リンゴの種が芽吹く頃   作:アランスミ氏

9 / 16
【2章1節】獅子身中のメシ・後編

「あなたは――」

 

 納屋の裏手で、リリィは政府襲撃の容疑者であるヴォルスングを見つけた。

 そして、地面に腰を下ろしていた男もまた、現れた銀髪の少女の存在に気が付いた。彼の傍らには身の丈ほどもある巨大な機械槍《グラムザンバー》が横たわり、その存在感を示していた。一瞬にしてリリィの身に緊張が走る。しかし、男は戦うでも逃げるでもなくその場にうずくまったままであった。その顔は苦悶に歪み、喉からは乾いた音が繰り返されていた。どうにか余喘を保っているような男の状態に当惑しつつも、少女はつぶさに彼を観察した。そして、すぐに腹部に滲んだ血に気が付いたのだった。

 

「怪我をしているのですか?! すぐに応急処置を」

 

 そうして駆け寄った彼女に男は声を絞り出す。

 

「どうして、助ける。私は――」

 

 苦し気なその声を遮りリリィは言った。

 

「あなたがどなたであろうと(・・・・・・・・)、いま目の前で傷つき苦しんでいます。それを助けるのに理由が必要なのですか?」

 

 彼女はポーチから赤く熟れた薬漿果(ベリー)とハンカチ、そして簡易の包帯や消毒薬を取り出した。まずは傷口を止血しようと、声をかけて男の服に手を伸ばす。ヴォルスングは彼女の有無を言わせぬ行動にわずかに呆気にとられたが、ベリーを見つめて口の片端を皮肉げにやや釣り上げた。「臓腑をやられている」そう男がつぶやいたのと、リリィが彼の服を開いたのはほぼ同時だった。彼女はその状況に眉を顰めた。男の腹部。ARMによる銃創。それがひどい炎症と化膿を起こしていた。銃弾(たま)は貫通しているようだが、もはや応急処置だけではどうしようもない。早急に手術のできる病院に運ぶ必要があった。

 

「もう少しだけ頑張ってください。いまからあなたを首都(ライラベル)まで運びます」

 

 必死の形相の彼女と対照的に男は力なく微笑む。彼は顔を苦痛に歪ませながら首を横に振った。「もう手遅れだ」そう悟っているようだった。

 

「奇縁だ。この身朽ちる前に、ひとつ伝えたいことがある――」

 

 男がどうにか言葉を紡ぐ。そのまなざしは真剣そのものだった。しかし、彼女はそれを強く拒否した。

 

「いいえ。あなたを死なせはしません。(わたくし)は諦めたくなどありません!」

 

 その時、彼女の持つ《天》のミーディアムがドクンと鳴ったような気がした。驚く二人。リリィはミーディアムを忍ばせていた自分の胸元にとっさに手を当てる。そして「まさか」という顔で男に視線を向けた。

 

(わたくし)たちは、いまだ彼女(・・)に導かれているということですか――」

 

 困惑した表情の男。その胸元に少女は恐る恐る手を添えた。そして確信して一瞬目を見開く。すぐさま彼女は祈るようにその瞳を閉じると、言葉を発した。氷のように澄んだ声が小さく響く。

 

「……散りゆく花に静かなる癒し、大いなる慈しみを……」

 

 彼女の手が触れた男の胸元が淡く輝く。そこから青白い光の粒子が立ち昇った。突然のことに目を丸くしたヴォルスング。その視線の先で、彼の腹部に光の粒子が集まりはじめた。凶弾に穿たれていた傷が、やや歪ながらも癒えていく。いつの間にか息苦しさも緩和されていた。

 

「一体……何が……」

 

 驚きの中、ヴォルスングは少女に振り返り尋ねた。しかし、彼は別の原因で目を見張る。隣にいた少女は額に玉の汗を浮かべて下を向き、苦し気に肩で息をしている。わずかの時間が過ぎ、出ていた咳が収まると彼女は男のほうに顔を上げた。

