「はぁっ!」
ミファーは全体重を、勢いを込めて槍を顔面へと突き出した。
しかしそれは咄嗟に防御と出された腕に遮られる。
どづっ。
突き刺さった音は、感触は皮膚を突き破ってはいたが、肉の表面で止まっている程度。
その証拠にゾーラ族に代々伝わる光鱗の槍は、容易く抜けた。その先端にも血は僅かしか付いていなかった。
腕を払い、その敵、黄金のライネルはもう片方の腕に持つ槍を振るった。
ぶおんっっ!!
咄嗟に宙返りをして避けたが、その一振りが響かせる風切り音はミファーの槍とは次元が違った。
その槍には光鱗の槍と比べてしまえば、装飾など無骨に付けられている鎖程度しかない。
だが、黄金のライネルが振るうに適したその槍は、長さも、重量も、そして破壊力も、比べてしまえば光鱗の槍が玩具にしか思えなくなるものだった。
しかし、それでも怖気付いたとしたら、このライネルが既に屠った数多のゾーラ族と同じ未来を辿る事になるだろう。
……私の持つ癒しの力も、きっと役には立たない。
このライネルの攻撃は、全てが致命傷になってしまうから。
それを理解して、ミファーは黄金のライネルに立ち向かう。
勝ち目がどれだけ薄くとも、今、この場には他の英傑達も、リンクも居なかった。
胸当てと肩当て、前掛けと四つ足に巻いてあるサラシ。ライネルが身につける防具はそんな僅かなものだ。だが、筋肉の鎧とその重量と運動量を支える骨は、それだけで光鱗の槍での攻撃を容易く弾いてしまった。
しかも突き立てた場所も、そう時間の経たない内に気がつけば元通りに完治している有様だ。
急所に、槍を深く突き立てるしかない。
ミファーにとって望める勝ち筋は、ただそれだけだった。
だが、ライネルはただ力任せに武器を振るうだけのボコブリンやモリブリンとは違って、武芸に長け、継承された文化すら持つ魔物だ。
四つ足に巻かれたサラシ。纏められた尾の毛。自らの手では絶対に届かない位置もきちんと整えられたその身なりは、集団で生活を営んでいる事を想像させる。
金属を精錬してその強靭な肉体で扱っても耐えうる武器を作り出す事は、その製法が継承されている事も間違いない。
跳ばなければ届かない位置に唯一晒されている首と頭がある事よりも、そうして自らの肉体と武器の扱い方を十全に理解し、洗練させたものを、際限なしに振るって来る事こそが最大の障壁であった。
流石にミファーの方が小回りが効くとしても、背後に回ったところで通じる攻撃は何一つなく、正面からでは急所を狙えるような隙も殆どない。
膠着が続けば、先に限界が来るのもミファーだった。
それは、ライネルも理解していた。ただ、ひたすらに攻撃を躱され続けているのにも腹が立つのを抑えきれなかった。
この四つ足の肉体は大地を強く踏み締め、この地のどの生物よりも攻撃を強く鋭く放てるが、その代わりに微細な動作を苦手とする。
目の前の手練れは自身の肉体を強く傷付けるような攻撃手段は持ち合わせていないものの、自らの弱みを突いて生き延びられる程度の実力はあった。
そして、苛立ちのままに槍を振るっていれば、首を貫こうという鋭さも持ち併せている。
それならば、とライネルは四足で強く跳躍して、後ろに退がった。
屠ってきた軌跡の中に着地すれば。
「ぃぎゃあっ!?」
唐突な悲鳴。振り返ってみれば、死体の中に生き残りが居たようだった。
踏みつけたそれを一瞥して、絶望した顔を踏み砕く。
目の前のゾーラ族が苦い顔をするものの、すぐさま追撃はしてこない。
ライネルは槍をしまうと弓矢を手に取った。
弓矢で仕留める気なの?
ライネルの膂力を十分に発揮出来るように拵えられた、金属の弓。それがどれだけの威力を誇るのか、肉体ごと吹き飛ばされて壁に磔にされたゾーラ族の遺体が、腕を引き千切って同じく磔にしていた痕跡が明確に物語っていた。
見てから避けられる速さではないだろう。
けれど……弓矢を取り出したという事は、ライネルも攻めあぐねている証拠だわ。
そう思ってミファーはライネルに追い迫った。
下手に距離を取るよりも、詰めた方が弓矢も避けられるだろう。そして避けられればその喉元に槍を突き立てられる可能性も高いと踏んで。
だが、黄金のライネルはそれを見るや否や、矢を自分に向けてではなく、上空に向けて電気の矢を放った。
それを見て、ミファーは思わず足を止める。
いつ、どこに矢が落ちて来るかはライネルのみが理解している。
そして、足を止めてももうそこは、ライネルが通ってきた軌跡だ。その槍と弓矢に、肉体そのものに蹴散らされてゾーラ族の死体と血が溢れる地面だ。半水棲であるゾーラ族に、電気はとてもよく通る。
ここは危ない!
