さて、他の世界からやって来た立派な菩薩達のうち、八つのガンジス川の砂の数に等しい数の多くの菩薩達がその時、立ち上がり、お釈迦様に向かって手を合わせ、敬礼しながら次のように申し上げた。
「もしもお釈迦様が私達に許してくださるならば、私達もまたお釈迦様が長い旅に出発された後、この法門をこの人間界において説き示し、読誦し、書写し、供養し、この法門のために努力したいと思います。それゆえに、お釈迦様はどうか私達にこの法門を説き示し、読誦し、書写し、供養することをお許しください」
それを聞いて、お釈迦様は菩薩達に次のようにおっしゃられた。
「やめようよ。あなた達のその努力が一体何の役に立つというんだ?実はこの世の、この今私がいる人間界には、六十のガンジス川の砂の数にも等しい無数の菩薩達がいる。その菩薩達には一人ひとり侍者がいるのだが、その侍者も六十のガンジス川の砂の数に等しい数いるということだ。それらの菩薩達は私が長い旅に出てから、後の時代、後の世界でこの法門を受け止め、読誦し、説き示すだろう」
お釈迦様がそうおっしゃった次の瞬間、大地が裂けて亀裂が生じ、その裂け目から数えきれないほどの菩薩達が出現した。
もちろん、地割れが起きてそこから人間が現れるなどということは現象的にはあり得ない。そう見えただけで、実際には最初からそこに無数の菩薩達がいたのだろう。ただ、その出現は圧倒的で、この広大な大地の下の虚空界において楽しく過ごしていたその菩薩達が、お釈迦様の声を聞いて大地の下から突然現れたという比喩もあながち不正確とは言えないだろう。
ともかく、その数は膨大で、六十恒河沙という数字も六十に十の五十二乗を乗ずるというとてつもない数ではあるが、その表現が不適切ではないほど、その菩薩の数は計算することもできず、何に例えるかも、何に匹敵するかも誰にも分からなかった。
そして大地の裂け目から現れた地涌の菩薩達は次々と出現すると、上方に浮かんでいるその大きな宝石造りの墓碑に近付いた。墓碑の中には多宝如来がお釈迦様と共に並んで椅子に座っておられた。
そして、地下から突然現れたように見えた菩薩達は二人の正しく完全に悟られた尊敬されるべき如来にうやうやしく挨拶し、さらにお釈迦様の分身である、この人間界以外の世界から集まった、宝の木の根元にある椅子に座っておられるすべての如来達にうやうやしく挨拶した。そして、それらの如来達の周りを何度も右回りに回り、誉め称えてから隅に立ち、手を合わせ、お釈迦様と多宝如来に向かって敬礼した。
地下の虚空から菩薩が次々と現れ、如来達を賞賛し、誉め称えているうちにかなりの時間が経過したが、その間、お釈迦様は沈黙しておられ、四衆の人々もその間、沈黙したままでいた。
随分と長い時間が経過したが、お釈迦様が神通力を発揮され、四衆の人々は午後の半日くらいの時間の経過しか感じなかった。また、幾百千もの虚空に囲まれたこの人間界が菩薩によって満たされているのが見られた。
地下の虚空から次々と湧き出てきた菩薩、地涌の菩薩の大集団の中には指導者である四人の立派な菩薩、すなわち「卓越した善行」を意味する上行(じょうぎょう)菩薩、「際限なき善行」を意味する無辺行(むへんぎょう)菩薩、「清らかな善行」を意味する浄行(じょうぎょう)菩薩、「確立された善行」を意味する安立行(あんりゅうぎょう)菩薩がいた。
この四人の立派な菩薩達は、その菩薩集団のリーダー的存在であり、集団の一番前に立って、お釈迦様に向かって手を合わせ、お釈迦様に次のように申し上げた。
「お釈迦様におかれましては病気もなく、お疲れもなく、ご機嫌麗しく過ごしていらっしゃいますでしょうか?お釈迦様の下にいる衆生は優秀で、教えにも従順で、導きやすく、清らかでありましょうか?願わくはお釈迦様にご心労を生じさせることがありませんように」
そして同じ意味のことを二つの詩にして吟じてみせた。そこでお釈迦様はその菩薩の大集団の四人の指導者に次のようにおっしゃられた。
「あなた達の言うとおりだ。私は健康で、疲れもなく、快適に過ごしている。また、私の所にいる衆生は優秀で、教えにも従順で、導きやすく、清らかである。だから、その衆生は私によって清められながら私を疲れさせることはない。それは私の所にいる衆生は、過去において既に正しく完全に悟った如来の下で修業を完備しているからであり、私を見るだけで、あるいは私から教えを聴くだけで、私を信じ、完全に悟った如来の持つ知恵に到達し、悟りに至るからである。その場合、声聞、あるいは独覚の立場で正しく完全な悟りに至った如来達に付き従った人々であっても、私は今、それらの人々に正しく完全な悟りに至った如来の法の知恵を教え、最高の真理を聴かせるのである」
