術式はトリガー   作:猫又猫々

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2023年1月7日に主人公のセリフなどを一部変更しました。



第7話 蹂躙

 

 

目の前に佇む人型の怪物。

全身を赤黒い皮膚に覆われたグロテスクな其奴の、腰から触手と形容すべきなのかイマイチ判然としない、ナニカが生える。

それは、液状化と硬化を繰り返しているのか、流動的でいて形が不定形であった。

曲がったり、真っ直ぐに伸びたり、伸縮を繰り返す。

それは当に、体外に放出された筋肉で出来た触手であった。

 

何というか、本当に気持ち悪い見た目であった。

 

「……ふむ?」

 

そのまま、目前の呪霊は6本の触手を蠢かせながら、自身の目の前でそれらを1つに束ねた。

捻る様にして、1本の槍と化した触手。

それを伸縮させると、一息に此方に撃ち放ってきた。

 

「ッ!」

 

高速で、私の顔面を狙って飛来する肉槍。

最初の攻撃なので、どんなものかと様子見をしていたのだが、思ったよりも貧弱な攻撃であった。

想像の域を超えない攻撃にほんの少しの落胆を覚える。

その程度で死ぬとでも思われたのならば、はなはな心外である。

 

今更見え見えの攻撃を受ける様なヘマなんてしない。

何故なら、散々師匠から鍛えられてきたのだから。

 

そんな私の脳裏に浮かぶのは、「視えている攻撃を受けるな。お前の目は良いんだ、躱せなかったら半殺しだ」という、師匠の言葉であった。

 

師匠は、今思うとかなりのスパルタであった。

基本的に戦いに於ける教えは、その殆どが肉体に刻む様にして覚えさせられた。

回避能力を上げる為に、師匠の攻撃は基本的に真剣であったり。

師匠の攻撃を受け流せなかったら、背中を木刀で殴られたり。

中々にキツかった思い出である。

 

まあ、そんな訓練を5年も受けていたのだ。

そんじゃそこらの雑魚の攻撃を受ける程、私は弱くは無かった。

 

気付けば目前にまで迫っていた肉槍を、左横にステップして既の所で回避する。

回避した事により自身の横を通過していくそれを、次手とばかりに右手の孤月で、スッパリと切断しておく。

 

切断されて独立した肉槍の一部が、後方へと射出された勢いのままに吹き飛んでいく。

それを背後にして前傾姿勢になると、地を這う様にして加速する。

此方の動きを封じるかの様に放たれる、9本の肉鞭による猛追。

嵐の様に乱れる必死の攻撃も、その全てが視えているのなら、私には関係なかった。

 

轟々と振るわれる触手達に接近しながら、左手にレイガストを生成する。

 

持ち手の部分がナックルガードになっていて、その上下から鋭いランスの様な刃が付いた、特殊な武器。

通常時は剣として扱うことができ、盾モードにすれば防御を担える。

しかしその反面、攻撃力、耐久力、重量の全てが孤月に劣るという性能をしていた。

攻防両極を担う、器用貧乏な剣。

それが、私の手にしているレイガストであった。

 

お腹…すいた。喰わせろ、喰わせろ、喰わせろぉ!!!

 

「うるさいな」

 

左右同時に飛来してきた、6本の触手を右手の孤月で斬り払い、左手にある盾モードのレイガストで弾き返す。

 

タイミングよく攻撃を防いでいくそれらは、まるで音ゲームの様で、心なしか頭の中でリズムを刻んでしまう。

 

続いて迫り来る5本の肉鞭。

それらの間をすり抜ける様にして、グラスホッパーで加速する。

身体を地面と水平にして、触手同士の隙間を縫って包囲網を抜ける。

 

そうして、その先の少しの空間にて待っている残りの2本の槍。

私の右肩と、胸を狙って放たれたそれらであったが、私の射程範囲に入った瞬間。

2本の肉槍は、分厚い輪切りの肉へと切り裂かれていた。

 

「ふッ!」

 

い"た"い"ぃ"いぃいいぃいいいいい……こ、ロス、コロス、コロス。グチャぐちゃに、しテヤるゔぅううう

 

