術式はトリガー   作:猫又猫々

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第3話 孤軍練磨①

 

 

目の前で車を運転している補助監督の男──伊地知 潔高は、つらつらと任務について詳細に説明を行っていく。

そんな彼の後ろの座席に座る日下部は、資料の映されたタブレットを覗き込んで、難しい顔をしながらそれを聞いていた。

 

「実際に呪いの存在が発覚したのは2日前ですね。どうやら、肝試しに行った地元の大学生4名が、肝試しを最後に行方不明になったそうで……それによって呪霊の仕業だと判明したようです。また、窓の者の報告では呪霊のいる廃家の中は、未完成の領域になっている様でして……シン・陰流を収めている日下部さんに白羽の矢がたったという事ですね」

 

「おいおい、これ、もはや特級案件だろ」

 

「呪霊の呪力量的には1級止まりとの事で、五条さんは大丈夫と判断されたのでしょう」

 

相手が推定よりも上の等級であった場合、此方の死は免れ得ないという状況に軽く頭痛と、めんどくさいという考えが、頭を過る日下部であったが、その後の伊地知の話で、その思考は吹き飛ばされるのであった。

 

 

 

今回の任務の地である■■市に入り、もうすぐで件の廃家につく、といったところで、伊地知の携帯から一定のリズムを刻む電子音が鳴り出す。

その電子音に反応した彼は、携帯画面を見る。

その画面に映った電話相手の名前を見た彼は、急いで電話に応答した。

 

「もしもし、高木さんですか?」

 

どうやらそれは、高木と呼ばれる窓の男からの電話のようであった。

 

伊地知は電話の設定を、スピーカーにする。

それによって携帯から高木と呼ばれた男の、低く焦った様な声が聞こえ出した。

 

『伊地知さん……まずい事になりました』

 

高木というこの窓の男は、廃家での呪霊の監視と、廃家へと人を侵入させないようにという目的のもと、高専によって配置された人員であった。

そんな男が焦りながら連絡してくるという事は、何か緊急の連絡なのだろう事が、日下部には察せられた。

そんな彼は、「まさか特級だったとかではないだろうな」と、一人後部座席にて冷や汗を額に浮かばせていた。

 

「何かそちらでありましたか?」

 

『それが、その……例の子供が家の中に侵入してしまっているようでして』

 

高木のその報告を聞いて、伊地知と日下部は目を見開きながら驚く。

 

『すみません。他の人達を追い払っている内に、どうやら気絶させられていたらしく……誠にすいません!………それと、少年の他にもう1人居るのですが……』

 

「もう1人?その人の特徴は?」

 

『えっと……白髪頭でポニーテール……それから、スーツの上に革ジャンを着た女性、ですかね?』

 

スピーカーから流れ出す、高木の言葉。

それを聞いていた日下部は、その人物像に思い当たるものがあったのか、目を見開くと冷や汗を額に浮かべた。

 

(ヤベェのまで一緒とか、俺聞いてないんだけど!? ふざけんなよ!!何でガキと『死神』が一緒に居やがる!?)

 

彼が思い浮かべるのは、任務で一度刃を交えた相手であった。

彼の記憶の中の彼女は、当に死神。

もう一度戦えば、死ぬ。

その事に思い至ってしまった彼は、今更になって五条を恨み、それから件の少年が死神と一緒に居る事に疑問を持った。

 

死神。

それが彼女──荏田糸捺の裏での呼び名である。

それは彼女の戦闘時の強さや、その能力からつけられた異名であった。

 

(ああ、俺此処で死ぬのかもな……)

 

もはや日下部は、燃え尽きた薪であった。

終わった。

そんな絶望感が彼を襲う。

一度彼女から敗走してトンズラこいている彼は、荏田の強さを間近で体験している人間だ。

そんな彼だからこそ、彼我の実力差を知っているからこそ、余計に絶望感が大きかった。

 

そんな日下部とは違い、伊地知はまだ冷静であった。

 

「分かりました。此方も出来るだけ早く向かいます。少々お待ちください」

 

