術式はトリガー   作:猫又猫々

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第5話 彼の理想

 

 

 

秤達と和匡が知り合って1ヶ月。

午前は授業を受けて過ごし、午後からは模擬戦による体術と、呪力操作の基礎訓練を行って、たまに任務に行く、といった具合の日々を過ごしていた。

 

そんな5月のある日、いつものように午前の授業を終わらせて、和匡が秤達と訓練をしている時の事であった。

木刀が顔面にクリティカルヒット☆して、地面に倒れ臥してしまった情けない秤を、和匡が起こしつつ、「また私の勝ちですね」と煽っていると、木刀の当たった右頬を撫でながら秤が話しかけてきた。

 

「お前、シン・陰流使いか何かかよ。無駄に良い太刀筋しやがって……」

 

どうやら入学から1か月の間の訓練と、任務をこなすうちに、何となくの勘と、非術師の家系の出の和匡が、ここまで白兵戦に強い事に違和感を持ったらしい秤。

彼のその推測は、凡そ正解であった。

 

「ご名答。3年程前に五条さんに言われてね。シン・陰流は一通り全ての技を習得してはいるよ」

 

別に答えない義理もないのであっさり答えてしまう和匡に、秤は渋い顔をして相手を睨みながら口を開いた。

 

(何か悪い事を言っちゃったかな?)

 

「五条さんに言われたからだぁ?お前それマジで言ってんだったら、本気でぶっ飛ばすぞ」

 

秤はキレ気味に捲し立てた。

和匡の言葉がかなり癪に触ったのか、その語気は強いものであった。

 

しかし、好き勝手言われて和匡が黙っている訳もなく。

今度は、彼が言い返す番であった。

 

「勘違いしないでよ。私は最初からシン・陰流は修めたかったからね?ちょうど良く五条さんから話がきただけで。 それに……これでも私は目的の為なら、何でも使う人間なんですよ?」

 

そうなのである。

これでも和匡自身は、目的の為なら手段を選ばず、使える物は何でも使う主義の非道い人間である。

だからこそ、最初から習得したかったシン・陰流を習えるというのは、彼にとっては渡に船であったのだ。

 

そして、普段は熱なんてモノを余り感じ取れない和匡の口から『目的』などと云う言葉が出てきて、黙っていられる秤では無かった。

 

「おいおい……お前の口から『目的』なんて単語、初めて聞いたぞ。 聞かせろよ…お前の"熱"ってやつをよぉ」

 

彼は、和匡の熱というモノに興味深々であった。

 

そして今この瞬間和匡は、秤の言う"熱"と言うものを理解した。

熱とは謂わば、当人の中に流れ溢れている、目的達成の為の貪欲なまでの欲望の奔流。

何処までも伸びて鋭く、何処までいっても曲げる事の出来ない一本筋。

それこそが彼の言う熱という事なのだろうと。

なればこそ和匡の熱は──

 

「私は強くなりたい。誰も守れない弱いままの自分は嫌なんです。強くなって、大切な人達みんなを守りたい」

 

強い意志の篭った瞳で和匡は語る。

その姿は大きな夢を語る幼児の様で、秤達には彼の姿が心なしか輝いて見えた。

 

和匡の脳裏には、あの時の、大事な師匠を亡くした日の記憶が蘇っていた。

目前で腹を貫かれる彼女。

血を流しながら、自身の腕の中で弱っていく彼女。

最後に、微笑んだ彼女。

あの日の記憶が次々に浮かんでいく。

 

そして次に思い浮かぶのは、今は亡き自身の妹と師匠が共に、今の高専のメンバー達と楽しく談笑し合っている姿。

それは──

 

「………でも、本当は──」

 

和匡は、言葉を一旦区切ると、曖昧に、自虐するかの様に弱々しく笑った。

 

「──皆と普通に生きたい、なんて言ったら嗤っちゃいますよねぇ……?」

 

──和匡がこれまで生きてきて最も強く感じた、彼なりの願望。

「今は亡き、2人と共に普通に暮らしたい」という、彼の心底の望みであった。

 

和匡がしみじみと、みっともなく自分語りをしてみれば、それを聞いていた秤と綺羅羅は、意外だと目を見開いた後、その顔に笑みを浮かべた。

 

因みに、いつの間にか姫カットの女の子みたいな髪型になっていた、綺羅羅の笑顔にドキッとさせられ、剰え可愛いと思ってしまった和匡。

そこら辺は未だに年相応な高校1年生なのであった。

 

(おいおい、お前って奴はよぉ!)

