白い蓮華の花   作:山田甲八

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七 過去

 お釈迦様は続けられた。

「遠い、数えることもできないくらいはるか昔の話である。ある時、ある所に『大きな神の力による知恵の優れたもの』を意味する大通智勝如来が現れ、尊敬されていた。さて、その如来はどれくらい昔に現れたかみんなは分かるかな?」

 お釈迦様にそう問われ、僧達は首をひねった。

「例えば、この世界に、いや、宇宙といっても良いのだが、とてつもなく大きな大地の塊があって、大地の塊という言葉が難しければ、例えばヒマラヤ山脈とかでも良いのだが、そのすべてをある人が粉々にしてしまったとしよう。そこでその人はその粉々になったヒマラヤ山脈の中から一粒を取って、東の方向に千里ほど進んで下に置き、さらに東に千里ほど進んで次の一粒を下に置くということを続け、同じことを繰り返しながら東の方角に進み、そのすべての粒を置き終えたとしよう。さて、あなた達は計算によってその時間や距離を求めることができると思うかな?あるいは、そもそもその終わりというものを考えることができるだろうか?どうだろう?」

 お釈迦様にさらにそう問われ、首をひねっていた僧達の内の一人がうやうやしく答えた。

「お釈迦様。それはいくら何でも無理だと思います」

「なるほどね。しかし、優秀な数学者の中にはそういう計算ができてしまう人もいるのだよ。でもね、その師である大通智勝如来が長い旅に出発してから今日まで、どのくらいの時間が経過したのかはどんなに優秀な数学者でも計算することができないのだ。大通智勝如来がこの世に現れたのはそれ程はるか昔のことなのだよ。しかし、完全な悟りに至った如来の知恵を発揮することによって、私はその如来が長い旅に出発された時のことを昨日、今日のことのように思い出すことができるのだ」

 お釈迦様はそこまでおっしゃると同じ意味のことを詩にして吟じてみせられ、さらに続けられた。

「大通智勝如来はとても長生きをされたのだけれど、若い頃はまだ完全な悟りに至っていない時期があった。その時、その如来は最も優れた最高の悟りを得るために座禅を組み、瞑想しながらあらゆる悪魔のような欲望と戦い、これを打ち負かし、これに打ち勝った。悪魔のような欲望を打ち負かし、これに打ち勝ってから、大通智勝如来は『私は正しく完全な悟りに至るであろう』と考えたが、その時はまだ、完全な悟りに至った如来が具える威徳がその師に現れることはなかった。大通智勝如来は菩提樹の下で何日も座禅を組み、途中で立ち上がることはなく、動揺することもなく、身体も動かさず、何にも恐怖することもなかったが、その間もその如来に威徳が具わることはなかった。すると誰かが、恐らく神々の仕業だったと思うのだが、大きく立派な椅子を用意し、師はその椅子に座られた。そして、師がその椅子に座られると、誰かが、恐らく神々の仕業だったと思うのだが、大量の花の雨を降り注がせた。神々はその如来が完全な悟りに至るまで花を降り注ぎ、大通智勝如来は正しく完全な悟りに至った。ところで、その師がまだ在家の王子だった頃、師には十六人の子どもがいた。長男は『知恵の源を持つもの』を意味する『智積』という名前であり、十六人の子ども達はそれぞれ楽しい、様々なおもちゃを持っていて、遊んでいた。ところが父であり、師でもある大通智勝如来が正しく完全な悟りに至ったことを知ると、楽しいおもちゃを投げ捨て、敬意を表するため父の傍まで行くと、うやうやしく一礼し、手を合わせたまま次の詩を吟じて、師である父を賞賛した。

 

 偉大なる医師であり最上の人であるあなたは

 この世のすべての身体を持つものを救うために

 悠久の時間の中で悟りに至り

 立派な目的を達成されました

 

