迷宮都市の【狐の隠れ家】〜英雄たちの安息の場〜 作:老翁の日記
「ほら、こっち……ここだよ、リリ、ヴェルフ!」
「ベル様……ここは?」
「飯屋……か。なるほどな? まあ俺たち3人の門出を祝うには随分といい店ってわけだ」
ちりん、とドアを開けて、2人を通してドアを閉める。改めてチームワークというものを確認できた上で全員無事に帰ってこれた、素晴らしい仲間たちに、せっかくだから今日はオススメの店に行こうと声をかけた僕は、改めて向き直るとマスターに声をかける。
「ほっほ……いらっしゃいませ。そちらの方々は……」
「リリルカ・アーデと申します」
「ヴェルフ・クロッゾだ」
「僕の、大事なパーティーメンバーです」
そう告げると、マスターは軽く微笑んだ。
「そうですか……リリルカ様、ヴェルフ様。よくぞお越しになられました。私はこの店のマスター、パトリック・フォクシー・ルナールと申します。本日はベル様より事前にご予約と代金のほう頂きましたので、こちらのほうで一席をご用意させて頂きました」
僕にそんなことをしていたのかという目線が飛ぶが、あえて無視。予約してまで頼んだパーティーセットとやらは、僕も楽しみで仕方ない。とりあえず2人にも促して、ちょっとカウンターとは離れた、奥の方の丸テーブル席に座る。
「まずはお飲み物の方からお伺い致します。選択肢はホットアイスのコーヒー、紅茶に加えアイスのみでジュースなど一通りご用意しておりますが」
「俺は……どうするかな……ベルと一緒にするか」
「リリは……そうですね、アイスの紅茶を頂きます」
「僕は今日はコーラの気分で……ヴェルフって炭酸は?」
もちろん、聞いても答えは? で終わってしまう。ヴェルフがこの店にしかない炭酸ドリンクを知るはずがない。つまり、単純に僕のミスだった。軽くマスターが説明をして、ヴェルフは頷いた。
「そうだな、とりあえず飲み物はオカワリが貰えるんだろう? ならベルのを見て美味そうだったら行こう。ひとまずは……アイスのコーヒーだな……」
「かしこまりました。お料理より先にお持ちしますのでしばらくお待ちください」
マスターが立ち去って、しばらく。3人の会話は随分と弾んでいる。それは、彼ら彼女らの異常事態についての経験談……あるいは、乗り越えた壁を振り返る会。
それを遠くから聞き、マスターが笑みを深めていることなど知らず、3人がいよいよゴライアスの話に入ろうとしたところで、マスターが飲み物を持ってきた。
「お待たせ致しました。コーラ、アイスのコーヒーと紅茶でございます。本日のお料理オードブルとなっておりましてお持ちした時に内容について説明させていただきますがよろしいでしょうか?」
「はい! お願いします!」
頷くと、マスターも頷き返してカウンターへ戻って行った。最後の仕上げ、らしい。パチリと弾けた脂の音などにひどく食欲を刺激されたのかヴェルフが一言。
「美味そうだな……音だけでも」
と言うと、普段反することの多いリリルカも追従しながら疑問をなげかける。
「そうですね……これは驚きです。……おいくらほど、したんですか?」
「1050ヴァリスだったよ……安すぎるよね? 僕もびっくりしたんだ。豊穣の女主人の値段が凄いのかもしれないけど」
「それは……ポーション二個分、と考えると高いようにも思えるがしかし……あの皿を見るとどうにも安く見えるな。……そら、後ろを見ろ」
「「え?」」
リリルカと僕で目を見合わせ、そっと振り向くと、マスターが歩いてきていた。その手に、巨大な大皿を携えて。
「お待たせしました、オードブルでございます。3人前のご注文でこちらテーブルの中央に失礼致します」
思わず3人とも大きさに絶句する。さらに、置かれた皿の上の、彩りと量にも。
「これは……! 信じられないほどのいい買い物ですね、ベル様!」
「うん、さすがに予想の遥か上を行ってくれる……!」
「いやはや見事だな、マスター!」
「お喜びいただけたようで何よりでございます。さて、お料理の説明に移りますがよろしいですかな?」