しかしライネルがその好機を逃す訳もなく、次の矢を番えて引き絞ったままにミファーに駆けてきた。
どぢゅぅっ、べぎゃっ、ばぎっ、めぎゃっ!!
屠ったゾーラ族を豪快に踏み砕きながら、その血潮で身を赤く染めながらライネルが迫って来る。
距離がすぐに詰まっていく。いつ放たれてもおかしくない!
背を向ける事など出来ない。
横に逃げてもこの距離、白銀すら上回るであろうこのライネルが狙いを外すとは思えなかった。
だから、前に詰めるしかなかった。
冷静に、冷徹に狙いを引き絞るライネル。
それに対し、ミファーは唐突に跳んだ。
腹の下を潜り抜ける事も考えた。だが、その四足に蹴り飛ばされないように潜り抜けられるかも自信がなかったし、それに何より、読まれている気がした。
潜り抜けられたとしてもその次の瞬間、空から降ってきた電気の矢に縫い止められる。
そんな想像があった。
いや、ならば。
今、ライネルは弓を両手で構えている。その首を守れるものは、何もない!
しかし、跳ぼうとも。
ライネルはいつまで経っても矢を放つ事はなかった。
跳んだミファーにも惑わされる事なく、まるで機械のように狙いを追い続ける。
その巨大な弓そのものに遮られて、ミファーはライネルの頭上から槍を放つも、ガィンッ! と硬質な音が響くだけ。
……頭上に放った矢も、今も尚狙いを定める矢も、仕留める為のものじゃなかった。私に無理をさせる為だった。
そう気付いて、着地したその瞬間、雷の矢が頭上から降って来る。
それは予想出来ていた事だ。再び跳ぶ事で、直撃も、伝播する電撃からも避けたが。
その目の前では、振り返ったライネルが引き絞り続けていた狙いをとうとう定めていた。
弦すらもが金属で作り上げられたその弓から放たれた矢は、ミファーがせめてと体を捻ろうとする前に到達する。
そして、その片腕を引き千切りながら彼方へと飛ばしていった。
「あっ……いぎぎっ……」
どしゃりと地に倒れたゾーラ族は、地面に残留する電気もあって、体を震わせながら声にならない悲鳴を弱々しく上げていた。
弓をしまい、槍を手にしながら、ライネルはそのゾーラ族の目の前へと歩いていく。
ぐちゃ、ぐちゃりと死体を踏み砕きながら。
勝利を確信し、悠々と。
「う、うあああああ!」
死体の中に潜んでいた兵士が、槍を腰溜めにして突っ込んできた。
どっ。
「えっ、えっ?」
胴体へと当たった槍。だが、皮膚すら貫けていない事に、ゾーラ族は理解すら拒んで何度も突き立てる。
「ああ、うああっ!!」
しかし。
「グルル……」
こそばゆいぞ。
そう唸れば、逃げる事すら忘れてゾーラ族は膝から崩れ落ちる。
槍さえ手放し、あろう事か尿をだらだらと漏らし始めるその様を見届ければ、ライネルは槍を振るった。
すぱんと心地よく空へと首が舞い、首を失った肉体は力なく倒れる。
ごどっ。
その頭が地面に落ちた音と共に、ライネルは自らを多少なりとも手こずらせたゾーラ族の目の前へと辿り着いた。
「リンク……たすけて……」
弱々しく、何かを呟いているゾーラ族。
眺めてみれば、兵士と比べても位の高そうな個体だった。武器も、鋭さもない癖に無駄な装飾が施されている。
それを一瞥すれば、ライネルは槍を回しながら目の前へと高く掲げ、両手で持ち直す。
どすっ。
大した喜びも見せないままに槍を払って血を飛ばし、背中へとしまう。
それから離れた首を手に取り、振り返った。
明らかに戦意を失った残党達は、有象無象の魔物達でももう、殲滅するのに大した時間は掛からなそうだった。
それを見届けると、黄金のライネルはその場からどこかへと立ち去って行く。
黄金に輝くその肉体は血に塗れど、一つの傷ももう残っていなかった。
黙示録では黄金のライネルは出てこないって? うるせえ!
元々は一人につき1000文字でって思ってたけど、自分の業の深い性癖はそんな文字数で抑え込めませんでしたとさ。
多分5~6話。
ライネル
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片手剣と盾
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槍
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大剣
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片手剣二刀流