 

秤の中で、和匡への見方が変わる。

彼は今、目前の神崎和匡という"熱い"人間に心を充てられていた。

 

「クハハハ、クソ熱いじゃねーか! 和匡てめえ最高だよ。俺はお前のその熱を気に入った! 熱は熱いうちに、だ。……お前のその理想、俺も付き合ってやる」

 

そう言って和匡と肩を組む秤は、先程よりも距離感がグッと縮まっているように感じられた。

これが所謂、パーフェクトコミュニケーションというやつなのだろうか、と疑問に思う和匡。

「まあ、秤くんが気に入ってくれたなら、別に良いか」と、気楽に考えているのだった。

 

そして、2人だけで楽しんでいる事に耐えられない者も、直ぐそばにいた。

綺羅羅である。

 

「2人だけでなんてズルいよ。私も混ぜて貰うからね匡ちゃん、金ちゃん」

 

「良いぜ綺羅羅。これで俺達3人は仲間であり、志を同じくした同志って訳だ」

 

綺羅羅まで和匡達に混ざって来て、一緒になって肩を組む3人。

そして、それに笑いながら秤は自分達を同志だと語った。

今まで誰にも明かした事のない胸の内を知った上で肯定してくれたのは、この2人が初めてであり、なんだか和匡自身も嬉しくて浮かれてしまっていた。

そうして彼は1人照れ臭くて嬉し笑いをしていると、秤はそれでだなと言葉を続ける。

 

「『強くなって、いずれは普通に暮らす』この理想が叶った暁月には、俺達3人でギャンブルでもやらねぇか?今なら和匡、お前に最高のシナリオを書いてやれそうなんだよ」

 

「ね?おねがーい」と、ぶりっ子にお願いしてくる秤をなんとなくぶん殴って、綺羅羅にこんな奴は放っておこう、と堂々と言う恐れ知らずの男。

和匡であった。

 

「ギャンブルはやんないって言ったでしょ?何度言えば気が済むの?」

 

「いいや、辞めないね。お前はギャンブルの良さを分かってないんだ。いいか?ギャンブルってのはな──」

 

彼がギャンブルをやらない、とキッパリと、何度目になるかも分からない事を言えば、秤もまた何度目かも分からないギャンブルの良さについて熱く語り出した。

そして、そんな彼ら2人のやりとりを眺めて綺羅羅は、やっぱり2人は仲良いなぁ、と言って微笑んでいた。

 

そうこうして休憩の時間を過ごしていると、ガサガサと地面を踏みしめながら、誰かが此方へやってくる音が聞こえてきた。

 

誰かと思いそちら側に目を向ける和匡の目に入ったのは、いつもの目隠しとは違うサングラスを付けてラフな格好をした、五条の姿であった。

 

「やあやあ、3人とも青春してるかい? great teacher 五条悟だよ〜」

 

無駄に良い発音で、変な事を言いながら近づいてくるのは、変質者ではなく、我らが担任の五条である。

ニヤニヤしていて、英語の発音が無駄に良いのがイラッときた和匡は、アステロイドをぶっ放すが、案の定当たる訳も無く無限に阻まれ止まってしまった。

 

それを相変わらずのニヤケ面で眺めていた五条は、「まだまだだね」とドヤ顔で宣った。

う、ウザ過ぎるだろと思いつつも、清々しい笑顔でそれを隠して、特に何も言わないようにする和匡は、五条よりもよっぽど大人であると言えるだろう。

 

和匡はさっさと切り替えると、五条の方に顔を向けて、疑問をぶつけた。

 

「それで五条さん、何か用ですか?今日って久々のオフでしたよね?」

 

「そうなんだけどさー、上から通達が来てね。和匡に任務が依頼されたから、それを伝えに来たって訳」

 

