白銀ノエル① Alternative
百万を超える猛者達によって構成される、周辺国への抑止力であると同時に国内の治安維持を担う大規模な軍事組織である。
そんな大層な肩書きとは裏腹に、彼ら彼女らの本質は闘争とは程遠い。街の警邏に始まり行商の護衛や外交の窓口、町や村から要請があれば雑事であろうと人足を派遣する、有り体に言ってしまえば何でも屋のようなものだ。
しかし、聖騎士の名のもと集う彼らが謳うのは滅私奉公、清廉潔白。
悪逆を赦さず正義を成す。
万人から愛されるとまで言われたその在り方に一切の矛盾はない。
そして、騎士団に属する者たちが等しく敬愛し付き従うのは、誉も高き白銀聖騎士団の長たる女性。女の身と侮るなかれ、振るう鉄槌は破壊の嵐を巻き起こし、纏う気風は老若男女を惹き集める。
あどけない印象の残る端正な顔立ちと、それを覆すかのような豊満な肢体、されど娼婦のような下品さはなく。純銀を溶かして寄り集めたかのような御髪は白銀に輝き―――
「―――って、ちょっと誇張しすぎだと思う訳ですよ団長は」
呆れたようにそう言いながら満更でもないのか、白磁の頬をほんのりと赤く染めながら抗議するのは白銀聖騎士団団長・
休憩中の暇潰しにと手渡された週刊誌一面を飾る『白銀聖騎士団特集』を流し読みした感想が先の一言であった。
確かに表現を可能な限り美化して拡大解釈を重ねて何重にもフィルターをかけて元の形が分からなくなるくらい加工してはいるが、書かれている内容に関してはほとんど事実である。だからこそ彼女も手放しの賞賛に照れているのであろうが。
「―――?」
「嫌…って訳じゃないけど。こうやって団長や団員さん達を褒めてくれる人が居るのは素直に嬉しいし」
そう言ってはにかむ彼女はまるで絵画のワンシーンのように美しく、表現力足りてねぇだろ書き直せ―――と週刊誌の執筆者へ謂れもない非難を向けたくなる程には魅力的であった。
騎士団長という肩書きと立場ゆえ、直接言葉を交わすことが出来なかったのか週刊誌の記事は容姿についてをまとめたものがほとんど。顔立ちやスタイルについては再三取り上げられてきており、顔写真だって国民なら知らぬ者は居ないだろう。
極めつけは―――
「? どしたの。団長の顔に何かついとる?」
そのはち切れんばかりの大胸筋である。
白と紺色を基調とした制服と、旗印の紀章を鋳込んだ黒金の甲冑が騎士団の正装な訳だが、実力者になればなるほどその面積は減っていく傾向にある。
全身を堅牢な装甲で覆う代償として機動力は当然落ちる。人相手ならいざ知らず、獣や魔物、果てはドラゴン等を相手にするなら、甲冑など紙屑同然だ。
故に、騎士団最強の彼女が纏う装甲は最低限。四肢にガントレットとグリーヴ、そして肩当とブレストプレートは左半身のみ。あとは制服だけという超軽装である。
更にその制服も、胸元を大きく開けているため当然その鍛え上げた大胸筋が半分ほどこんまっする(?)しているのだ。ブレストプレートのサイズ間違ってんだろと常々思うことはあれ、当事者たる彼女がそれで納得しているのだから間違いないのだろう。
「―――。」
「ありゃ、もうそんな時間?」
束の間の休憩時間もあっという間に終わりを告げる。彼女が座る黒檀のデスクには承認待ちの書類やら報告書やらが山と積まれており、彼女の判子を今か今かと待っているのだから。
地位が上がればそれだけ書類仕事も増えていくのは世の常だ。
しかし、
「―――!」
「お、やる気だねぇ。よぉし、それじゃ団長も気合い入れて頑張っちゃおうかな! 」
紙束から書類の仕分けをするのは副団長たる自分の役目。手馴れた動作で承認待ちのもの、確認するだけのもの、様式に不備があるもの、
いつぞや彼女の食べ歩きツアーに付き合った時に比べればこの程度の書類何するものぞ。
私を過労死させたければ、その3倍は持ってこい―――!
