爪の甘い悪のカリスマ──にやたら甘い助手──と昼行灯ロボット転生者。 作:ダイコンハム・レンコーン
開けど開けど中身の見えない箱がある。
誰かは早々に諦め、誰かは中身を見るまで開け続けようとするだろう。
諦めるのも、最初の数回で見切りをつける者も居れば、何十何百とやった後で心折れる者。
開けるにしても、その時出来る限り開け続ける者や、1日決まった数開ける者も居る。中には他人に丸投げする者も居るだろう、対価を差し出したり、強制したりと。
ただ、こうして見れば諦める者よりも、諦めない。否、諦められない者の方が多く見える。
これは、努力でも何でもない、唯の好奇心だ。
ヒトは知恵を持つ。しかし知恵をただ持っているだけではない。ヒトは知恵を求める。
知恵と好奇は深く結びつき、時にヒトを何よりも動かす原動力となる。
──この中には、一体何が入っているのだろう。
その答えがどれほどつまらないものであっても。それが謎であるのなら、ヒトにはどれほど魅力的に見えるだろうか。
それはきっと、どんな金銀財宝よりも輝いて見えるのだろう。
『──行けっ!』
槍投げの如く、引いた右腕を前に押し出す。ロボットから投げ出された蛇腹剣は、大きく開いて空を泳ぐ。真っ直ぐ伸びて伸びて、ブレイクの背後に立つ脅威を貫き。塵へと変えた。
「グリム……?」
右頬を撫でる黒い塵の風に、ブレイクはようやく合点がいった。しかし新たな疑問が湧く。
「今のはどう言う意味?」
『あっと……そいつはどうも目を合わせた相手のオーラってのに干渉して、動きを止めちまうんだ。そこらのヤカラよりタチが悪いだろう?』
ニオもその被害に遭ったと言う事を伝えるべきか、ロボットは僅かに逡巡したが、ローマンがどう動くつもりか分からない以上、下手に状況を動かすべきではないと判断し口を閉じた。
「つまり……厄介極まりないって事ね」
『ま、そう言う訳だな』
言葉を返すブレイク、どこか気怠げな黄色の瞳と視線は気まぐれな猫のよう。ロボットは顎を擽りたくなったが、明らかに耳以外は少女の相手に許されざる行為を仕出かす程の浅慮は持ち合わせていなかった。
「で、貴方は何がしたいの?」
『……そう言えばそうだな! ははっ、武器を取ってから後の事は考えてなかった』
ロボットは手をポンと叩いてそう言う。おとぼけですらない、本気でそう言っているのだとブレイクが察した瞬間、彼女の視線の熱は零下を下回った。
「分かったわ、貴方は馬鹿なのね?」
『気付くのが遅いじゃないの』
──両手でサムズアップ。
「ふっ!」
ブレイクはしめやかにロボットのケツに蹴りを入れた。
『痛っ……くないが、お嬢ちゃんの脚に悪いからやめときな?』
「誰のせいだと思ってるのよ……」
しゃがみ込むブレイクは弁慶の泣き所を押さえていた。痛みはオーラが軽減するが、それでも衝撃とは中々なもので、ロボットへの文句も自然と出るものである。
「そもそもそんなグリムが居たら私と貴方で協力して倒す方法だってあったわ。ヤンはともかくとして……私はそれ位の清濁は併せ呑めると思ってる」
『……いや、喋ったら正体がバレると思ってな』
ロボットは絶えず視線を泳がせ、そう言った。ブレイクのにらみつける、が酷く恐ろしいらしい。
「結局喋ってるわよね?」
『つい、この武器の名前を思い付いて……』
「そんな理由で!? ……はぁ、何なの、一体」
どんどんとブレイクのため息が深くなる。心なしか、三角耳もしょぼくれている気がロボットにはした。その原因が考える事ではないだろうに。
──その時だった、木々の残骸が折り重なる向こう側で更なる破壊音が轟いたのは。
「ヤン!」
『ローマン、無事か!』
2人はもう1つの戦いのことを思い出し、早急に向かった。ブレイクは折れた刀身を鉈の様な鞘にしまい、拳銃部を構えて、ロボットは、蛇腹剣を盾にする様に構えて進む。
たどり着いた音の発生地、そこには──
「──12時の方角だ、ライオン娘!」
「誰がライオン娘だって!? 後で噛み付いてやるから!」
男の掛け声に合わせ、目を瞑った少女は12時の方角へ拳を振り抜く。するとその先に居た新種のグリムは、炸裂弾に撃ち抜かれ塵と化した。
「はっ! 良いんだぞ目を開けられないお前を放置して逃げてやっても!」
「そりゃこっちのセリフ! お仲間の女の子を抱えて逃げられるならどうぞご勝手に!」
