これまでも、私の語るこの物語は理解が難しかったと思われるが、これから先はもっと理解が難しくなるだろう。なぜかというと、ここから先は、思議を越えた超常現象が数多く語られることになるからだ。
なるほど、これまでも例えば神々が如来の上に花の雨を降らせたというような話は出てきたかもしれない。しかし、それはお釈迦様の回想であり、神話を語られたようなものだった。
ここから先、私は思議を越えた、数々の現象を語らなければならない。
最初に語らなければならないのは、その時、お釈迦様の目の前でその集会場のちょうど真ん中の地面が割れ、中から巨大な、宝石でできた墓碑が現れたことである。
その墓碑は高く舞い上がると空中で静止した。
墓碑は美しく、絢爛で、花をしつらえた装飾がなされ、幾千もの旗やのぼりが垂れ下がり、森の香りを漂わせ、世界中がその香りによって満たされたようだった。そして、この墓碑を飾る傘の列は金、銀、琥珀などの七宝で飾られていて、天高くそびえていた。また、その墓碑の上の方で、神々の子ども達が花を振り撒いていた。
その宝石造りの墓碑の中から次のような声が聞こえてきた。
「素晴らしいことだ。釈迦如来よ、あなたはこの『白蓮華のように最も優れた正しい教え』、すなわち『法華経』を見事に説かれました。師よ、あなたのおっしゃるとおりです」
すると、その場にいた四衆の人々はその墓碑が宙に舞い上がって空中で静止しているのを見て、驚きもしたのであるが、むしろ喜びを感じ、澄みきった気持ちになって、心が満たされた気分になった。四衆の人々は立ち上がり、空を見上げ、手を合わせたままでいた。
その時「大いなる弁才を持つもの」を意味する大楽説(だいぎょうせつ)菩薩は、そこにいる神々や人間達がこのような瑞相を目の当たりにして不思議な気持ちを抱いていることを思い、お釈迦様に尋ねた。
「お釈迦様、このような宝石造りの立派な墓碑がこの世に突如として現れたのはどうしてでありましょうか?そして、この墓碑の中から声を出されているのはどなたでしょう?」
お釈迦様が答えられた。
「この宝石造りの立派な墓碑の中には如来の身体が一揃い入っている。これは帰天された如来の墓碑であり、その如来が声を出されたのだ。ここから下の方向に向かって、当然、地面の中ということになるが、無数の世界を通り過ぎていくと『宝石によって清められたところ』を意味する『宝浄』という世界がある。そこに『多くの宝を持つもの』を意味する多宝如来がいて、尊敬を集めていた。多宝如来が長い旅に出発する前の前世において強く心に刻んでいたことは、自身が菩薩として修業を行っていた時に、菩薩のための教えである『白蓮華のように最も優れた正しい教え』、すなわち『法華経』を聴かないうちは正しく完全な悟りを得て完成することはなかったけれども、この『法華経』を聴いた後には、正しく完全な悟りを得て完成したということであった。しかも、それゆえ師である多宝如来は長い旅に出発される直前に神々や悪魔、あるいは神々に伴われたこの世の人々、神官に伴われたすべての命あるものの前で次のように告げたのである。『あなた達に言っておきたいことがある。私が長い旅に出発した後に、この如来である私の身体を安置する宝石造りの巨大な墓碑を一つ作りなさい。さらに、私のために、様々な種類の墓碑を作りなさい』と。また、その時、多宝如来が願っていたことは『私のその墓碑は、世界中のあらゆるところに存在していて、そこがどこであろうと法華経が説き示されるならば、私の全身を安置しているその墓碑は、必ずその場所に出現する。そして、その場所で師である如来が法華経を説いておられる時、その墓碑は集会参加者の頭上に留まり、法華経を説いておられるその如来に対して素晴らしいという感嘆の言葉を発する』ということであった。だから、法華経を今まさに、この世において、釈迦如来であるこの私が説いているので、この集会の群衆の真ん中から、師である多宝如来の亡骸を安置したこの墓碑が出現し、集会場の真上に停止して『素晴らしい』という感嘆の言葉を発せられたのだよ」