 

「少しだけアヴリル(・・・・)の力を使いました。止血と化膿止めくらいは出来ているはずです」

 

 いまはこれが精一杯とでもいうように、彼女は申し訳なさそうに小さく苦笑いをした。それからリリィはベリーを男に手渡した。ヴォルスングは血のように赤いその果実から視線を上げると、心配そうに少女に尋ねた。

 

「その症状、まさか……」

 

 銀髪の少女は、まるで悪戯(イタズラ)がバレた子供のように困った顔で微笑むと、人差し指を口に当てた。そんな彼女の強がりに、ヴォルスングが次の言葉を口にしようとしたその時。納屋の表のほうから声がした。

 

「おーい、リリィ。どこにいるんだー?」

 

 その声の主はディーンだった。この後のライラベルでの会議のために、アヴリルを迎えに来たのだ。

 彼女を探す声の方に顔を向けていたリリィは、咄嗟にこの場の状況をどうすべきか悩み、隣を振り返る。しかし、確かにそこにいたはずの男は、いつの間にか忽然と姿を消していた。その場には、ただ赤黒くなった地面の染みが残るばかり。一抹の不安を抱いたものの、リリィは気を取り直すと息を整える。そして、汚れを清め身支度をしてから立ち上がる。その間にもディーンはこちらに近づいて来ているようだった。

 納屋の裏手から表側へと戻る途中、彼女ははっと気がついてポーチから小さな手鏡を取り出した。覗き込んで、乱れていた髪を手で直す。短く整えた髪型は、彼におかしいと思われないだろうか。先ほどとは違う緊張がほんの少し走る。そうして彼女は浮き立つ気持ちを抑えながら、少年の元へと足を進めたのだった。

 

 

 

 そうして時は過ぎ、場面は会議室へと戻る。

 

「……リリィさん?」

 

 突然黙り込んだ彼女にキャロルが心配そうに声をかけた。リリィは絡み合った思考を振るい落とすように首を振ると「すみません、少し考え事を」と謝る。そして先ほどのヴォルスングに関する副総統の質問に答えた。

 

「彼を妄信することは危険だと思います。ですが、信じなければ届かぬ一歩があることもまた世の道理かと」

「なんと慈悲深き白百合の君(ミス・リリィ)は襲撃者を信じ、飽くまで性善説の立場に立たれる――ということですかな?」

 

 リリィは軽くうなずく。副総統は彼女の言に少しがっかりしたというように肩を下げた。その彼を見ながら彼女は「ただし――」と表情を硬くして続けた。

 

「今回の襲撃では負傷者も出たと聞きます。彼が誤った手段をとったのであれば、その責は必ず負わねばなりません。たとえ、どのような理由があろうとも」

 

 リリィの言に、期待した内容が含まれていたからか「なるほど。大変参考になります」と少し満足そうにジョルジュは返すと、以降口をつぐんだ。副総統の男の詰問に、和やかなランチはやや殺伐とした空気になっていた。その空気を破ったのは先ほどから考え込んでいたグレッグだった。

 

「ひとつ気になっているんだが、金色のタングラムに関して何か分かったことはないか? 特に黒いミーディアムとの関連は?」

 

 男はキャロルをはじめとする技術局の面々に問いかけた。老翁ジウスドラがまずその意図を確認する。

 

「ふむ。気になっているのは、以前グレッグ君の報告書にあった鉱山の事件のことかね?」

「あぁ、そうだ。想い返せばあの時も敵は黒いミーディアムを使い、金色のタングラムを狙っていたようだった。今回も黒いミーディアムの事件とタイミングが合いすぎている。何か関連があると考える方が自然だ」

 

 壮年の男が自身の考えを述べると、キャロルが首を振って答えた。

 

「残念ながら、大したことはわかっていません。ですが、わずかながらわかったことも2つだけあります。1つはあのタングラムに彫られていた文字です」

 