一瞬の空中旅行を終えて、油断し切った呪霊の直ぐ目の前にまで接近を果たした私は、その気色悪い肉体を真っ二つに斬り飛ばした。

 

頭の中心から、真っ向斬りで肉体を別った事によって、呪霊の顔面が歪む。

その尖った歯を噛み合わせて、ギリギリと音を鳴らしていた。

恐らくは、私に傷付けられた事に対して、かなり苛立っている様であった。

 

心の中で、私の事を下等な生物だとか思ってたんだろうなぁ。

そんな奴に攻撃を完膚なきまでに対応された挙句、反撃まで貰ったんだから、それはもう悔しいだろうね?

 

しかしである。

やっとこさ与えたその傷も、直ぐに再生されてしまう。

流石の呪霊だとでも言うのだろうか、呪力だけで再生を果たすその存在は、人間の私からしたらズルでしかなかった。

こちとら、傷治すだけで反転術式とかいう、高等技術が必要だと言うのに。

 

何だか、目の前の呪霊にイラッと来たので、ついでに左腕を輪切りにする。

150センチ程の長さの腕を10等分にしていく。

 

「痛いですよね?」

 

切り終えた瞬間の隙を狙って、いつの間にやら地面から生えて来たていた肉の檻。

 

私を取り囲んで、逃がさないとでも言うのだろうか。

それならば、甘いとしか言いようが無かった。

 

「憎いですよね?」

 

旋空の発動時間を2秒程にして、射程距離を5メートル程に伸ばした孤月で以て、その檻を呪霊ごと切り裂く。

私は今、独楽になっていた。

ぐるぐると回る視界と、切られた触手から飛び散る紫血。

呪霊特有の紫の血が、宙を舞って私の視界の中でぐるぐる回る。

 

「殺したいですよね?」

 

高速回転しながら、呪霊の首を孤月で斬り飛ばす。

豆腐でも切るみたいに、スッと刃が首に吸い込まれていくの見ながら、肉体は相手の攻撃に反応していた。

 

刃が首を通過した瞬間。

孤月を手放すと同時に、足の力を一気に抜いて倒れる。

そうすれば、私の顔面スレスレを触手による薙ぎ払いが通過していく。

 

ギリギリ危ないところであった。

黒○危機一髪とは当にこの事なのでは?

 

攻撃が通過したら、足に力を入れて地面を蹴る。

バク転で後ろに下がりながら、正面から波の様にして迫って来た極太の触手を、足から生やしたスコーピオンで縦断する。

先端に大きな口を生やしたその触手が、私の半径1.5メートル以内の範囲に迫った瞬間、足が思い切り弾かれた。

 

「あらっ?」

 

最も鋭い切れ味を誇るスコーピオンの刃が通らなかった?

まさかまさかである。

スコーピオンを弾く程の硬度にまで上げられるとなると、自身の中の情報を修正する必要がある。

 

スコーピオンを弾くとは流石に予想外であった。

呪霊本体の強さはそこまでなので、あの触手への対処をしっかり行わなければ。

 

そして、今まで戦ってみた所感であるが、

 

「1級の上の方って感じかな?」

 

1級でも上位の強さではあるが、特級には程遠いと言った具合の強さでしかなかった。

 

数十秒に渡る攻防を終えて、一旦距離を取った私は、目の前の肉体を再生させている無様な呪霊に視線を向ける。

 

恐らくだが、この呪霊の術式は肉の触手を発生させて、自由自在に操れる、とかその辺なのだろう。

そして、その触手は人を喰らう。

単純、故に強力で気持ちの悪い術式だと言えた。

死体の殆どが肉体の一部を欠損しているのも、喰われたからだと見て間違い無さそうであった。

 

そんな呪霊の強さを踏まえた結果。

私の頭の中に浮かんだ結論は、「風刃を使うまでもない」という事であった。

正直、弱過ぎて話にならないのだが、1つ面倒臭い所があった。

それは、無駄に再生力が高いという事。

 

「さっきからモリモリ回復するな……」

 

思はず口から出てしまうくらいには、再生力が高かった。

呪霊が肉体を再生させるのが、然程難しい事ではないとは言えど、それでも限度はある筈だ。

それなのに、目前の呪霊は3度の肉体の損傷を経ても尚、健在であった。

 

