綾小路清隆♀のどうにかしたい教室へ   作:ぱや

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お気に入り登録、感想までもらえてめっちゃテンション上がりました。
ありがとうございます、頑張ります。

ところで初登場の神崎さんと最新刊の神崎さんのイラストを見比べると闇落ち感ハンパなくないですか?
顔つき違い過ぎて笑ったので初投稿です。


3

「僕は綾小路さんの意見に賛成だな。……軽井沢さんはどう?」

「あたしも賛成ー! 綾小路さん、テストの点数も良かったし、クラスのために色々考えてくれてるってことでしょ? 頼りになるじゃん! ねえ? 佐藤さん!」

「そ、そうだね! さすが帰国子女!」

 

 私と視線を絡めた平田が、ニコリと笑う。

 さすが平田というべきか。

 今朝もらったメッセージとおりやってのけてくれた。

 ……さて、私はこれからどうしようか。

 

「ねえ、ちょっと良いかしら」

 

 席から立ったタイミングで隣から声がかかる。

 3年間、さんざん聞いた声だ。

 だから誰のものかすぐにわかるが、今回はこれが私と彼女── 堀北のファーストコンタクトになる。

 私は緩慢な動作で横を向いた。

 

 

 

 ─ 3 ─

 

 

 5月最初の登校日。

 よりにもよって担任である茶柱に【不良品】の烙印を押された私たちは、前と同じく平田の発案で勉強会を開くことになった。

 その最中、平田の忠告を無視してやりたい放題を繰り返し、ポイントをほぼ使い切り、クラスポイントを大幅に下げるきっかけになったクラスメイトへの、その他の生徒から寄せられる視線は冷ややかだった。

 言葉にしなくても言外にあいつらのせいだと罵っている。

 当人たちにもその自覚があるからこそ、須藤は激昂し、山内は言い訳を繰り返し、池は頼りなさげに眉を下げていた。

 しかしそれを庇うことはできない。

 何故ならこうなる以前から平田は彼らに注意を繰り返していたからだ。

 無視していたわけでも、のけものにしていたわけでもない。

 きちんと向き合っていた。

 だが彼らは何もかも無視した。

 その結果がこれだ。

 前と違って0ポイントにならなかったのは、その他の生徒が規律正しく生活をしていたから。

 それと私や平田が陰ながらフォローしていたからに他ならない。

 

 例えば須藤が蹴っ飛ばしたゴミ箱をもとの位置に戻したり。

 例えば居眠りする山内を起こしたり。

 例えば授業中にチャットしようとする池をやめさせたり。

 

 マイナスにならないよう打ち消す善行を重ねた結果、1万ポイント残った。

 他のクラスに比べれば最悪のポイントも、この1ヶ月の苦労を思えば達成感すら覚える。

 だが逆に鬱憤を連ねる奴らもいる。

 その筆頭が幸村と、そして堀北だ。

 この時期の幸村は堀北と似ている。

 孤高主義を掲げ、勉強のできないクラスメイトを内心では馬鹿にしている。

 自分は真面目にやっていたのに、馬鹿なクラスメイトに足を引っ張られることに納得いっていない。

 もちろん、幸村の感性は決しておかしなものではない。

 自分はちゃんとしていたのに、連帯責任で理不尽にも罰を受けることになっているのだから。

 しかし、残念ながら現代社会とはそのような仕組みで成り立っている。

 どこまでも組織という枠組みから逃れることができない。

 個人で活動していると思っていても、結局は日本という枠組みの中で義務を果たし権利を享受しているに過ぎないからだ。

 理不尽すら甘受し、乗り越える姿勢を見せることが、この学校ではいわゆる正解というやつになるのだろう。

 

「勉強会など、無駄にしかならない」

「……そうでもないと思う」

「なんだって?」

 

 吐き捨てた幸村に意見する。

 口下手ということになっているから、平田やみーちゃんからは心配の視線が寄せられたが、私はそれらに気づいていないふりをして幸村に向き合った。

 