2人は、絶えず言い争いながらも、周囲から山の如く現れるグリムを炸裂弾と格闘戦によって捌いていく。魘されるニオを中心に、退く事もなく。
「これだからガキは嫌いなんだ!」
「アンタの方がもっとガキっぽいんだけど!」
言い争う2人の上から、また新たなグリムが飛び掛かる。
「させないわ」
──が、そのグリムの更に上から、
『……あれ? あの子3つ子だったのか』
「な訳ないだろう、ふざけた事を抜かす暇があったら手を貸せ!」
『サー! マスターローマンの救援に参りますっと!』
それを眺めながら、ローマンの前にふらりとやって来たのはロボットだ。呆れつつもブレイク相手に無傷で帰って来たロボットを見て、ローマンは内心で彼への評価を上げた。
「ブレイク? 無事だったの!?」
「なんとかね。それより、あのグリムの事は聞いた?」
「目を合わせたら〜ってやつ? 聞いたけど……やっぱりまだ信じられない。ローマンの奴が焦りに焦ってたから一応目を合わせない様にしてるけど……」
「多分出まかせじゃない。あの騎士も同じ事を言ってた」
そうブレイクから伝えられたヤンの顔は険しくなっていく。近接戦を主体とするヤンには視界を縛られると言うのは非常に厳しい縛りだ。
対してブレイクには落ち着きの様子すらあった。武器も半壊している状態でも尚そうしているのは、彼女自身が持つ力にある。
──センブランス。それはオーラを力の源とする固有の異能力。
だが、その力が生み出す光景は正に、魔法と呼ぶに相応しいものだ。
「死角から襲えば……」
次の瞬間、ヤンの隣からブレイクが消えた。
代わりにここへ近づいて来るグリムの背後から、次々と数を増やして現れたブレイクが組み付き、首を圧し折りグリムを討伐する。炸裂弾1発にやられるだけあり、かなり脆い様だ。本人もまた、鞘と銃を使い、死角をついてグリムを始末している。
『なるほど、分身……』
「あの分身にはあまり近寄るなよ。あれはダストを仕込めば歩く爆弾にもなる」
ロボットは、先の戦いが幾つもの幸運に助けられた事を悟る。
素手であったが故に油断を誘った事。
実力と動きを見切られる前に新武装による奇襲が成功した事。
つい喋ってしまった事。
どれか1つでも無ければスクラップだったかもしれないと気付いた瞬間、ロボットは得体の知れない悪寒に襲われた。
『綺麗な花には棘だらけ、か』
「……アレを綺麗と宣うとは、相当に奇特な趣味だな」
ロボットとローマンは共闘と言うよりも、それぞれ独立した動きでグリムを排除して行く。しかし2人の中心には常にニオを置き、どこからグリムが現れてもフォロー出来る体制を取る。
(ローマンは一匹狼って感じだったが、まさかあの
ロボットは空気が読めるつもりである。だから口にはしない、口にすればローマンが激昂する様が目に浮かぶからだ。
そんな事を考えながらも、武器を扱うロボットの動きは少しずつ洗練されていた。
『多少は良いトコ見せないとな!』
グリムの群れにスラスターを合わせた大ジャンプで飛び込んだロボット。
彼は着地と同時に蛇腹剣を地面に突き立てながら展開。シャラララ、金属の擦れる音が黒の中を駆け抜ける。迫るグリムの手はスラスターで猛進するロボットを妨げる事は敵わない。
蛇腹剣はワイヤの長さが許す限り前へ前へと突き進むロボットに合わせて伸びていく──
『っとぉ!』
──グリムの群れを抜け出した瞬間、地面に突き刺さったままの蛇腹剣が伸び切った。
ぐい、と引っ張られる右腕も気にせず、ロボットは次の段階へ動き出す。
今、ロボットはスラスターを一層蒸して突き刺さる剣先を軸に旋回を始める。まるでミキサーの底の様に、ロボットと剣先の間にある物はグリムであろうと何の罪もない木々も関係なしに切り刻まれていく。
『おぉぉぉおおおぉぉぉおお!』
グリムをひとしきり薙ぎ払うと、ロボットは蛇腹剣を縮めてまたグリムを狩るために走り出す。ロボット故、目は回さない事は分かり切っていたが、ローマンは少し驚いていた。ロボットが人間臭すぎたのだ。
彼の頭には初めから情報があったが、それを魂が引き出すのには時間が掛かってしまう。彼は生粋のスロースターターだった。今、漸くエンジンが掛かろうとしていたのだ。
(このままじゃジリ貧だな。……かと言って安全な場所に出てもガキ共らが見逃すとは思えない)
