迷宮都市の【狐の隠れ家】〜英雄たちの安息の場〜 作:老翁の日記
チリン、とドアについた鐘を鳴らしながら中へ踏み入る。店内は照明でぼんやりと明るく、木材たちと照明の組み合わせは店内を味のあるという表現に落ち着かせている。
「いらっしゃいませ、お好きな席へ……」
執事服に身を包んだ老翁はこちらに一礼をしてから、こちらを見て誰かを認識したようだった。
「おや、これはオッタル殿……お久しぶりでございます、この老骨になんの御用ですかな」
「分かっているだろう、お前ならば……」
「いつものコーヒー豆でしたら包んでご用意してありますがそれ以外ならば、はて?」
相変わらず抜け目ない爺さんだ、と俺は微笑みを浮かべる。ついでにカウンターの右端に腰かけ、要件を改めて伝える。
「いや、それだ。いつも助かっている……フレイヤ様がお前のブレンドの豆でないとコーヒーではないと仰るからな。今度はこちらからまた正式に依頼する予定だが……フレイヤ様に1杯作って欲しい」
「よろしいでしょう……そうですな、この店は4日おきにお休みを頂いておりますからその日にでも御依頼頂ければと思います」
頷く。本当にフレイヤ様はここの店主のコーヒーがお好きだ。今度呼べとは女神の勅令でもある。……ファミリアとしての用事はここまでにして、俺もせっかく来たのだから何か頼むことにしようと決めた。だが、俺にはこういうところはよく分からない……故に、いつも通り。
「助かる……それと、朝セットの店主の気まぐれ。コーヒーはすぐに頼めるか?」
「本日の気まぐれはフレンチトーストでございますが、よろしいですか?」
「あぁ。お前が作るものなら悪くないのは見えている……頼むぞ」
「ご信頼賜りありがたく思います……こちら本日のドリップです、お料理とお代わりのコーヒーはまとめてお持ち致しますので」
いつの間にやら、俺の注文を予測していたかコーヒーを出してきていた。1口、何も入れずに。
「ほぅ……」
コーヒー特有の苦味、そして深みある味わいが広がり、香りを残して抜けていく。本当に心地よい……朝の目覚めという観点からすればこれほどなものはないだろう。
しばらくはこれを楽しみながら待とうかと考えていると、またチリン、と鐘がなった。
チリンという鐘の音を追い越すように、私は店に入り込む。
「やれやれ、アイズ。店は逃げんぞ?」
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ……」
「邪魔をする、マスター。早速だが注文をいいか?」
案内されるまでもなく、左端から2番目のカウンター席へ……リヴェリアの席はいつも左端だから。リヴェリアが注文を済ませようとしているから、私も声を上げようとして……
「そうだな、今日は……ハニートーストでも貰おう。セットでブレンドティーを。……アイズはどうする?」
聞かれた。私はこの店に来てからしばらくは気まぐれセットだったけれど……しばらくして、好みの組み合わせが出来た。
「パンケーキとブレンドコーヒーのセット、メイプルで!」
「パンケーキセットメイプルでコーヒーがおひとつ、ハニトーセットでブレンドティーがおひとつ。承りました、おかけになってお待ちください……コーヒーとティーは先にお出し致しましょうか?」
「頼む、マスター。アイズもそれでいいな?」
無論、答えは頷きによる肯定。静かな空気感が、店にみちる。この空気感はアイズは嫌いではない……嫌な沈黙ではない、優しい包み込む沈黙だ。
しばらく続いた沈黙は、店主の声で破られる。
「おまたせしました、本日の気まぐれ、フレンチトーストセットにおかわりのコーヒーです。はい、どうぞごゆっくり……」
そんな注文したかな、とちらりと反対側を見やると、そこに筋肉と巨大剣。間違いなく、【猛者】オッタルその人だった。思わず2度見してしまった。
「あぁ、そういえば今までは私たちだけのことが多くて伝えるのを忘れていた……【猛者】だけじゃない、ここは何故か多くの人は訪れないのに強者……第一級冒険者相当の奴らばかり来る不思議な喫茶店なんだよ、アイズ」
知らなかった、そんなこと……と思いながらも、正直この店が流行らない理由は隠れ家的な場所もあるがここに通うものたちが誰にも伝えないからでは? と思ってしまう。私はこの店の話を、まだレフィーヤにも伝えていないのだから。
