綾小路清隆♀のどうにかしたい教室へ   作:ぱや

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書くために原作1巻から読み直したら、初期の綾小路さん割と浮かれてて笑いました。
関西弁使ったり内心でノリツッコミしてたりはしゃいでで草。
最新刊との温度差が激しくて風邪ひいたので初投稿です。


No man is rich enough to buy back his past.
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 No man is rich enough to buy back his past.

 過去を買い戻せるほど裕福な者はいない。

 

 ── by オスカー・ワイルド

 

 

 

 

 

 

 人生の幕引きというにはあっけないものだった。

 今となっては、あれほど拒んでいたホワイトルームに戻った方がマシだったのではないかと── いや、それだけはないか。

 何にせよ、想定していた最期には程遠い瞬間と言える。

 その点だけで言えば、もしかしたら初めての敗北と言えたかもしれない。

 予想外、想定外、認識の外、考えうるものの範疇外、いろんな言葉を挙げて、その全てに当てはまるのだから。

 しかしまさか、最初の、最初で最後の敗北が『死』を伴ってくるとは。

 

「綾小路くん、目を閉じてはだめ。大丈夫、血はそんなに出てない、もうすぐで茶柱先生たちも来るから、持ち堪えて。ねえ、できるわよね。……ねえってば!」

 

 人間、最期まで機能するのは聴力だとどこかで聞いたような気もするが、その通りだったようだ。

 やはり、こういうのは自分で体験して初めてインプットできる。

 最期に聞く声がお前になるとは思いもしなかったが……薄暗い視界の中では判別できないその声の持ち主、堀北は、水気を帯びた声でひたすらにオレに話しかけてくる。

 救急において、タブーとされるのは要救助者に『死を予感させる』こと。

 怪我が深い、血の量が凄まじい、助かりそうにもない、などといったネガティブな言葉は、要救助者から生きる気力を奪うからだ。

 どんな危険な状態でも、医療従事者や救急スタッフは希望を持たせる言葉を投げかける。

 ちょうど、堀北のように。

 だが、どんな希望の言葉でも霞んでしまう状況がある。

 今のオレがまさにそれだ。

 投げかけられる言葉の全てが抜けていくほどの自覚。

 これは無理だ、これは助からない。

 それを、誰よりもオレが深く認識していた。

 

「綾小路くん!」

 

 さて、卒業まで残り1ヶ月。

 前回の特別試験でようやく坂柳のクラスを落とし、堀北クラスはAクラスへと上った。

 そこに漕ぎ着けるまでには多大な労力を費やしたし、失うものも多かったが、3年目の結果としては上出来だろう。

 もとはDクラスだったことを考えれば、高度育成高校の歴史上、類を見ない躍進劇と言える。

 ここまで残ったメンバーが皆、1年生の頃とは比べ物にならないくらいの成長を見せた。

 須藤も、平田も、櫛田も、軽井沢も、そして堀北自身も。

 オレを超えるほどの逸材かと聞かれれば、やはり、手を抜いたオレに勝てるやつはいなかった。

 だが、もうオレがいなくても他クラスと渡り合うだけの力はついているはずだ。

 堀北学や南雲雅の最後の1ヶ月が決して楽なものではなかったように、堀北たちの1ヶ月も決して楽ではないだろう。

 それでも、これまでの苦労や学びを忘れずに突き進めばAクラスのまま卒業できるとオレは思っている。

 それに、オレ自身に勝てる奴は現れなくても、当初の目標のいくらかは達成できた。

 

 (ホワイトルームでなくても、優秀な人材は作れたぞ)

 

 今頃、成功作とやらが死にかけて焦っているだろう存在に向けて、胸中で吐き捨てる。

 ホワイトルームを停止したわずか1年という時間の結末がこれだ。

 茶柱あたりは、またイカロスの神話を持ち出すだろうか。

 聞き飽きた作り話が、今となっては懐かしいくらいだ。

 惜しむことがあるとすれば、坂柳や龍園との直接対決を後に回したことくらいだが── それは堀北がどうにかしてくれるだろう。

 

「──……」

 

 最期の一呼吸の後、堀北に言葉を遺した。

 これをうまい具合に活用して、残りの1ヶ月をどうにかしろ。

 オレは猛烈な眠気に似た倦怠感に身を任せ、そのまま目を閉じた。

 

 

 

