迷宮都市の【狐の隠れ家】〜英雄たちの安息の場〜 作:老翁の日記
チリン、チリンと鐘が鳴る。店に踏み込む足音2つ、引いて引かれて人ふたり。疲れた身体だけれど、この人に引かれていくなら疲れもなくなったようだな、などと考えた旅路の果てがこのお店だった。
「いらっしゃいませ、お好きな席へ……と、おや? そちらのご客人はお初にお目にかかりますかな?」
中でカップを磨いていたが、それを辞めてこちらに深く礼を取った店主、執事服の翁は僕を見てそう言った。僕が自己紹介をしようとすると、かわりに隣から声が飛ぶ。
「ん、この人は……ベル。私の弟子、なのかな……? とにかく凄い、よ?」
「ほう、それはそれは……貴女様が凄いと言われるのなら相当なのでしょうな。この時間であればモーニングのセットですかな?」
「うん……しっかり動いてきたから、それなりの物を食べた方がいいかなって。でも食事とかは私はあまり分からないから、マスターに任せようって思って……」
珍しいな、って僕はそう思いました。アイズさんが日常で長ゼリフを連ねていることも、それを引き出せるくらいの暖かさがあるこの喫茶店の店主も。とりあえず一言くらいはと思いました。
「ではこの老骨めの手におまかせ頂けると?」
「信頼してる、から。うん、任せるよ」
「お、お願いします!」
ひとまず依頼の言葉を投げかけます。店主はにこやかに笑いかけ、頷いて、そうしてこちらに向き直ると、問いを投げてきました。
「卵を食べると身体が痒くなるやら、そういったことはございませんか?」
「いえ、そういうことはないですけど……」
「ではそうですなぁ……バリエーションに富ませたサンドイッチではいかがでしょうか? そうすればお二人分出せるとも思いますが」
バリエーションに富ませたサンドイッチ、の内容は特に聞かないことにしました。卵を具にしたものがあるのは分かったが、それ以外はあえて伏せておいた方がいざ食べる時に楽しかろう、となんとなく思ったからですね。
「ん、それでいいよ……ベルは?」
「僕も大丈夫です、それでお願いします!」
「確かに承りました。お飲み物はいかがいたしますか?」
そういえば喫茶店だったな、と思っていると、アイズさんがこちらに向き直り首を傾げながら、
「ベルってコーヒーは……飲める?」
「砂糖とシロップは入れますが……まあ飲めない訳では無いです」
「じゃあブレンドコーヒーを2つでいいかな……」
「あ、はい」
そう聞いてきて、とりあえず任せると返すと、間髪を容れず店主が確認をとる。
「ブレンドコーヒーをおふたつですな。承りました。先にコーヒーをお持ち致しますのでしばらくお待ちください。お席はせっかくですので私めの前にある2席でもどうですかな?」
そんなススメを聞いてアイズさんに目線を送るとアイズさんは頷いてくれた。2人でマスターの目の前のカウンターへ座る。
手早く、それでも丁寧に丹念に2杯のコーヒーを仕上げていくその手先は、白い手袋に覆われているが、どことなくもっと別の道にその人がいたことを示すような気がして、少しほうけてしまう。
ぼうっと、柔らかい沈黙が出来上がっているのをいいことに蘇ってきた疲れから来る眠気と戦いながら待っていると、コーヒーのカップとソーサーが目の前に差し出された。深い香りが、僕の眠気を覚まし身体に通っていく。
「お待たせしました、ブレンドコーヒーです。サンドイッチもすぐにお持ち致しますのでゆっくりそちらをお飲みいただきお待ちください」
アイズさんがミルクをたっぷり、砂糖をふた匙入れて飲みだしたのを見て、ではまずはミルクは少し、砂糖はひと匙にしておこうと決めた。
1口傾けると、甘みと均衡の取れた苦味、深みがしっかりと広がり、コーヒー独特の風味をしっかりと表に出した味わいが広がる。思わずほうっと一息ついて、アイズさんの方を見ると、同じように顔を上げて一息をついたところだった。
「ふふ……美味しいよね。ここのコーヒー」
「はい、本当に」
街中の屋台で飲むそれと比べてはいけないだろう。そう思えるほどの、圧倒的な美味。コーヒーが好きとはなかなか物好きな、くらいに思っていた僕からすればそれは今までの常識の破壊。
そんな味わいを楽しんで、時折アイズさんと会話をする。戦いの話だけじゃない、もっと色々な話を。
「休みの日、ベルはなにをしているの?」
「基本的には鍛錬と休息……ですね。あんまり遊びにとか行かないんです。どうなんでしょうね……」
「遊ぶのは、大切だよ……うん。ここに来てから、私はそう思うようになった。強くなるために、心も体も休める時間が必要なんだって」
そんな話をしていると、綺麗に皿に盛り付けられたサンドイッチが僕らの間に置かれた。
しっかり食べたい、と言った僕らの願いを聞き届けた、山のサンドイッチ。
「お待たせしました。【狐の隠れ家】特製サンドイッチ2人前でございます……今コーヒーのおかわりもお持ちしますのでどうぞ、ごゆっくり」
2人とも、まずは1番上のたまごサンドに手を伸ばす。量の割には一口で食べ切れるサイズにまで切り分けられているのはコーヒーと楽しめるようにという工夫だろう。一口で頬張ると、たまごのなかに少しばかり黒胡椒を効かせた飽きない味。
「これは……信じて良かった、ってことかな」
「とても美味しいですね、これ」
「うん……すっごくね」
そこからはしばし無言。無論気まずくなったわけでなく、食に没頭するための無言。故に2人して目を見あわせ笑ったりもする、そんな無言だった。
次に手を伸ばした先にあったのは、レタスサンド。フレンチドレッシングにさらになにかを混ぜ合わせたのだろうか、さらに手を加えられたそれは旨味をしっかりと持ち、レタスと混ざりあってシャキシャキとした食感と味わいを両立させる。
また次に手を伸ばせば、それは今までで1番薄いサンドイッチ。不審に思いながらも一口で頬張ると、チーズの味と深い海の香り……これは?