 この気の遠くなるような長い時間の中で

 同じ椅子に座り続け

 難しいことを成し遂げました

 いかなる時も身体を動かすことはありませんでした

 

 手も足も他の部分も動かすことはなく

 心もまた安らぎを得ており

 動くことはなく

 動揺することもありません

 

 乱れることはなく

 汚れからは離れ

 最上の究極の

 安らぎの中にあります

 

 幸運なことに

 危害を受けることはなく

 安らかにこの最高の悟りを獲得されました

 私達は繁栄を得ました

 

 指導者を持たない生き物は

 目をえぐられたように

 全てに苦しめられ

 幸せから遠いところにいます

 

 苦しみの終わりに向かう道も知らず

 解脱のために精進することもなく

 悪の道は栄え神の徳は減退し

 勝利者の名は聞かれず世界は闇に包まれています

 

 知恵ある人よ

 あなたは今ここで

 汚れを離れ

 最上の栄光に満ちた地位を得ました

 

 私達も世間の人々も慈しみを受けました

 師よ

 私達はあなたを

 帰依すべき命の源泉といたします

 

 十六人の子ども達はまだ幼かったが、師である大通智勝如来をこの詩によって賞賛し、『多くの人々の安らぎのため、幸福のため、そして憐みのため、師は真理の車輪を回すことによって法を教示してください』とお願いした。そして子ども達は次の詩を吟じてみせた。

 

 百もの福徳の相を持つ指導者よ

 比類なき人よ

 偉大なる聖仙よ

 法をお説きください

 

 あなたが獲得した最上の知恵を

 この世に説き示し

 私達とここに住む衆生を救ってください

 最高の知に到達できるように

 

 すべての命あるものの

 行いも知恵でさえも性質も過去になした福徳も

 あなたはすべてご存知です

 最上の真理の車輪をまわしてください

 

 ところで、その師である大通智勝如来が完全な悟りに至ろうとしているとき、四方八方の世界が振動し、光明が現れた。その世界の間には苦難の、暗黒の闇夜に包まれている世界もあり、その暗黒の世界は太陽や月の光すら届かない世界なのであるが、その闇の世界にすら光明が出現した。その闇の世界で生きている衆生もまた、その光が差し込むことによって、『ああ、自分もまたこの世界に生まれていたのだ』とお互いに認識し合えるほどであった。またそれぞれの世界にいる、神々の住む宮殿や乗り物も激しく振動し、光が差した。その時、東の方角にある国の神々の乗る乗り物がまばゆいばかりに光り輝き、驚いた神々達はその原因についてお互い話し合ったのだが、その中で『一切衆生の救済者』を意味する『救一切』という名前を持つ神は他の神々に次のように語りかけた。『私の使っている乗り物はすべて、今、過剰に光を放っていて、私達を楽しませているが、その原因は何だろう?思うに、このような神通力を持った神の子が今、どこかに出現したのではないだろうか?あるいはこのような瑞相を具えている人間の王が、今、どこかの世界に出現し、世界中に光を放っているのだろうか?』すると、そこにいた神々達は、一緒になって各自、その乗り物に乗り、スメール山ほどもある大量の花を掴むと、西に向かった。そして神達は、師である大通智勝如来が菩提樹の根元にある立派な椅子に座って人間や人間以外のもの達に囲まれ、尊敬され、さらに十六人の子ども達が、まさに真理の車輪をまわすようにお願いしているのを見た。それを見た神達は、師のいるところに近付き、うやうやしく挨拶して、師の周りをグルグルと回り、スメール山ほどの大量の花を師に注ぎかけた。そして自分達の乗り物を師に差し上げてからこう述べた。『師よ。私達に憐みを感じてこれらの乗り物をお受け取りください』と。それから神々は師と向かい合い、師を称賛する詩を吟じてみせた。

 

 人々の計り知れない安らぎのために

 なかなか出会うことのない

 憐憫(れんびん)の情を抱かれる

 勝利者が出現されました

 