「お釈迦様。私達はお釈迦様の神通力によって多宝如来の身体を拝見させていただきたいものです」と大楽説菩薩。お釈迦様が続けられた。
「しかし、大楽説菩薩。師である多宝如来が願っていたことを無視することはできない。多宝如来は次のことを願っていたのだ。『他の世界において、師である如来がこの法華経を説かれるとき、私の全身を安置したその墓碑は、その如来の下に赴くだろう。なお、その際に、法華経を説いているその如来がこの墓碑を開けて、私の全身を四衆の人々に見せたいと願うのであれば、如来は自分の身体から離れた分身で、異なる名前を持ち、他のあらゆる世界において衆生に法を説いているその分身達のすべてをそこに集め、それらの分身である如来と共にこの墓碑を開けて、私の全身を四衆の人々にさらすべきである』と。だから、もしこの墓碑の中を見たいのであれば、まずは人間界以外の幾千もの世界で衆生に法を説いている、多くの如来をここに連れて来なければならない」
「そういうことであるならば、まずはお釈迦様のご自身の身体から分離したという、その如来全員を私に拝ませてください」と大楽説菩薩。
するとその時、お釈迦様は眉間の巻毛の塊から一条の光を放出された。エメリウム光線のように放たれたその光は東の方向に無数に存在する師である如来達を映し出し、それらの如来達が住んでいる世界も見ることができた。その世界は輝かしく装飾され、多くの菩薩達で満たされ、宝や黄金で覆われているのが見てとれた。そこでは師である如来達が美しい声で衆生に法を説いておられた。お釈迦様は四方八方、果ては上下に至るまで、あらゆる方向に光をあてられたのだが、東南の方向においても、南の方向においても、西南、西、西北、北、東北、あるいは下の方向においても、上の方向においても同様であった。このようにあらゆる方向にガンジス川の砂の数にも等しい数の世界、そして師である如来を見ることができたのだ。そして十の各方向に見られた如来達は、それぞれ各自が説教している菩薩達に語りかけられた。
「みんな聞いて欲しい。私は多宝如来を安置した墓碑を供養するために、師であり、正しく完全な悟りに至った尊敬されるべき釈迦如来のいる人間界に行かなければならない」
そして、それらの如来達は自分達の従者を一人あるいは二人連れてこの人間界に次々とやって来ては宝の木の根元にある椅子の傍で静かに待っておられた。
宝の木はとても背が高く、枝や葉や花が規則正しい間隔を保っていて、花と実とで飾られ、一つひとつの宝の木の根元には大きな宝石で飾られた背の高い椅子が置かれていた。如来はそこで一人ひとり座禅を組んだ。
このように、同じように世界中のあらゆる宝の木の根元で如来達は座禅を組み座った。その時、世界中が如来で満たされていたが、お釈迦様の分身である如来達はまだいずれの方角からも来ていなかった。
そこでお釈迦様はこれから次々とやってくるであろう分身の如来達が座るための場所を準備された。
八つの方向すべての世界はすべて瑠璃で作られ、宝や黄金や鈴の網で飾られ、花が撒き散らされ、日傘が差し掛けられ、天上から花輪が垂れ下がり、香が薫っていた。
また、お釈迦様はそれらすべての世界を平坦で、喜びに満ち、宝の木で飾られたただ一つの世界、ただ一つの大地にしてみせられた。
それらの宝の木は背が高く、枝や葉、花、果実を規則正しくつけていて、すべての宝の木の根元には宝石で作られた、見るも美しい、背の高い椅子が置かれていた。次々とやって来たお釈迦様の分身の如来達はその椅子の上で座禅を組んだ。