取り敢えず、削る事だけに集中する。

いざと為れば、魂ごとぶった斬れば良いのだし。

 

「──旋空孤月」

 

振り抜き、一閃。

返して、もう一閃。

半径40メートル程の範囲にある瓦礫達が、軒並み真っ二つに切り裂かれる。

 

相手はその重々しい肉体ながら、俊敏に動いて躱してみせていた。

空中へのジャンプという簡単な方法での回避。

タイミングさえ掴めれば、あっさりと行えるそれであるが、これが結構難しいのだ。

しかし、呪霊くんはそれを1発で成し遂げてみせた。

いくら、本気の旋空孤月では無かったとはいえである。

 

さしもの私も、そんな彼?へのリスペクトを忘れない為にも、斬撃を放ち終わった瞬間に、直様走り出した。

 

一般道を走る車など、余裕で追い抜ける程の速さで走る。

風になる私は、謂わば自由の鳥であった。

 

グラスホッパーによって加速しつつ、両手に持った武器を入れ換える。

次に取り出すのは、スコーピオンである。

二振の短剣を手に、高速で呪霊に切り掛かる。

 

「よっ!」

 

真っ正面からの特攻と見せかけて、グラスホッパーで上に跳ぶ。

一瞬で上に跳んだ事によって、目前の呪霊が私を見失っているのを尻目に、そのクソキモい頭頂部目掛けてスコーピオンを振り下ろした。

豆腐に針でも刺すみたいに、サックリと突き刺さる2つの短剣を見ながら、自身を叩き潰そうとして迫ってきていた4本の触手を、もう一度両手に生成したスコーピオンで防ぐが、両手が弾かれる。

 

こ"ろ"ずぅ"う"う"

 

触手に当てられた衝撃を受けて地面に落ちると、即座に地面を転がっていく。

そうすれば、触手の猛攻をギリギリで躱す事に成功した。

 

あっぶなぁ!?

やっぱり、硬すぎない?

あの触手、ヤバすぎるでしょ……。

スコーピオンの刃が通らないとなると、やれる事は絞られてくる。

それこそ、孤月もレイガストも刃が立たない。

なればこそ。

弾丸で風穴でも空けますか。

 

隣から聞こえる、地面を叩く衝撃音を聞きながら、体勢を立て直して距離を空けつつ、呪霊の周りを走る。

相手の触手を回避しつつ、右手に一個のキューブを生成する。

水色で、一辺30センチ程の大きなそれは、掌の上に浮きながら分割されていく。

 

計27個に分割された水色の弾丸を、呪霊に向けて射出する。

射程を削ってスピードと威力を上げた、27発の弾丸(アステロイド)は、呪霊の肉体に喰らいつく。

 

流石に呪霊もやばいと思ったのか、最初の5発を受けた瞬間に、私の方へと走り出しながら、弾丸を回避していく。

 

そして、呪霊の背中から肉の翼が生えた。

自身の隣を走るソイツは翼を羽撃かせると、翼から高速で血の塊の様な物が射出された。

 

「ハウンド!」

 

高速で私に迫る、鋭く尖った血の結晶。

それらを追尾弾で迎撃する。

 

術式によって生成されたのであろう、その結晶は呪力を帯びていた。

その為、ハウンドはそれを標的として追尾して食らいついていく。

 

水色の光弾と、赤色の結晶がぶつかり合う様は、まさに芸術的であった。

当たった側から対消滅を繰り返す両者。

 

私の放ったハウンドは、相手の放った遠距離攻撃の全てを、迎撃せしめた。

 

そんな、遠距離での攻防を繰り広げながらも、かなりの速度で並走する私と、呪霊。

 

先に接近を選んだのは、私の方であった。

 

「一刀両断!」

 

その掛け声と共に、呪霊目掛けてグラスホッパーで加速する。

もちろんそんな私の右手には孤月が握られており、左手には依然としてレイガストが握られていた。

 

呪霊は此方が隙を晒したとでも思ったのか、触手を3本生やすと、それを此方に向けて射出した。

 