3人とも同時に頷き、なんだか面白くて笑ってしまう。それをニコニコと眺めていたマスターが、こほんと咳払いをしてから話し始めた。
「まず本日のオードブルはオラリオの素材だけでなく様々なところから素材を取り寄せております。こちら肉料理、鶏肉のチキンとソテーでそれぞれ、それとウィンナーを茹で焼きどちらもご用意致しました。鶏肉のチキンは骨あり骨無しございます、それぞれ違う部位を使用しておりますのでご堪能ください」
「さて、続いて魚料理。魚料理は港町メレンより上がりました採れたてのエビをフライにしております。また、新鮮この上ないため魚の方はカルパッチョにもすることが出来ました。カルパッチョはお好みで辛味の強いそちらのワサビドレッシングをお使いくださいますよう」
「さらに野菜料理は皆様ご存知のフライドポテトをケチャップとマスタードソース。【デメテル・ファミリア】より頂戴したレタスなどの葉野菜、著しく甘くされど酸味も残る最高のトマトを自家製のドレッシングでというのも用意しております」
「脇、添えておりますは彩りとデザートの果実類でございます。食後もデザートお持ち致しますが野菜だけでなく果実の果汁で油流しになればと思います。主食として一応バジルトーストを本日ご用意させていただきましたのでこちらに別皿で置かせて頂きます。説明は以上となっております。ゆっくりお楽しみくださいますよう!」
長い説明だが、それを聞く価値はあったと3人は思う。そして、マスターが離れ……ついでにヴェルフがコーラの注文をし……たのを確認していそいそと3人は食に手を伸ばし始めた。
まず、ヴェルフが伸ばしたのは無論肉。切られ食いやすくなっているフライドチキンの骨無しを食う。
「美味い……」
鶏の脂が、しつこくも無くされど主張をしっかりと残している。淡白な肉のはずのそれはジューシーさを肉汁で主張し、味を外の衣で整え、完全な存在として己を主張していた。
こうなると気になるのは骨付きだ、と手を伸ばし、若干食い方に迷ってからそのまま食らいつくことにする。
「おお……こいつ!」
肉汁。衣とともに弾けたそれらが圧倒的に知らせてくるのは旨みと味わいの暴力。味つけ自体は先程の骨無しと変わっていないが、おそらくは骨がついていることで肉の縮み方というのが違うのだろう。肉の弾力や噛み締めた旨みが違う。どちらが好きかは好みによるだろうが……
「俺は、骨付き派だな」
頷いて、猛然と骨付きの続きを食べるのであった。
猛然と肉を食い始めたヴェルフに触発され、骨無しチキンを食べてみて、リリルカは美味と感じながらも体質上胃がもたれやすいことから考えてひとまず野菜を取ったほうがいい、と考え出していた。
したがって、野菜料理……自家製ドレッシングがかかったサラダへ手を伸ばす。
「んー……! このお野菜、美味しいですよベル様!」
思わずベルにそう声をかけて、ベルが頷くのも見ずにサラダの二口目。レタスなどの野菜の、シャキシャキさから伺える質の良さももちろんだが、かけられた自家製だというドレッシングがこれまた絶品だ。
「感じる味は、醤油……それと、これは……たまねぎ、でしょうか?」
改めて味をよく観察しようとしていると、マスターがコーラを取って戻ってきていた。
「よくお気づきですな……そちらのドレッシングはたまり醤油とたまねぎをメインに仕立てたのです。見抜かれたのは初めてですぞ……ほっほっほ! もしよろしければお帰りの際差し上げますのでお申し付けください」
「あ、はい! ありがとうございます!」
これがヘスティア・ファミリアで使えれば野菜が美味しく行ける……そう確信したリリルカであった。
2人が美味しい、と言いながら食べてくれる様を見ながら、アイズさんもこんな気持ちだったのかな? と思うのはベル。そろそろ自分も食わなければ取り分がなくなってしまいかねない……という気持ちはない。なんせ量が異次元だ。全然眺めてても全品回り切れると見ていた。
が、まあさすがに少年の胃は限界だ。早く食わせろと叫ぶ胃に対して、今日は魚からなんとなく食べてみようと提案する。
