なぜか無限に勘違いされるんだが   作:雷電双丘の狭間

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体調の優れなさは治り難い


第九話 正体なんてないんだが

 

「岩王帝君の仙体は…おっと、ここではやめておくか。ついて来い、次は香膏の材料を買いに行くぞ」

 

地味に今、大事なことを言おうとしていたな。いや、本来の流れならここで仙体が黄金屋にある事を知るはずなんだけど、ファデュイの私がいるせいでズレたのか。

 

「香膏に必要なのは霓裳花だ。幾つかの種類の霓裳花を買い、その中から岩神が選んでくれるだろう。」

 

「値切りは…する必要は無いとは思うが、入り用なら呼んでほしい。タダ同然の値段で仕入れて見せよう」

 

「…堕岩殿、人々の岩王帝君への忠誠、信仰を盾に値切りをするのはあまり褒められた事ではないぞ。無論、堕岩殿が送仙儀式の為に尽力しようとしてくれているのは理解しているが」

 

「わかりました。しかし、予算も限られていますので」

 

「…?まぁ良い。店主、一番良いのを幾つか頼む。送仙儀式に使うのでな」

 

「送仙儀式ですか!それならお代は結構です」

 

普通ならこの反応が璃月人として正しいはずなのだが。石商の奴は忠誠心が足りてないよ。まぁ死んだ神に何の忠誠を誓うんだって話ではあるけど。

 

「旅人、この霓裳花を春香窯の鶯に渡してきてくれ」

 

「えーっ!?鍾離も女性に花を贈るのか!?」

 

「そう言うことでは無い。彼女は香膏作りの方法を熟知している。きっと俺達の役に立ってくれる事請け合いだろう」

 

蛍とパイモンが行ってしまうと、鍾離先生は徐に私の方を向くと話し始めた。

 

「岩王帝君の仙体がどこにあるか、知りたくはないのか?俺が先程言いかけた際、何か気にする素振りをしていたようだが」

 

「別に…」

 

もう知ってるし。わざわざ知ろうとしなくても、どうせどこかから漏れるんだから知ろうと知るまいと関係無い。

 

「何故そこまで興味が無いのか、寧ろ気になる所ではあるがまぁいい。堕岩殿は以前、何をされていたのだ?」

 

「私…そうですね、冒険者をやっていました」

 

「そうか。鉱脈の発見はその時に?」

 

「いや…そう、あれは私が旅人であった頃…煙緋の育成で死ぬほど必要でなぁ…毎日湧くたびに走り回ったも、あ」

 

「それで?」

 

しまった。鍾離先生が話し易すぎてゲームの方の話をしてしまった。この人、聞き上手のお爺ちゃんみたいな雰囲気あるから何でもかんでも話してしまいかねない。自重しないと、格好だけでなく素性も不審になってしまう。

 

「堕岩殿の見識はどこから来るものかと思っていたが、以前に来ていたと言うのなら納得だ。しかし少し疑問なのだが、あの閉鎖された鉱脈は少なくとも数十年前には閉鎖されていた筈。それなのに採掘していた、と言う事は堕岩殿は案外歳をとっているのか?」

 

「………歳など、既に数えるのをやめてしまって久しい。悪いが、その質問には答えられそうにも無い」

 

こう言って誤魔化しておけば、余計な詮索は避けられるだろう。前世バレは要らん争いを生みかねない。例えば、未来の知識を巡っての血を血で洗う凄絶な戦いが起こってもおかしくはない。

それに、巻き込まれるのは私だけじゃない。

 

主人公である蛍ちゃんも巻き込まれる羽目になる。それはいくらなんでも忍びない。

 

「……魔神へウリアを知っているか」

 

「知っているが、敢えてここは答えないでおこう。考古学や博物史は私の専門では無い故な。余計な事を言って混乱させるのは私とて好きではない。」

 

「ほう?よく彼女が既に亡き者であると知っていたな。もしや、生前の彼女を知っていたのではないか?」

 

「鍾離先生より深くは知りませんよ。さ、もう蛍達が来ます。私達も用意しなくては」

 

鍾離先生の伝説任務で見て聞いた事以外は知らない。それは本当だ。だからそんな疑いの目を向けてこないで欲しい。如実に!