そんな破壊的な光景を他所にローマンは考える。
(ローマンのヤツ、多分逃げようとしてる……けど今どうこうする余裕は無い、かな)
同じく、ヤンも。
ただどちらにも余裕は無く、優位性も無い。
片方には気絶した仲間が居て、片方には武器を失った仲間が居る。
『ルォーマン!』
「ヤン」
しかし幸運だったのは、1人ではなかった事だ。
『今の俺なら、スラスターの推力を最大まで引き上げても安定して動ける。さぁヘイボーイ! ひとっ走りどうだい?』
「ヤン、今から私が大量の囮をばら撒く。その隙にアレに乗って一度逃げましょう」
ロボットは己の背中を指差し、ブレイクはヤンが乗ってきた愛用のバイク、バンブルビーに目を向けた。
さして時間は掛からない。2人は即断する。
「みっともない格好だが、背に腹は変えられないな!」
『よし来た、さぁ、お嬢ちゃんはアンタが背負ってくれよ!』
蛇腹剣で周囲のグリムを払いながら、ニオを背負ったローマンをロボットが背負う。ギシリ、機体が音を立てるが、問題は無いとロボットは判断した。
茶、ピンク、オレンジ、銀、3段アイスも驚きのカラフルな頭が並ぶトーテムポールもどきは、スラスターを蒸し、全速力で林道を駆け抜ける。
──その僅か後、ヤン達も脱出の策を打つ。
「3、2、1……今よ、ヤン!」
ブレイクの身体を蹴ってブレイクが四方八方へと飛んでいく。普通の人が見るには刺激的な光景だが、ヤンにとっては慣れたもの。飛び交うブレイクに気を惹かれ、グリムの黒壁は見る見るうちに道を開く。
「オーケィ! 派手に行こうか!」
目を開けたヤンはローマンとのやり取りで溜まりに溜まったフラストレーションを爆発させる。その目の色は嚇怒の赤に染まっていた。
「そらそらそらそらッ!」
両腕のエンバーセリカの弾倉を空にする勢いで炸裂弾を乱れ撃つ。饒舌に吹き上がる火によって木々は燃え、黒煙と炎が巻き上がる。炸裂弾に慄くグリム達はもはや、ヤン達と目を合わせる事も出来ない。
そうして生まれた炎の道は、2人をバンブルビーへと導いている。
「よし、エンジン入った! ブレイク!」
「ええ!」
一直線でバンブルビーに跨ったヤンはエンジンに火を入れ、グルリとタイヤを滑らせ白煙を蒔きながら1回転すると、煌々と焼け付く林を後にする。
こうして彼女達は、脅威から逃げ切った──
「『港町に謎の火災、犯人はグリムか』……ヤン・シャオロン、ブレイク・ベラドンナ。この港町は、貴女達が外出許可証に記載していた場所である事に間違いはありませんね?」
──しかし、もうひとつの脅威からは逃げ切れなかった。
凛とした雰囲気を漂わせる眼鏡を掛けた金髪の女性。彼女はハンター育成学園、ビーコン・アカデミーの教師が1人、グリンダ・グッドウィッチと言う。
今、彼女はヤンと愉快な仲間たちが暮らす寮室の中で仁王立ちしていた。
何も知らなければ、美しい大人の女性と、きっと彼女を見る者の多くはそう感じるだろう。
しかし彼女の目の前に肩を落として立つ金髪の少女ともはや諦めの境地にある黒髪の少女はそうは思っていない。彼女の背中から揺らぎ立つ静かな怒気が見えるからだ。
さながら尋問官、その手に持つ教鞭がよりそのイメージを際立たせる。名前こそ『良い魔女』だが、彼女の振る舞いはどう見ても取り調べにおける『悪い刑事』のそれである。問題は、『良い刑事』が一向に現れない事だが……
「え? いやぁ、もしかしたら隣町の港と間違えちゃったかも……」
頭を掻き、視線は宇宙へ向けて、ヤンはこう言う。口に出さずとも胡乱な事を言っているのが丸わかりだ。
「隣町に港はありませんわよ、ヤン」
「ワイス?! なんて事言うの!」
「いい加減腹を括ってみてはいかがかしら、部屋の中でこれ以上みっともない所を見せないでいただいて……っ」
「あ、笑った! 今笑ったでしょ!」
口元を隠し、諦めを促す銀のポニーテールの少女の名は、ワイス・シュニー。ある大企業を家に持つ。やや高慢な所もあるがそれは積み上げた努力の裏返し、チームRWBYの戦闘面での何でも屋でもある。
更に、もう1人この空間には少女が居た。同室どころか学園最年少の少女だ。
「お姉ちゃん、1つアドバイス」
「ルビー、ああ我が最愛の妹よ!」
ルビー・ローズ。