「不思議そうな顔ですな? それは海苔です。海苔チーズサンド、お気に召しませんでしたかな?」
「いえ! すごく香りも良くて、味もいいので気になったんです!」
「そうですか、それはなにより嬉しいお言葉です」
その他、ミックスサンドだったり照り焼きチキンサンドだったりと、様々な種類を楽しんでいると、気がつけば残り1つとなってしまった。それを傍目に、コーヒーを飲む。最後のひとつは、アイズさんに譲ろう。そう思ったから。
「ほら、ベル。口、開けて?」
「え? は、はぁ……むぐっ!」
「あとひとつを、ふたつにするくらいだったら誰でも出来るよ……うん、美味しかった」
「な、なぁ……っ」
この人、やっぱり天然だ……! そう思いつつ、赤くなった頬隠しにコーヒーをさらに飲む。
「「ごほっ!?」」
噎せた。当たり前だった。アイズさんに奇妙な目で見られるかと思っていたのだが、なぜかアイズさんも噎せていた。
「「ご馳走様でした」」
「今日はありがとうございます、こんな美味しいところ紹介してもらっちゃって……」
「ベルにならいいかなって思ったから……ベルも、この人にならいいなって思えた時に、人を連れてくるといいよ」
そうだなぁ、いつか。僕も冒険の仲間ができる日が来るんだろうか? その時は、きっとこの店で。そう、決めた。
「はい、お会計おひとりさまあたり110ヴァリスで構いませんよ」
「え、それだけでいいんですか?」
「あの……前よりも安く、なってない?」
前よりも安く、ということはアイズさんも想定外な値段らしい。この味が出る喫茶店にしては安すぎる、というのは僕も思うところだ。
「いえいえ、サンドイッチはそんなに手間のかかるものでもありませんし。取りすぎになってしまいますからな、どうかこの値で」
「じゃあ……私が出しちゃうね」
止めるまもなくアイズさんがきっかりで支払ってしまったのを見ながら、後で払おう……と決めていると、僕に店主さんが声をかけてきた。
「確かに頂きました……またのお越しをお待ちしております。それと……ベル様でしたか。頑張ってくだされ。駆け出しだからこそ出来ることもありますが……無茶と無謀を履き違えることのないように」
「は、はい!」
無茶と、無謀。また、同じことを言われたなと思うと、より一層身が引き締まる思いがする。
「それじゃ……また来るね」
「お世話になりました。ご馳走様です!」
「また会える日をこの老翁も楽しみにしております故、次来た時には若き冒険譚でも聞かせてくだされ……ほっほ」
「はい、必ず!」
出ていこうとする僕らを、最敬礼で見送ってくれたマスター。必ず、あの人に語る冒険をしよう。
そのためにも、強くなろう……今よりも、ずっと。
見送りを済ませた、店内で。ぼんやりとした光の元、洗い物を済ませまたグラスやカップを磨く店主パトリックはひとり呟いていた。
「いやはや、若いことは良いことですなぁ。あぁいう青春というものとはとんと無縁なこの爺ですが……アレが英雄の始まりだということはなんとなく分かるものですな」
これから、かの少年が如何にして英雄の道を、この街で歩むのか……気になって仕方ない。こんな気持ちになるのはいつぶりだったろうかと己に問いながら、パトリックは次の客を待つ。
「迷宮都市は、あの少年を渦の目に変わっていくのだろうか……だとしても、ここは変わらないように。そう在ろうと、努力はしてみようか……ほっほっほっほっほっほっ!」