死神が現場に居る事に焦りながらも、高木とのやりとりを早々に終わらせると、クイっと中指でメガネの位置を直し、伊地知は今まで以上にアクセルを踏み込んだ。

自身にできる事だけをしっかりとこなすという、伊地知の真摯な思いが感じられる目を、ミラー越しに見た日下部。

彼からすれば、初めて見る程の真剣な瞳であった。

それを見た彼は、一人静かに喉を鳴らすのだった。

 

「急ぎましょう日下部さん。事故らない程度に飛ばします」

 

 

 

それから10分とせずに、伊地知の運転する車は呪霊の棲む廃家へと到着する。

 

その事に気づいた高木が、車へと近寄っ行く。

彼が報告の為に、社内の伊地知に話し掛け様として、それを遮るかの様に車の扉が開いた。

そこから、刀を持った日下部が車から飛び出し、伊地知がドアを開けて運転席から降りる。

その瞬間であった。

 

──バシュンッ!

家の中に展開されていた領域が解ける。

それが意味する事は、中の呪霊が祓われたという事であった。

 

「あん?中の呪霊が祓われただと?」

 

日下部が何気無い疑問を口にしながら、廃家の入り口に近付こうとする。

が、それは中断される。

 

「く、日下部さん!」

 

「分かってるよ!」

 

(何ちゅー、莫大な呪力の反応。 おいおい、マジで死んだわ俺)

 

家の中から感じられる、恐ろしいまでに莫大な呪力。

それに伊地知は慌て、日下部は死を悟り、高木は余りの恐怖に気絶した。

 

そんな絶望的な状況の中、日下部はある事に思い至る。

 

(待て……なんで、家から感じる呪力が1人分なんだよ?報告では、2人……いた、筈)

 

「まさか、ガキに手を出したんじゃ!?」

 

日下部の口から、最悪の考えが溢れる。

それは、もしかしたら起こるかもしれない未来。

あの死神が、ガキを殺したんじゃないのか?

そんな、最悪の未来を夢想した彼は、急いで扉に向かっていく。

 

扉のすぐ側にまでやって来た彼が感じたのは、妙な焦臭さと、強烈なまでの血生臭さであった。

 

(チッ……不快な匂いだな………あん?これは──)

 

その鼻を抉るかの様な不快な匂いに顔を顰めながら、扉のすぐ隣についた窓を確認する日下部。

そうして、とある事に気が付いた。

窓が、家の内側から灰で汚れていたのである。

 

「──灰か?」

 

そんな疑問の言葉を口にしながらも、さっさと頭を切り替えた日下部は、目前の扉を勢いよく開く。

そうして、部屋の中に居るであろう人物に向かって大声で話し掛けた。

 

「おい、ガキ!生きてるか!?」

 

扉を開いて開口一番が、生存確認の言葉であった。

そんな彼の視線の先に映ったのは、灰で出来た山の前に立つ1人の少年の姿であった。

 

 

────────────────────

 

 

その肉体を灰へと変えた、自身の師匠の姿を眺めながら和匡は、その山の前で立ち尽くしていた。

そんな彼の表情は、何か覚悟を決めた様な真剣な物であった。

 

(師匠……貴方は自分の事を唯の人殺しだと、人から奪うだけの碌でなしだと、そう言ってましたね……でも、貴女は確かに私という人間を救ってくれて、色々なモノを与えてくれて……心の底から幸せだったんですよ?)

 

自身の右手に握られた、その短刀サイズの真っ黒い無骨な柄。

それを自身の額に近づけて彼は、その場に居ない誰かに語り掛ける様にして、自身の想いを脳裏に浮かべる。

 

(親の愛を識らなかった私に、愛をくれて………貴女は私にとって……師匠であり、先生であり………お母さんでした)

 

和匡の脳裏に呼び起こされるのは、心の底から楽しそうに笑う彼女であった。

子が親から当たり前の様に注がれて然るべき愛情。

それが無かった彼にとって、彼女の存在というのはとても大きかった。

 

死にたがっていた彼に、夢と希望を与え。

知識も経験も持たなかった彼に、自身のこれまでの全てを教えてやり。

親から子への無償の愛というモノを、彼に与え。

弱かった彼に、呪われたこの世界を生き抜く為の、力を付けさせ。

 

彼女は彼にとって、文字通りの全てであった。

 

そして彼は今、そんな彼女との訣別を果たした。

だから、彼は心を決める。

これからは、自身の目的と思いの為に生きるのだ、と。

 

