Hologram Diary   作:パラベラム弾

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宝鐘マリン① Alternative

海賊が出た、と騎士団に一報が入った。

 

報せに来てくれた若い女性はかなり慌てていたようだが、対応するこちら側としてはいい加減慣れたものである。白銀聖騎士団の本部があるこの王国近辺で堂々と海賊旗を掲げる海賊団なんて記憶にある限り1つしか存在しない上、ほとんど人畜無害と言ってもいい。

 

当然、この程度で執務中の団長を引っ張り出す訳には行かないので(本人は行きたい行きたいと結構ゴネていたが)、何かと便利な副団長こと私が出動する。すぐに動ける直属の部下を10人ほど集め、早馬に乗って本部から港へと駆ける。

 

私たちを見る住民の皆さんの顔には「またかぁ…」と書いてあるし、苦笑いまで浮かべている方もいる。通報してくれた方はきっと最近この街に引っ越してきたか、出会すのが初めてのどちらかだろう。

 

城下町から港へ続く坂を一気に駆け下りれば、青空にはためく海賊旗が目に入る。海賊旗と言う割に髑髏はなく、ハート型を真ん中で二分割したものを矢が射抜いているといった独特の意匠。4本の帆柱と左右に砲列を備えた巨大なガレオン船がゆったりと港へと入ってくる。

 

一応、安全のために周辺住民への声掛けは済ませているが、何か起こるとは思っていないしあちらもそんなつもりは毛頭ないだろう。ただ、海賊という肩書きを掲げる以上、護国の騎士たる我々が対応しない訳にはいかないのである。

 

そうこうしている間に、海賊船は船着き場へと到着した。

 

錨が降り、渡し板から船員達が降りてはもやい綱をかけて船体を固定していく。私たちはそれを少し離れた位置から見守っている訳だが、積荷や木箱と格闘している者たちとは別の一団がこちらへと歩いてくる。

 

先頭を歩くのは小柄な女性。赤を基調としたセーラー服の上から大きめの黒コートを羽織っており、ツインテールに結んだ髪も艶やかなワインレッド。勝気な光を宿す双眸は特徴的な赤と金に輝き、起伏に富んだスタイルを惜しげも無く晒している。

 

彼女は私の前まで来ると、おもむろに腕を持ち上げて―――

 

 

 

 

「Ahoy!! 宝鐘海賊団船長、宝鐘マリンですぅ〜!!」

 

 

 

 

いや知っとるが。

 

名状し難いポーズを取りながらご丁寧に自己紹介をしてくれた女海賊こと宝鐘マリンさん。後ろの船員達もヒューヒュー言ってないで何とかしなさい。あなたらの船長でしょうに。

 

「あー、何ですかその塩対応。せっかく船長が会いに来てあげたって言うのにぃ〜。あ、さては照れてますね? んもぉ、聖騎士すらも虜にしてしまうなんて船長ったら罪な女……!」

 

「―――我がいと聖なる主よ、彼の者の穢れを浄め払いその魂を……」

 

「お゛ぉ゛お゛い!? ノータイムで浄化魔法はやめて!ちょっとしたコミュニケーションでしょうが!」

 

いつも通りこちらを煽るような文言を吐き散らかしていたので最上位魔法をぶっ放しそうになってしまった。時折こうしておかないと何処までもマリンさんの流れになってしまうので、会話の主導権を握らせない為にも必要なことなのである(マリンさんは《わからせ》とかなんとか言っていたが)。

 

「うーん、ノエルなら笑って流してくれる所を副団長殿も堅物ですねー。トップがあれだから次席がこうなったとも考えられますが」

 

「―――?」

 

「はーい。いつも通り換金して備蓄揃えたらすぐに出航しますとも。滞在期間は……あー、キミたちぃ?」

 

「今回の収穫・消耗からすると凡そ1週間といったところっスね。補給自体は2、3日で終わると思いますけど、アイツらのガス抜きも考慮するとその位は見積もっといてください」

 

「うんうん。だ、そうですよ?」

 

船長補佐の男が代わりにそう答え、私はそれを手元の紙へと書き込んでいく。こうして寄港の目的を明確にしておけば、王国への報告も行いやすくなるからだ。

 

ビジネスな話にはなるが、海賊とてリスクを背負って海に出るのだ。収穫が得られなければ稼ぎはマイナス。そこで、王国から報酬と引き替えに情報収集を請け負う形でギブアンドテイクの関係を結んでおけば、比較的安定した収入源の確保にもなる。

 

ロマンと堅実さどちらを選ぶかといったところだが、そもそもこんなビジネスライクな関係を築ける、良識のある海賊団の方が少数派である。

 

「―――?」

 

「海域の異常……は、確か……あー、キミたちぃ?」

 

「うっス。半月ほど前から、南西海域に海獣の目撃情報が挙がってましたね。割とデカめのヤツで、俺らは直接出くわしたことはないっスけど、商船が何隻か被害受けてるみたいッス」

 

「……だ、そうですよ?」

 

情報ありがとう。そしてマリンさんはもう少ししっかりしてください。さっきから補佐の人しかまともに喋ってくれてないんですが。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「―――それでですねぇ、船長の勘だと中央海域のカリシュティア島が怪しいって思う訳ですよ。明らかにあの周辺だけ海獣の目撃情報が多いし、今のところ判明してるのは島の大きさくらいですからね」

 

「―――?」

 