和匡が疑問だ、と言うふうに首を傾げながら五条に訊ねてみれば、五条はあっさりと要件を話した。

上からの任務を伝えに来たのだ、と。

 

「ちょっと待て、上から直接の依頼ってこんな入学して間もない術師に下されるモンなのか?」

 

そう言う秤は何処までも訝しげな表情をしており、入学したてのぺえぺえに上からの任務がくる事を、心底不思議がっているようであった。

そんな秤の疑問に対して、何でもないかのように五条はあっけらかんと、秤と綺羅羅の知らなかった事を話す。

 

「和匡は3年前からちょくちょくうちで任務こなしてるし、それに準一級だからね。これくらいは仕方ないさ」

 

「「じゅ、準一級!?」」

 

入学したてで準一級というのは、まず有り得ない事なのである。

そもそも一級術師からの推薦などよっぽどの術師でもない限り、卒業後ですら難しい事だ。

それをまさかの高専入学前から成していた事に、2人揃ってあんぐりと口を開け和匡の方に向く。

 

「お前準一級だったのかよ!?早く言えや、道理で体術から何までクソ強え訳だ!」

 

「入学前から準一級なんて初めて見たかも…」

 

「言ってなかったでしたっけ?」

 

驚き慌てる秤と綺羅羅とは正反対に、和匡は落ち着いているというか、そもそも自分がどれだけ異常な存在であったのかを、正しく認識出来ていないのであった。

それもこれも全ては、和匡を育てた例のアホ師範代と、五条悟の所為であったりするのだが、それに気づく人間はその場には居なかった。

 

「任務の話に戻るけど、明日から伊地知とその任務に向かって貰うからよろしくね」

 

それだけ言った五条は、頼んだよー、と適当に話を終わらせると、さっさと何処かへと歩いて行ってしまうのだった。

 

(五条さん……少し怒ってる……? なんだったんだろ……)

 

少しイラついている様な焦っている様な、そんな五条の背中を見た和匡は、いつもと違う五条の様子に首を傾げるが、特に出来る事もないのであった。

 

「準一級が受ける上からの任務って事は、一級術師が受ける様な任務って事だよね? 死なない程度に頑張ってね、匡ちゃん」

 

綺羅羅の言葉に真剣に頷き、休憩を終わらせると、今度は術式有りの模擬戦を開始する秤と和匡。

相手を殺さない為に和匡は、弾丸の威力を落として使い、孤月ではなく普通の木刀で戦うのであった。

 

 

────────────────────

 

 

そんな、いつも通りの1日から一晩が過ぎた、次の日の朝7時頃。

和匡は伊地知の運転する車の中で目が覚める。

前日の夜に車に乗り込み、その中で寝てから既に8時間が経過していた。

 

とっくに車は、目的地近くの県境にまで来ており、伊地知は休憩のためにサービスエリアに車を停め、朝を迎えていた。

 

和匡は眠気覚ましに勝った缶コーヒーを、一気に飲んで嚥下すると、グシャリと握り潰してから伊地知を見やる。

そうして彼は、気さくに話しかけた。

 

「おはようございます伊地知さん。起きて早々で悪いんですけど、任務の最終確認しませんか?」

 

話しかけながらもう一つ買ってあった、缶コーヒーを渡す彼に伊地知は礼をする。

彼はそれを受け取り、プルタブを開け一口。

味わう様に飲んだ。

 

和匡はそれを見た後に、タブレットを取り出して資料を見始め、先程コンビニで買ったのであろうサンドイッチを食べ始める。

和匡の好物であるサンドイッチ。

彼は任務などで遠出する際は、いつもの様にそれを購入していた。

 

 

 

それから数分、2人は任務についての詳しい内容を話していた。

 

伊地知が和匡に話した任務の概要。

それは、「××村にて発生した、未完成の領域。その原因と思われる呪霊の祓除」というものであった。

 

パッと見は普通の任務だと思われるであろう内容であるが。

その実、この任務には裏があった。

というのもこの任務は、もし和匡の術式がニューテクの絡んだ術式でなかったならば、また違った任務になっていたという事であった。

要は、高専上層部の一部の連中が、和匡を消すために依頼した任務、という事であった。

 