(師匠、貴女の分まで生きてみせますから……)

 

彼は瞳を開いて、右手に握られたそれを、ズボンの右ポケットに大事に仕舞う。

そうして、決意を固めた彼は、自身のポニーテールへと手を伸ばす。

 

(だから、これはその為の決意の証です)

 

彼の左手から生えた水色の薄刃が、その馬の尾をあっさりと切り裂く。

彼は、長年伸ばしてきたその髪を切り取ったのだった。

自身の決意を本物とする為に。

その切り取られた髪の束を彼は、先程とは逆のポケットに雑に突っ込んで仕舞う。

 

そうして決意を新たに、これからどうするかを考え始める和匡。

彼の脳内に浮かんだのは、彼女から知識として教えられていた、高専の存在であった。

 

(高専に頼んで、保護して貰うか……?)

 

丁度、和匡が高専に保護して貰う事を思案した時であった。

彼の背後の扉が勢いよく開いた。

 

「おい、ガキ!生きてるか!?」

 

扉が開くと同時に、そんな焦燥を含んだ男性の低い声が、和匡の耳に届いた。

ガキ。

それが誰を指すのかをイマイチ理解して居なかった彼は、何事だと後ろを振り返って、部屋の様子が想像と違い過ぎて困惑する日下部と、目がバッチリと合う。

 

「あん?なんつー状況だ……?」

 

そうして、和匡と目が合った日下部は、部屋の様子に疑問の声を上げる。

家の外にまで漏れ出る程の呪力と、その存在感を感じ取って急いで部屋へと入って来た彼は今、絶賛混乱中であった。

 

(確かにあの時に感じた気配だった筈………)

 

彼は、過去に荏田と対峙した時に感じたそれと酷似した、呪力と気配を感じて突入して来たのだ。

それなのに、廃家の中に居たのは、五条から見せられた写真に写っていた少年と、事前の説明の時に言っていた大学生だと思われる、4人分の死体だけ。

その事に、彼の脳内はクエスチョンで埋め尽くされる。

 

「お前、こんな所に1人で来たのか?」

 

日下部は、居なくなってしまった荏田の行方を問い詰める。

件の少年の、和匡の安否を確認出来た今、彼にとってはその事の方が重要であった。

何故、彼がそんな事を確認したかったのか。

 

(クソ!俺はまだ死にたくねぇぞ!!)

 

それは、荏田と戦う事になるという、最悪の事態を避けたかったから。

 

しかし、そんな彼の予想は思わぬ形で否定される。

 

日下部の疑問を受けた和匡は、彼の姿をジロジロと不躾に見て行く。

彼は、相手の力量を立姿から推測っていた。

それから分かったのは、目の前の男性が腕の立つ剣客であるという事であった。

 

「"今は"私1人ですね……何方か探し人でも居ましたか?」

 

(襲って来たなら、おそらくは師匠の賞金狙いの呪詛師………だけど、そうじゃないのならおそらくは……)

 

和匡は日下部の狙いに何となくではあるが気づいた。

目の前の人間は、誰かを探しているのではないか、と。

しかし彼は、態とらしく相手にヒントをくれてやる。

相手の出方を伺う為に。

 

(今は、ねぇ……まぁ良い。襲ってくる気配も無ぇしな。取り敢えずは家入のとこに連れて行くか)

 

「いや、何でもねぇ。それよりも、怪我とかは無ぇか?」

 

和匡の言葉に引っ掛かりを覚えた日下部であったが、取り敢えずその思考を切り替える。

死なない事も大事ではあるが、今の彼の目的は別であるのだから。

和匡を保護する、という方向へと思考を切り替えた彼は、彼に怪我の具合を訊ねながら、側に近づいて行く。

もちろん、両手を挙げて相手を害する意思がない事を伝えながらではあるが。

 

「(師匠のお陰で)無傷です」

 

和匡はニッコリと笑って、無事である事を伝える。

そんな彼は、大事な師匠の形見を手で握る。

まるで、それのお陰とでも言うかの様に。

 

「俺は日下部篤也っつー、高専で呪術師をやってる者だ」

 

「これはどうもご丁寧に。 私は神崎和匡と言う者です。苗字は嫌いなので和匡と呼んでください」

 

(高専、呪術師……ビンゴ! 此れは運が良いですね……一か八か)

 

依然相手を警戒しつつ、日下部の自己紹介に対して礼儀正しく返す和匡。

初対面での印象は大事だと云う、荏田からの教えを忠実に守っていた。

 

(目の前にある灰の山はなんだ?何かの跡か?)