 ─ 1 ─

 

 

 

 日本人の多くがそうであるように、オレは無神論者だ。

 正月は祝うし、初詣に行くし、バレンタインデーを心待ちにするし、お盆を迎えるし、ハロウィンパーティーもクリスマスパーティーもする。

 誰かが亡くなれば数珠を手に参列し、結婚すればスーツを着てブーケトスを見守ったりもするだろう。

 都合の良い時だけ神の存在を主張して祈る。

 しかし輪廻転生やパラレルワールド、タイムトラベルに関しては、そんなものあるわけがない、と一蹴してきた。

 輪廻転生の概念やパラレルワールドの科学的根拠、タイムトラベルの未来的技術論争はひとまず置いて、少なくとも現時点で実在性の確認できるものではないと、そう思って生きてきたのだ。

 だが、ここにきてオレは、その概念や実在性すら、信じたくなっていた。

 

「全てが夢だったという可能性もあるが……」

 

 胡蝶の夢という言葉が存在する。

 夢の中で自分は蝶になっていて、果たして今が夢か蝶が夢か、という話だ。

 それを思い出しながら、オレは用意されていた制服を手にベッドに座っていた。

 壁にかけられたカレンダーを見ると、時は3月。

 死んだのが1月末だから、それから2ヶ月のはずだが、どうもおかしい。

 カレンダーの月日はともかく、年があっていないのだ。

 古いカレンダーがかけられているかと思ったが、そもそもいる場所もおかしかった。

 

「……松雄が用意した隠れ家、か」

 

 ホワイトルームが停止していた間、オレの面倒を見ていた松雄。

 1年の頃、あの男が松尾を処分していたと聞かされた。

 それがきっかけで2年に上がった後に七瀬に絡まれることになったわけだが、どういうことか、松雄は生きている。

 全てあの男が仕組んだことかと勘繰ったが、そもそも時系列がおかしい。

 オレの記憶違いでなければ、この隠れ家自体、オレが高度育成高校に入学すると同時に処分したはずなのだ。

 内部の再現までならともかく、建てられた場所も外観も寸分なく同じ。

 であるならば、この隠れ家は処分したはずのあの家で間違いない。

 どうしてまだあるのか、松尾が処分し損ねたのか?

 いや、それはあり得ない。

 外観さえ再現して見せたというならば、どうしてわざわざ古いカレンダーまで置いていくのか。

 何を暗示しているのか、その意図は、その目的は。

 散々考えて、オレは、全く信じていなかった輪廻転生、パラレルワールド、タイムトラベルという言葉について、考えざるを得なかった。

 

 まず、輪廻転生について。

 死んだのだから、別の誰かに転生した可能性だ。

 オレは部屋に備え付けられていた姿見の前に立ち、一回転した。

 

「オレだな、間違いなく」

 

 ある部分からは目を逸らしつつ、顔の造形などを見て間違いなく自分であることを判断する。

 輪廻転生── 簡単に『生まれ変わり』としよう。

 それなのだとして、自分から自分に成る……という理屈がまず理解できなかった。

 オレがオレたる時点で、生まれ変わるという言葉すら適当とは言えない。

 であるならばこれはオレ、すなわち『綾小路清隆』ではないのかと言えば、松尾は正しくオレの名前を呼んでいた。

 

 続いて、パラレルワールド、と行きたいがタイムトラベルの可能性について。

 死んだのち、何らかの事象によって過去に遡ってしまった。

 18歳のオレは既に死んでいるので魂の状態で、15歳のオレに憑依した、という仮説。

 輪廻転生よりは可能性があると思っている。

 だが、タイムトラベル── 過去への逃避と呼ぶには、決定的に異なる点があった。

 

「……女だな」

 

 性別転換。

 胸部の膨らみを確認した後、下腹部にそっと伸ばした手を宙で止めた。

 流石にまずい気がする。

 オレ自身の身体ではあるだろうからセクハラにはならないと思うが、なんとなく気が引けた。

 まあ、そこを確認するまでもなく、今のオレは間違いなく女だった。

 これまで視界の高さに違和感があると思っていたが、それはタイムトラベル説に準えると、つまり時間が巻き戻ったので身長の成長分がリセットされた、と捉えることもできたのだ。