「人は誰しも変わる権利があり、チャンスがある。幸村、くんは誰かに勉強を教えて、無駄になった経験があるみたいだが……」

「その通り。全くの無駄だった。真面目に勉強していればわかるはずの理論が理解できない、そんなものたちに時間を割くなんて馬鹿げている」

 

 気持ちは理解できる。

 こちらがあれこれ考えて教えてやっても、何も身についていなかった時の徒労感は言葉にできない。

 しかし、だから見放すという選択肢をとっていては、前に進めないのもまた事実なのだ。

 本当はこういうのは平田に言ってもらったほうがスムーズだと思うんだが、チラリと平田に視線を移すと微笑みを食らった。

 

「人には、得手不得手が存在する。幸村くんは、スポーツは得意か」

「……それはいま必要な答えか?」

「必要だ。……幸村くんはもしかしたらポイントは学力にだけ左右されると思っている、かもしれないが、おそらく、体育の成績も評価対象になるだろう。今後、スポーツテストが実施される可能性もあるし、そのボーダーラインに未達成の生徒が首を切られる可能性だってある。その時、お前は、同じことが言えるか?」

 

 幸村が言葉に詰まる。

 そうだろう、もしスポーツテストが定期テストと同じようにボーダーラインを設け、そのライン以下の生徒を弾くことになった場合、幸村はいわゆる赤点に近い生徒なのだ。

 まあ、この学校には坂柳のように、もしスポーツテストが開催された場合、真っ先に退学になる危険性のある生徒もいる。

 その時点で定期テストのようにスポーツテストが行われる可能性はほぼないのだが、この時点の幸村は坂柳を認識していなければ、頭が熱くなっているからその考えにも及ばない。

 もう少し冷静だったら気づけるはずだけどな。

 

「ッだが、スポーツは天性の才に委ねられるものだ! 勉強会云々とはまた違うだろ!」

「でも走り込みをしたり、効率の良い練習を重ねることはできる。結局は同じようなものだ、幸村、くん。それに、もし須藤、くんたちが退学になった時、おそらくだがクラス全体で罰を受けることになると思う」

「……それはどういうことかな、綾小路さん」

 

 口を挟んできた平田に、茶柱の言葉を引用して答える。

 茶柱はやたらと連帯責任だったりクラスであることを強調していた。

 つまりだ。

 クラスメイトの減少もまた、クラスポイントの評価対象になる可能性が極めて高いことを示唆している。

 と、私は考えていることをぼんやりと伝えた。

 

「単に須藤、くんたちの問題ではない、と思うんだ。クラス全体の対応力が見られている、と考える方が自然なんじゃないだろうか。勉強会を開くこと自体が、もしかしたら評価の対象になっているかもしれない」

「クラスメイトの退学の危機に関して、クラスでどう立ち向かうかが見られている、ってことか……そうなると、なおさら勉強会を開くべきだと僕は思うな」

 

 実際には勉強会を開く云々はポイントに関係ないんだがな。

 ポイントを気にしているが勉強会に付き合うなんて嫌だ、と考えている層には響くかもしれない。

 平田がうまく繋いでくれたので、私は幸村の意見にも一定の理解があることをアピールしつつ、緩和策を出す。

 

「真面目にコツコツ頑張ってきた生徒からすれば、この状況がストレスになるのもすごくわかるんだ。私も、ちょっとショック、だった。こんな結果になるとは……だから、えっと」

「大丈夫かい、綾小路さん」

「……すまない、対応する日本語を探していた。実は日本語で話すのは不慣れなんだ。ここまで話してなんだが、伝わってなかったら申し訳ない」

「ううん、十分伝わっているよ」

 

 ちょこちょこと口下手っぽく振る舞うのは意外と重労働だ。

 だが一生懸命話している感じが出ていてこれはこれで良いだろう。

 私の隣に立つみーちゃんが、励ますように私の右手を握った。

 それを握り返し、私はまた口を開いた。

 