◇◆◇
「―――ほい、ほいっと。…うん! おしまい!」
紙束の最後の1枚に朱印が押されると同時に、壁掛け時計が昼休憩を告げる鐘を鳴らす。意外とこういった書類作業は苦手な彼女だが、書類の山を見やすいように整理しておくことで効率の底上げを図り、なんとか昼前には終わらせることが出来た。
「―――。」
「うん、お疲れ様。キミもありがとうね、団長すごい助かったよ」
礼には及びません、と返すも、太陽のように屈託のない笑顔を向けられれば仕事の疲れなぞ吹き飛ぶというもの。これだけで午後も頑張ろうと思えるのだから我ながらチョロい人間である。
ともあれ午前の執務は終了し、昼休憩を挟んでから午後の執務だ。
「あ、ちょっと待って!」
「―――?」
一礼し、団長室を後にしようとしたところで彼女に呼び止められる。はて、書類は全て処理したし、特に不備は無かったはずだが。
「そうじゃなくって。良かったら、お昼ご飯一緒にどうかなって。団長の知り合いから招待券貰ったんだけど、2人まで使えるみたいだから」
そういって、懐から1枚の紙を取り出す団長。
此方としても断る理由は無いし、食事代が浮くのであれば大歓迎だ。しかもお供とはいえ、あの団長と2人で食事ができるなんてそうあることではない。
「―――!」
「そ、そんな畏まらなくてもいいと思うけど。じゃあ、早速行こっか」
二つ返事で了承し、そのまま騎士団本部を後にする。数分歩けば城下町の喧騒が周囲を満たし、食欲を刺激する香辛料の香りが風に乗って流れていく。
「あ、ノエルだんちょーだー!」
「こんにちはー!」
すると、近くを通りかかった少年達がこちらへ駆け寄ってくる。大人達は食休みだというのに、この年頃の子供はどうにも元気が有り余っているらしい。まして、男子というのは格好いいものには目がない。甲冑やメイス、ブロードソード等を携える騎士というものは殊更輝いて見えるのだろう。
「こんにちは。皆元気いっぱいだねー。ところで、キミたちこのお店って何処にあるか知ってる? よければ教えて欲しいんだけど」
ずいっと前かがみになり、少年たちと目線を合わせて無料券を見せる団長。そこに書いてある店名を見ようと少年たちが近寄ってきて覗き込み、どこだったかなと話し合う。
「ぼく行ったことないや」
「ご飯なら、多分三番街じゃない?」
「あ、ここ前にママと行ったよ。確か中央通りの噴水のそば!」
「中央通りだね。ありがとー」
よしよし、と彼らの頭を撫でる団長。傍から見れば市民と触れ合う聖騎士という素晴らしい光景だ。…よく見ると団長が少年たちを見る目付きがちょっと危ない感じになっていることを除けば、だが。
知っている人は少ないが、団長は大の子供好きである。特に男子。単純に可愛がったり触れ合う程度ならば問題なかろうが、時折危ないラインを踏み越えてしまいそうになる時があるためちょっと注意が必要なのだ。
ばいばーい、と後ろ手に手を振り走っていく少年たちを見送りながら、
「……、?」
「な、なんのことかなぁ? 団長にはさっぱり分からん太郎なんじゃが」
知り合いの店の場所分からないはずが無いでしょうが。
◇◆◇
「あった。ここだね」
昼飯時でごった返す中央通りの中でも、目的の店は直ぐに見つかった。店の外まで続く長蛇の列がその人気を物語っており、果たして休憩時間内に入れるのかどうか…と思っていたが、招待券を見せたところすぐに店内へ通してくれた。
「―――?」
「うーん、団長が直接知り合いっていうか、フレアがやってる事業の一環として、飲食業にも手を出したみたいで。それが軌道に乗りそうだから、国から正式に出店許可を貰ったんだってさ。で、フレアと仲が良い団長の元へ招待券が届いたという訳です」
「―――、」
「そうそう、ハーフエルフの。あれ、キミはまだ直接話したことはないんだっけ? そっかー、でもフレアもすっごい良い子だから、きっと仲良くなれると思うよ!」
それは貴女の人柄あってのものだと思うのですが。