「文字?」と言葉を繰り返すグレッグ。キャロルはなにやら機械を操作して、「こちらを見てください」と会議室のスクリーンに画像を表示する。映し出されたのは金色(こんじき)に輝く機械片(タングラム)、その写真である。キャロルはその画像の一部を拡大した。

 

「ここに遺跡でよく見られるエルゥ文字が彫られています。破損はありますが書いてある言葉は【テウルギア】で間違いないでしょう。この意味は『超常の存在に祈りを捧げ請い願う』といったものです」

「神への祈り……か」

「はい。以後、この金色の機械片(タングラム)を《神への誓願(テウルギア)》と呼称したいと思います。このテウルギアに関してもう一つわかっているのは、タングラムの起動には『膨大なエネルギーが必要』ということです」

 

 キャロルは続けて、その起動実験では研究所の供給エネルギーだけでは足りず、先週末に大型施設での大規模実験が予定されていたことを語った。

 

「襲撃事件の翌週か。それは不運――いや、だからこそ狙われたのか? 起動されては不味(マズ)い何かしらの理由で……!」

 

 グレッグの推測に少女もうなずいた。

 

「どのような機能があるのかは、いまだ推測の域をでません。ですが、それでもタングラムが他者の手に渡らなかったことは今回チャックさんのお手柄だったとわたしは考えています。はい」

 

 キャロルはそういうと隣の青年を見た。彼は突然の賞賛にスプーンを咥えながら目をパチクリさせた。

 

()そうなの(ほうはほ)?」

「そうですとも」

 

 締まらない青年の声にキャロルは笑顔で頷いた。しかし、少しだけ真剣な表情になるとどこか躊躇するように言葉を続ける。

 

「起動に膨大なエネルギーが必要ということは、それを確保する必要があります。ですが、いまのファルガイアにそれだけのエネルギーはそうそうありません。つまり――」

 

「つまり……」と繰り返し、その先を躊躇する小柄な少女。そこに被せるように野太い男の声が続いた。

 

「つまり、テウルギアが奪われていた場合、さらなるエネルギープラントへの襲撃や最悪《浄罪の血涙(ダークネスティア)》のようなシステムの使用の恐れがあったということだ。これがどういうことを意味するかはもうわかっていると思う」

 

 (キャロル)の話を奪うように養父の教授(エルヴィス)が割って入った。

 彼のいうダークネスティアは1年前に使われたベルーニ強硬派(ヴォルスング)の奥の手だ。それは同胞(ベルーニ)の生命力を抽出・貯蔵し、純粋なエネルギーとして利用する忌むべきシステムであった。その対象には穏健派も強硬派もない。そして、キャロルがいい淀んだのもそれが理由である。

 

「ダークネスティアか、いまだにゾッとするわい」

 

 ジウスドラが白い髭をなで、つぶやいた。隠居の身であった彼は母なる星(ファルガイア)に拒絶されたその体を療養施設(ゆりかご)へゆだねる予定であった。その直前に、ヴォルスングは施設の人々をその手にかけてダークネスティアへ取り込む事件が起きたのだ。まさに間一髪であった。

 その犠牲者の中には会議に出席しているファリドゥーンの祖母もいた。武官の男は苦い記憶を想い出し、その顔にさらに皺を刻んだ。

 キャロルは「そんなわけで、今回ばかりはチャックさんのお手柄なのです」と気を取り直すように繰り返す。続けて彼女はこう言った。

 

「それから黒いミーディアムの件ですが、こちらも現状試料がなくディーンさんたちが知っている以上の新しい情報はありません」

「えっと、ベルーニによる魔法(アルカナ)の使用、他人の洗脳、それから黒い怪獣(カイジュウ)になっちゃうってことでいいんだっけ?」

 

 レベッカが確認するように、記憶を頼りに列挙していく。

 