このようにしてお釈迦様はすべての方角の他の世界をも清められていった。
そして、そうするうちにお釈迦様の分身であり、東の方角のガンジス川の砂の数にも等しい数の世界において衆生に法を説き示していた如来が全員、この人間界にやって来られた。さらに他の方角の如来達も次々とやって来て、周囲を取り囲むように座られた。
それらの如来達は各人にあてがわれた椅子に座り、それぞれ従事の者をお釈迦様のところに派遣し、次のことを伝えるようにおっしゃって、宝石の花の房を与えた。
「あなた達は霊鷲山に行きなさい。そこには正しく完全な悟りに至った尊敬されるべき師、釈迦如来がいらっしゃるから、如来に敬意を表し、私の名を名乗って、師が多くの菩薩達や声聞の集団と共に無病息災でいらっしゃるか、元気でいらっしゃるか、安らかにお過ごしであるか尋ねると良いだろう。また、今、与えた宝石を振り撒いて次のように言いなさい。『私のお仕えする師である如来は確かにこの宝石造りの立派な墓碑の扉を開くことについて同意しました』と」
このようにして、そこに集まったすべての分身の如来達は、それぞれ自分の侍者たちを派遣された。
お釈迦様は自分から分離した分身の如来達が一人残らず集合し、各人別の椅子に座ったことをお知りになった。さらにその分身である如来達の従事の者が如来に遣わされ、やってきたことを知り、さらにまた如来達がその墓碑の扉を開くことについて承諾すると告げたことを知って椅子から立ち上がり、さらに上へと舞い上がられた。
そこにいた四衆の人々は立ち上がり、手を合わせてお釈迦様の顔を仰ぎ見つつ、じっとしていた。
するとお釈迦様は空中で止まっている宝石造りの立派な墓碑の扉の真ん中に右手を差し入れ、それを大きく開いてみせられた。あたかも都にある大きな城の半球の形をした扉がかんぬきをはずされて広げられるように、お釈迦様はその扉を開いて中を露わにされた。
その宝石造りの墓碑の扉が開くと、師である多宝如来の姿が現れた。その如来は少し干からびていてミイラのようであったが全身が完全に揃っていて椅子に座り、あたかも瞑想に入っているかのように見えた。
そして多宝如来は目を開き、お釈迦様に次のようにおっしゃった。
「素晴らしい。本当に素晴らしい。釈迦如来、あなたはこの『白蓮華のように最も優れた正しい教え』、すなわち『法華経』を巧みに説かれました。『法華経』をこの集会の真ん中で説いておられるあなたは実に素晴らしい。私はまさにこの『法華経』を聴くためにここにやって来たのです」
それを聞いた、そこにいる四衆の人々は、多宝如来がお亡くなりになってから、随分と、いやかなりの、いや計算することができないほどの長い時間が経過しているはずなのに、まるで生きているかのように、普通に語っておられるのを聞き、驚くと共に、不思議な思いにとらわれた。
それから、そこにいる四衆の人々はお釈迦様と多宝如来に天上界と人間界にある大量の宝石を振り撒いた。すると多宝如来は自分の座っている椅子の半分をお釈迦様に勧め、宝石造りの立派な墓碑の中で、次のようにおっしゃった。
「師である釈迦如来はここにお座りになって下さい」
そこでお釈迦様は多宝如来とその椅子をお尻半分分け合われた。
地上からは上空で二人の如来がその宝石造りの立派な墓碑の中央の椅子に並んで座っておられるのが見えた。
その時、そこにいる四衆の心の中には次のような思いが生じていた。
(「私達は天空にいらっしゃるこの二人の如来から遠い地上にいる。私達もお釈迦様の神通力によって空中に浮かび上がりたいものだ」)
すると、お釈迦様はまさに心でそこにいる四衆の心の中を読み取られ、その神通力で四衆の人々を空中に浮かび上がらせた。無数の人々が空中に浮き上がり、お釈迦様はその人々に向かって語りかけられた。
