心を落ち着かせると、再び前に向かってどうにか足を動かした。そしてすれ違いざまに彼に詫びた。
「申し訳ありません。疲れで少し感情的になってしまいました。今は脱出することを考えましょう」
アヴリルは彼の顔を見ることができなかった。二人は気まずさに無言で廊下を進んでいく。そして間を置かずに大きな扉に行き当たった。気を取り直してディーンが慎重に扉を開ける。二人が中に入ってみると、そこは比較的大きな広間のようになっていた。室内にはいくつか石でできた様なブロックがあるばかりで、あとは反対側に出入り口が一つあるだけだった。
ディーンたちはゆっくりとその部屋を歩いていく。ちょうど部屋の真ん中に差し掛かったころ、ディーンがアヴリルの前に腕を突き出してその歩みを制止した。カチャリと金属音が響く。彼は反対の腕でARMを構えていた。彼のARMが向いた先、広場の出口のその影から一人の男が現れた。
「やはり表の騒ぎは揺動だったか」
「あなたは……」
アヴリルの見知った顔が現れた。それは先ほど目にした解放戦線の首魁の男だった。
彼はアヴリルの隣にいる人物を見て目を見張る。
「ディーン・スターク……独立の英雄直々のお出ましとは痛み入る。それほどまでに氷の女王は重要というわけか」
「……あんたは誰だ?」
「俺はファルガイア解放戦線のノッシュ。別に覚えてくれなくてもいい」
「ノッシュ、一つ教えてくれ。あんたはどうしてベルーニを傷つけミーディアムを奪うんだ?」
彼はその腰から長剣を引き抜くと、それを片手で下段に構えた。
一方のディーンは片手に構えていたARMを銃嚢へしまうと、アヴリルを庇うように彼女の前に一歩踏み出した。
「ファルガイアの、未来を守る大義のためだ」
「ベル―二との共存じゃダメなのか」
「その時間はない。もとより人間が寄生虫にミーディアムを与えるいわれもない」
男の言を拒絶するように、ディーンは腕を横に振り払いながら反論する。
「ベル―二は寄生虫じゃないだろッ!」
「本当にそう思うか? 人間はベル―二の生活を保障している。ではヤツラはどうだ? 人間に何を齎してくれる?」
男の質問にディーンが眉根を寄せながら答えた。
「いまの便利な世の中があるのはベル―二の技術のおかけじゃないか」
「そうベル―二の科学技術、それが問題だ」
ディーンの眉間に寄った皺が、怒りから疑問のそれに変わっていく。男はディーンの表情が多少ゆるんだのを確認すると、口を開いた。
「――惑星全球凍結だ」
「全球……凍結?」
耳慣れない単語に、ディーンは反芻するように繰り返した。首魁の男の言葉を、傍で見守っていたアヴリルが受けた。
「何らかの原因で熱収支の均衡がくずれ、星全体が徐々に氷雪におおわれる現象――ですね。突然なんだというのですか」
「そう、始まりはいつだって突然だ。いま母なる星ファルガイアに起きている危機がそれなのだ」
ディーンとアヴリルはそれぞれに男の言葉に驚いた。
「ファルガイアが危ないってのか?」
「そうだ。ベル―二が持ち込んだ科学技術によりエネルギーを使った分の澱がいま、ファルガイア環境に負荷を与えている。そして星の力は徐々にだが確実に弱まっている」
アヴリルは信じられないというふうに首を振って反論した。
「この100余年バランスを保って発展してきたはずです。12000年前と同じ 轍を踏まないために」
「それが崩れた」
「どうして?!」
首魁の男は手に持った剣を上げ、その剣先をディーンに向ける。
「始まりは1年前だ。貴様の独立宣言のあの日、暴走したTFシステムは大地のエネルギーを急速にそして大規模に吸い上げた。それも致命的なまでに。そのせいで今、ファルガイアは12000年かけて回復させた星の命を使い果たし瀕死の状態に逆戻りだ」
彼は向けていた剣を下げると、口惜しそうに話を続けた。
「弱ったファルガイアの自浄作用では、いまの人口と社会のエネルギー負荷に耐えられない。棄てるしかないのだよ、科学技術もベル―二も」
彼は手にした剣を逆手に持ち帰ると、それを床へと突き立てた。ディーンはかぶりを振ると男に食って掛かった。
「星がピンチ……だからってこんな方法が正しいわけないだろ!」
「正しい正しくないの問題ではない。切り捨ててでも生き延びるか仲良く共に滅びるかだ。オレたちは未来のために前者を選ぶ。それを悪だと誹るなら、俺の正義のために悪を貫こう。そして、そのために必要なのがミーディアムの圧倒的な力だ」
アヴリルはディーンの背中から抜けると彼の横に並んだ。そして首魁の男の顔をみながら彼を問いただす。
「根拠は、あるのですか?」
「本当に政府は把握していないのか……? こちらには独自のレイライン観測の統計と気温のログがある。そいつらがこの事態の原因が1年前の独立記念日だと示している。政府の情報と突き合せれば嘘でないことがわかるだろう」
考え込むようなアヴリルから視線を外し、男はディーンを見据えた。
「できれば同じ人間同士で争いたくはない。この話を聞いて協力するならよし。できないならせめてアヴリル・ヴァン・フルールを置いて去れ」