「基本的にはその認識でかまいません。あとは、オリジナルミーディアムと同じく星からの拒絶――つまりUb(反ベルーニ)成分を永続的に無効化できるとのことですが、こちらも詳細は不明です」

 

 キャロルは申し訳なさそうに肩を下げると、首を横に振った。「うーん」とレベッカが唸る。

 

保安局(こっち)の取り調べでも、持ち主のベルーニは『いつのまにか持っていた』の一点張りで(らち)があかないのよね。出所は一切不明のまま。取り調べ自体には協力的だし、アタシとしては嘘をついてるとは思わないんだけど……」

 

 そういって首を捻るレベッカ。その赤毛の少女の話に触発されたのか、ディーンが口をはさんできた。

 

「そういやあの時、そのベルーニが言ってたんだけど【アルゴス】ってなに?」

 

 彼の発言にジョルジュやペルセフォネが目を見開き小さく噴き出した。2人の反応に「え、何か変なこと言った?」と頭に疑問符を浮かべる青髪の少年。彼だけでなく他の人間側メンバーも同じくキョトンとした表情となる。ペルセフォネが詫びるようにその疑問に答えた。

 

「ごめんなさいね。アルゴス……あまりにも懐かしい単語を聞いたものだから」

「懐かしい?」

「えぇ。ベルーニならみんな知っているかもしれないわ。ね、ファリドゥーン?」

 

 ペルセフォネはそういうと、いまだ眉間に皺を寄せている男のほうを見た。彼はその場の会話を想い出すように少し考えると、「あぁ」と得心したように返答した。

 

「自分も幼少のころ祖母(ダイアナさま)に聞かされたものです。『早く寝ないとアルゴスが来ますよ』……と――」

 

 そこまで口にして、また祖母のことを想い出したのか彼の表情が再び険しくなる。ペルセフォネは困ったように口を曲げ眉をあげる。気を取り直して、彼女は疑問符が浮かんだままのディーンの方を向いて詳しく説明を始める。

 

「つまりね、子供を躾けるためのよくあるお伽話なのよ。『むかしむかしあるところに魔王アルゴスが現れて、魔物をたくさん生み出して世界をめちゃくちゃにした』ってヤツ」

 

 彼女の語るおとぎ話の内容は、人間たちが初めて聞くものであった。レベッカが興味深げに口をはさむ。

 

「面白いわね。うちのママやパパからは聞いたことがないからベルーニ独自のお話なのかしら。それとも12000年前(むかーし)にはあったけど、人間は忘れちゃったとか? リリィはそういうの知らない?」

 

 レベッカの問いかけにリリィが反応する。先日から彼女は少しずつ失っていた記憶を取り戻し始めていた。それを知っていたレベッカは彼女の記憶が戻る助けになればと話を振ったのだ。リリィは、自身の断片的な記憶の中から質問の答えを探ってみた。しかし――。

 

「いえ、そういったお話は想い出せません。アルゴスという名前も知り合いにいるような一般的な名前でしたから、悪い意味はなかったと思います」

 

 レベッカとリリィのコメントを受けて、ペルセフォネが再び口を開いた。

 

「宇宙での長い漂流生活のなかで規律を守らせるためにベルーニの大人が作ったんじゃないかしら。でも結局、魔王は英雄に倒されて封印されるってオチなんだけどね。『悪いことすると復活するぞ』って仕掛けなの」

 

 キャロルが顎に手を当てて考えをまとめるようにひとりごちた。

 

「件の黒いミーディアムを使っていたベルーニさんは、そのお伽噺をなぞらえたのでしょうか。確かに魔物を生み出す点は、黒いミーディアムのそれとも似ていますが……」

「なんだ。何かヒントになればと思ったんだけど」

 

 話の発端となったディーンは、頭の裏に両手を回してつまらなそうに口をとがらせた。話題がひと段落したところで、レベッカが進行役のキャロルに確認する。

 

