術式はトリガー   作:猫又猫々

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第6話 喰らい赫

 

 

 

術式(トリガー)発動(オン)

 

その言葉と共に私は、全身に呪力を巡らせて肉体を強化する。

 

呪力による、肉体の強化。

それは、呪術戦に於いての基礎中の基礎である。

これによって、身体能力、肉体の強度が、飛躍的に跳ね上がるのである。

呪術師は、呪力の捻出の次にこれを習得するらしい。

 

師匠曰く、これが出来ない術師は赤児も同然らしい。

まあ、師匠からしたら殆どの術師が赤児並の強さとも言ってたけど。

よくよく考えると、あの人結構滅茶苦茶な人だったな。

 

 

 

そんな、下らない事を考えながら私は、件の××村に向けて、グラスホッパーを使って高速で移動していた。

というのも、その村は山中にある小さな集落らしく、車が山中に入れない為に、1人でせこせこと移動しているのだった。

 

因みに、伊地知さんは車の中で待機である。

 

補助監督の役割は戦う事じゃ無いし、何より伊地知さんには任務についてサポートして貰ってるからね、あの人を心配させない為にも無傷で帰還しないとですね。

 

伊地知さんは、私からすれば過保護な人なのである。

小6の時に、五条さんに拾われて以来、伊地知さんには先生として勉強とか見て貰ってたのもあって、あの人は私を生徒として見ている節があるのだ。

そんな生徒の事を、大事に扱ってくれるのはとてもありがたい事である。

 

そういえば、伊地知さん今回の件で結構な胃痛を患ってそうですね……。

今度、家入さんとの飲み会でもセッティングしてあげますかね?

日頃の感謝も込めてここは一度、一肌脱ぎましょうか。

 

 

 

「おっ?アレかな?」

 

移動する事10分程。

木々に覆われていた森を抜けた先。

目前に歪な赤黒い結界に覆われた、集落が現れた。

 

やっと着いたけども、これって結構ヤバめなやつなのでは?

なんか領域にしては大きいし、中から凄い禍々しい呪力を感じるし……。

まあでも、呪力量的にはそこまでって感じですね。

 

「さしずめ産土神信仰ってとこですかねぇ?」

 

取り敢えず結界の前に着地した私は、呪霊についての考えを巡らす。

 

自身が今居る、この場所が辺境の村である事。

そこで発生した呪霊の規模と、未完成の領域。

上層部が私を殺す為に利用した、任務であるかもしれないという事。

 

それらを加味した私の結論。

それは、今回の呪霊は産土神信仰によって発生した土地神の呪いである、というモノであった。

 

基本的に産土神とは、その地域を守護する土地神として言い伝えられている。

が、この呪いの世界に於いて、その存在は少々異なる物になってくる。

古くから、村という小さな社会的組織の中で信仰され続け、歪な信仰心という強烈な呪いによって発生するその呪霊は、土地神などと言う生易しい存在ではない。

ヒトを呪い、その集落を呪いで犯し尽くしてしまえる程に、凶悪な存在となるのだ。

その在り方は、土地の守護などでは無く、呪いとしての悪辣なものであった。

 

産土神信仰によって発生した呪霊であり、ここまでの規模となると、基本的には1級〜特級レベルの案件である。

間違っても準1級の、それも高専の1年生が派遣されていい任務では無い。

 

「本っ当に派遣されたのが私で良かったですね……これが、秤くんや星さんだったらと思うと……」

 

私は、そのあまりの恐ろしさに薄ら寒さを覚え身震いする。

これがもし、友人達が派遣されていれば、とんでもない大惨事であっただろう。

そう思うと私は、大事な友人を失ってしまう事への恐怖を無意識の内に感じてしまっていた。

 

本当に上の連中ってクソですね。

なんで、ニューテク絡みの術式ってだけで受け入れられないんですかねぇ……。

そんなのが上の地位にいて、高専とかいう組織大丈夫なんですかね?

私は訝しんだ。

 

とまあ、変な考えはこの位にして、

 

「そろそろ、突入しますか」

 

気持ちを任務へと切り替える。

私の役目は、呪いを祓い、呪霊を屠ること。

その為にどんな手段を使う事も厭んではいけない。

何故なら私は、死んではいけないのだから。

 

そうやって1人で意気込むと、目の前の結界へと勢いよく飛び込むのだった。

 

 

────────────────────

 

 

ボク──為隠理(いおり)守生(まお)は、もぬけの殻となった家の物陰にて、息を、そして存在を、必死に"隠して"いた。

 

ボクの視界に広がるのは、辺り一面に広がる、赫黒い血液と、人だった物の数々。

雑に千切られて放り捨てられた右脚の一部。

血の海と、その中心に居る下半身だけとなった人。

腹が抉れ、その大きな傷口から内臓が溢れ、地面に広がる、死体、死体、死体。

そこは当に、地獄絵図であった。

 

「……ハァ……ハァ……」

 

小さくて荒い息遣いが、口から溢れ出る。

それは、今の状況下での精神的疲労と、緊張感から来るものであった。

 

どうしてこうなってしまったのか?