しかし、そんな事を露も知らない和匡は、真剣に任務について思考を巡らす。

 

(今回の任務、なーんか臭うんだよなぁ……)

 

「伊地知さん」

 

和匡は、任務について感じていた違和感を、伊地知に確認してみる事にした。

それは、伊地知ならば何か知っているかも、という和匡なりの考えからであった。

 

「……はい?」

 

和匡の呼び掛けに伊地知が答える。

そんな彼の声は、少しだけ震えていた。

 

(伊地知さんの声、震えてる?……恐怖か、不安か……)

 

「今回の任務、なんだかきな臭いと思いません? 被害については、領域が降りちゃってるんで不明瞭なのは仕方ないとして………私1人だけっていうのが、どうにも気になるんですよねぇ」

 

和匡は伊地知に対して、言外に何か知っている事は無いのか、と訊ねる。

すると、言葉を聞いていた伊地知の身体がピクリと揺れた。

伊地知の顔は先程の数倍は、強張ったものになっていた。

 

「和匡さん、これは私の推測でしかないのですが……」

 

伊地知はそう前置きをすると、自身の考えを話し始めた。

 

そうして、伊地知から語られたのは、「ニューテク嫌いな上層部が和匡の事を嫌っているという事」と、「その上層部からの直接の依頼な為に、和匡を消そうとしているのではないか?」という事であった。

 

「それを聞けて、寧ろ安心しました」

 

(五条さんの様子にも、納得ですね)

 

しかし、それを聞いた和匡にこれと言った危機感や、不安感などは無かった。

むしろ、ニューテク嫌いな潔癖症のクソ野郎の都合によって、教え子が命を落とすかもしれない事に五条は少しキレ気味であったのか、と和匡は1人、あの時の彼の様子に納得してすらいたのだった。

 

「大丈夫ですよ。もしもの時は"コレ"を使うので」

 

伊地知を安心させる為なのか、優しくも頼もしげな微笑みを携えた和匡は、自身の腰に佩かれた"真っ黒い柄"──『風刃』を、優しく叩いた。

 

そんな和匡の姿が、時折り五条の見せる姿とダブって見えた伊地知は、力なく笑って、和匡の言葉に頷くのだった。

 

(ふふふ、どんな呪霊だろうとぶった斬れば確殺(イチコロ)なんですから、マイナスな考えなんて邪魔なだけですよ)

 

和匡自身にこれといった任務への気負いも、もしかしたら自分が死ぬかもしれないと言う事への恐怖も、粉微塵すら存在してはいなかった。

不思議と心は凪いでおり、それによって彼は気負いなどといったものの殆どを、感じていなかった。

要は超絶マイペース過ぎて、窮地でもいつも通りすぎているのだった。

 

 

────────────────────

 

 

伊地知に案内され着いた樹海の入り口にて彼は、伊地知に見送られながらも、のそのそと中に入っていく。

それを見送りながら伊地知は只ひたすらに無事に帰ってくる事を願っているのだった。

 

伊地知はたった一人歯を食い縛る。

もう何度この任務に赴く術師を見送ってきただろうか。

最初の数回は帰ってくる事のなかった術師の事を悔やんで、どうする事も出来ない自分を悔しく思った事も一度や二度ではない。

その度に彼は、どうする事もできないやるせなさに、挫ける事なく自分にできるサポートをこなしてきた。

だからこそ彼は祈るのだ。

ここに来るまでにやれるだけのサポートは行った。

後は術師である彼がやる事なのだ。

だからどうか無事に戻ってきてくれと、いつものように彼は祈るのだった。

 

 

────────────────────

 

 

記録──2016年5月。

 

××村にて、村全体を覆い尽くす程の、広大な未完成の領域が発生。

その原因である呪いの調査、及び祓除の為、高専から1名が派遣される。

 

 

 

──以下、派遣された術師の調書より抜粋。

 

私が村に入った頃には、村は既に壊滅。

生存者は絶望的な状態でした。

でも、そんな村の中に、居たんですよ。

 

1人だけ、生存者が。

 

 

 

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