「えぇと、今はヴォルスングの話とミーディアムの話が出たのよね。あとは、惑星全球凍結……だっけ?」

「そうですね。ファルガイアの寒冷化に関してもこちらで調べた結果、裏付けが取れました。やはり直接の引き金は1年前の惑星改造塔(TFシステム)暴走による星命力(レイエネルギー)の大量消費。そしてそれ以外にも、現在のエネルギー消費が生産をわずかに上回っていて惑星の衰弱に拍車をかけていることがわかりました」

 

 キャロルは、将来的には全球凍結の恐れもあることを付け加えた。グレッグは苦々しげに言う。

 

「解放戦線のヤツらが言っていたことは正しかったわけか。どうして気づけなかった……ッ!」

「これまで政府により、生産エネルギーは星の資源を枯渇させないように管理と監視が行われてきました。ですが今回、そのデータ類を精査したところ内容のいくつかに改竄(かいざん)がみられました」

「改竄?」

 

 オウム返ししたグレッグに「はい」とキャロルがうなずいた。

 

「ベルーニがこの星に入植した初期から100年の間、本当に少しずつ公的な記録が偽造され実際の消費量が隠蔽されていました。特にこの1年が顕著です。さらに、担当したかたたちは誰も彼もが退職後に行方知れずか鬼籍に入られています。そんなわけで背後関係の調査には時間がかかっている状況です」

「なんだ、それは!?」

「偶然の可能性もありますが……おそらくは口封じではないかと」

 

 眉を(ひそ)め、神妙な面持ちでキャロルが言った。老博士が書類をながめながらため息をつく。

 

「やはり、政府内に内通者がおったか……。襲撃が派手だとは思ったんじゃ」

 

 彼は残念そうに腕を組んでその白んだ顎鬚を撫でた。キャロルは念のため捕捉するように述べた。

 

「こうなると、()はかなり大規模な組織かもしれません。しかしまだ、解放戦線が行っていたような洗脳をつかったもの、――つまり主力は少数という線も考えられます」

 

 結局のところ敵の状況は(よう)として知れない。雲をつかむような状況に、会議室にいた皆が嘆息した。

 そんな中、カレーを食べおえたペルセフォネは静かにスプーンを置くと冷たい水で喉を潤した。グラスに残った口紅(ルージュ)を拭きながら冷静にキャロルに確認をする。

 

「現状を把握しましょう。星が衰弱しているのはわかったわ。でも少しずつということは今日明日にどうにかなるということではないのでしょう? あとどれくらい私たちに猶予は残されているのかしら?」

 

 キャロルは少し悩みながら口を開く。

 

「おそらく現在の状況を維持できれば、惑星全体が凍るのは30年以上はかかるかと考えられます。ただし、あくまでこれは現状把握している消費量で惑星全体が凍るといった条件で試算した数字です」

 

 その言葉に全員が今日初めてほっとした表情となる。それだけ余裕があるのであれば対策のしようもあろうというものだった。その中で、キャロルだけはどこか不安げに眉を曲げていた。彼女の隣でエルヴィスは心配そうにその小さな少女を見守っていた。

 再びレベッカが口を開く。

 

「黒いミーディアムと金ぴかタングラム、それから惑星(ファルガイア)の寒冷化にグラムザンバーの謎……今日話し合ったハズなのに結局、疑問(わからないこと)が爆発的に増えたような気がするわ」

 

 そういって彼女は自身の額に手を当てた。

 

「実際そうですね。どれも現状情報が少なすぎて八方塞がりではあります」

 

 キャロルが答えた。引き続き困ったような表情に、あっけらかんとした声をかけたのはディーンだ。

 

「わからないことがわかったってコトでいいんじゃないの?」

「ほう。無知の知、というやつか」

 

 ジウスドラが感心したように頷き少年をみた。それを手のひらを振りながらレベッカが否定する。

 

「いやいや。ディーンの場合、単にわかる努力をしていないだけですから」

 

「これは参った」と老博士は笑う。このやり取りに少しだけ場も和んでいた。

 