 だがそうと仮定しても縮みすぎだ。

 声だって、第二次性徴期における変声はとっくに迎えていたはず。

 こうして鏡の前に立ったことでようやく、性転換の現実を受け入れざるを得なくなったわけだ。

 

「こうなるとパラレルワールドだが……さて、どこかでそんなストーリーを読んだ気もするが」

 

 ひより── 龍園クラスの椎名ひよりとは読書仲間として親交があり、度々おすすめの小説を貸してもらっていたこともあった。

 8割はミステリー小説ではあったが、その時々で様々なジャンルの作品をすすめてもらったこともあるのだ。

 中には小説ではなく漫画作品の時もあった。……ま、全体の1割程度の激レアではあったが。

 タイムスリップやパラレルワールドという単語で思い出すのは、その激レアのうちの一つである『テセウスの船』という漫画だ。

 タイトルは有名なパラドックスから命名されている。

 

 別名『テセウスのパラドックス』

 

 ある物体において、それを構成する部品が全て置き換えられた時、過去のその物体と現在のその物体は『同じ物体』だと言えるか、それとも否か。

 主にギリシャ神話の例が知られている。

 テセウスという人物がアテネの若者と共に乗っていた船には30本のオールがあり、アテネの人々はこれを長きにわたって保存していた。

 保存のため、朽ちた木材は徐々に新たな木材に置き換えられていったわけだが、これが倫理的な問題から哲学者らの間で議論の的となったのだ。

 つまり── 時を経て全く違う部品、この場合木材で構成されたその船は、もはやかつての船とは同一と呼べないのではないか、という主張だ。

 このパラドックスと同名の漫画『テセウスの船』の主人公は、ある事情から自分が生まれる前の過去にタイムスリップする。

 タイムスリップ先で主人公は自身の姉、父、母、そしてその関係者と密接に関わり、時には起きていたはずの出来事を改変したりもするのだが、過去を一つ変えるたび未来も変わっていく、というミステリー混じりのストーリーだった。

 

「過去が変わるなら未来が変わるのは道理だ。しかし、過去が変わった時点で主人公は果たして、主人公のままなのか?」

 

 ひよりは、タイムスリップした先で主人公が変えた出来事、それが反映されるのは分岐した世界線── パラレルワールドだと考察した。

 仮に主人公が存在する現在をAとするならば、過去Aの出来事を変えた先が反映されるのは分岐先の現在Bであり、主人公は現在Aの人間だから根本的な部分は影響を受けない、とする説だ。

 過去の改変によって現在Aの世界線に戻れなくなった主人公は、改変のたびに生まれる現在B、C、Dなどに都度送られている。

 これをテセウスのパラドックスに当てはめると、現在Aの世界線にいた主人公は、Aに辿り着けなかった時点で主人公と同一ではないのではないか、という主張が生まれるわけだ。

 

 一説によると、世界は無数のパラレルワールドによって構成されているらしい。

 繰り返される選択肢の、選ばれた方と選ばれなかった方の組み合わせがある限り、途切れないのだ、と。

 それでいうとこの世界は── 綾小路清隆が女だったら、という根本的な一場面の分岐点であり。

 オレはその分岐点の、15歳のオレに憑依、あるいは成り代わったとでも言えば良いのか。

 

 松尾の話ぶりから、性別を除けばオレとほぼ同じ環境で育ったと思われる、この女のオレ。

 高度育成高校への入学も決まっていることは、松尾が言わずとも制服の存在で明らかだ。

 であるならば、Dクラスへの配属もほぼ決まったようなものか。

 記憶の中を集中的に探すと、男のオレがテストを受けている様子と共に、女のオレが何をしていたのかも重なるように浮かんできた。

 

 ベッドに転がり、夢想する。

 後数日も経たずにオレはまたあの学校の門をくぐることになるだろう。

 男か女かの分岐点は既に済んでいる。

 第二の分岐点は高度育成高校に行くか行かないかだが、これは愚問だ。

 行く。むしろこれ以外の選択肢が存在するとは思わない。

 少なくとも、ホワイトルームから一歩でも離れたいオレにとって、あの場所に舞い戻る選択肢が存在することすら疑わしい。

 だが、パラレルワールドにタイムトラベル、という事象を現実に体験してしまった以上、この世は選択の連続によって成り立つことを理解しなければならなくなった。

 オレは常に選択肢を考え、選び、進まなくてはならない。

 もはやどうしてこの事象に巻き込まれたのか考えるいとますらないのだ。

 選んで、捨てて、選んで選んで。

 

