お茶会・フード(食べ物)・恋
3つのテーマがメインの物語を不定期投稿していく予定です
「アサリのむき身を、ダイコンをごく細く千六本に切ったやつと一緒に・・・・・・薄いダシでもってさっと煮立てて、それを熱いご飯にかけてね、七味唐辛子で・・・・・・」
「ああ。そいつはさぞかしうめぇんだろうなぁ。池さん、聞いてるこっちまでなまつばがでてしまうよ」
{グググーッ}
老人たちの会話に耳を傾けていたオグリキャップの腹の虫が車内に鳴り響く。
(おなかがすいた)
お腹をさすり、ため息をつくオグリ。それは、オグリキャップとタマモクロス、2人のウマ娘を乗せた列車が{馬堀海岸}駅に停車したときであっただろうか。
「今日のような、うだるように暑い日なら冷蔵庫から出したばかりの冷やご飯に舌が火傷してしまうほど熱いほうじ茶を掛け回して、その上から刻んだ青葱をちょいと乗せたのもまたいいんだ」
「いいねぇそいつもうまそうだね、池さん。でもねどうにも青葱はねぇ。青臭くて苦手だよ」
「なら、代わりにみょうがを載せてやればいい。葱とは違ったさっぱりした風味がなんともいえないよ」
老人たちの会話が途切れることはない。
その話を一言も聞き逃さないよう、あくまでも顔は車窓に映る景色に向けつつ、オグリキャップの形の良い耳がパラボラアンテナテナのごとく、くるくると忙しなく動いている。
「そいえばね、池さん。昨日アンゼリカに行ってきたよ。やっぱりあそこの珈琲は最高だね。薫りといい苦味といい全部が全部、丁度いいあんばいだ」
「珈琲もいいが、あそこの一番はパン(ケーキ)さ。薄焼きのぱりりとした生地に、こうバタと蜜をたっぷりかけて、ね・・・・・・そのバタが溶け切ったときに食べるとたまらないんだよ」
池さんと呼ばれる老人が、いかにもうまそうに口に運ぶ手振りをすれば。それに呼応するようにもう一方の老人が和服からでも確認できる布袋腹を{ぽん、ぽん}と2度鳴らすような仕草で対抗する。
「最近、肉でも魚でも霜降りが重宝されて敵わないね」
「それは思うよ、いけさん。マグロも大トロ、ステーキも霜降り。昔はトロなんて捨ててしまうようなところだったのに、みんな赤身のづけの美味しさを知らないんだろうね」
「づけは何もマグロだけじゃない。ビフテキだって赤身のサシが全く無い部分をさ、わさび醤油に一晩つけて、鉄板で焼いてやりゃあ」
そこで、布袋腹の老人がぎょっとしたように立ち上がる
「ビフテキのづけだって!そんなの旨いのかい?」
「さぁて、まぁ興味があるならやってみることだね。フ、フ、フ・・・・・・」
クルクル、クルクル
ピクン、ピクリ
クルクル、ピン
楽しそうに、盗み聞きをするオグリキャップ。その耳が折れ曲がったり、かと思ったら旋回したり、はたまた真っ直ぐに伸びたり。全くもって忙しない。
しかし、そんなオグリキャップの幸せもたちまちに破壊されてしまった。
「横須賀中央、横須賀中央です。お出口は左側です」
停車駅を告げるアナウンスとともに、待ってましたとばかりに詰めかける乗客。たちまちに老人とオグリキャップを乗せた車両は足の踏み場もないほどパンパンになってしまう。
「そいえばね、・・・がとうとう潰れてしまったよ」
「ええっ、それは本当かい。池さん、あの・・・が、信じられないね」
「ああ、あそこは・・・が本当に美味かったんだ。あそこが潰れてしまったとなると、あとは・・・と・・・くらいしかのこっていないよ」
「残念だね。・・・はどうだい?・・・と・・・は?」
「全部だめさ。かろうじて、・・・が残っているくらいさ。ほら、浅草の」
今まで以上に忙しなく耳を動かすオグリキャップの努力虚しく、満席になった車内の雑音は容赦なく老人たちの会話を不明瞭なものとする。
さて、どうしたものか?と思考する彼女の前に、足の悪そうな老婆が目に映る。だれも気づかないのか、一向に席を譲られる様子はないようであった。
「あの、どうぞ」
オグリキャップがこれ幸いと、そっと席を立ち老婆に譲る。
「まぁ、ありがとうねぇ。可愛らしいお嬢さん」
老婆が腰を曲げてお礼をすれば、ちょこんと小首を曲げてそれに対応する。
「おーい。オグリ、横浜駅はまだやで。おぐり?おぐりー」
タマモクロスの小声の静止も耳に入らない様子で乗客の邪魔にならぬよう、つり革に移動する。無論あの老人たちの座っている座席、正面のつり革に。
会話に夢中になっているのか、彼女の存在に全く気づくことなくグルメ漫談繰り広げ続ける布袋腹の老人と、和服にパナマ帽というなんとも奇妙な服装をしている老人。
「そういえば、ねぇ池さん。そろそろ、おいしいシンコのきせ・・・」
ここで、布袋腹の老人の会話が中断される。
{ググ、グググー}というなんとも豪快な腹の虫が正面から聞こえてきたのだ。
会話を中断した老人達。
正面には、少女。
老人達と目が合い、とっさに視線を落とす。 再び腹の虫が鳴る。
少女の頬が微かに朱が差している。
老人たちが再び顔を見合わせる。
「クッ、くっくっくっ」
「ふ・・・うふ、ふふふ」
こらえきれないとばかりに、二人が吹き出す。
「お一つ、いかがかな?可愛らしいお嬢さん」
布袋腹の老人の手には、サイコロ型の入れ物。
それをいかにも面白そうに、少女に渡す。
「・・・?」
「開けてごらん」
・の配列により、6が印字された蓋を開けると中には包が2つ。
「食べてごらん」
そのうちの1つをあけ、口に運ぶ。
優しい甘さが、じんわりと溶けでてくる。
「・・・おいしい」
「そうだろう、サイコロキャラメルといってね。もう北海道でしか販売してないんだ。とってもやさしい味がするだろう?」
こくこく、と2度小首を振り肯定するオグリ。
「どこまで行くんだね?品川かい」
パナマ帽の老人がオグリに尋ねる。
「ふぅん。旨いものを食べに中華街、か・・・」
「中華街ね、昔はよかったけど今は食べ放題の店ばかりが乱立してて、ちょっとね。勿論うまい店もあるにはあるけどね」
老人達が渋い顔をしながら話し合っている。
「旨いものが目的なら断然浅草をおすすめするよ。昔ほどじゃないが、うまい店はまだあるほうさ。乗り換えもなくいけるしね」
「両国、神田あたりもおすすめだよ。あすこらへんも安くて旨いお店がたくさんあるんだ」
他愛無い会話を続けるうちに列車が次第に速度を緩め、車内アナウンスが横浜駅到着を告げる。
「ついたでオグリ。ほら、急がんと。都会の列車はすぐ扉閉めよるで〜」
タマモクロスに袖を引かれるオグリキャップ
「まぁ、楽しんでおいで」
「やすいからといって、安易に食べ放題のお店はおすすめしないよ。まぁ・・・爺の小言聞き流しておくれ」
老人達を乗せた電車が出発を見送るオグリキャップ。
「浅草・・・行ってみたいな、いつか」
誰に話すでもなく、そっとつぶやき横浜駅を後にする。
参考・引用文書
第一阿房列車、むかしの味