などと会話を重ねている内に、注文しておいた料理が運ばれてくる。店主だろうか、白い毛並みが特徴的な獅子の獣人女性が机に置いたのは湯気を立てる熱々の麺料理だ。茶色いスープの中に浮かんだ麺と、厚く切った肉と野菜。見たことの無い料理だが―――
「はいお待ちー。麺屋ぼたん特製、羊ラーメンだよー。あと、そちらの騎士さんには必ず特盛で出すようにって社長から言われてるんで悪しからずー」
なるほどこの料理はラーメンというらしい。備え付けのフォークで一巻きして口へ運ぶ。続いて匙でスープをひとくち。
「―――! ッ!?」
「うわぁ、これ美味しいねぇ!」
美味しいですね、と隣に声をかけようとした時には、山盛りにされていた野菜が既に半分ほど消えており思わず二度見した。相も変わらず健啖家である彼女だが、その細い身体の何処へ吸い込まれていくのだろうか。
柔らかそうな頬をいっぱいに膨らませ、リスのようになっているその姿を見ていると何だかこちらも頬が緩んでしまう。幸せそうに舌鼓を打つ彼女を邪魔するのも無粋か、と大人しく自分の器に向き直った。
スープを飲んで、もうひとくち。
おかわりください! という元気のいい声に、店主の顔が引き攣ったのは見なかったことにした。
◇◆◇
午前の書類仕事が終われば、午後は武芸の鍛錬が中心となる。いかに団長とはいえ騎士としての役目、すなわち守護と防衛を満足に果たせないようでは話にならない。
故に、修練場へとやってきた訳なのだが。
「―――さぁ、いつでもおいで! お腹いっぱい食べたし、今の団長強いかんね!」
「……、」
どうして
訓練用の木製メイスを構えて半身で佇む団長。その姿からは先程までのゆるふわっとした癒し系オーラではなく、正に白銀聖騎士団団長の名に相応しい威圧感を放っている。
訓練とはいえ実践を想定しているから寸止めはない。まぁ甲冑してるし、当たったところで合金と木製武器ではダメージは無いに等しいだろう。
―――と、思っているなら大間違いだ。
合金製の甲冑程度、彼女の膂力ならば易々と粉砕できる。模擬戦と言えど当たり所が悪ければ最悪大怪我をしかねないし、実力も踏まえると団長の模擬戦相手を務められるのは騎士団の中でもほんのひと握り。
そして運がいいやら悪いやら、自分もそのひと握りに含まれているのである。
以上、説明終わり。
「む。団長から仕掛けさせるつもりだね。じゃあ、遠慮なく行くよっ!」
「―――ッ!」
悠長に現実逃避をしていようと、時間が巻き戻るはずもなく。動きを見せないコチラに対し、団長が先手を打った。
5メートル近い距離を一歩で詰め、小手調べとばかりに上段からの振り下ろし一閃。馬鹿正直に受け止めれば、巨岩が降ってきたかのような衝撃にブーツの踵が地面に沈む。
たまらず剣を振り抜いてメイスを弾き、距離をとって仕切り直そうとするが眼前の女傑がそれを許さない。ぴったりと肉薄したままコンパクトにメイスを振るい、こちらが1歩下がる度に同じだけ1歩踏み込んでくる。
勿論、踏み込みながら武器を振るえるあちらの方が優勢だ。先の反省も踏まえて受け止めることはせず、剣の側面を合わせて衝撃を流しながら紙一重で猛攻を捌いていく。
「おおっ…! 流石は副団長!」
「あの軽やかな身のこなしを見ろ。まるで舞を舞っているようだ」
「あぁ、凛々しいお顔の団長も美しい…!」
「わかる…!」
「わかる…!」
半分程おかしいのが交じっているが、周囲を囲む部下達の手前、無様な姿は晒せない。
「―――!」
「むっ…!」
重心を後ろから前に移し、剣先を持ち上げて攻勢に出る。一撃の重さよりも手数重視の、相手の動きを制限するための連打。メイスと剣という得物自体の重量差がありながら、彼女は的確にこちらの攻撃を打ち落としていく。
彼女にとってはただの防御行動でも、その衝撃で剣を握る手が軽く痺れてくるのだから恐ろしい。気を緩めれば手放してしまいそうになる木剣を殊更強く握り締め、振り下ろす。