しかし、残念。

私はさらに、もう一段階加速出来るんです。

 

──スラスター、起動(オン)

心の中でそう呟きながら、術式を発動させれば。

私の身体が加速しながら右折する。

ギュルンッ、という音が聞こえてきそうな速度で突然に曲がった肉体は、綺麗に弧を描いていた。

 

その急加速によって、私の左側を素通りしていく肉槍達。

そして、惚け面で私を凝視する間抜けな呪霊。

それらを眺めながら、私はほくそ笑んだ。

 

ざまあ、見さらせ。

 

そして、グラスホッパーで更に加速すると、呪霊の背後へと回る。

タイミングは完璧。

相手は私を目で追えておらず、対応が間に合わない。

今更対応しようにも、触手を生成している時間はある筈が無い。

 

もろたで!

師匠の掛け声を心中で真似しつつ、両腕に持った二振の剣──孤月と、レイガストを振るう。

 

斬撃、四閃。

私の両手から放たれた、予備動作ゼロの神速の斬撃。

それによって、右腕、左腕、右脚、左脚を、切り裂かれる呪霊。

 

生け贄、よ"こ"せぇえええ

 

支えを失った事で、地面に堕ちる呪霊を見ながら私は、レイガストをアステロイドに切り替える。

威力と、少しの射程に呪力を割り振った弾丸。

それを8発に分割して、全方位へと発射した。

 

「見え見えですよ」

 

私を全方位から貫かんとしていた8本の肉槍。

それら全てが、弾丸によって吹き飛んだ。

 

相手は地面に堕ちており、頼みの綱の触手も、その全てを破壊された。

隠している触手も呪力の反応から無しだと分かる。

つまり、相手の詰み。

 

私は、孤月からアステロイドに切り替えると、右腕に1個のキューブを作り出す。

 

──シン・陰流『簡易領域』+『アステロイド』

 

今から行うのは、呪霊の肉体を内部から漂白するという行為であった。

 

相手の異様な再生能力。

それは恐らく、術式による補助があるのだろう。

人を喰った分だけ、それに補正がかかるのか、イマイチ細かい所は分からないが、術式による補助があるのは間違いないと見ていた。

だからこそ、内側からその術式を中和して、再生出来ないようにする。

 

それが、私の狙いであった。

 

そして、私にはそれを可能にする術があった。

 

そう、簡易領域である。

領域はあらゆる術式をも中和する。

それは、私の扱う簡易領域であろうと変わらない。

内側から領域が拡げられた瞬間、相手の術式が中和され、再生能力が消える筈。

 

だから、

 

「ブチ込む!!」

 

分割する事なく、相手の魂が位置する胸目掛けて腕を振り下ろし、その肉体に弾丸を直接ブチ込む。

 

そうすれば肉体の中で弾丸が弾けて、その中に込められた簡易領域が、呪霊の肉体(なか)に拡がった。

 

バシュンッという音と共に、肉体の再生が止まり、それと同時に呪いの身体が崩れ始める。

ボロボロと、そのグロテスクな肉体を消滅させていく。

 

祓除成功であった。

 

 

────────────────────

 

 

呪霊を蹂躙せしめた和匡。

その姿は圧巻の一言であった。

無駄なく洗練された武器捌きと、戦場全体を見渡す広い視野、そして未来を見ているが如き予測能力と、判断能力。

死神と呼ばれた呪詛師によって育てられた、金の卵であった彼は、今完全にその実力と才能を開花させていた。

 

(終わりましたし、さっさと生存者を連れて帰りますか)

 

彼はそんな事を考えながら、呪霊が祓われた事によって解けた領域が崩れさっていく様を眺めていた。

ボロボロになって崩れていく結界。

それによって、赤黒く染まっていた空間が晴れる。

結界が解け、空から晴天の光が差したのだ。

 

和匡はその急な眩しさに目を細めながら、戦いの最中もずっと彼の事をじっと見つめていた、人間に向かって声を掛けた。

 

「そこの君、そろそろ姿を現してくれないかな?」

 