 

「なぁ、和匡………その、目の前の灰はなんだ?」

 

どうしても気になってしまった日下部は、堪え切れずに訊ねてしまった。

目の前のそれは何なのか、と。

日下部には、それが遺灰の様に見えてしまったから。

 

「これ、は………」

 

和匡の視線が、その灰の山で止まる。

それと同時に言葉も止まる。

完全に一時停止していた。

 

(黙るか、本当の事を言うか………)

 

「いや、言いたく無いのなら別に良い。それよりも、後始末は高専側が請け負「今から言う事は、誰にも言わないで下さい」………」

 

どちらにするかを思考する和匡に、横合いから彼を気遣うかの様な言葉が掛けられる。

それを聞いた彼は、本当の事を言う事に決めた。

偶々タイミングよく来ただけの日下部に対して彼は、自身の秘密の一端を打ち明ける。

それは、日下部からすれば厄介事を抱え込む事になるのだが、そんなのどちらも今の段階で気付く筈もなかった。

 

「荏田糸捺という人物をご存知ですか?」

 

「は?荏田……お前、それ」

 

(何でこのガキがその名前を……)

 

日下部は予想外の言葉に目を見開いて、和匡を凝視する。

何故その名前を知っているのか。

そんな疑問が尽きなかった。

 

「彼女は、私の師匠でした。そして、呪詛師でもあった」

 

「し、師匠だと……!? おま……待て、そういう事か!」

 

日下部は和匡の言葉から、1つの答えへと思い至った。

和匡と荏田の2人が師弟関係である、と。

 

(一緒に居たってのは、師弟関係なら頷ける。俺の早とちりかよ………良かっt ──)

 

そして、別の事にまで思い至ってしまった。

 

「いや、良くなーーーーい!!!」

 

自身がこれから保護しようとしている人間が、呪詛師の弟子であるのだという事に。

 

もしかしたら、これから自身は死ぬのかも知れない。

そんな悲しい、予想が彼の脳裏を高速で通過して行く。

──絶対絶命。

そんな言葉を、ふと思い出してしまった。

 

「なんですか、急に大声出さないで下さい」

 

もしかしたらに備えて、逃げる算段を考え始めた日下部とは対照的に、和匡は目の前のおっさんを不審がっていた。

自身の秘密を語ろうとしたら、いきなり叫んだのだから、彼からすれば話の腰を折られた気分だった。

 

「はぁ……もう良いです。日下部さんは高専の方なんですよね?」

 

「ああ、そうだが」

 

今の日下部は、不審者を警戒する忠犬である。

警戒心剥き出しで、少しでもその気を見せたなら逃げるッ!という、やる気に満ち溢れていた。

 

「私、親から半ば勘当されてるんです。なので……高専で保護して貰えませんか?」

 

保護して欲しい。

それは、日下部からすれば願っても無い物であった。

そして、丁度戦う事になるかもしれないと考えていた彼だ。

勿論、その返答はYESであった。

 

 

 

取り敢えず、和匡の言葉に二つ返事で頷いた日下部は、一端彼を家入に診せる為に、伊地知と高木の待つ車の下へと連れて来ていた。

 

「紹介する、コイツらは右から高木と、伊地知だ。役職やらはまた今度聞いてくれ」

 

日下部が、和匡を引きずりながら外にやってきて、開口一番に伊地知と高木の2人を紹介する。

ぶっきらぼうなその紹介に2人は、各々適当に返事をする。

 

「おし、そんじゃ伊地知。コイツ高専に連れて帰るから」

 

それを待った日下部は、コイツと言いながら和匡を右手の指で差す。

和匡は、その雑な紹介を聞きながら右手を挙げて、軽く挨拶を行う。

 

(子供を引き摺るって、どうなの?)