 

「……いずれ、堕岩殿の口から聞かせて頂こう。さて、旅人よ。香膏はこちらで選別しておく。次に、ピンばあやの所に行き洗塵の鈴を取ってきてくれ」

 

「ん、わかった…それより、何の話をしていたの?」

 

「何でも良いだろう?さ、行きたまえ蛍。君にはやる事があるのだから。出来る事は早いうちにやる。旅人の鉄則だ」

 

「後で聞かせて」

 

「むーっ…!オイラはまだ疑ってるからな!」

 

「好きにしてくれ。叩いても埃は出てこないが、それでも叩きたいのなら叩くといい」

 

「行くよパイモン」

 

さて。次は確か凧を買いに行くのと人を雇っておくんだったな。予算を確認して…嘘だろ、倹約したのに足りそうに無いぞ。それも、たった50000モラが足りない。

タルタリヤに頼んで増やしてもらおうか。

 

「堕岩殿、どうかしたのか?しきりに財布を確認している様子だが。何かあったのなら言うと良い、互いに協力関係にあるのだからな」

 

「……モラが足りない。」

 

「そんな事か。それなら俺も少し出そう…む?すまない、モラを忘れてしまった。俺は普段からモラを持ち歩かないのでな」

 

「どうせそんなこったろうと思いましたよ。大丈夫です、初めからあまり期待はしていませんでした。どうです、立ち話もなんでしょうからどこかに食事でも。どうせ足りないのですからパーっと使ってしまいましょう」

 

「待て、その金はどう言った契約で渡されたものだ?」

 

「往生堂に支払われた全体的な支援金ですので、今回の件での名代である鍾離先生が許可するのであればどのような用途に使おうとも自由な金ですが」

 

「そうか、ならば良い。俺の一押しは三杯酔だ」

 

と言うわけで、全てファデュイの経費で落ちる事が確定した為絶賛食事中だ。感涙するほどではないが、これもまた美味い。上品でいてそれでいて豪快、スッキリとした旨さだ。

 

「それにしても、堕岩殿と旅人はどこか似ているな。堕岩殿は実は旅人の兄妹だったりはしないか?」

 

「しないな。私と蛍には何の関係もありはしませんよ。ただ…そうですね、彼女の知らない事と知りたい事は分かりますよ。微かに、ですがね」

 

「それは?」

 

「……どうせすぐ後で解るんです。言ってしまっても構わないでしょう。彼女…蛍は自身の兄を探しています。そしてその手がかりは…おっと、これ以上は野暮ですね」

 

酒が入って気分が良いので喋りすぎないようにしなければ。

 

「失礼、酔っ払いの戯言として受け取ってくださいな。さて、そろそろ蛍が来る頃でしょう。行きますよ鍾離先生」

 

「………その顔で酔っているのか?」

 

「私は酔ってますよ。多少歩けば酔いも覚めようというもの。先に行っていますよ」

 

私は凧屋の前で鍾離を待つ。鍾離先生は少し遅れてから蛍を連れてやってくる。丁度良かったみたいだな。私はマスクをつけている事を確認し、3人に近寄る。

 

「鈴は貰えたか?」

 

「ふんっ!お前になんか教えてやるもんか!」

 

「あとは何をすれば良い…?」

 

「凧を買う必要があるんだが…金が無くてな」

 

「俺もモラを忘れてしまった。」

 

 

 

 

「──────俺が払うよ」

 

タルタリヤが来てくれた。鍾離先生の財布とも目される人が来てくれればもう安心だ。心置きなく任せよう。

 

「公子殿。」

 

「鍾離先生は自分でも貧困の苦しみや、モラの重要性を誰よりも熟知している筈なのに『自分がモラを持っていない状況』と言うものが想像できないんだ」

 

「これは手厳しい。公子殿は相変わらず話が長いと見えるが?」

 