すると、地涌の菩薩の指導者である四人の菩薩は次の詩を吟じて応じた。
素晴らしいことです
本当に素晴らしいことです
勇気ある人よ
私達は喜んでいます
それらの衆生が
優れていて
導きやすく
清らかだからです
指導者よ
あなたの深遠な知恵を聴く衆生が
あなたを信頼し
悟りに達するからです
四人の菩薩の詩を聴いて、お釈迦様はその地涌の菩薩の大集団の四人の指導者に感激の言葉を述べられた。
「素晴らしい。あなた達がこのように如来を賞賛することは本当に素晴らしいことだ」
その時、弥勒菩薩と八つのガンジス川の砂の数に等しい数の無数の他の菩薩達に次の思いが生じた。
(「大地の裂け目から次々と出現し、お釈迦様の目の前に立って、お釈迦様を賞賛し、尊敬し、敬い、供養し、丁寧に挨拶をしているこの菩薩の大集団を私はかつて見たことも聞いたこともない。これらの立派な菩薩達は一体どこから来たのだろう」)
弥勒菩薩は自分自身の疑問、またそこにいる無数の他の菩薩達の心を察し、お釈迦様に詩を吟じてみせ、その意味を尋ねた。
無限の菩薩達は
かつて見たことも聞いたこともないものです
両足で歩くもののうち最上の人よ
説明してください
これらの偉大な神の力を持つ菩薩達は
どこからなぜやって来たのでしょうか?
優れた姿形を持つこれらの菩薩は
どこからやって来たのでしょうか?
立派な聖仙達は
強い決意と深い思慮と優れた容貌を持っています
これらの菩薩達は
どこからやって来たのでしょうか?
一人一人の熟達した菩薩は
ガンジス河の砂の数のように
計り知れない無数の
多くの侍者を伴っています
どれほどの時間をかけたとしても
数を知ることはできません
たとえ数えるための
細い棒を用いたとしても
菩薩達はどこから現れたのでしょう?
誰が法を説いたのでしょう?
誰が悟りに向けさせたのでしょう?
誰の教えの受持者なのでしょう?
聡明な菩薩達が大地を切り裂いて出現しました
菩薩達の出現によってこの大地は引き裂かれました
これらの菩薩達を私はかつて見たことがありません
これらの菩薩達が住む世界を教えてください
私達は世界中を旅しました
しかしこれらの菩薩達を見たことはありません
そのうちの一人すら見たことがありません
菩薩達は突然現れたのです
私達すべては両足で歩く最上の人を見ています
勇気ある人よ
この恐れることのない菩薩達が
どこからやって来たのかご説明ください
その時、お釈迦様の分身であり、この人間界以外の世界で法を説いていてこの世界にやって来た膨大な数の如来達はお釈迦様の周囲にある宝の木の根元にある宝石造りの立派な椅子の上で座禅を組んでおられた。
それらの如来達の侍者達もまた、その地涌の菩薩の集団が大地の割れ目から出現し、浮き上がり、虚空界に留まっているのを見て不思議な思いにとらわれ、それぞれ自身が仕える如来達に次のように申し上げた。
「お師匠様、これらの数えることもできない数の菩薩達はどこからやって来たのでしょうか?」
侍者たちからこのように言われ、如来達はそれぞれ自身の侍者達に次のようにおっしゃられた。
「少し待ちなさい。ここにいる弥勒菩薩という立派な菩薩は釈迦如来が帰天された後に、直ちに正しく完全な悟りに至るであろうと予言されている人である。その弥勒菩薩が師である釈迦如来にこの意味を尋ねている。だから釈迦如来がこの意味を説明されるだろう。あなた達はそれを聴くと良い」
その時、お釈迦様は弥勒菩薩に語りかけられた。
「弥勒菩薩、良い質問だ。あなたが私に尋ねたことは、実は最も重要なことだよ」
そうおっしゃるとお釈迦様は、すべての菩薩に語りかけられた。
「みんな聞いてくれ。あなた達は全員、敬虔な心を持つと良い。そして、鎧で身を固め、意志の力を堅固に保つと良い。正しく完全な悟りに至った如来の私は今、如来の知恵、如来の威厳、如来の行為、如来の振る舞い、如来の勇敢さ、如来の勇猛ぶりを説き明かそうとしているのだ」
お釈迦様はそこまでおっしゃられると同じ意味のことを詩にして吟じてみせられ、さらに弥勒菩薩に話しかけられた。
