綾小路清隆♀のどうにかしたい教室へ   作:ぱや

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この暑さでPCがダメになり(電源が入らなくなった) オンライン保存していなかった4話分の文章が消し飛んだことで萎えてました。今でも思い出すたびに泣きそうです。この傷が癒えるまで3年はかかるし、書き直ししてるの正直しんどいし、投稿文が短いので初投稿です。


Tis better to have loved and …
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 Tis better to have loved and lost than never to have loved at all.

 一度も愛したことがないよりは、愛して失ったほうが、どれほどよかったか。

 

 ── by アルフレッド・テニスン

 

 

 

 

 

 

 夏だ。

 私たち1年生にとっては初めての夏休みとなるが── もちろん、ただの夏休みではない。

 この豪華客船でいい思いができるのも数日だけ。

 全ては過酷なサバイバルのための羽休めにすぎない。

 勘の良い生徒ならば、この船から見える景色でなんとなく察している奴もいるだろう。

 A組の葛城や龍園なんかがそうだ。

 だが8割の生徒に関しては、これは単なるバカンスに過ぎなかった。

 

「綾小路さん」

「平田。……景色を眺めていたが、間違いない。どこかの島に着くぞ」

「そう、か……有人かな?」

「いや、おそらく無人島だろう。そこで1泊キャンプ、で終わるとは思えない。何らかの試験があると考えた方が良いかもな」

「うん。君が言うなら、その可能性は高いね。でも── みんなに伝えるのは、後回しかな?」

「……その方がいいだろうな」

 

 Dクラスの面々は浮かれきっている。

 この状態で何を言っても右から左へ流れていくだろう。

 それに、おいしい思いは今のうちにたくさんしてもらった方が精神的にもいいかもな。

 まあ、今回はそう無理をさせるつもりもない。

 未来の知識があるというのは本当に便利だな。

 スポットがどこにあるかも、食料がどこにあるかもこの頭の中にある。

 外村の言葉を借りるなら、これがチートってやつなんだろうか。

 

「あ、あの、あ、あや、綾小路さん……っ」

「それじゃあ僕はここで。またね、綾小路さん── 佐倉さんも」

「ああ、またな、平田」

 

 船内に戻っていく平田を見送ってすぐ、私は隣に視線を向けた。

 髪を二つ結びにしたメガネ姿の女子生徒。

 かつてオレが切り捨てた感情の塊が、私を伺うように見ていた。

 

「どうだった? 佐倉」

「う、うん……櫛田さんは、いつも通り、だったよ。いろんな人とおしゃべりして、いろんなところに、遊びに行ったりしてて……」

「いつも通り、か。それ以外にはおかしいところはなかったんだな?」

「……うん、なかった、です」

「そうか。ありがとう、佐倉。それからごめんな、変なこと頼んで」

 

 そう言うと、佐倉は勢いよく顔を上げて左右に振った。

 その度に揺れる二つ結びの髪が、どこか懐かしさを誘う。

 思えば前回の佐倉を最後に見てから2年近くが経つのか。

 道理で懐かしく思うわけだ。

 姿だけでなく、声までもが私をオレに戻していく。

 

 どうしてか、果たせなかった約束だけが、色褪せて聞こえた。

 

 

 

 ─ 1 ─

 

 

 

 無人島特別試験まで残り数日となった船内。

 私は佐倉を引き連れる形でラウンジを目指していた。

 辺りを警戒しながらもついてくる佐倉。

 彼女と知り合うきっかけ── 知り合う、と言うよりは仲良くなったきっかけと言うべきか。

 それは須藤の暴力事件が発生するよりも前。

 定期テストのための勉強会にまで遡る。

 

 平田をリーダーに盛り立てながら、その参謀役として勉強会を牽引した私は、講師役としても何人かのクラスメイトと接触する機会があった。

 私がそもそも口下手という設定(いや、正しく口下手なのだが)になっていることもあり、そう多くの生徒を担当したわけじゃない。

 担当したのは勉強が苦手な生徒の中でも、比較的学力が高めの生徒だった。

 例えば明人や波瑠加……いや、三宅と長谷部のように、苦手科目は偏っているがそれ以外は平均かやや上で、かつ、どちらかと言えば1人を好む生徒などだ。

 初回の勉強会は半分強制的なものだったが、目的は勉強の課題点の洗い出しと適切な勉強方法の提案。

 それより後は自由参加ということにしていた。

 だが強制しないスタイルが良かったのか、三宅も長谷部も勉強会には割と積極的だった印象だ。

 パーソナルスペースさえ侵犯しなければ聞き分けの良い生徒ばかりだったので、クラス全体を見ていた平田に比べればかなり楽だった。

 後半になると模擬テストの答え合わせしかやることがなく、暇を持てあます始末だ。

 せっかくなので空いた時間で何かをしようと思い、目をつけたのが佐倉だった。

 