「本当になぜか、なのですがな……まぁ、客足はこの程度で良いのですから、好都合ですが。こちらブレンドティーとブレンドコーヒーになります。パンケーキ、焼き上がりまでもう少しお時間頂きます。申し訳ありません」
それはわかっている。感覚的に、あと5、6分と言ったところだろう。構わない、と頷いて、コーヒーに以前店主から教わった通りに、ミルクはたっぷり、砂糖はふた匙入れてやり、1口。
「……うん、美味しい……」
「やはり、美味だな……どうやったらこうも美味くなるのやら」
甘やかに、されど深みある味わいが身体を暖かくしていく。隣ではリヴェリアも舌鼓を打っていた。
そうして何口か運ぶと、店主がやってきた。
「おまたせしました、パンケーキセットメイプル、それとハニートーストセットです。いつも通りおかわりは無料でございますので持ってきてしまいましたが」
「あぁ、ちょうど次を頼むところだったよ。ありがたい」
「ん!」
同意を1音で済ませてしまったが、それほどまでにここのパンケーキは美味い。以前、気まぐれで出会った時からアイズはこの味の虜であった。
反対側の端のオッタルが、「店主、腕を上げたか?」と問うのを聞いて期待度を上げながら、切り分けてシロップをかけ、頬張る。
「ん……! これ……!」
咄嗟にリヴェリアにパンケーキをひとかけ切り分けて、渡してやるとリヴェリアもまた目を見開いた。
「おお……! これは……間違いなく美味だ。しかも前よりも美味いな……」
「小麦とメイプルを少し変えたのです……えぇ、エルフのツテを使わせて頂きました。リヴェリア様には頭が上がりませんなぁ」
「なるほど。さらに本格的なものを使った、と。以前のものも大した美味だったがまだ上があるとはな」
「料理、特に甘味に関しては終わりはありませんゆえ」
暖かな甘みが口の中に広がっては、それを同じく甘いながらもしっかりとコクを残したコーヒーで流し、次のひとくちへ。アイズはすっかりこれに夢中なのだ。リヴェリアと店主の会話の、2割も聞いていないほどに。
「「ふぅ……」」
なんだか隣と声が被った気がして横をチラッとすると、同じようにコーヒーのカップを手元に持った【猛者】が同じようにこちらを見ていた。なんとなく、おかしくなってくすりと笑う。
「ふっ……」
あちらも少しおかしくなったのだろう。ロキとフレイヤ、二大巨頭と言われる2つのファミリアの、顔とも言われる冒険者2人が、同じ店で同じようにコーヒーを楽しんでいる。その現実が。
「店主、会計を頼めるだろうか」
「こちらのセットで140ヴァリスとなります……はい、確かに頂きました、コーヒー豆は契約通り、お持ちくださりお忘れのないように」
「あぁ、感謝する……また来るぞ」
オッタルはそう言ってチリンチリンと鐘を鳴らして店を出ていった。
「私たちも、そろそろ行く? リヴェリア」
「そうだな、そろそろ行こうか。今日はせっかくお前が休みにするなどと言ったんだ。買い物でも行くか?」
「行こうかな……たまには。リヴェリアも来てくれるでしょ?」
「もちろん。付き合うさ」
では、楽しい楽しい休みにしよう。そう思って、立ち上がる。
「店主、お会計」
「ふむ、少しおまけ致しましてお二人のセットで250ヴァリスとしましょう」
「……いいの?」
「もちろんでございます。これからもご愛顧頂ければという下心からですので」
「じゃあ……はい」
「確かに。ありがとうございます、またのお越しを。当店……【狐の隠れ家】店主パトリック・ルナールとしてお待ち申し上げます」
店主が私たちの前でドアを開け、止めて、綺麗な礼をして見送りをしてくれた。
私たちは明るい町へ踏み出していく。今日は、どこへ行こうかな、なんて年頃の女の子の考えを巡らせながら。
「ふぅ……朝から3人とは、今日は景気がよろしいようで」
改めて、私めはパトリック・フォクシー・ルナールと申します。この喫茶店を経営する老人でございます……かつては、様々なことをやっておりましたが……まあ、執事というものが最も直近にやっていたことでしょうな。
冒険者として活躍したあの頃、執事として身を立てたあの頃。そして今、喫茶として今を生きる英雄に安息を与えております。今しばし、この老翁の話に付き合ってもらえれば、この身も満足というものですな。
「ほっほ……老い先短い……と言いたいのですが、私生憎死なずの身でしてな……長くなりますぞ、この話。ほっほっほっ……」