「弥勒菩薩、説明しよう。数えることも、計算することもできないくらいの数の、あなたがかつて見たこともない、今、大地の裂け目から出現したこれらの菩薩達は、私がこの人間界において、正しく完全な悟りを悟って後、私が正しく完全な悟りに向け、鼓舞し、励まし、喜ばせ、成熟させた人々なのだ。私は菩薩のためのこの法の下でこれらの人々を成熟させ、自立させ、悟りへと導き入れ、完全に悟らせ、完全に清らかにしたのである。また、これらの菩薩達は、この人間界の下にある虚空界に住んでいる。これらの人々は経典を一人で暗誦すること、説明すること、熟慮すること、考えることに専念しており、快楽に執着せず、人付き合いを楽しむことなく、休むこともなく、精進に励んでいるのだ。また、これらの人々は孤独を楽しみ、孤独を喜ぶ人々である。神々や人間達の近くに住むことなく、他人と付き合うこともなく、修行することを喜びとしている。法を聴くことを喜びとしているのであり、正しく完全な悟りに至った人々の知恵を得ることに専念しているのである」
お釈迦様はそうおっしゃられると、同じ意味のことを詩にして吟じてみせられた。
するとそれを聴いた弥勒菩薩と他の多くの菩薩達は不思議な思いにとらわれ、驚くと共に、そもそもお釈迦様はどうやって、わずかな時間で数えきれないほど多くの菩薩達を鼓舞し、さらに正しく完全な悟りに向けて成熟させられたのだろうかという新たな疑問を抱いた。そして弥勒菩薩はお釈迦様に次のように申し上げた。
「お釈迦様、どういうことでしょうか?まだ在家の王子であったお釈迦様は釈迦族が治める国の首都であるカピラバストゥを出て、ガヤーというお城からそう遠くないところにある悟りの椅子の上で座禅を組み、正しく完全な悟りを得られました。今から四十年前のことと存じます。それなのに、わずか四十年しか経過していないのに、お釈迦様はどのようにしてこのように計り知れないほどの如来のなすべきことをなし、威厳と勇猛ぶりを発揮されたのでしょうか?お釈迦様がそれほど短い時間の中で鼓舞し、成熟させた菩薩の数はどんなに長い時間をかけて数えても数え終えることができないほどです。これほどの数の菩薩は多くの正しく完全な悟りに至った如来達の下で立派な修行を積んだ人々であり、とてつもなく長い時間を経て完成されたはずです。例えば、お釈迦様。ある若い二十五歳の青年が、髪が黒く、卓越した力強さを具えているとしましょう。その青年が百歳に達した子ども達を指さして『これらの人々は私の子ども達である』と言うとしましょう。また、それらの百歳に達した人々も二十五歳の青年を指さして『これは私の父であり、産みの親です』と言うとしましょう。そういうことは世間の人々にとっては信じられないことであり、信じ難いものです。お釈迦様、あなたは正しく完全な悟りを得てからまだそれほど時間が経過していません。それなのにここにいる計り知ることもできないような数の菩薩達は、とても長い時間をかけて、純粋な修行を実践してきており、神通力を身に着けています。正しく完全な悟りに至った如来の地位についてもよく知っていて、如来の法を詠唱するのにも優れ、精進の力を獲得しています。さらにお釈迦様はそれらの菩薩達について次のようにおっしゃられます。『まさしく最初から、私はこれらの菩薩達をこの菩薩の地位に向け、鼓舞し、励まし、成熟させ、完成させたのである』と。また『正しく完全な悟りを得た私は、以上のあらゆる精進において勇猛ぶりを発揮したのだ』と。そこで私達は『如来は間違えることなく、真実を語る』という言葉が正しいことを理解しているので、お釈迦様はご自身の発言の真意をご存知のはずだと考えています。しかし、新たに菩薩のための乗り物に乗って出発した菩薩達は疑問を感じるでしょう。お釈迦様が長い旅に出発された後は、この法門を聴いても、それらの菩薩達は受け止めることも、信じることも、従うこともないでしょう。あまりにも信じられない話だからです。そのため、それらの新しい菩薩達は、法の破壊を招くようなことを心に抱くかもしれません。それゆえにお釈迦様、私達が、この法に対して疑いがなくなり、未来の世界において菩薩のための乗り物に乗る人々が、この法を聴いて疑問を持つことがないよう、この意味を適切に説明してください」
そう言うと弥勒菩薩は同じ意味のことを詩にして、その詩を吟じることによってお釈迦様にもう一度語りかけた。