エビフライを軽く、そばにあるタルタルソースにつけてひとくち。サクリ、という音とともにぷりっとした大きな身が噛みごたえたっぷりな食感をお届け。
「うん、美味しいな……」
さすがに口に漏れる。美味だ。マスターに「実は大きな危機を乗り越えられた祝いに祝宴をあげたいんです。3人で囲める料理の予約はできないでしょうか」と聞いて、全てメニューおまかせのオードブルなら出る、と言われた時のあの時のサンドイッチがあれならきっといいものができる! という期待。
目の前に出されたオードブルはその期待を遥か上に飛んで行ったのだ。
エビフライに次はレモンとソースをかけ、豪快に食らいつく。酸味と酸味、されどことなる酸味が衣を濡らし、またそれらが調和して最高の味わいを産む。
そうして2本のエビフライを準備運動のように平らげ、自分の取り皿に軽くカルパッチョと言われていた魚の刺身と野菜……これは水菜だろうか? を移してこれまた軽くワサビドレッシングをかける。
そしてまとめて1口に食べると、鼻をつくワサビの強い辛味にむっとするが、それ以上に癖になる美味な味わい。また、魚も非常に弾力のある白身で、臭みなく新鮮。野菜がそれらをよくよく引きたて、美味であると間違いなく言える1品であった。
「ベル! こっちのウィンナー、焼きと茹でなんだが……リリ助は茹でで俺は焼きが好みでな。ベルがどっちにするかで全てが決まる……!」
そう声をかけられ、ウィンナーに手を伸ばしてみるなど楽しく過ごしているうちに、皿の料理は減り、オレンジやブドウなどの果実も食い尽くした。
「「「ふぅ……」」」
「さすがに、いい量だった! 食ったぜ……あとは食後、デザートがなにかだな!」
「そこは期待ですね! こんなに美味しいお店のデザートですので!」
「そうだね、ここは喫茶店だからねあくまで……なんでオードブルが出るんだろう……?」
そんな話をしていると奥からマスターがお盆を持って現れた。
「お待たせ致しました。本日の日替わりデザートはプリンです。最後に暖かい飲み物はいかがですかな?」
「そうですね……リリにはホットのブレンドコーヒーを」
「「俺(僕)もそれで」」
「ふふ……かしこまりました、すぐお持ち致します」
ヴェルフと注文の声が被さってなんとなく擽ったいような気持ちになるが、一旦置いておく。リリもヴェルフもわざわざ触れないつもりのようで、プリンに手を伸ばした。
すっと入る匙がプルプルとしたそれを持ち上げ、口に入れるとなめらかな食感とともに溶けて消える。上に乗ったカラメルというらしい、砂糖を焦がしたものは苦味を程よく与え、これがプリンが与える味をただ甘みだけとしない良いアクセントになっている。
少し食べて、味わうその間に届いたコーヒーもまた絶品。各々の飲み方でコーヒーを飲んでいるにも関わらず、ほぅ、というため息だけは同時に。
「ふふ……頑張りましょうね、これからも」
「あぁそうだな……また、なにかいい事があればこれでも食いに来るか?」
「その時は、たぶん神様も連れてくることになるよ。今日は来れなかったけど、いつか必ず連れてくる……また、何度でも偉業を果たして、この店に」
3人は意気を強め、休息の宴を終える。立ち上がる3人に、奥からマスターがおみやげですと紙袋を渡した。
「自家製ドレッシングと、ジャーキーです」
「ジャーキー……?」
「なんとなく、作ってしまいましてなあ……ダンジョンでの携行食にでもお使いください」
「なるほど……ありがとうございます、また来ます」
「はい。またのお越しを心よりお待ちしております」
3人が連れ立って鐘を鳴らし、街へ、光の元へ歩き出す。それを深々と頭を下げ見送ったマスター……パトリックは店に戻りながら呟いた。
「なるほど……英雄。駆け上がる、早熟な少年……どうか神々よ、有情たれ。守り給え……また、私も武器をとる日が近づいておるのやも、知れませんなぁ……ほっほ」
【狐の隠れ家】に、もう隠れては居られないのか。そう思う老翁は、そうなった時が楽しみだとも思っていた。