「つまり、その、クラス一丸になる必要もあると思う。だが、まだまだ心の整理はつかないだろう。だから、どうだろうか。最初の勉強会ではそれぞれの学力を見て、どんなふうに勉強するのが効率的なのか、その人にどんな勉強法が合っているのかを確認するだけにして、それ以降は自主参加、というのは」

 

 そして冒頭のやりとりに戻る。

 平田と軽井沢が私に賛同することで、クラスの大半は賛同する。

 クラスの中心的な人物である櫛田もそれに乗っかることで、この場にいない生徒以外のほとんどが首を縦に振った。

 幸村さえ、強制参加じゃないならそれで良い、と頷いた。

 群れを好まない生徒からの反応も上々だ。

 ここで大切なのは、まず1回目の勉強会にだけは参加してもらうこと。

 そしてその1回目を使って2回目、3回目に前向きになってもらうことだ。

 ハナから協力が得られるとは思っていない。

 これは長期戦だ。

 だが、平田の協力がある分、前よりは円滑に進む。

 それに、堀北にも働いてもらうさ。

 

 

 

「── こんなところに私を呼び出して、どうするつもりなんだ、堀北、さん」

「言いづらければさん付けしなくてもいいわ。食事も私が奢るから、好きなものを頼んで」

 

 これは恩の押し売りだな。

 オレはさんざんこの作戦にやられた。

 

「奢らなくて良い。それなりにポイントがあるし、それに、もし頼み事があるのだとしたらフェアじゃない」

「……察しが良いのも困りものね」

 

 経験があるだけだ。

 軽食を注文し、それが届くまでの間に堀北に話を振った。

 

「それで?」

「あなた、今のクラス分けに不満はないの?」

「というと?」

「……綾小路さん、あなたは誰の目から見てもDクラスにいるべき生徒ではないわ。学力は上位クラスだし、これまでの水泳や体育の授業から察するに、スポーツも万能よね。帰国子女だから日本語でのコミュニケーションにハンデがあるとはいえ、幸村くんとのやりとりを見るにそう足枷にもなっていない。なのにあなたはDクラス。不良品と呼ばれるクラスに振り分けられた。おかしいと思わない?」

 

 現時点の堀北は、クラス分けに不信感を持っている。

 自分はDクラスに振り分けされるべきではなかったと、本気で思っているのだ。

 Dクラスになった理由を考察するわけでもなく、学校側のミスだと信じて疑わない、この猛進さもまた堀北の欠点の一つだろう。

 端的に言えば、この頃の堀北は視野が狭いのだ。

 兄である堀北学がいうように、真似っこする子供のままで止まっている。

 彼女は孤高と孤独の区別ができておらず、それゆえに自身の欠点を注視できていない。

 オレは初日から堀北と関わり、ある程度彼女と会話もしてきたが、私は全く話をしなかった。

 朝の挨拶はしたが、堀北からは全スルーされていたし。

 茶柱に呼び出され、彼女に堀北が詰め寄っているシーンに巻き込まれることもなかったから、今日、この会話が本当の意味での初対面となっている。

 私の選択肢の影響によって、堀北が茶柱に詰め寄る例のシーンにはならなかったのか、とも思ったが、いつだったか堀北が悶々とした様子で茶柱を追いかけていったことがあるから、おそらくクラス分けについてさんざん文句を言った後だろう。

 茶柱に退けられた後も、同じDクラスの私がSシステムのカラクリにいち早く気づき、そして文武不足なしの様子を見ていても立ってもいられなくなったんだろうな。

 

『堀北さん、あなたが優秀なら多少言葉も理解できるだろう。私は日本語が苦手なので英語で対応させていただくが、いいか?』

『……構わないわ』

『ありがとう。……まず、クラス分けに不満はないかという点について。驚きはしたが不満はない。不良品と呼ばれたのはシンプルに嫌だが、自分に欠点があるという事実は受け入れた。それを直していこうという努力もしているつもりだ。だが堀北さん。あなたにはそれがまるでない』

