ブリッジは、原型を留めていた。外部を見遣るためのスクリーンは破壊されて、吹きさらしの状態ではあったが、鉄板が張り付けられて大まか塞がれていた。各種操縦装置が並んでいる中に、携帯コンロと寝袋の拠点と言うには貧相すぎる場所が確保されている。
二人はコンロ前に胡坐をかいた。
「アレックスはどうしてこの惑星にいるのか教えてもらえるか?」
「俺ァ考古学者をやっていてね」
「ああ」
考古学者と聞いてグレーテは消沈した。
宇宙考古学という部門がある。かつてはオカルトに過ぎなかった一分野であるが、
これが例えば軍人や傭兵であれば交渉次第で役に立てられるかもしれないが、考古学者では役に立てられるかはわからなかった。
つまり、この惑星から生きて帰る、それが現在の目標なのだ。
「どうやらこの星は地球人類の成立に大きく関わっている可能性があるんだ」
「ふーむ………」
興味がないと言えば嘘になるが、現在欲しい情報ではなかった。
アレックスがコンロでスープを再加熱し始める。ややあって、湯気を上げ始めたそれを器によそっていく。
「とりあえず飯にするか」
「ありがたく頂くとしよう」
グレーテは器によそわれたスープを飲んでみた。チキンスープのような味わい。穀物が入っている。粥のようなものだった。実際にチキンが使われているかは別として、チキンの味がするスープである。このような環境で生肉が入手できるとは思えず、粉末状に粉砕された食品をお湯に溶いただけであろう。
けれど、舌がびっくりするぐらいおいしく感じられた。まるで初めてものを食べたような、あるいは事実上初めての食事だったのだろう。一気に飲み干してしまった。
「おかわりを頂ければ」
「そんなにうまいか?」
「ああ」
「よかった。まずいなんて言われたらどうしようかと」
二杯目を飲み始める。やはりおいしい。
自身もズズズとスープを飲みつつ、アレックスが愚痴る。
「それで、この星に調査にきたはいいものの、それらしい痕跡を見つけたあたりで行き詰っていたのさ。そしたらあんたが空から落っこちて来て、俺の荷物ごと吹っ飛ばしてくれたってわけだ」
アレックスは輸送船の直撃を免れたが、あとから降ってきた輸送船のデブリに調査結果をまとめていた拠点を丸ごと吹き飛ばされていた。かろうじて最低限の荷物を持ち出すことができただけで、あとはクレーターになっている。
「不可抗力だ。と言いたいところだが阻止できなかったことは私の落ち度だ。なんでも言って欲しい。協力はさせてもらう」
グレーテは頭を下げた。輸送船を撃破されたのは自分の過失である。ならば謝ってしかるべきであろうと。
「なんでもなんて、言うもんじゃないぜ。そんな顔してさ」
「? 他に払えるものもないからな。なんでもいいたまえ」
なんでもと言われてぴくりとアレックスが身じろぎをしたが、対するグレーテは小首をかしげるばかりだ。
「じゃあ例えば体を好きにさせろって言っても従ってくれんのか?」
「それは」
ここまで来てやっと自分が口にした言葉の意味合いが、女性体であると意味合いが少し異なってくることを認識する。
急激に心臓が高鳴り、全身が熱く滾り始める。咄嗟に胸元を押さえ込む。
「………? …………??」
熱すぎる。大したことを言われていないはずというのに急激に体温が上昇していくのがわかる。
電脳のステータス表示やらが変動し、メッセージ通知が流れる。
『性行為 実行中』
『―――パッケージ実行』
強制停止! 強制停止! 強制停止!
