この世は同じことの繰り返しでできている(かもしれない 作:ああああ
寝る前に考えてしまうような、よくある疑問を煮詰めてみました。 ですがコレはあくまで仮説。結論は、遠き未来の自分たちの子供が出してくれると信じて、
どんなものも、拡大すれば原子の集合体だ。
この世で1番小さなものは原子と信じられていた。
だが素粒子が発見された。素粒子より小さなものは無い。少なくともそう定義されている。
だが宇宙に出れば?太陽系を出れば?
あるだろう。宇宙人だっているだろう。
確率を考えれば絶対にいる。
全宇宙に1番小さなものはあるだろうか。範囲が決まっていればあるだろうが、宇宙が無限だった場合、または宇宙を超えるもの、それを超えるもの。
これは比喩だが、宇宙が地球のような立場で、太陽の周りを回っていたら?
私たちが認識している宇宙を宇宙1としよう
私たちのいるこの地球を出て、太陽系を出て、銀河系を出て、最終的に宇宙を出たとしよう。
私たちの認識している宇宙、宇宙1が、恒星のようなものだったら? やっとのことで出た宇宙1が宇宙2の周りを回っているかもしれない。宇宙2が宇宙3の周りを回っているのかもしれない。
宇宙が星の役割を持ってる世界の宇宙。広さはとんでもないことになるだろう。
または宇宙が星の役割を持ってる世界の宇宙が星の役割を持っている世界…と続くかもしれない。
ぽっと出の考えだが、これでこの世の最終的に行き着く最大値がとてつもなく遥かに遠くにあると言う仮説が立った。
じゃあこの世で1番小さなものも同じだろう。
宇宙1の中でさえ分からないというのに、2や3の存在があるのならば、素粒子より小さなものがあったとしても無限に続くかもしれない。円周率のように終わりが見えないのだ。
そして私たちはそれを観測できてない、だが確率的には存在し、有り得るものであるだろう。
先程宇宙人の話題もあった。
これも確率的にいるだろう。
同時に 私たちの住む地球は、とても生物が生まれやすい環境だと思うだろう。
だが火星などにもいる。
微生物だ。
微生物も立派な生物だ。私たちの身体は微生物の集合体だ。 厳密には違うが、単細胞が集まってできているようなものである。
私たち生物の時間は宇宙で見ればとてつもなく短い。
火星に微生物がいるなら、水があるなら?
確率より、時間の問題かもしれない。
生き物が誕生する確率は、プールに分解した時計を投げ入れて、波だけで組み立てられて動き出すようなもの、
とよく言われているが、それを10億年待てば?100億年待てば?
波が起きて、部品が動くならいつか組み立てられ、ネジが巻かれ動き出すだろう。
その間、組み立てられることよりも分解されることの方が多いだろう、だが有り得る話だ。
地球でも似たようなことが起こったのだろう。
そして微生物がいるということは、もう組み立て終えて、文字盤を示す針を止めないように、ネジを巻いている最中なのかもしれない。
哺乳類に似た生物が誕生する時、私たち人類が存在しているかも分からない遠く後の話だろう。私たちの子供は進化を繰り返し、最早人間とは思えない身体をしているかもしれない。四足歩行をしているかもしれないし絶滅してるかもしれない。
それほど遠くの話だ、地球に生物が誕生する前は?どこか近くの惑星や恒星に生物がいて同じようなことを考えてたかもしれない。
宇宙に時間など、概念でしかないのだ。
私たちは意識があり、生きている。
だが宇宙は観測者がいないと存在しているかも分からない。
だが存在している"認識"など、価値もない。
ならば私たちがいたとしても価値が無いものではないか。実際そうなんだろう。意識がある限り、価値を決めつけ、それを欲しがる。 生物という宇宙に存在する物質。 だが私たちは意識というものに価値を見出している。
結局、ソレに結論を出すのには時間がかかる。出す必要も無いだろう。
価値を見出して決めつけるのが私たち生物の特権かもしれない。
みんなはもう知ってるかも知れないが、地球の環境によく似た惑星が見つかっているのだ
ケプラー1649c 地球よりややでかく、温度も地球に近く、水がある。 大気は無いかもしれない。
そんな星が存在するのだ。
地球から観測できる場所に。
なら観測できないくらい遠くに存在する惑星は?
私たちよりも高度な文明を持ったニンゲンがいるかもしれない。
ここで言う宇宙人とは、地球に存在する人間に似たものと定義しても確率的には"絶対に"いる
宇宙とは、それほど莫大な大きさであり、私たちの常識とは当てはまらず、言えば無茶苦茶なのだ。
ここまで壮大に書いてきたが、全て事実であり、少なくとも私は普段、何も考えず生きている。
みんなもそうだろう。
つまりこの文章に書かれていることは私たちが生きていくにはあまり関係ないことなんだろう。 だが、たまには、宇宙の壮大さに着いて思いを深けてみてもいいかもしれない。
コレらは厨二的なことだが、最終的には下らないものとし思うだろう。 考えても結論は出せない、なので最後は"かもしれない"で終わらせる。
だがいつか、結論を、最終的な宇宙という場所なのかも分からないが、結論がつくまで人類は繁栄していて欲しい。
タイトルとサブタイトルの意味が少しはわかった人もいるかも知れないが、簡単に言えば答えが多いシュレディンガーのねこであると言える。
観測できていない、だが計算上は答えがある、だが複数ある。それには有り得ない と思われるものもある。
コレはテキトーな妄言なのだが、
まだ観測できていない場所にある、地球にいる生物が生きていくのに適切な環境で、空気中の酸素が地球と全く同じ惑星に、何かしらの事象で転移 ワープされた男がいるかもしれないというのも確率的には有り得ることなのだ。
それは、異世界に輪廻転生するよりも有り得る話なのだ。
私は基本的に人間らしい考えをします。生物としての考えが人間的思考かと言われればわからないですが、私が少なくとも宇宙の中で意識が芽生えています。 思考することはとても高度なことです。
原始的な時代からやっていても、その時から今まで、ずっと高度で、崇高なことであって欲しいです。