ただ1人ボクだけが残された、かつては自身の家であった場所にて考える。

全ては、あの時に狂ってしまったのだ。

ボクという生贄として死ぬ筈だったボクの人生は、たった一体の怪異の存在によって、グチャグチャに狂わされてしまったのだ。

 

 

────────────────────

 

 

ボクは生まれつき、死ぬ事が決まっていた。

それは、病気だから早死にするのだとか、事故によって死ぬ運命が分かっているのだとか、そんな劇的な物では無かった。

 

生贄として死ぬ事が決まっていたのだ。

 

ボクが生まれた、この××村。

其処は所謂、産土神信仰が盛んであった。

そしてそんな村には、50年に一度、その土地を守護してくれる土地神へと生贄を献げるという決まりがあった。

 

ここまで来れば分かるかと思うが、その生贄こそがボクであった。

村のお偉いさんであるおじさん(名前は忘れた)が言うには、ボクは15歳の時に神への生贄として、死ぬ事になるらしかった。

 

それを聞いたボクの感想は、ふーんという感じで、心底どうでも良かった。

それよりも寧ろ、村の連中が気色悪くて仕方が無かった。

だってそうだろ?

こんな年端も行かない小さな子供を殺す為に生んで、皆でニコニコしながら「君は幸運だ」なんて、心の底から宣うのだ。

見ているだけで気持ち悪いと感じる程には、異常だった。

 

ボクは、どうせ死ぬのなら早く死にたかった。

だって、今すぐにでも死ねたのなら、こんなにも気持ちの悪い村の人間共と一緒に居なくて済むのだから。

それだけでボクには、"死"と言うものが酷く魅力的なモノに見えたのを覚えている。

 

そんな風に思ったのは、ボクが11歳の頃であった。

今思うと、本当に荒んでるガキだったと思う。

でも、それと同時に仕方のない事だとも思うのだ。

だって、生まれて物心付いた頃から、死ぬ事を強制されて、喜ばれて育ったのだ。

そんな人間が、まともに育つ訳がなかった。

 

このまま何も成さずに、死ぬのだろう。

そう思いながら過ごす事、4年。

2016年、5月の春の陽気が心地良い、外で過ごすのに快適な日。

この日、死ぬのをただ待つだけだったボクの運命の歯車が狂い、捻じ曲がった。

 

 

 

その日ボクはいつも通り、「神への供物である君には、知識を付ける義務がある」という、村のお偉いさんの言葉に従って、色々な書物を読み漁っていた。

最初はこの言葉の意味が理解できなくてなんとなくで従っていた。

でも、書物を読むことで知識を付けた今にして思えば、この言葉のお陰で沢山の知識を得る事ができて、それによって村の人達の異常性を知る事が出来たのだから、ボクとしてはかなり有難い事であった。

 

それに思いの外、外の世界を知らなかった当時のボクにとっては、それはそれは素晴らしいモノだったのだ。

知らない景色。

知らない場所。

知らない言語。

知らない歴史。

未知に溢れたそれら書物の数々は、ボクに知識と、世界の色を教えてくれた。

だから、読書というモノを教えてくれた運命にボクは感謝していて。

 

気付けば、どうやら読書にどっぷりとハマり込んでいたらしい。

夜明け前から始めた読書の時間。

それがいつの間にやら、お昼の時間になっているらしかった。

 

「うん〜疲れたぁ……一度外の空気でも………?」

 

丁度休憩しようと思い立ち、ふと窓から空を見上げて、異変に気付いた。

 

「空が赤い?」

 

空が、というよりはこの集落全体が、赤黒く染まっていた。

 

「な、にが──」

 

気付いた時には遅かった。

何が起こったのか?