ヤン・シャオロンの妹であり、飛び級により周りより2歳も下回る15歳でビーコン・アカデミーに入学を決めた才気溢れる少女……ではあるものの、やや人見知りの気と時折強く出てしまう武器マニアの
しかし、姉のヤンに対する愛情は相応に深いものがある。きっと彼女ならば、とヤンも助けを求める──
「アタシを助けて──」
「……諦めも、大事」
「ルビーッ!」
──間もなく、上目遣いで突き放された。
これは以前、ルビーがローマンの悪事に偶然居合わせた時、逃げるローマンを追おうとした彼女が助けに来たグリンダに、危ない事をした自覚はあるのか、とこっぴどく絞られた経験から来るものだ。
彼女がビーコン・アカデミーに入るきっかけともなった事件であり、見方を変えれば良い思い出と言えなくもないが、ルビーはもう2度と味わいたくないと感じている。故に、ヤンにはああ言うのだ。
ワイスはただ素直に教導者の正しい指摘は受け入れるべきと言う規範的な意識があったからだが。
「見てみなさい、ブレイクの全て受け入れようとする姿勢を」
「いや、絶対アレ何も考えてなくない? たぶん頭の中お魚天国だって」
「まあ失礼な」
確かにブレイクは、昨日食べた魚の味を回顧していた。内心ぎくりとしていたが、考えはふわふわと雲の様に纏まりがない。
ふっくらとした白身魚。鮮烈な旨味のマグロ。フライ、ソテー、カルパッチョ……。
(……そして)
ただ、それと同時にあの夕暮れ時の戦いも思い返していた。
(あの少女がローマンの仲間だったのはヤンから聞けた。発現したオーラを持つ相手を目を合わせるだけで行動不能になるなんて、ヤンの話とあの少女がなかったら今でも信じられなかったでしょうね)
ヤンは戦闘スタイルや普段の言動から豪胆な性格に思われがちだが、実際の所かなり繊細であり、内気な妹を持つ姉としての経験からか察しもいい。
ローマンがグリムと戦う中、やたらと倒れている少女を気にかけて立ち回っていたのに気付くのも難しい事ではなかった。単純な人質ならば、ローマンの様な小悪党が無理をして守る事はない、と言う考えも加味されたものだが。
(あの騎士は結局、悪党さんなのかしら)
あの場にいたヤンに聞いてみても「人は見かけによらない」と返されたブレイクは、喉奥に魚の骨が引っかかる様な思いでいた。この世に一面だけで見れるものなど絵くらいな物で、実際に裏を返せばあの騎士が残忍な犯罪者である可能性もある。
それでも彼女は、あの砕けた態度の騎士が悪人でない事を願いたかった。彼女は誰よりも平和を求めていたからだ。
(彼が道を踏み外していないのなら、きっとまだ戻れる筈)
──ホワイト・ファング。かつては社会との調和を求めたが、今は力による反抗を繰り返すテロ組織と成り果てた彼女の居場所。意志を違え抜け出したとは言え、そこに居た自身を受け入れてくれたヤンやルビー、ワイス達の様に、顧みれば受け入れてくれる場所は必ずあると彼女が何よりも知っている。
「グリンダ先生、お話があります」
その平和へ向かう一助として、彼女達が提供した情報は、後のビーコン・アカデミーの運命を大きく変える事となる。
新種のグリム。
ローマン・トーチウィックの怪しい動き。
そして、彼の仲間たちの存在。
──彼女達の運命は。否、星の命運は大きなうねりの前にある。
おまけ、〜たそがれニオ〜
「……」
『あ〜その、お嬢ちゃん。目を覚ましてからずっとご機嫌斜めだしドッキリのネタバラシ以外じゃ見かけない看板持ってるし、その、変じゃないか?』
『変なのはあなた』
『おおっと、こりゃ痛いところだな。確かに俺は自分でも変なヤツだ。……だからか? 俺の作ったご飯食べないのは。ローマンも食べてくれなかったから丁度ここに出入りしてた赤ドレスの女に食べてもらったんだが、ただのテリヤキチキンバーガーだし、悪くないって言ってもらえたから味付けは良い線いってる筈だぞ?』
『あの人は他人から出された物は簡単に飲み食いしない』
『……ああ、こう言う世の中だとそう言う事もある訳か。なら次は服でも仕立ててみるか。こう見えても家庭科は評価10だったからな!』
『評価10?』
『おっと、こっちじゃAプラスって所かね。最高評価って奴だ。一応の家事はこなせる』
『他には?』
『炊事と裁縫はさっき言ったが、洗濯や菓子作りも出来るな』
『なら教えて』
『ん? ああ、良いぞ。何から教わりたい?』
『高い帽子のクリーニング』
『──ごめん、それは無理』