 あなたは保護者として

 教師として

 師匠として

 お生まれになったのです

 

 この世の衆生は慈しみを受けました

 ここから東に広大な世界があります

 そこから天の乗り物ですべてを捨てて

 私達はやってきました

 

 私達の過去の徳によって

 ここには様々な美しい天上の乗り物があります

 私達への慈しみのために

 受け取って自由にお使いください

 

 神々は師である大通智勝如来を詩によって賞賛すると、次のように述べた。『師は真理の車輪を回してください。心の安らぎについて説き示してください。衆生を救ってください。この世の人々を慈しんでください。法の所有者である師は、神々と悪魔が共存するこの世の人々のために、生きとし生けるもののために、法を説き示してください。それは多くの人々の安らぎ、幸福、人々に対する憐みのためになるでしょう』と。そして神々は同じ内容のことを詩にして吟じてみせた。すると師は、それらの神々の言葉を黙って受け止められた。それに続けて、今度は東南の方角から乗り物に乗った神々が現れ、同じように師に敬意を表すると花の雨を降らせ、師を賞賛し、乗り物を献上し、法を説くよう師にお願いし、師は黙ってこれを受け止められた。それに続いて、今度は南の方角から、西南の方角から、西から、西北から、北から、東北から、そして下からも、上からも、神々がやって来ては同じように、師を敬い、花の雨を降らせ、師を賞賛し、乗り物を献上し、法を説くようお願いし、師は黙ってこれを受け止められた。そして師である大通智勝如来は無数といっても良いほどの神々、そして十六人の子ども達の願いを聞き入れ、四つの真理を段階的に転ずるという真理の車輪を回すと、まさにその瞬間に、瞬時に、無数といっても良いほどの多くの生命あるものたちは汚れから自由になり、心が解放された。さらに師である大通智勝如来は第二、第三、そして第四の説法を行い、数えきれないほどの生命あるものが清らかになり、その後、その師には計算できないほどの数の弟子の集団が生まれた。その時、師である大通智勝如来の十六人の子ども達はまだ幼かったが、出家し、沙弥(しゃみ)、すなわち見習いの修行僧となり、賢くて、聡明で、有能な、無数の悟りを開いた如来の下で修業する、正しく完全な悟りを求める人となった。そこで、その十六人の沙弥達は師である大通智勝如来に次のように言った。『ところで、如来の、数えきれないほどの弟子達は、師の説法により、神力を具え、威徳を有し、偉大なる主と称されるものとなりました。素晴らしいことです。私達もまた如来から学びたいので師は私達に憐みを感じ、私達に正しく完全な悟りに至る法を説いてください。私達は如来の知見を求めています。このことにおいて師こそ私達の証人であり、あらゆる衆生の意向をご存知であるあなたは、私達の高潔な意向もご存知のはずです』と。するとその時、幼い子ども達が出家したのを見て、従事の人々の半分ほどが、これもものすごい数になるのだが、出家し、如来の弟子となった。そして師である大通智勝如来は、それらの沙弥達の真剣な願いを知って、どんなに時を経ても変わることのない、菩薩のための教えであり、完全な悟りに至った如来が把握している『白蓮華のように最も優れた正しい教え』、すなわち『法華経』をすべての僧、尼、在家信者に詳細に説いたのだ。師の子どもである十六人の沙弥達は師の説法を受け止め、受け入れ、崇拝し、満足し、師である大通智勝如来はその十六人の沙弥達に対して、正しく完全な悟りに至るであろうという予言をなされた。大通智勝如来が『法華経』を説かれているとき、弟子達とその十六人の沙弥達はその法門を信じたが、それでもまだ多くの人々は疑問を抱いていた。そこで師である大通智勝如来は『法華経』をとても長い時間、休むことなく説いてから、一人静かに瞑想するために精舎に入られた。