その言葉を発するよりも早く、ボクの隣の空間が抉られた。

 

「……は?」

 

そして、次々に周りの家々から聴こえてくる、悲鳴、怒号、咀嚼音。

 

ボクは、今の状況を理解するよりも早く、本能で行動していた。

それは、生きたいという、生物の誰もが持つ生存本能。

それによってボクは、ボクと言う存在を"隠した"。

 

そして、倒壊する家から逃げる様にして出てきたボクが見たのは、地獄絵図であった。

 

村の中心に存在する、土地神を祀っている大きな祠の前に佇む異形の怪異と、村の人間を喰い散らかす赫黒い色をした触手達。

大人の腕程の太さをしたその触手達は、人型の化け物を中心に伸びており、村の人間を襲っては、ぐちゃぐちゃと捕食していた。

 

ボクは、その光景に恐怖して腰を落とす。

初めて見る、あまりに酷いその光景に腰が抜けていた。

 

「あ……あぇ、なに……これ」

 

先程まで家のあった場所には、瓦礫が散らばり、それを上塗りするかの様に血液や、肉片が付着している。

赤くて、黒くて、綺麗で、汚くて。

初めて見る光景に、ボクの心は奪われていた。

 

そうして、その光景を眺めながらボクは、自身の家があった背後の場所に移動して、物陰に隠れる。

 

怖い。

なんなんだこの状況は?

分からない。

あんな化け物の事なんか、ボクは知らない。

未知の存在だ。

大好きな書物にも書かれていなかった、全くの未知。

 

人を喰らう化け物の存在がボクには、唯々恐怖でしかなかった。

自身の命を脅かす存在。

自身というちっぽけな存在など、ほんのちょっぴりの力で、喰い殺されるだろうという確信。

それがボクの本能と、恐怖を刺激した。

 

ボクは自身の能力で、相手に気付かれない。

だから、喰われる事は無かった。

それだけは安心出来たが、それだけであった。

誰かが喰われる音や、悲鳴は聞こえるし、辺りを見渡せば、死体と目が合う。

ボクの心はちょっとずつ削られていた。

 

そんな折、1つの違和感に気付いた。

おかしい。

あれだけ死にたがっていた自分が、今は死にたくなかった。

生きたかった。

喰われたくなかった。

 

それは、今までボクが蓋をして隠してきたモノであった。

 

死にたくない。

 

だから、誰か助けて。

ボクをこの地獄から救っておくれ。

誰でもいいんだ。

死神だろうと、悪魔だろうと、誰であろうと。

 

その一心で私は、その場に蹲って隠れ続けた。

 

 

────────────────────

 

 

一体どれだけ隠れ続けたのだろうか。

ボクが気付いた頃には、既に悲鳴も、捕食音も聞こえなかった。

その代わり、誰かの足音が聞こえた。

 

「……だ、誰?」

 

物陰から覗き見れば、ボクの居る村の端っこから左手側に進んだ奥の方の、結界の直ぐそばに1人の青年が立っていた。

 

僕が結界と読んだそれは、赤黒い壁の様な物であった。

そこから出ることが出来ない、文字通りの壁。

 

どれ程前の事だったか忘れたが、その壁に阻まれて、化け物に喰われた女の人が居たっけな?

その人は外に出たかったのだろうが、生憎とその壁に脱出を阻まれていたのを確かに覚えている。

その光景を見ていたボクの予想が正しいのならばその壁は、ボク達村の住民を逃がさない為の壁。

書物か何かに載っていた、結界という奴だろうと考えられた。

 

そんな結界の目の前に、彼は居た。

真っ黒なスーツを着こなし、左手に持つのは鞘に収まった日本刀。

男性にしては長い黒髪を左に流していて、右目の泣き黒子が特徴的。

顔は中性的で整っており、その立ち姿がとても綺麗だった。

 

その人はちょうど今、この中に入って来たのか、中の様子に顔を顰めていたが、それでもボクにはその顔の美しさが際立って見えた。

 

綺麗な人だな。

気付けばそう考えていた。

 

「……ッ!?」

 

そうやって彼の事を見つめていたからだろうか。

彼とボクの目が合った。

その人は、ボクの方を一瞥したのだ。

おかしい。

だって、ボクは今存在を"隠している"のだ。

見つかる筈が無い。

それなのに、彼は確かにボクの方を見た。

 

その事がどうしようもなく、ボクの興味を惹かせた。

気になる。

今までの村の人間達とは違う、新鮮な存在にボクの好奇心は刺激されまくっていた。

 

そうして見続けていたら、彼は村の中心に佇む異形の存在に目を向けた。

その何処までも無機質で、冷めた目を。

 

化け物はそんな彼の事を食糧だとでも思ったのか、その背後から触手を顕にした。

そして、その触手を束ねて一本の槍を形作ると、それをバネの様に収縮していた。

 

そして、次の瞬間。

その光景を目にしたボクは、自身の目を疑った。

何故なら、スリングショットの様に放たれた、触手の槍を彼は難なく躱し、剰えそれを真っ二つに切り裂いていたのだから。

 

いつ動いたのか?

いつ切ったのか?