「勉強会に不参加の生徒?」

「うん……1回目にはきてくれたんだよ。それで、櫛田さんがヒアリングを担当してくれてたんだけど、2回目からは来なくってね」

 

 恒例となった放課後の打ち合わせで、そうポツリと漏らしたのは平田だった。

 

 なぜ佐倉が2回目に来なかったのか。

 理由は分かりきっている。

 櫛田が怖かったからだ。

 

 前回もそうだったが、佐倉は櫛田のことが怖いらしい。

 別に櫛田のアレな場面を目撃してしまったわけでもない。

 ただ漠然と、櫛田桔梗という人間を恐れていた。

 どんなに親切であろうと、朗らかであろうと、明るかろうと優しかろうと。

 本能的に相入れないことを察知していたのかもしれない。

 

「佐倉は人付き合いが苦手なようだからな……パーソナルスペースの狭い櫛田じゃ、かえってプレッシャーになったのかもしれない」

「そうだね。もっとゆっくり、距離を詰める方が良かったのかもしれない。……実は佐倉さんに櫛田さんを割り当てたのは僕なんだ。櫛田さんは誰とでもすぐ仲良くなれるタイプだから、と楽観視していたよ。一番大事なのは佐倉さんの気持ちの方だったのに」

 

 そう言って平田が拳を握る。

 確かに佐倉の気持ちをもっと考えて人選するべきだったのかもしれない。

 しかしこればっかりは仕方ないものだ。

 誰だってぱっと見では櫛田ならなんとかなりそうだと思うものだからな。

 平田のミスではない。

 ミスがあるのだとしたら、平田が櫛田の本質を見誤ってることだが……これは櫛田の方が巧妙だから今は仕方ない。

 しかしいくら仕方ないこととはいえ、今後も相性のミスマッチが起きるたびに平田が落ち込むのでは、かなり非効率だ。

 これから徐々に、平田にも櫛田の本質を気づかせていく方向にシフトしていこう。

 

 それより今は平田のことだ。

 このことを引きずったままでいるのは困る。

 

「自分を責めるなよ、平田。人選ミスは誰にだってある。誰とでも仲良くなれる聖人はそうそういないんだ。それに……例えミスが起きたってカバーすれば良いし、それを平田が1人でやる必要はない」

「綾小路さん……」

「私がいる。2人で考えていこう」

 

 固く握られた平田の拳に手を重ねると、その手が小さく震えていることに気づいた。

 

「……ありがとう、綾小路さん」

 

 きっと今、平田の中ではいろんな感情が渦巻いているのだろう。

 今まで取りこぼしてきたものを振り返りながら、孤独の中で拳を振るってきた過去が見えているのかもしれない。

 平田洋介という男は、優しく、甘く、優柔不断で繊細な性格をしているように見える。

 クラスを平穏に保ちたい、でも誰も失いたくないという、甘ったれていて矛盾していて複雑で。

 でもその実はもっとシンプルだ。

 

 ただ平穏に暮らしたい日和見。

 

 かつては事なかれ主義のように多数に流され生きていたという平田。

 一度は暴君になった平田は、でも、その根本の部分をまだ変えられずにいる。

 大多数の意見に流されるのは今も同じだ。

 違うことがあるとすれば、昔は民意に従うしかなかった平田が今、その民意を先導する立場に立ったということ。

 今までのように、誰かが決めた、みんなで決めたレールをぼんやりと歩くだけの生活はもう送れない。

 平田はこのDクラスのリーダーになり、あらゆる決断を一手に担うことになった。

 もちろん覚悟の一欠片もなく名乗りを挙げたわけではないだろうが、でもそれは、とてつもなく孤独な立場に立つということだ。

 ひどいプレッシャーもあるだろう。

 成功すれば【さすが平田くん】と持ち上げられ、成功することが前提となっていく。

 でも一度でもミスをすれば跡形もなく崩れる可能性もある。

 