『どういうこと?』

 

 堀北が眉を顰めて私を睨む。

 それだそれ、と言ったほうがいいんだろうか。

 いや、火に油を注ぐだけか。

 私は意識して、なるべく柔らかい口調になるように心がけた。

 ……できていなかったのは堀北の表情を見てすぐ察したが。

 

『本当は自分でもわかっているんじゃないか? あなたは他人を馬鹿にしすぎている。協調性もない。いかに学力が高くスポーツができると言っても、社交性がまるでない』

『……馬鹿にしてるの? それとも私のリスニング力が低いだけかしら』

『短気は損気だ。しかし、事実、堀北には協調性がない。それはどうしてだ?』

『他人に関わるほど馬鹿らしいことはないわ』

『社会に出ても同じことを言うのか? 会社ではどうするんだ。正論だけが人生に必要な要素ではない。むしろ過ぎた正論は不協和音しか奏でないと思うが、それすらわからないのならDクラスで妥当だろう』

 

 とりあえず、堀北を怒らせるだけ怒らせるか。

 隣人だが無理に仲良くなる必要はないし、多少苦手意識を持たれている関係性くらいが今回は良いのかもしれない。

 私の目標としては平田と堀北をツートップにして、その参謀役あたりのポジションを狙っているのだが、現在の堀北は矢面に立たせるには尖りすぎてるんだよな。

 まだ平田をトップに置いたほうが良い。

 でも、この勉強会を通じて、堀北にもクラスへの歩み寄りをしてもらう必要がある。

 だからとりあえず欠点を突きつけてメンタルを殴っておく。

 どうせ今夜あたりにでも堀北学と対面することになるんだろうし、その時に堀北も色々と思い知ることになるだろう。

 コンクリートに叩きつけられて再起不能になるのは困るから、それだけは阻止させてもらうが。

 ついでに堀北学ともまたツテを作っておきたいしな。

 ……私の選択肢の影響を受けて堀北学と対面しない可能性もあるが、そうなった場合は対面するよう演出しておく必要があるか。

 だがそれは今夜の様子を見てからでも遅くはない。

 ウエイターが運んでくれた軽食を黙々と食べつつ、何かを考え込んでいる様子の堀北を見る。

 堀北がクラスに関わることに積極的になった後も、私はしばらくノータッチで行くつもりだ。

 こき使われるのはオレの時で十分だ。

 今回は楽をさせてもらうぞ、堀北。

 少なくとも、そうだな、無人島試験までは。

 

 

 

 

 

 

 結論として言わせてもらうと、堀北学とのツテは作れた。

 例のシーンが今回も問題なく行われたからだ。

 私の選択肢の影響なのか、記憶の中にある堀北学の言動とはやや違う場面も見られたが、まあ許容範囲だな。

 堀北は兄との対話、とも呼べないようなやつだったが、一応それで得るものはあったようだ。

 須藤や池、山内らの勉強を見ると宣言した時は、平田が目を丸くしていた。

 だが平田がほっとしたように私に話しかけてきたので、さりげなく堀北と須藤たちの間に緩衝材が必要なんじゃないか、と囁いておく。

 偶然にも、そう、()()()()()なんだが近くに櫛田がいて、()()()()私たちの話を聞いていたことで、彼女が快く緩衝材役を引き受けてくれた。

 いやあ、さすが天使の櫛田さんだ、助かる。

 私はしばらくの間、例の場所にだけは近寄らないことを徹底した。

 

 それから時はあっという間に過ぎる。

 櫛田の協力もあってか堀北と須藤たちの勉強会は滞りなく進み、テスト範囲の変更に関しても顔の広い平田がそれに気づいて茶柱に確認を取ってくれた。

 この件に関しては今でも茶柱の怠慢だと思っているのだが、Aクラスに上がる云々の前に教師としての職務を全うしてもらいたい、と思うのは欲張りだろうか?