優しく微笑みながら、出来るだけ柔らかな声色で呼びかける和匡。

そんな彼は、相手の事をひどく気遣っていた。

呪霊によって、周りの人間が喰われていく様を、ひたすら堪えながら見続けて来たのだ。

それもたった1人ぼっちで。

そんな人間が、辛くない訳がないのだという事を彼は気付いていた。

だから、彼は出来るだけ相手を安心させる様にしたのだった。

 

──フッ。

一陣の風が吹く様な錯覚と共に和匡は、何も無い空間から人間が現れるという、なんとも不可思議な現象を視認した。

その光景に、彼は目を細める。

 

先程までの希薄な気配と、視認することの不可能な姿形。

それは、為隠理の持つ術式によって齎された現象であった。

 

為隠理の持つ術式は隠形を可能にするモノである。

姿が見えるのに、気配が分からない。

気配は分かるのに、姿が見えない。

"隠す"事に特化した術式。

それが、彼女の持って生まれた生得術式であった。

 

そんな今の今まで姿を隠していた彼女へと、和匡はゆっくりと近づいていく。

そこまで2人の距離が離れていなかった事もあり、和匡は数十秒と掛からずに彼女のすぐ目の前にまで、近付く事ができていた。

 

 

顔にニコニコとした優しげな微笑みを携えた和匡を、眺めながらモジモジとしていた彼女は、不意に彼へと顔を向けると、口を開いた。

 

「あ、あのぉ!?」

 

満を辞して放たれた彼女の第一声。

奇しくもそれは、緊張の余り声が上擦っていた。

彼女は最初の第一歩を盛大に踏み外したのだった。

 

(あぁぁぁー!?!?ボクの馬鹿ぁぁぁあ!!そんな変な声どっから出て来やがったぁ!?)

 

彼女の心は急転直下であった。

先程までのウキウキとした弾んだ心と、どう接すれば良いのか、という重い緊張感が一転して、その心は深淵の底まで真っ逆様であった。

 

しかし、そんな彼女の上擦った声も、和匡にとっては特段気にする様な事でも無かった。

それよりも彼の気を引いたのは、彼よりも幼い年齢の人間が、隠れ潜んでいたという事であった。

それは、彼にとっては全くの予想外であった。

 

(歳下の少年、ですかね? まさか、こんな事に巻き込まれてしまうとは………)

 

和匡は、完全に勘違いをしていた。

実際のところ、為隠理は女の子であるのだが、如何せんその髪型が短過ぎた。

なまじ和匡の髪が長かった所為もあってか、彼は目前の自身よりも髪の短い彼女の存在を、男性と勘違いしてしまっていた。

 

(それに、見るからに術式を持った術師側の人間が、こんな村で放置されていたとは……)

 

そして和匡は、自身が如何に恵まれた立場に居たのかという事を改めて認識する。

普通、高専関係者とのコネを持たない、一般家系生まれの術師の何割かは、こうして彼女の様に特殊な生い立ちを迎える事があった。

しかし、和匡は師匠であった荏田に拾われ、日下部と出会い、今はこうして高専に居る。

それは、とても幸運な事なのであった。

 

「はい、何でしょうか?」

 

和匡が丁寧に訊ねれば、目前の為隠理は首が捥げるんじゃないかという程の勢いで、顔を上げた。

そんな彼女の目は、希望に縋るかの様なそれであった。

 

出だしは失敗した彼女であるが、そこは和匡の優しさでカバーされた。

だから彼女は、今まで感じていた好奇心と、信仰心に突き動かされる様にして、和匡へと話し掛けた。

 

「ぼ、ボクの名前は為隠理(いおり)守生(まお)です!あ、あのあの……貴方様のお名前をお聞かせ願えないでしょうか?!」

 

為隠理がこれまでの人生で、書物達から培ってきた言語。

その集大成が、それであった。

 

(なんだ、そんな事ですか)

 

「私の名前は、神崎和匡です。苗字は嫌いなので、気楽に和匡と呼んでください」

 

和匡は、最大限愛想の良い微笑みを携えながらそう語った。

それは、いつも通りの定型文であった。

 

「和匡様ですね! あの、助けてくれてありがとうございました!助けて頂いたこの命、貴方様に捧げます!!」

 