 怖いだろう。

 恐ろしいだろう。

 それ以上に寂しいだろう。

 

 だが私がいる。

 そう、これからは私がいる。

 重要な決断の節々に私がその手を握る。

 平田、だからお前は立ち止まってはいけない。

 お前の今後の成長が、Aクラスに上がる大事なキーになっていくのだから。

 

「平田、ひとまず佐倉の一件は私に担当させてほしい」

「でも綾小路さん、もう3人くらい担当してるよね? これ以上増やすのは……」

「大丈夫だ。他の3人が優秀なお陰でここ最近は丸付けしかしていないし、それに……大切な友達の役に立ちたいと思う」

 

 堀北を成長させるのによく使った手は、問題点を本人に洗い出しさせ、作戦を立てさせ、実行させる、ということ。

 つまり堀北の主体性を育みながら、洞察力や対応力を高めていくよう見守っていたわけだが、平田に同じようなことをやらせるわけにはいかない。

 そもそも堀北と平田とでは伸ばすべき資質が違うのだから、当然、成長の方向性は変えていくべきだ。

 ではどうするのか。

 まず大事なのは、平田に何もかも話せるような相手を作ることだ。

 この場合はもちろん、私のこと。

 

「……さあ平田、戻ろう。みんなが待っている」

「うん……うん、そうだね」

 

 顔を上げた平田は、晴れやかな顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 平田と別れてすぐ、私は佐倉の部屋に向かった。

 やることはそう難しくはない。

 まずは扉越しに話をして、無理に勉強会に連れ出したいわけじゃないこと、それでも勉強の進捗を気にしていることを伝える。

 櫛田のことにはあまり触れず、ただ人混みが苦手なら別の方法で勉強することも可能だと伝え、扉の前に連絡先を書いた紙を置いた。

 連絡が来るかは五分五分だったが、決して学力が高いわけではない佐倉は、退学のボーダーラインにかなり近い位置にいる。

 退学を回避するには勉強するしかなく、しかし自習するにも限界がある。

 精神的に勉強会へ参加するのも難しい現状、佐倉は打開策が見つからず焦っているはずだ。

 そんな佐倉に採れる選択肢は三つ。

 櫛田もいる勉強会に参加するか、このまま退学へと突き進むか、それとも私の手を取るか。

 

 かくして夜、私のスマートフォンは軽快な通知音と共に、一件のメッセージを表示した。

 

 

 

「……あの、綾小路さん」

「どうした? わからないところでもあったか?」

「あっ、いいえっ! そうじゃなくて……その……」

 

 佐倉の勉強を見るようになってから数日が経った。

 基本的にはオンライン── チャットツールのビデオ通話を使ったマンツーマン形式での勉強会だったが、定期テストまであと二日となったため、こうして対面で教えるようになった。

 前もそうだったが、佐倉は要領の良い生徒とは言えない。

 だが勉強方法を工夫さえすれば、佐倉だってある程度まで学力を伸ばせるものだ。

 ミニテストを重ね、点数が上がっているように見せることでモチベーションも高めている。

 この調子ならば赤点を取ることはないだろう、というところまで習熟スピードが上がっているのを確認して、私はティーカップを置いた。

 現在佐倉と共にいるのはカフェテリアだ。

 騒がしいところが苦手な佐倉には少々厳しい環境だが、図書館が完全に埋まってしまった今、他に行くところもない。

 それに図書館には堀北たちがいるからな。

 堀北のいるところに櫛田あり、なので、櫛田に遭遇するよりはマシだと思ってもらおう。

 

 私は佐倉が解き終えたミニテストを確認しながら、モジモジと指先を遊ばせる佐倉に視線を向けた。

 

「何か悩み事があるなら聞くぞ」

「えっと、えっと、そのぉ……」

 

 視線を彷徨わせている佐倉。

 私に伝えたいことがなんなのか、その悩み事がなんなのか、私は知っている。

 これまで私がしてきた選択によって、その未来も多少は変わるかと思ったが変わらなかったらしい。

 つまりどういうことかというと、佐倉は今回もストーカー被害に遭っているということだ。

 前と違うのは、佐倉が相談してくるタイミングくらいだろうか。

 