 だが、前のように私に絡んでこないのは喜ばしい。

 私が積極的にクラスメイトに関わっているからだと思うが……茶柱ほど厄介なトラップはないと確信できる。

 学年が上がるにつれてマシになりはしたがな。

 

「そこの女子生徒。ここで何をしている?」

「……迷子だ」

「何?」

 

 場所は特別棟。

 ちなみに本当に迷子なわけではない。

 ここは定期テスト後、須藤の暴力事件の舞台となるわけだが── 念の為トラップを仕掛けようか悩んでいたのだ。

 私がここで立ち止まっているのを不審に思ったのだろう。

 階段下から低い声がかかった。

 

「地図を見ながら進んでいたのだが、わからない日本語があったので飛ばしていたら迷ってしまった」

「……わからない日本語」

「帰国子女なんだ。日本語にはまだ不慣れでな。えーっと、つうこんの邪魔になっていたら申し訳ない」

「いや、こちらこそ急に声をかけて申し訳ない。それと、余計なことかもしれないが、つうこん、ではなく通行(つうこう)だと思う」

「……恥ずかしいな。教えてくれてありがとう。君は」

「神崎だ。Bクラスの神崎」

 

 もちろん誰かは知っていた。

 神崎とは1年の後半からやりとりすることが増えたからな。

 一之瀬の件でどんどん闇落ちしていくのを見るのはある意味辛かったが、まだクリーンな頃の神崎を見るとどこかほっとする。

 この男も3年間で凄まじい成長を遂げたものだ。

 当時は一之瀬の右腕程度の認識しかなかったのにな。

 

「神崎、くん。申し訳ないんだが、もう一つ教えてほしい。ここから寮に戻るには、どうしたら良いかわかるか?」

「それならここを出て真っ直ぐ……いや、よかったら寮まで一緒に戻ろうか」

「いいのか?」

「口で説明するだけではまた迷いそうだしな」

 

 失礼な。

 いや、わからない日本語を飛ばして地図を見ていた、などとのたまったやつ相手なら、これは正しい判断か。

 ご厚意に甘えて、寮まで一緒に戻ることにした。

 

『驚いた、神崎は英語も堪能なのか』

『教科書のような英語しか話せない』

『十分だ。とても心強く感じる』

『どういたしまして』

 

 さすが一之瀬クラスの生徒というべきか、それとも神崎の素の性格か。

 人助けが息をするようにできるところは好感を持てる。

 以前のオレだったらよほどのことがない限りスルーしていたかもしれない。

 道中は英語混じりで会話しながら、特別棟から寮まではそれほど離れていないためあっという間についた。

 

『え、いいのか?』

「ああ。俺でよければ、日本語の勉強に付き合うが」

「私は助かるが……神崎にはメリットがないんじゃないか?」

「いや、ある。英語の勉強になるからな。と言ってもクラスが違うから、そう頻繁には手伝えないが」

「1ヶ月に1回程度でも十分だ。正直、わからない漢字がいくつかあるのはとても不便でな」

「では、定期テスト後に、1回目をやるのはどうだろうか。今やるのは得策じゃないだろうし、Dクラスは勉強会を開いていると小耳に挟んだから」

「わかった」

 

 おそらく一之瀬経由の情報、もしくは、堀北たちが他クラスに絡まれているのを見たのかもしれない。

 他クラスからすればDクラスが勉強したところで、と思うかもしれないが、内心はどう思っているかにせよ、神崎がそれを口にしなかったことに地頭の良さが感じられる。

 寮の前までついて、別れ際、私は海外在住あるあるスキンシップを神崎にとった。

 つまりハグだ。

 最初は身体を硬くしていた神崎だったが、一瞬のフリーズの後に「帰国子女……」と呟いていたので納得はしてくれたのだろう。

 ハグ一つで帰国子女を演出できるので、なかなか便利な設定にしたな、と自画自賛した。

 