「それよりも、凧を買ったとしてそれは誰が揚げるんだい?人を雇った方が良いんじゃないかな。旅人、このモラを君に預けよう。これで人を雇ってくると良い。」

 

「わかった。」

 

「それと堕岩。話したい事がある。ついて来て」

 

何だろうか。まさか、経費で酒を飲んだ事だろうか?だとしたらマズい。きっとお冠だ、いざとなれば地位も名誉も何もかも投げ捨てて抵抗するしかない。そう、DOGEZAで。

 

 

「さて…ここなら良いだろう。堕岩、君は何者か…聞いても良いかな?正直に答えてくれ。長いことファトゥスをやっているとね、嘘がなんとなく解るんだ。嘘をついたら…分かっているよね?」

 

「私は堕岩です。他でもない貴方がそう定めた筈ですが。無論、私にもDISASTERという名前はありますが、それはあくまで便宜上名乗っているだけに過ぎません」

 

「では、本当の名は?」

 

「──────そんなもの、初めからありませんよ」

 

実際、転生する際に私は名前や家族、友人関係などの情報を失っている。持っているのは、前世の常識や知識、そして転生時の謎の光景のみ。DISASTERという名前も、前世で使っていた原神でのプレイヤーネームからだ。

 

「…そんなはずは無い。名前というのは誰しもが持つもの。親かそれに類するものは必ずいた筈だ。その人から名前で呼ばれないはずは無いからね」

 

「居ないんですよ。そんなもの。この世界にはそんな存在は誰一人としていません。それに私は人の腹から産まれ落ちた訳でもありませんからね」

 

「………どういう事かな?」

 

「私の生みの親は…いるとするならば、言うなれば世界。或いは宇宙、或いは天、或いは真理、或いは全。或いは一。そう呼ばれる存在の奇跡によって私という存在は生み出された」

 

「…はは、嘘は…言ってなさそう…だね」

 

「言っても仕方がないですからね。もう結構ですか?」

 

「待ってくれ、ここからは仕事の話だ。鍾離先生から仙体の居場所については聞いているかな?エカテリーナを付けて君たちの会話を盗聴していたのだけど、聞き逃してしまってね」

 

「聞いては居ませんね。ですが、どうせ後で知るのであれば今教えても良いでしょう。公子様、そもそも璃月に人間が隠し事を出来る場所は多くありません。そして、それが恥とあらば当然です」

 

「それで?」

 

「恥を隠す為に、天権は多くの人員を割く事でしょう。つまり、一番千岩軍が居る場所を探れば良いのです」

 

「……!分かった、情報提供も出来るなんて良い部下を持ったよ俺は。じゃあみんなの所へ行こうか。待たせているみたいだからね」

 

「はい」

 

意外と穏当に終わってよかった。

それにしたって、みんなして私の正体なんていう下らないものを聞いてくるのは何故だろう?大した中身じゃないってのに。

 

 

 ──────────***────────

 

 

タルタリヤが部下である堕岩の正体を探ろうとした時、タルタリヤはその類まれなる戦闘センスから気持ちの悪いものを感じとった。

 

(何だ…?この異様な気配は。俺が今まで相対して来た中でも一番奇妙だ。心のどこかから『コイツとは戦いたくない』という悲鳴が出てくるようだ)

 

タルタリヤが臨戦体制を整えようとしたその後、堕岩のセリフでそれが崩される。

 

「──────そんなもの、初めからありませんよ」

 

(ディザスターという名は本名では無い?だとしたら、本名は?)

 

「…そんなはずはない。名前というのは誰しもが持つもの。親かそれに類するものは必ずいた筈だ。その人から名前で呼ばれないはずは無いからね」

 

実際、このテイワットにおいて真実の名を持たない者は居ない。そんなもの自然そのものであるスライムぐらいである。ヒルチャールでさえ、個々人での名を持つのだ。それが無い人間など、存在してないはずなのだ。

 

「居ないんですよ。そんなもの。この世界にはそんな存在は誰一人としていません。それに私は人の腹から産まれ落ちた訳でもありませんからね」

 

(人から生まれた訳では無いだって?それはまるで、自分が人間ではないと言っているようなものじゃないか。だとしたらヒルチャール…?あのヤルプァとかいうヒルチャールは堕岩の親代わりか何かか?)