「そうか……気づかずすまない」

「そんな……っ! 綾小路さんは悪くありません! そ、それに、もしかしたら私の勘違い、かもしれない、ですし……直接の被害は、ないから……」

「でもしんどい思いはしてるんだろ? なら、どうにか解決するべきだ。佐倉が辛い目にあっているのは、友達として見過ごせない」

 

 友達、というキーワードで佐倉が顔を上げた。

 その表情は驚きで染まり、唇は友達の四文字を形作る。

 やがて瞳はキラキラと輝き、私を見つめていた。

 

「ともだち……?」

「ああ。私はそうだと思っているが……迷惑だったか?」

 

 ぶんぶん、と佐倉が勢いよく首を横に振った。

 

「すごく嬉しい……っ! ともだち……友達……!」

 

 前も似たような表情を浮かべていたことがあった。

 あれは綾小路グループを結成した時だったか。

 長谷部に下の名前で呼ばれた時に浮かべた、心底嬉しいという気持ちが溢れ出したような、そんな顔だった。

 

「やっぱり、綾小路さんは優しい……最初は目が……」

「目が?」

「あっ! ……いえ! えっと……目が……変な目を、していなかったので……すごく平坦で、みんな同じように見てる、比較しない目を、していたから……」

 

 みんな同じように見てる。

 

 それはそうだ。

 私にとってはみんな同じだ。

 正確には、同じだった、だろうか。

 自分以外のものは他人でしかない。

 平田も、堀北も、佐倉だって。

 結局は、私ではない。

 スクリーンを隔てた向こう側の──。

 

「綾小路さん……?」

「── いや、そうか。私にとっては、クラスみんな同じ……()()()()()()()()()だからな。そういうのが伝わったんだとしたら、嬉しい」

 

 そうとも、大切だ。

 とてもとても、大切な、駒。

 

「……そっか。綾小路さんとなら……あのね、綾小路さん」

 

 佐倉が鞄からカメラを取り出す。

 前回は須藤の暴力事件が発生した後に壊れたカメラ。

 そこには例の場所で撮られた写真が収まるはずだが── これが選択肢の余波だとでもいうのだろうか。

 

「これ、この前、櫛田さんとヒアリングした後に、壊れちゃって……」

「そうだったのか。まだ修理されていないってことは、ポイントが足りなかったのか?」

「ううん! その……修理に出す、ところが……」

「……かもしれない、のか?」

 

 佐倉が頷く。

 ストーカーしてきてる相手は前と同じようだ。

 あんなあからさまに危ない男、事前にストーカーの相談をもらっていなくても警戒する。

 例えストーカーしてきてる犯人じゃなかったとしても挙動不審だったからな。

 

「テスト終わった後に、修理に出したくて……」

「わかった。一緒に行こう」

「あっ、ありがとうございます……!」

「でも、その前に職員室に行こう」

「え?」

 

 このストーカー事件、そもそも学校側のセキュリティ対策や、職員選抜が正常であれば発生しなかったはずだ、と思っている。

 ここは全寮制の学校。

 生徒は学外に出ることができず、そのため充実した設備があるわけだが……それ以前に身の安全が保障されないなんて馬鹿げている。

 前回は事が起きてから学校側に通報する事態になってしまったが、もしオレや一之瀬が間に合わなかったらどうなっていたか。

 私はティーカップに残っていた最後の一口を飲み干してから、佐倉と共に今後の対策を立てることにした。

 

 

 

 佐倉が私に懐いたのは、この一連の流れがあったからだろう。

 退学に怯えて切羽詰まっていた頃に現れ、友達にもなり、ずっと抱えていたストーカー問題もどうにかできた。

 そんな私を、佐倉はとても特別な存在であるかのように仰ぎ見ている。

 今は共に同性なので、前のように恋慕うようなものではないにせよ、佐倉の中で私という人間はかなりの割合を占めているはずだ。

 分かりきった事だが、佐倉には平田のようなリーダーシップがあるわけでもなく、堀北のように可能性があるわけでもなく、軽井沢のようにコミュニケーション能力が高いわけでもない。

 総合力は平均以下でしかないだろう。

 けど、そんな佐倉の存在が……正しくは佐倉の妄信が、いつか役に立つ日がくるかもしれない。

 

 そう、いつか── きっと。





書き直しが辛すぎて龍園さんにはもうしばらく綾小路さんとのスキンシップを我慢してもらうことにしました。
龍園さんは恨むならこの暑さを恨んでください。

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