「それじゃあ神崎、また」

「あ、ああ。また……」

 

 ボディランゲージは有効なコミュニケーションの一つだと確信する。

 その証拠に、神崎は私に手を振りかえしてくれた。

 

 

「あーやーのーこーおーじー、さんっ!」

「見てたよ見てたよ〜!」

「そういうのに興味ないと思ってた〜! やるじゃん〜!」

 

 寮のエントランスに入った途端、数人の女子に囲まれる。

 軽井沢に佐藤、篠原に松下に小野寺。

 ニヤニヤとしている彼女たちに首を傾げると、とぼけちゃって、と笑われる。

 

「綾小路さん彼氏いるなら言ってよ〜! ひょっとして綾小路さんも平田くんが好きなんじゃないかってヤキモキしちゃった!」

「よかったね軽井沢さん!」

「もお〜、ほんとだよ!」

「待ってくれ。話が見えないんだが……」

「またまたあ。見てたよ、さっきの! 彼、Bクラスの神崎くんでしょ! イケメンで成績優秀でって有名なんだから!」

 

 どうやら神崎との関係を疑われているらしい。

 どうしてそうなったんだ、と思ったが多分ハグを目撃されていたのだろう。

 お前ら、私が帰国子女設定なのを忘れているのか?

 これはどうしたものか、と困っていたら、エレベーターからみーちゃんが降りてきた。

 

『どうしたんですか綾ちゃん』

『みーちゃん……ちょっと、よくわからないことを言われてて困ってる』

「よくわからないこと? ……えっと、何かあったんですか?」

「みーちゃん! みーちゃんもしかして知ってた? 綾小路さんに彼氏いること!」

「え、えぇっ!?」

 

 知るわけない。

 そもそも彼氏はいない。

 一人称も私にしたし、女性らしくを少しずつ心がけてはいるが、まだまだ男だったオレが抜けていないのだ。

 正直恋人を作ろうという気にはなれない。

 だがそんなことなど知らないクラスメイトたちはどんどん盛り上がる。

 

「どっちから告白したの!?」

「こ、告白?」

 

 どっちからでもない。

 まず付き合ってない。

 しかし私の困惑っぷりに何を思ったのか、みーちゃんが補足する。

 

「海外では告白の文化ってないんです。えっとね、綾ちゃん。日本では男女がお付き合いするときに告白っていう手順を踏むんだ」

 

 いやそれは知ってる。

 知ってるんだが、そうとも言えずますます困ったような顔しかできない。

 

『……もしかして綾ちゃん、誤解されてますか?』

『多分そうだ』

『ちなみに誤解されたきっかけ的なものって』

『思い当たるものはある。助けてもらった男子生徒に別れ際ハグをした』

 

 みーちゃんが察したような顔をした。

 欧米文化でハグは普通の挨拶だし、中華圏でも親しい間柄には遠慮がなくスキンシップもそれなりにすると聞く。

 ただ日本ではよっぽど親しくないと── それこそ恋人レベルでもないとしないものだからな。

 それはわかっていたし、見られていても帰国子女設定でなんだかんだスルーされると思ってたのだが。

 依然盛り上がったままのクラスメイトたちに弁解することもできず、私とみーちゃんは困った顔のまま寮室に戻ることになった。

 まあ、この盛り上がりも明日には冷めているだろう。

 それに噂が広がったとしても神崎が察して否定してくれるはずだ。

 だからそこまで気にしなくてもいいか、と思って私はそのまま寝た。

 

 まさかこの時の選択肢があんな結果に結びつくことになろうとは、この時の私は露ほども思っていなかった。





綾小路くんは軽井沢さんを通じて男目線での男女の恋愛を学習したかもしれないが、残念ながら女目線での恋愛は学習していない。
こりゃあ神崎くん相手に学習するしかねえよ(学習するとは言ってない)

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