ガァンッ! という鈍い音。今までと違う衝撃は、木剣が当たった物質の違いを示している。
アーマーで覆われた左肩を突き出すようにして放たれた団長のタックルは、見事こちらの一撃にカウンターとして突き刺さった。握る剣ごと両腕を跳ね上げられ、一際強い衝撃に足元の踏ん張りも効かなくなる。
「―――っ!」
まずい、と直感的に悟る。
タックルの姿勢に併せて後方へ引き絞られていたメイス。踏み込んだ足から腰、背中を伝い、無駄なく溜め込んだ運動エネルギーがインパクトになって振り下ろされる。
なんかちょっとシャレにならない勢い付いてるんですけど、これって一応模擬戦ですよね団長―――と、一縷の望みを掛けて見下ろした翡翠の瞳は、それそはそれは楽しそうに輝いておりました。
あ、これ多分めっちゃ痛いやつ。
「―――あびゃぁっ!?」
来る衝撃に耐えるため力んでいた身体が謎の奇声を拾う。流れゆく視界の中で捉えたのは、恐らく団長の膂力に耐えられなかった木製メイスの先端が半ばから折れて吹き飛んでいく光景。
そして、振り抜く直前で手に持つ重量が無くなったことでバランスを崩し、こちらへ倒れ込んでくる団長の姿であった。
「―――!!!」
急いで木剣を手放し無理矢理姿勢をかがめて受け止めいやこれキツいわでも団長にかすり傷のひとつでも負わせるものか―――ッ!!
上半身に軽い衝撃。
暗転。
そして、後頭部に強い衝撃。
「あびゃあああ!? ちょっ、大丈夫!? あわわわ、と、とりあえず救護班! 救護班呼んで来て―――」
団長の焦った声が聞こえる。
顔面を覆う暖かく柔らかい感触と、噎せ返るような彼女の香りに包まれる中、意識は闇へと落ちていった。
◇◆◇
「―――………、?」
瞼を刺す光に、うっすらと目を開ける。
視界の端に映るのは見慣れた作りの窓と、深い橙に染まる空と雲。ぼけっとそれを眺めていたが、後頭部に感じる違和感と視界の半分を覆う謎の影が気になって脳がゆっくりと働き始める。
「……あ、起きた?」
と、その謎の影のさらに向こうからひょっこりと美貌が覗き、そこでようやく自分の状況を把握した。前方に団長の顔が見えるということはつまりこの影は彼女の大胸筋、そして今自分が頭を乗せているのは彼女のおみ足太もも膝枕―――!!!!
「ッ、―――!?」
「こらっ、まだ寝てなきゃダメ。あれだけ強く頭をぶったんだから、しばらく安静にしてなさいって医療班の人達が言ってたよ。……団長のせいで、迷惑かけちゃってごめんね?」
体を起こそうとするが、両頬をがっちりとホールドされているためそれは叶わない。こういうことに関しては頑固な彼女のことだ、こうなったらもう梃子でも動かせないだろう。
ふぅ、と一息吐き出して、大人しく
「―――。」
「怪我がなくて良かった?……もう、それでキミが怪我しちゃってたら元も子もないよ。団長のことを心配してくれるのは嬉しいけどさ、同じくらい自分のことも大事にしてあげて?」
よしよし、と頭を撫でてくる団長。この歳になって頭を撫でられるのは少し、いやかなり気恥しいが、この程度で彼女の気が済むのであれば安いものだ。というかご褒美まである。
目を瞑り、大人しくされるがままの自分にご満悦なのか、ご機嫌に子守唄まで歌い始める団長。その柔らかな声に、身体の芯から余計な力が抜けて行くような気がする。……時折音程が外れるのはご愛嬌と言うやつだろう。
「〜♪……ん? 眠くなってきちゃった? ふふ…いいよ、そのまま寝ちゃっても。団長が傍にいるから……」
幼子をあやす様に優しく語り掛けられ、いよいよ瞼が重く落ちていく。
声色ひとつでこうも人を無力化するとは、
眠気のせいか、頭も上手く回っていないようだ。
「……いつもありがとう。これからもずっと、団長のこと支えて欲しいな。だから、今日くらいはお休みしていいよ……? また明日から、一緒にお仕事頑張ろうね……」
ちなみに、翌日の作業効率が数倍にまで跳ね上がり、団長の声に魔力が宿っているのではないかと真面目に考察したのは余談である。