 

「………どういう事かな?」

 

すると、突如堕岩の雰囲気がどこか神聖で無機質なものへと変貌していく。気温は下がっていないはずなのに、タルタリヤはそれが冷えていくのを感じた。

 

「私の生みの親は…いるとするならば、言うなれば世界。或いは宇宙、或いは天、或いは真理、或いは全。或いは一。そう呼ばれる存在の奇跡によって私という存在は生み出された」

 

そう言い放つ堕岩の目は、完全に上位者(プレイヤー)のものであった。どこまでも無機質で、人などただの記号の集まりでしか無いと思っているような冷たい目。

 

(は、つまりコイツは…天理の『使徒』とやらか。思わぬところで本当の敵を見つけるなんてね。思いもよらなかった)

 

「…はは、嘘は…言ってなさそう…だね」

 

「言っても仕方がないですからね。もう結構ですか?」

 

やれやれ、と言ったふうな雰囲気に切り替わり、堕岩はタルタリヤを急かす。しかし、タルタリヤはまだ聞かなければならない事があった。

 

「待ってくれ、ここからは仕事の話だ。鍾離先生から仙体の居場所については聞いているかな?エカテリーナを付けて君たちの会話を盗聴していたのだけど、聞き逃してしまってね」

 

こうして、タルタリヤは心に女皇への忠誠心と堕岩への警戒心を抱きながら無実の男を疑うことになるのだった。

 

 

一方、鍾離は。

 

「────ええっ!?仙体が黄金屋に!?」

 

「ああ。これはあまり大声では言わないでほしい」

 

「分かった!絶対、ぜーったい言わないぞ!」

 

パイモンが口をキュッとしていると、徐に鍾離が口を開く。その口から出て来たのは、堕岩への考察だった。

 

「……堕岩殿が魔神戦争の生き残りかもしれないとはな…」

 

「? どういう事」

 

「聞こえていたか。実のところ、まだ確定した訳では無いのだが堕岩殿のその見識の深さは相当なものだ。かつて死んだ魔神へウリアの事を知っている様子だったからな」

 

「堕岩は長生きって事?」

 

「あぁ…しかし、俺の知っている限りでは七神以外の魔神はとうの昔に敗れ去り、封印か死の憂き目にある筈なのだがな」

 

「それなら…『厄災』が復活したのは知ってる?」

 

「──────何だと?」

 

「ウェンティは『彼の性格なら既にみんな死んでる』って否定してたけど、わたしは単純に弱っているだけだと思う。あの目は…人を記号か何かだとでも思ってるような目つきは『厄災』に違いないもん」

 

「そいつはどんな姿をしていた?」

 

そう聞きながら、鍾離は「あり得ない」と思う。何故なら、『厄災』は当時生きていた魔神全員で今までの諍いを忘れて一斉攻撃を仕掛け多数の犠牲を払いながら完全消滅させた筈だからだ。

 

「オイラ覚えてるぞ!えーっと、金髪で、死んだような目つきの金の目をしてて、背は鍾離くらいだ!」

 

(……まさかとは思うが、堕岩殿か?いや、食事をして泣けるような人間が『厄災』のはずがない。あの傍若無人天理崩壊絶対絶殺畜生野郎がそんな事をするはずがない。)

 

「それは本当に『厄災』か?俺の知る『厄災』は、赤い髪を怒り狂う獅子のように逆立て、その目を狂乱に光らせる鬼のような奴だったが」

 

「何だそれ…まるで悪魔じゃないか!」

 

「実際、悪魔のようなものだ。海を裂き、地を割り、三度の飯より血飛沫が好きな怪物だぞ?復活していたとして、その気性の荒さゆえに親すら食い殺すだろう。そんな者と会って、何もされないのはおかしい」

 

「それなら…違う…のかも」

 

鍾離たちが話をしていると、遠くからタルタリヤと堕岩が戻ってくる。璃月事件はまだ、始まったばかりであった。


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