それから如来は長い間、精舎の中で瞑想に入られた。すると十六人の沙弥達は師である大通智勝如来が瞑想に入られたのを知って、各自が法座として立派な椅子を準備して、師である大通智勝如来に敬礼してから『法華経』を長期間に渡って僧、尼、在家信者達に説き示したのだ。そしてそれぞれの沙弥である菩薩達は、ガンジス川の砂の数にも等しい数の、無数といっても良い数の生命あるもの達を、正しく完全な悟りへと成熟させ、教化させ、喜ばせ、励まし、歓喜させ、解脱へと至らしめたのである。それから師である大通智勝如来は、とても長い時間が経過した後、強い意志で、正しく物事を理解しつつ、その瞑想から立ち上がり、法座に近付いて、設けられた椅子に座った。法座に座ると大通智勝如来は僧の集団に語りかけた。『みんな聞いてくれ。この十六人の沙弥達は類稀な存在となり、驚くべき人となった。数多くの正しい悟りを開いた如来に仕え、修行に修行を重ね、正しく完全な悟りを開いた如来の知恵を受けとめ、衆生に知恵を与える人となった。この十六人の沙弥達に繰り返し仕えると良い。声聞に至る乗り物に属する人であれ、独覚に至る乗り物に属する人であれ、菩薩のための乗り物に属する人であれ、子ども達の説法を謗ることなく、かき乱さない人は、誰でも正しく完全な悟りに至ることができるだろう。そしてその人は誰でも如来の知恵に到達することができる』と。さらに十六人の沙弥達は師である大通智勝如来の教えの下でこの『法華経』を繰り返し説き明かした。偉大な菩薩となったそれら十六人の沙弥達が悟りに向けて教化した無数の衆生のすべてが、生まれ変わった先でもその十六人の沙弥達と共に出家し、十六人の沙弥達に出会って、その十六人の沙弥達から法を聴いた。それらの衆生は完全な悟りを開いた如来を喜ばせたし、今もなお喜ばせている。さて、ここで種明かしをしよう。幼かった十六人の子ども達は、その師の教えの下で沙弥として説法師となり、正しく完全な悟りに至ったが、その十六人全員が、今、この世に存在していて、世界中の声聞や菩薩達に法を説き示している。すなわち、東の方向、東南の方向、南の方向、西南の方向、西の方向、西北の方向、北の方向、東北の方向にそれぞれ正しく完全な悟りに至った尊敬されるべき如来がいるのだが、まさに中央であるこの世界、人間界には十六番目の『釈迦族出身の聖者』を意味する、正しく完全な悟りに至った如来、『釈迦如来』、すなわちこの私がいるのである。私達が沙弥であった頃、その大通智勝如来という師の教えの下で、衆生は沙弥であった私から法を聴いた。また、その師の教えの下で、立派な菩薩の一人であった私達は正しく完全な悟りに向けて衆生を教化した。私達一人ひとりにはガンジス川の砂の数に匹敵するほどの数の多くの弟子である衆生がいたのだ。それらの衆生は今なお、声聞の境地にあり続けており、正しく完全な悟りに向けて、私達によってまさに成熟させられているところである。そして、その大通智勝如来という師の教えの下で菩薩であった私が、法を説き聞かせた、ガンジス川の砂の数にも匹敵するような、数えることもできないような数の衆生とは、実はあなた達だったのだ。私が長い旅に出発した後に生まれる声聞達は、菩薩としてどのように修行すべきか誰かに教えを乞うだろうが、自分達は既に菩薩なのだということを理解することはできないだろう。また、それらの声聞達は自分達の考える安らぎこそが完全なる安らぎだと思っていて、その安らぎに満足してしまうだろう。私は色々な世界に、それぞれの世界ごとに異なった名前で現れる。衆生もまた、如来の知恵を探し求めつつ、色々な世界に生まれ変わるのであるが、そこで衆生は次の決定的なことを聴くだろう。『正しく完全な悟りに至った如来にはただ一つ、完全な安らぎだけがあるのであり、この他の、第二の安らぎは存在しない』と。