「みんな聞いてくれ。あなた達の中に、この人間界において、この『白蓮華のように最も優れた正しい教え』、すなわち『法華経』を説き示すことができるだけの忍耐を持った人がいるだろうか?なぜ、こんなことを聞くのかというと、私は別に死期が近いと思っているわけではないのだが、自分の目の黒いうちに、この『法華経』を説き示すことを誰かに託してから長い旅に出たいと考えているからだ。今、私はあなた達と向かい合ってここにいる。だから、今が託す良い機会だと考えているのだよ」
お釈迦様はそうおっしゃられると次の詩を吟じてみせられた。
帰天された偉大な聖仙がこの法を聴くために
宝石造りの墓碑に乗ってやってきた
僧達よ
教えのために精進しないことなどできるはずはない
帰天してからどれだけの時を経ようとも
聖仙は法を聴き
教えのためにどこにでも赴く
この法を得ることは難しい
聖仙は過去に誓いを立てていて
帰天した後も
世界中のあらゆるところで
法を求めている
ガンジス川の砂の数にも匹敵する
多くの如来は私の分身であり
帰天されたこの聖仙に
会う約束を果たすためにやってきた
それぞれの国も弟子も人間も神々も
すべてを放置して
正しい教えを守るために
ここにやって来た
私は椅子を用意し
多くの世界を清らかにし
無数の如来は紅蓮華のように
木の根元に座りその根元は輝いている
私が帰天した後
この法門を受け止めようとする者は
無数の指導者達の前で
その決意を語ると良い
多宝如来は既に
長い旅に出発しているが
この法門を受け止めようと決意する
獅子のような言葉を聞く
私と分身である無数の如来も
忍耐強い息子達の決意の言葉を聞く
菩薩達は多宝如来と私とここにいる無数の如来を
衆生に経典を説き示すことによって供養する
考えるが良い
指導者達は
衆生に対する憐みによって
この困難に耐えている
ガンジス川の砂の数に匹敵する数の人に
他の無数の経典を説き明かすことは困難なことではない
スメール山を片手でつかみ
投げつけることも困難なことではない
この世界を足の親指一本で振動させ
蹴り飛ばすことも困難なことではない
この世界の最上部に立って幾千もの経典を
説き明かすことも困難なことではない
私が長い旅に出発した後の暗黒の時代に
この経典を受け止めたり
語ったりするならば
それは困難なことだ
すべての虚空界を片手で握りしめ
手の中に入れたまま歩き回ることは困難なことではない
私が長い旅に出発した後の暗黒の時代で
この経典を書写でさえもするならばそれは困難なことだ
大地の要素のすべてを爪の上に載せて
神の世界に歩いて行くことですら大したことではない
私が長い旅に出発した後の暗黒の時代で
たとえ一瞬でもこの経典を説く方がよほど困難なことだ
世界が焼き尽くされている時に
枯れ草を背負って運ぶことは困難なことではない
私が長い旅に出発した後の暗黒の時代で
たった一人にでもこの経典を聞かせる方がよほど困難なことだ
八万四千もの法を理解し多くの命あるものに説き示し
僧達を教え導くことも困難なことではない
この経典を受け止め
繰り返し説くことの方がよほど困難なことだ
ガンジス川の砂の数に匹敵する人々を
阿羅漢の地位に導く人よりも
最も優れた教えを受け止める人の方が
より多くの困難を覚悟するのだ
如来の知恵のために
私は多くの世界で
多くの法を説き
今も説いている
この経典は
最も優れた教えであり
この経典を受け止める人は
勝利者となる
あなたの目の前に如来がいる
誰でも良い
私が長い旅に出発した後の暗黒の時代に
この経典を受け止める忍耐を持った者は誓いの言葉を
たとえ一瞬でも
この経典を受け止めることは素晴らしく
世界中の師は賞賛し
その人は英雄となり速やかに悟りを得る
如来がいなくなった後の時代においても
この経典をたとえ一瞬でも説き示す者は
あらゆる衆生にとって賢人であり
賞賛されるのだ