「ディーンはこう……よく言えば未来志向というか、学習しないというか……。過去(すぎたこと)にあまり頓着しないタチでして……」

 

 と、そのとき何かに気づいたようにレベッカが両の手を打った。

 

「あっ……ちょっと待って。過去といえば12000年前もファルガイアは弱っていたんでしょ? その時の対処法が使えないかしら?」

「12000年前とな? なるほど、若人(わこうど)の発想にはいつも驚かされるわい」 

 

 ジウスドラがまたも感心したように頷いた。すると、ここで教授が口を開いた。

 

「ふむ、それについてはワシから説明しようか」

 

 長年、人間とベルーニの共存を研究し、中立派ベルーニ(バスカー)たちと共に惑星環境の研究を行ってきた来たのが彼だ。星命力の話題に関しても何かしら知識があると思われた。

 

「12000年前、確かに世界は今と近しい状況だった。星の力は疲弊し単体ではその星命活動を維持することが困難になっていたのだ。そこで当時の穏健派――つまり人間(キミたち)の祖先だな――は、とある施設を稼働させた。それが≪(ほこら)≫だ」

「祠?」

 

 レベッカが尋ねた。エルヴィスは「うむ」とうなずくと、少し楽しそうに詳細を話し出す。

 

「正しくは巨大なレイライン共鳴増幅器だ。キミたちが訪れたこともある3つの遺跡【排斥されし隔壁】【虚ろなる幻燈機】【毀された祭壇】は各地にめぐる星の力をリンクさせ共鳴・増幅することで活力を維持する機能があった。しかし――」

 

 そこで教授は残念そうに首を振った。

 

「12000年の歳月は祠の機能を劣化させ、今ではほとんど機能してはおらんようだ。そして星の命に干渉するレベルの技術は、オリジナルミーディアムの生産と同様、今では遺失技術(ロストテクノロジー)となっておる」

 

 そこまで言うと、エルヴィスは突然「うぉぉおおッ!」と叫びながら立ち上がり、両腕を前に構え大胸筋を膨張させた。それどころか他にも次々とポーズを取り、そのはち切れんばかりの筋肉を見せつけてるのであった。

 キャロルが養父の痴態を恥ずかしそうに補足する。

 

「『お手上げ』と『無念さ』を表現しつつ、お義父さんなりに解決策を熟考し始めたようです……。はい」

 

 レベッカはその状況に圧倒され顔を少しひきつらせながら感謝を言うと教授からの情報を反芻した。

 

「と、とりあえず、同じ方法は使えないってことか……困ったわね。そう、困ったわ。イロイロと……」

 

 キャロルの隣にいたチャックも「うーん」と唸りながら腕組みをして考えていた。そして、やはりどうしようもないことを悟ると両腕を解き手のひらを天に向けた。

 

遺失技術(ロストテクノロジー)のことならアヴリルに直接相談できれば良かったのにね」

「ちょっと、チャックさん!」

 

 空気を読まない男の発言に、キャロルが慌てて注意を促す。彼女はそれからリリィとディーンに恐る恐る目線を移した。リリィのほうは少しだけ申し訳なさそうに笑うばかり。一方の少年は目を伏せていて、その表情を読み取ることができなかった。

 いかんともしがたい状況で、チャックの死球(デッドボール)級の暴投を打ち返したのはやや意外な人物。ジウスドラ博士であった。

 

「ふむ、アヴリル君に直接か。そいつは妙案じゃの」

「でも、それが無理だからいま悩んで――」

「できるぞ」

 

 断言する老ベルーニ。「えっ」という誰かの声が聞こえた気がした。

 

「この天才・ジウスドラ、過去の存在(アヴリル)との会話くらいお茶の子さいさいじゃ」

 

 そういって老ベルーニは、みなが唖然とするなかニヤリと自慢げな表情を見せたのだった。

 

 

【つづく】

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。