理性をもって命じる。こんなところで処女散らすわけにはいかないのだ。勝手に動こうとする肢体を理性という強靭な万力で縫い留めて、相手に手を伸ばしたくなるのをごり押しで食い止める。結果後ろにぱたんと倒れ込むことになった。
「冗談に決まって……おい、大丈夫か」
「っ!? さ、さわひゅなっ!」
アレックスが手を伸ばしてきた、その手を払って退けると、大急ぎで壁際まで下がる。
「ま、まだ機能が不完全なようだ」
表情はぴくりとも変動していない癖に、頬はりんごのように染まり、額にはうっすらと汗がにじんでいた。
「その割には元気そう……」
「不完全なのだ。そう、不完全なのだよ。いいかね?」
「あ、ハイ」
のっぴきならない空気を感じ取ったのか、アレックスは大人しく下がった。
体温が急上昇、実に39度まで表面と“体内”温度が上昇しており、ただちに冷却に掛かる。まさか自分の体が言うことを聞かなくなるなどとは思いもせず、動揺は隠せない。
女を抱いたことはあるが、男に抱かれた経験はない。そしてグレーテは異性愛者だった。男に抱かれる趣味などなかったのだ。
ぱたぱたと手で顔を扇ぎつつ、次の言葉を紡ぎ出そうとして、
「うわっ!?」
「何だ?」
爆発音。船体がきしみ、地面がガタガタと揺れ動く。
衝撃の後、ただちにグレーテは立ち上がって窓の外を見遣るべく走った。あとからアレックスが続く。
三本足の巨大な怪物が、遠距離からビームを放ってきたらしかった。全高で言えば20mはあろうかというそれは、頭部はつるりと丸く、ビーム砲塔らしきものを頭頂部に生やしていた。
「なんだあれは………」
「あれ、動くのか」
「なんだって?」
今まで見たことがない兵器であった。少なくとも軍属で、のちに傭兵になったグレーテでさえ、見たことがなかった。
ところがアレックスはあるらしい。グレーテは隣で窓から外を見ているアレックスに聞き返した。
「遺跡だ……」
「いせき?」
「ああ、この星にある遺跡にある石像だよ。いや、だったんだよ。恐らくは高度な文明が残した産物で、非破壊検査で内部に金属があるのはわかっていたが。まさかロボット兵器だったとは。何がトリガーになって目覚めたんだ? 輸送船の墜落と何か関係があるのか?」
急に饒舌になるアレックス。彼の研究がこの事象に関係しているらしかった。
そうと分かれば話は早い。生き延びるためには、あれを撃破するか逃げるしかあるまい。輸送船に武器は搭載されていないことはわかっているが、積載はされている。試作機で打って出るしか方法はなかった。
「来い!」
「来い? どこへ! うわっ!? わかったから引っ張るな!」
グレーテはアレックスの腕を掴むと、走り始めた。
最初抵抗したアレックスも、例の兵器がビームを撃ち、それがブリッジを掠めると途端に態度を変え、自ら走り始めた。
「格納庫だ! あの試作型アサルト・ファイターで出撃して、敵を討つ。他に方法はあるまいよ」
「はぁ!? 俺は輸送船に置いてけぼりに……」
「アレは“複座式”だ!」
スペックデータを電脳の仮想投影モニタに表示して眺めつつグレーテは言った。
スクラマサクスは基本的に一人乗りのアサルト・ファイターにおいても珍しい複座式を採用していた。一人が操縦と火器を担当し、一人は電子戦を担当する。隊長機としての役割があるため、作業負荷軽減の為にそうなっているらしい。
焦ったのはアレックスだ。エア・バイクならともかく、アサルト・ファイターなど操縦したことがない。拳を握りしめ、素っ頓狂な声を上げた。
「俺はアサルト・ファイターなんて……」
「座ってるだけでいい。それとも、ここで死ぬか、選べ」
グレーテの冷徹な瞳がアレックスを中央に捉えた。
アレックスは腹をくくった。
「ああわかったよ! やればいいんだろやれば」
「好ましい返事だ。ついてこい」
外見の麗しさに相反する堂々たる態度で格納庫へと即席の相棒を引き連れやってきたグレーテは、機体を見上げて呟いたのだった。
「試作機か。懐かしい。あの頃はよくゲテモノを飛ばしたものだが………」
気晴らしに違う作品を書くのは楽しいですよね(グルグル
何を望むのだよ
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