当然、男の提案など飲めるはずもなくディーンは反対した。
「そんなこと、できるわけないだろ! 彼女は関係ないはずだ」
「いいや。その女には、この事態の責任を取ってもらう」
「待ってくれ。知らないだろうけど、今の彼女は1年前のアヴリルとは別人なんだ」
ディーンの幼稚な物言いに、男は乾いた笑いを返す。
「知っているさ、ウワサ程度には。だが完全に無関係でもないだろう? システムを建造した本人ではあるのだから」
男はディーンを尻目に再び剣をとると、今度はアヴリルにその切っ先を向け言い放った。その挑発的な行動に反応しようとするディーンをアヴリルは片手を上げて制した。
「……私が惑星改造計画の罪を償えるのですか? あなたに従えば世界を救えるのですか?」
「あぁ、救えるとも。――その命を対価にすれば」
ディーンが狼狽する。一方のアヴリルは、やはりと言った表情で男に先の言葉を促した。
「博識な支援者がいてな。先史文明期のある情報を教えてくれたよ」
「ある情報、とは?」
「そいつは≪ガイアのうねり≫――つまり王家の血筋、その命を対価に生み出される莫大な星の血液だ。そいつが得られれば、より確実に弱った星の命を救えるはずだ」
アヴリルは顎に手を当てて逡巡した。そして結論がでたのかすぐに顔を上げると、男に一つ質問をする。
「もし、あなたたちの想定以上の……つまり、十分なエネルギーが得られたら、ベル―二との共存を約束していただけますか?」
「なるほど……そういうことならベル―二の件は検討しよう。俺たちも憎さから敵対するわけではない」
「それから一つ問題が。何かしらの儀式をするにも、わたくしは過去の記憶を失っています」
「方法はこちらで調査しよう。それに、記憶を取り戻すサポートもここにある洗脳装置を転用すれば可能かもしれない」
「……わかりました。この徒花が未来の礎となれるなら」
そういって一歩を歩み出したアヴリルの前に、ディーンが向かい合うように立ちふさがった。
「ちょっと待ってくれ。オレは納得できない」
ディーンの制止に構わずアヴリルはその横を通り過ぎようとした。取りつく島のない彼女の態度に、ディーンはたまらず手を伸ばす。
「……離してください」
アヴリルは、苛立つような声で彼女の腕を掴んだディーンに言った。追い打ちに首魁の男が笑いをかみ殺したように茶々を入れる。
「逃げる女を力でどうこうしようとは先駆者殿もヒトが悪い」
「涙を流しているヒトをほっとくほうが、オレはどうかと思うぜ」
「涙……だと? 誰が泣いているというんだ」
アヴリルは目を伏せたまま無言でディーンの手を振りほどこうとしていた。ディーンはその手に自身の左手もあわせて添えた。そして優しく語りかける。
「前にオレ、キミに質問したろ?『アヴリルはどんな気持ちでループしてるんだろう』って。あれさ……ずっと謝りたかったんだ」
「何を……謝る必要があるのですか」
「だって、アヴリルの気持ちを聞くなんておかしいじゃないか。キミはキミだから。他の誰かの代わりなんかじゃない。過去の記憶がないのなら、今だってきっともっとずっと自由に生きていいハズなんだ」
アヴリルは顔を上げると潤んだ瞳で彼を見た。ディーンは落ち着かせるように薄く微笑みながら、申し訳なさそうな声で続けた。
「ずっとキミを見ていて、そのコトに気付いたんだ。だからそれからどうしても呼べなかった。キミの名前を。オレが弱いから。オレの中のその名前に縛り付けてしまいそうだったから……」
「ディーン……私は……」
アヴリルはディーンに向き直る。そしてまるで想いを伝えるように空いた片手を彼の手に重ねようと伸ばした。その状況に首魁の男は苦虫をつぶすように奥歯を噛んだ。
「交渉、――決裂か」
彼はARMを構えて駆け出すと、一息で二人との距離を詰めていく。そして繋ぐ彼らの腕めがけ、その長剣を振りかぶる。
ディーンは咄嗟に掴んでいた手を解くと、延ばされたアヴリルの手を彼女の体ごと突き放した。アヴリルは悲しそうな目で離れた手を見つめながら、後ろに大きくたたらを踏んだ。次の瞬間、二人の間に鋭い一刀が振り下ろされた。後ろにステップを踏んだディーンは腰のARMに手を掛ける。しかし彼がそれを抜くよりも一瞬早く、目の前の男が次の行動に移った。首魁の男は左手に構えていたミーディアムをディーンに突きつけ、秘されし魔法の名を唱う。
「弾けろ――爆衝ッ!」
魔力による衝撃がディーンの前面から彼を襲った。至近距離からの直撃を両手のツインフェンリルでガードするも、その威力にディーンの体は入り口近くまで吹き飛ばされた。彼は崩れた態勢を起こすと眼前の敵を見すえARMを構える。その視線の先、首魁の男はアヴリルを片手で捕まえると、盾にするかのようにツインフェンリルの射線上に彼女を置いた。
「そのヒトを離せ! お前たちにとっても大事な人だろ」
「用があるのは王家の血筋だ」
まるで多少の怪我は構わないとでも言うかのように男は高らかに嗤った。
一方、銃爪引けぬARMを構えた少年は、ままならない状況に強く歯噛みするのであった。
【つづく】