 今度こそ、オレは自由を手にする。

 

 性別など瑣末なことだ。

 こちらは3年近くも様々な特別試験に駆り出され、ホワイトルームにない『面白さ』のいくつかに触れた。

 3年生に上がるまでのあれやこれや、面倒臭いことを思い出せば少しだけ迷いもするが── 前向きに捉えれば、チャンスでもある。

 テセウスのパラドックスのように、オレがこれからの選択肢をひとつ変える度、オレの知っていた未来とは違う展開がやってくるのだろう。

 しかし、そうでなくては()()()()()()

 そうでなくては、()()()()()()()

 

 カレンダーに視線を向けた。

 そのタイミングで、姿見に自分の横顔が映った。

 自分でもゾッとするほど、歪んだ顔だった。

 

 

 

 制服に袖を通す。

 スカートはやはり慣れないが、問題ない。

 時が経てば肌に馴染むだろう。

 姿見の前に立つオレは、どこからどう見ても女だ。

 

「さて、次の選択肢はバスの中か」

 

 入学するまでは男のオレと同じ選択肢。

 だから高い確率で前と同じ展開になるだろう。

 席のないお年寄りに対して、前回は関せずの姿勢を貫いた。

 今回はどうするか……それを考えるのも、少しだけ面白いと思える。

 

 面白い、楽しいという感情に実感を持つのに、3年は長すぎたか?

 だが、オレにはちょうど良い時間だったと思う。

 頭で理解するのと、実感を伴って覚えるのとではまた別だ。

 その点で言えば、やはり恵── 軽井沢恵と恋人関係になったのは間違っていなかった。

 アイツから学んだ感情は多く、得た知見は学生生活を送る上で便利だった。

 今は女になったわけだから恋人関係にはならないだろうし、何よりオレにはもう、必要ない。

 

「席を譲ってあげようって思わないの?」

 

 乗り込んだバスで、あの日と同じ晴天に目を閉じていると、鋭い女の声が響いた。

 きた、このセリフだ。

 オレは── 否、()は、ゆっくりと目を開けた。

 記憶の中にある光景と寸分の狂いもない。

 困っている老婆に不遜な態度の金髪の男。

 注意するOL風の女性に、困惑した様子に見ている女子生徒。

 若干迷惑そうな周りの空気も含めて、もはや完璧だと拍手をしたくなるくらいだ。

 この選択肢、どちらを選ぶか。

 一瞬の逡巡は、しかし前と同じ選択を選んだ。

 つまり、()()()()()

 事なかれ主義をもう一度貫こうって話じゃあないんだ。

 単純に、どうでもよかった。

 ここに手を入れるとか、そんなことへの興味もない。

 これは確認作業に過ぎないんだ。

 これまで選んできた選択肢が何をもたらすのか、その結果を確かめただけ。

 だからこれではっきりした。

 

 言動はともかく、結果的に同じ選択をすれば、前と同じ未来に辿り着く。

 女になっていたこと、それによって生じる言動の変化や松尾の態度を差し引いても、前回と同じ選択をした。

 

 ・ホワイトルームから抜けること

 ・高度育成高校へ入学すること

 ・あの日と同じ時間のバスに乗ること

 

 これらを満たしたことで、目の前の光景が広がっている。

 

 私は再び目を閉じた。

 実はこの時、一つだけ実験をした。

 あの時は確か、オレは隣に座っていた少女に視線を移していたのだが、今回はそうしなかった。

 たったそれだけだと思うか?

 だがこの何気ない仕草がきっかけで、オレはバスを降りた後に少女── 堀北に話しかけられることになる。

 事なかれ主義のオレと一緒にするな、と顔を顰める彼女とここでファーストコンタクトを取ることで、教室で隣同士になったときに奇妙な縁だと話すことができるようになった。

 しかしオレは今回、それをしなかった。

 

 やがてバスが指定の位置に留まり、同じ制服を着た生徒たちが次々とバスを降りていく。

 その流れに従うように外に出て、オレは、私は何事もなかったかのように歩き始めた。

 

 門を通り、新入生への案内に沿って進む間、誰も私に話しかけてくることはなかった。





男の時点で顔が整ってる設定の綾小路さんが綾小路さん♀になったら可愛いのは自然の摂理だと思いません?

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