これこそが正しく完全な悟りに至った如来の巧みなる方便であり、法の教授であると知るべきである。如来が、死を予感し、また集会の参加者が清らかであること、信仰心が堅いこと、空の教えを理解していること、一つの対象への集中に専念していることを知ると、如来は今がその時と判断し、一切の菩薩達、声聞達を集め、『法華経』の意味を説き聞かせる。『世間において何かある第二の乗り物、第二の安らぎは存在しない。ましてや第三の乗り物、第三の安らぎはなおのことだ』と。これこそが如来の巧みなる方便なのである。衆生の多くは長い間、疎んじられており、劣ったものを学び、愛欲の泥沼に溺れていることを如来は知っている。それゆえ如来はそれらの衆生に方便として、今、衆生が熱中しているものが安らぎであると仮に説くのである。例えばここに広大な荒れ野原と森があるとしよう。宝の島を探すために、多くの人々がそこに入ってきた。その中に頭がよく、そこの地理をよく知っている道案内人が一人いた。その人が、その隊商を荒れ野原から抜け出させようとする。その時、他の人々は疲れ果てていて、次のように言った。『道案内のお方、分かって下さい。私達は疲れ果て、不安になっています。引き返しましょう。ここから荒れ野原と森はどれほど続くか分かりません』と。すると方便に巧みであるその道案内人は、多くの人が引き返したいと考えていることを察知し、何とか宝の島へと向かわせようと考える。そして、その道案内人は気象にも詳しく、『蜃気楼』という現象を知っているので、ちょうど蜃気楼が現れ、はるかかなたに街らしきものが見えたのを見計らって次のように言う。『皆さんお疲れなのですね。でも不安になることはありませんよ。ご覧なさい。お城が見えますね。あそこで一休みしましょう。そして休憩して、疲れを癒して、そしてまた宝の島へと出発しましょう』と。そこで衆生は不思議な思いにとらわれ、『ここから抜け出せそうだ。あそこで一休みして、疲れを癒すとしよう』と考えるだろう。道案内人は人々が蜃気楼で心が癒されたことを確認し、蜃気楼が消えると次のように言う。『皆さん、行きましょう。宝の島は近いのです。しかしながら、今見たお城らしきものは私が特別な力で作り出した幻影だったのです』と。まさにこのように、如来はあなた達とあらゆる衆生にとっても道案内人なのである。そこで如来は次のように考えるのだ。『抜け出さなければならない煩悩の森は広大である。衆生が正しく完全な悟りに至った人の知恵はただ一つであることを聴き、そこに至るまでの道のりが相当困難であることを知って引き返すことのないように、正しい完全な悟りへの道を諦めないように』と。そこで如来は、衆生の志が弱いことを知って、あたかもその道案内人が蜃気楼を見せて衆生を休憩させ、休憩した後に『実はあれは幻影だった』と言ったように、まさに同じように、如来もまた、衆生の休息のために巧みなる方便によって途中に偽物の安らぎの境地、すなわち声聞の安らぎの境地と独覚の安らぎの境地を教え示して、説き明かすのである。もし衆生がその二つの偽物の安らぎに留まっているのであれば、まさにその時、如来もまた次のように説き聞かせるのである。『しかしながら、あなた達はなすべき義務を成し遂げたのでもなく、なすべき仕事を成し遂げたのでもない。ただ、あなた達が到達したいと思っている如来の知恵は近くにある。あなた達が到達したと思っている安らぎは、真実のものではないということをよく考えることだ。真実の乗り物はただ一つであるのに三つの乗り物を如来が説くということは、それは巧みなる方便なのだ』と」

 お釈迦様はそこまでおっしゃられると同じ意味のことを詩にして吟じてみせられた。

 

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