 

そんな彼は、呑気に日下部に文句を言っていた。

先程の日下部との遣り取りから、彼がふざけたおっさんだと勘付いた彼。

日下部の扱いは中々に雑なものに成り下がっていた。

 

良い年したおっさんに引き摺られる少年という、何とも酷い絵面を見ていた伊地知は、急いで和匡を抱き抱えると、車の後部座席に運んでやる。

 

「ちょっと日下部さん、子供の扱いをですね……」

 

「怪我が無かったんだからいーじゃねーか。おじさん男子を抱えて喜ぶ趣味してないの!」

 

伊地知はそんな日下部の巫山戯た物言いに、溜め息を吐く。

こういう変なスイッチの入った彼は、伊地知にとって五条とは別の意味で頭痛のする人間だった。

 

日下部によって生まれた頭痛と格闘しながら伊地知は、和匡に和かに話しかける。

彼にとって和匡くらいの少年というのは、庇護の対象である。

優しくする事はあっても、日下部の様に雑に扱う事など無かった。

 

「さて、本名を伊地知清隆と申します。以後お見知り置きを」

 

和匡に優しくシートベルトを付けてやる片手間に、自己紹介を済ませる伊地知。

彼は自身の名刺を少年に渡すと、しっかりとお辞儀をして微笑んだ。

流石、仕事の出来る男というのは、こういった細やかな事にまで礼儀というものがなっていた。

 

(この人は凄い物腰丁寧な人だな……私の扱い方といい、良い人オーラが凄いな)

 

「これはこれはご丁寧に。どうも、神崎和匡です。此方こそ良しなに……あと、苗字は嫌いなので名前で呼んで下さい」

 

和匡は、伊地知に感心しながらも自己紹介を返して、しっかりと自身の名前で呼ぶ様に注文する。

どんな場面であろうと、彼にとってそれは欠かせないものであった。

何故なら、彼は自身の苗字で呼ばれる事を酷く嫌っていたから。

 

「分かりました、和匡くん。 さて、これからの事ですが……一端君を、高専に連れて行って家入さんに診せます。今は色々とあって疲れているでしょうから、ゆっくりお休みください」

 

「分かりました」

 

(良かった、これで自分から高専に行く手間が省ける……)

 

伊地知からの、彼を気遣った言葉を聞いた和匡は、自ずから高専に行くという手間が省けた事に安堵する。

フッと一息吐いた彼は、背凭れに深く倒れ込む。

完全に彼はリラックスしてしまっていた。

だからだろうか。

彼は気付けば、気絶するかの様に眠ってしまっていたのだった。

 

 

────────────────────

 

 

フッと和匡の意識は急激に浮上した。

まず目が覚めると、初めに消毒液の匂いが鼻についた。

次いで、天井に取り付けられた、目を焼くような眩しさのライトが目に入る。

和匡は、起き目に強烈な光を直視して、目を焼かれるかの様な気分を味わっていた。

 

(うわ、眩しッ!?)

 

そして、そんな眩しさから気が逸れた和匡は、腕の違和感と痛みが無くっている事に気づいた。

荏田に庇われた彼であるが、押されて倒れた時に軽く右手首を捻挫していたのだ。

しかし、ズキリと響くその痛みが無いことを不思議に思った彼は、右手を動かして確認しながら、目を外気に晒す。

そうして彼は気が付いた。

自身が医療室の様な無機質な場所にいる事に。

 

「おや?目覚めるのが早いね」

 

目の前から聞こえてきた女性の綺麗な声に前を向く和匡。

そこには、白衣姿にゴム手袋をした綺麗な女性が立っていた。

その女性の出立ちから、「おそらく伊地知さんが言っていた、私の事を治療してくれた人なのだろう」と、和匡は僅かな時間で予想した。

 

「お目覚めかい?神崎和匡くん」

 

そして、そんな女性の後ろの椅子に腰を下ろして、彼の名前を呼んだ人物は、とても変な見た目をしていた。

まず目につくのは何と言っても、その目と額を隠す包帯の目隠しだろうか。

真っ黒な服と、ぐるぐる巻きの包帯で出来た目隠し。

そして、その服装とは対照的な、月光をそのまま映したかの様な白銀の髪は、和匡にはとても輝いて見えた。

 

「貴方は……?」

 

(気楽に座っている様で、全く隙が無い……何者だろうか?)