ボクには全く見えなかった。

恐ろしいまでの早業。

 

「危ない!?」

 

追撃の様に放たれた、触手の波状攻撃。

計9本の鋭く尖った触手を、伸ばして攻撃して来た化け物。

 

それに相対していた彼は、右手に水色に輝く刀を握り、左手には不思議なランス?の様な武器を握っていた。

そのまま彼は前傾姿勢になると、地面に倒れる様にして、地を這いながら走り出した。

どんどんと加速していく彼。

 

彼に向かって、しなる鞭の様に振るわれる触手の数々。

それら全てが彼に当たる事はなく、気付けば化け物に接近してみせていた。

 

そうして斬撃一閃。

化け物の右半身が斬り飛ばされた。

 

「……綺麗」

 

それを見た私の感想がそれであった。

彼はとても綺麗だった。

目で追えない程に洗練された動きと、剣捌き。

そして、命を刈り取る為に放たれた、今の一撃。

 

それら全てが、美しくて、綺麗で、芸術的で、神秘的で。

ボクは彼から放たれる、"死"に魅入られていた。

──死神。

彼は当にそれであった。

命を奪い、消し去る存在。

 

彼を取り囲むのは、幾重にも重なった屍と、世界を彩る血肉達。

そして、命を喰らう触手達。

それら全てがボクには、まるで美しい彼岸花の様に見えてしまって。

気付けばボクは、言葉を失っていた。

 

拝啓、今は亡きお母さん。

ボクの命を献げるべき死神(あいて)が、今日やっと見つかりました。

ボクは、この人の為に生きたい。

ボクは、この人の為に死にたい。

 

気付けばボクは、そんな事を考えながら、歓喜の涙を流していた。

 

 

────────────────────

 

 

結界の中に入った私が最初に感じたのは、吐き気を催す程に悍ましい、血と臓腑の生臭い香りであった。

その臭いを伴った生温い風が、頬を撫でていく。

あまりの気持ち悪さに鳥肌が立ち、思わず顔を顰めてしまう程であった。

 

そうして、周りに目を向けてみれば、この結界の中心には一体の呪霊が居た。

 

「うへぇ、気持ち悪〜」

 

その呪霊の見た目は、形容するのならば、皮の無い肉が剥き出しの人型であった。

凡そ目と思われるモノが4つ顔の左右の側面についており、それらがギョロギョロと蠢く。

口は大きく裂けており、歯はギザギザと尖っている。

当に捕食するための口をしていた。

手足は長く、所々が筋肉によって隆起していた。

 

当に、キモいという言葉に手足が生えたかの様な存在であった。

まじでキモい。

ホントにキモい。

控え目に言ってキモい。

散々な言い様かもしれないが、全て事実なので仕方が無かった。

 

「あれが土地神って……マジぃ?」

 

土地神というか厄病神というか。

むしろ神ですらなく、人を喰らう化け物であった。

 

中の様相は、死屍累々。

血肉が絨毯の様に地面に広がり、集落は瓦解。

辺り一面を染める、スプラッター映画もびっくりな量の、血、血、血。

頭の無い死体。

腕を捥がれ、脚を失った死体。

腹に穴が開き、そこから臓腑がこぼれ落ちている死体。

壊滅的状況であった。

 

「………お?」

 

そんな折、私は呪霊とは別に他の存在を把握した。

 

「生存者は1名か……」

 

そう言って、右方向へと視線を向ければ、瓦礫の陰の不自然な空間の歪みと、残穢を視認できた。

それが意味する事はつまり、自身の存在を隠蔽できる術師がその場に居るという事であった。

 

性別や姿迄は視認出来ないが、その生死が確認出来ただけでも、私には御の字であった。

 

「さて、生存者の確認終了。 これより──」

 

孤月を引き抜いて、正眼の構えをとる。

 

生存者が居るのなら、呪霊の殲滅は最優先である。

呪霊は私に釘付けになっていて、生存者について気付いた様子は無い。

相手の狙いは、私1人であると考えて相違ないだろう。

 

見据えるのは、自身の前方に佇むグロテスクな呪霊。

これから始まるのは、命を賭した殺し合い。

相手の存在を滅ぼす為の、生存闘争である。

 

「──呪霊の殲滅を開始する」

 

何故なら私の仕事は、目の前の呪霊をぶっ殺して、生存者を連れ帰る事なのだから。

 

呪いに慈悲は要らない。

ましてや、村一個分の人間を殺したのだ。

殲滅は私の中で、既に決定事項であった。

 

さぁ、悪霊退治のお時間だ。

 

 

 





・為隠理 守生(いおり まお)
村に生まれて、土地神の生贄として死ぬ事が決まっていた女の子。
非術師の家系に生まれた、天然の術式持ち。
和匡という人間に出会って、歪んだ願いを抱いた、死生観ぐちゃぐちゃ系ヒロイン。
好きな事は読書で、一度読書を始めると半日は読む手が止まらない。
好きな作品は、フランツ・カフカの『変身』。
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