為隠理は、自身の胸の中の熱意をそのまま言語化した。

その結果、なんともカオスな文面になったが、そんな事本気と書いてマジな彼女には、関係のない事であった。

 

彼女──為隠理守生は今、人生で初めて胸の中に湧いて出て来た、崇拝という名の熱に魘されていた。

彼女が和匡に抱いたのは、盲目の信仰であった。

自身を救って下さった死神への心底の妄執。

彼女はどうしようもないくらいに、和匡という人間に対して信仰心を抱いてしまっていた。

 

止まれない。

彼女は今、熱に突き動かされていた。

彼の為ならば。

その一心で彼女は、目前の人間と会話していた。

 

そんな彼女とは別に、和匡の方はと言われれば、興奮している様子の彼女を見た感想は、「生死の曖昧な死地にいたから、興奮してるのかな?」と、なんとも的外れな事を考えていた。

 

「そうだね。お礼"は"ありがたく受け取るよ」

 

「お礼だけじゃなくて、ボクの命も良いですよ!!」

 

「んー、流石に君の命までは身が保たないかなーって」

 

「な、何故ですか!?私の身体が重いとでも!?」

 

「いやいや、そんなんじゃなくて……私はもう、大事な人の命を預けられてるからね。 流石にもう1人というのは、私みたいな人間には難しいかなって」

 

ただでさえ彼の手元には、大切な人の命──風刃がある。

彼は既に、1人の人間の命を奪っている。

謂わば、業を背負っているのだ。

それをさらにもう1人というのは、彼にはキツいものであった。

 

「振られた……グスッ」

 

そんな和匡の言葉を受けて、為隠理は落ち込んでいた。

人生で初めて命を献げたいと思えた相手からの拒絶。

それは、彼女の精神に大ダメージを与えていた。

 

そんな為隠理の姿が、和匡にはなんだか居た堪れなくなってしまった。

まるで昔の1人ぼっちだった頃の自分を見ている様であったのだ。

そんな彼女の姿が、どうしても堪えられなくて。

 

「全く、仕方がないな。………君の命は背負えないけれど、一緒に居てあげるくらいは出来ますよ?」

 

「…へ?」

 

だからであろうか。

和匡は、自身よりも辛い境遇であろう、為隠理を無下に扱う事が出来なかった。

ついつい優しい言葉を投げかけてしまった。

 

その和匡の、口説いているともとれる言葉を聞いていた為隠理は、今の言葉を飲み込めていないのか、目を見開いて和匡の顔を凝視していた。

 

(私は何をしているんだ……?こんな自身よりも幼い少年に口説く様な事を言って…………ってそれよりも、伊地知さんの所に戻らないと)

 

「詳しい話は、私の仲間の所で行いましょう。 取り敢えず、為隠理さん「守生で良いです!」…守生さんは私について来て下さい」

 

一旦伊地知の所へ戻る事にした和匡は、為隠理を伴って戻る為に、彼女に着いてくる様に言う。

それに対して彼女は元気に返事をした。

 

「痛ッ!?」

 

そうして、いざ歩き出そうとして、為隠理が足の痛みを訴えた。

 

彼女は、家から抜け出す際に足を挫いていたのだ。

しかし、そんな事アドレナリンが出ていた状況で気付く筈もなく。

今になってその痛みがやって来たのであった。

 

「捻挫かな? 取り敢えず、乗って下さい」

 

捻挫の痛みに顔を顰めていた彼女を見兼ねたのか、和匡が為隠理に背中を向けながら、しゃがみ込む。

彼は小さな彼女を背中に乗せると、伊地知が待っているであろう森の外へと歩き始めるのだった。

 

 

 





・オリジナル呪霊
産土神信仰によって発生した1級呪霊。
術式は「赫触灼厄(かくしょくしゃくやく)」。
肉の触手を生成して、人や肉を喰らう事ができる。要は、東京喰種の赫子を生成できる。触手の硬さや、大きさ、形状は自由自在である。
そして、術式の真骨頂は、人を喰えば喰うほど肉体の再生能力が上がっていく。しかし、一度その術式を解くと、再生能力は無くなる。


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