 

女性の方──家入の方を伊地知の言葉から察せれた和匡ではあるが、目の前に座す変人については、全く以て誰か分からなかった。

 

「初めまして和匡くん。僕の名前は五条悟。 グレートティーチャー五条とでも気軽に呼んで良いよ〜」

 

イェーイ!と言いながら、現代最強の術師──五条悟は、和匡に見せつけるかの様にピースサインをする。

 

「五条、悟……貴方がですか?」

 

五条悟。

その名について、荏田から教えられていた和匡は、その見た目のギャップからかなり混乱していた。

こんな変な奴が、現代最強。

彼は、人は見た目によらないのだと言う事を、強く再認識させられていた。

 

「なるほど、噂通りに強そうな方だ。 今こうして話している間も、全く隙が感じられない」

 

「へぇ〜?」

 

和匡の言葉を聞いた瞬間、五条の目隠しによって隠された眼が、相手を推し量るかの様に細められた。

それは、和匡の言葉が図星であったから。

 

「目が良いのかな? フフ、正解!」

 

「この子、凄いね。 何処で見つけてきたんだい?」

 

「偶然ね」

 

和匡に言い当てられた事が余程嬉しかったのか、五条は微笑みながら、手で大きく丸を作って正解と叫ぶ。

それに対して家入は、五条の態度を見破った和匡に感心していた。

 

(この歳で、この研ぎ澄まされた身体つき……彼を鍛えた人間は余程無茶をしたみたいだね)

 

和匡の程良く鍛え抜かれた、抜き身の刀身の様な洗練された肉体と、歴戦の兵士を思わせる傷だらけの肉体。

それは和匡の努力の証であった。

 

それを見た家入は、和匡を鍛えた顔も知らぬ荏田という女について思いを馳せる。

それは、人を治療する為に数々の負傷者を見て来た彼女からしても、傷ましいと思わせるものであった。

 

「さて、和匡くん。君には今、1つの容疑が掛けられてる」

 

(容疑……?なんだろうか?)

 

五条の言っている事について、心当たりの無い和匡は、内心首を傾げる。

しかし、それもその筈。

何故なら、その容疑というのは、

 

「流石に分かんないよね〜。 正解を言うと………君は今、呪詛師として秘匿死刑にされそうになってるんだ。 この意味、分かるかな?」

 

「は? 呪詛師?死刑?私が?」

 

「そう。意味不明だよね〜」

 

高専上層部が吹っ掛けた、言い掛かりに近い物であったから。

 

「私、人殺しとかしてませんよ?」

 

「いやぁ、ウチのバカなお爺ちゃん達がね、『死神の弟子など、危険な存在だ!さっさと死刑にせねば、どんな事態になるか予想が付かん!!』だってさー。 ビビり過ぎでウケる〜」

 

五条はヘラヘラと、バカにするかの様な声真似を披露する。

実際、バカにしているのだが。

 

死神として恐れられていた荏田であるが、彼女が恐れられていた理由は、ターゲットにされる人物にあった。

彼女は、高専の上層部であったり、政界の一部の者であったりと、高い地位に成った、腐った木の実だけを捥ぎ取っていたのだ。

だからこそ高専上層部は、その弟子である和匡を恐れた。

もしかしたら弟子もまた、自分達を狙うのでないか、と。

 

そんな、暴論に近い上層部の腐った連中の主張によって、和匡は死刑にされそうになっていた。

 

「な、なんですかその暴論……」

 

これには流石の和匡も言葉を失ってしまっていた。

呆れ果てて、口をパクパクと動かすだけであった。

 

「君には2つの道がある。 1つは、秘匿死刑を受ける事。そして、2つ目は……」

 

そんな機械と化した和匡に五条は、ニヒルにその唇を曲げると、一度言葉を区切った。

 

「高専の呪術師として、人を助けるか………どれか好きな方を選んでよ」

 

実に楽しそうに、今の状況が心底楽しいと言うかの様に笑った五条は、そう言って和匡に2つの選択肢を突きつけた。

1つは、死の道。

そうしてもう1つは、地獄の道。

 

──どれか好きな方を選んでよ。

何処か此方を試すかの様な五条の言葉に、和匡はニヒルに笑ってから、即答したのだった。

 

 

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