「うーん、どうですかねー。海獣を相手取っても沈まない自信はありますけど、陸の上じゃどうなるか分かったもんじゃないですよ。上陸した矢先に壊滅なんてオチは勘弁なんだワ」

 

酒樽に腰掛けて船員達の作業を監視する傍ら、隣に座るマリンさんが今回の航海記を楽しそうに話している。ちなみに彼女が海へ出た目的は、この世界の何処かに存在するという『黄金郷エルドラド』を見つけ出すことらしい。

 

マリンさんの船なら確かに海獣の攻撃にも耐えうるだろうし、カリシュティア島近海の荒波を乗り越えることも出来るかもしれない。しかし、彼女曰く島へ上陸してからが問題だという。

 

「船と船の戦いならまだしも、白兵戦なんて経験無いですからね。対魔獣戦闘のエキスパートでも居れば話は別なんでしょうケド、海賊に協力しようなんていう物好きは居ないでしょうよ」

 

やれやれ、とマリンさんは肩をすくめる。

 

海賊はほとんどが荒くれ者の集まりで、一部の優れたカリスマを有する者が統率しているに過ぎない。仮にトップ同士が協力を約束したとて、その下まで一枚岩になるかと言われたら首を横に振らざるを得ないのだ。

 

信頼関係を築きつつ、互いの利害が一致する状態で、尚且つ障害を踏破できるほどの実力を有する。そんな組織など中々見つかるものではないだろう。と、そこまで考えてからふと気付く。

 

白銀聖騎士団(うち)なら条件満たしてるのでは、と。

 

思わず漏れたその言葉を聞いたマリンさんは、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせていた。が、すぐにその顔が喜色に彩られる。

 

「うん……うんうん! ノエルが戦力として来てくれるなら魔獣でも何でも来いってもんですよ。贅沢言うならフレアには森の中を先導して貰って、ぺこらには動物使って探索してもらうのもいいですね〜。るしあには船長たちを守る壁になってアヒィッ!?」

 

「―――!?」

 

「い、いえちょっと悪寒が……」

 

そう言って両腕をさするマリンさん。海賊が海風に当たりすぎて体調を崩すなど笑い話にもならないが、具合が悪いなら船に戻った方が良いのではなかろうか。

 

……それにしても。

 

ノエル団長やるしあさん達の話をする時のマリンさんは本当に楽しそうに笑う。心の底から、彼女達のことを大切に想っている証左だ。種族や肩書きの垣根を超えて繋がる絆がどれほど得難く尊いものであるかを、彼女はよく理解しているのだろう。

 

「―――?」

 

「ええ。船長はみんなのこと大好きですよ」

 

迷う素振りすら見せない即答だった。

 

「金銀財宝、宝石輝石。海賊ですからそういったモノも勿論好きですが、言ってしまえばそんなのいつかは手に入るんですよ。でも、みんなとの繋がりや絆は、望んで手に入れられるモノじゃない。だから船長は一度できた繋がりを大切にしたいし、出来れば消したくないんです」

 

「船長が追い求めてるエルドラドだって、船長1人じゃどうやったって見つけられない。1人で見つけたって意味が無い。船長のことを慕ってくれる一味のみんなや、ノエル達と一緒に喜怒哀楽を分かちあった末に得られるものだから価値があるんだと思ってます。……かけがえのない仲間と共に、最高の景色を共有する。それこそが―――」

 

言葉を切り、酒樽から飛び降りるマリンさん。

 

肩越しに振り返ったその顔には、いつものイタズラな笑顔。

 

 

 

 

 

「―――マリンのお宝だと、思うんだワ」

 

 

 

 

……なるほど。

 

これは確かに、紛うことなき『船長』だ。

 

野心と欲望のままに振る舞う姿は諸人を魅せ、己もまた彼女と志を同じくせんと心の薪に火を焚べられる。ノエル団長とはまた異なった魅力を有する彼女だからこそ、一味の人たちも安心してついていけるのだろう。

 

「―――。」

 

「ふふん、そうでしょうそうでしょう。惚れてくれてもいいんですよ? 船長は男も女も等しくウェルカムですからねー」

 

「……我がいと聖なる主よ―――」

 

「だぁからなんで浄化魔法撃つんだって!?」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

時間が過ぎるのは早いもので、宝鐘海賊団の出航予定日はいよいよ明日に迫っていた。換金・補給を済ませた彼女らは、今頃出航前の馬鹿騒ぎに興じている頃だろう。今日ばかりは、我らがノエル団長もマリンさんと話がしたいと夕方から出掛けている。

 

壁に掛けられた時計をちらりと見れば、短針は9を示すところであった。

 

日没後の騎士団本部は静かなものだ。

 

今日は自分が宿直であるため、こうして詰所で雑務を片付けている訳だが、この時間に本部を訪れる者など滅多にいない。春先の穏やかな夜風を感じながら、のんびりと書類を仕上げていく。

 

時間に追われず精神的な余裕があるせいか、昼間よりも考え事が多くなってしまうのは仕方ないことだろう。そもそも、団長とマリンさんが2人で酒を飲むというだけで少し……否、割と心配なのである。

 

普段は優しいながらもしっかりしている団長だが、酒が入ると高い確率で使い物にならなくなってしまうのだ。更にそこへマリンさんを投入してしまったら果たしてどうなるか分かったものではない。

 

自分で言っておいて不安になってきたが、城下町で飲むならそう酷いことにはならないだろう。団長が人の目がある所で醜態を晒すまで酔い潰れるというのは考えにくいし、彼女たちに何かあれば白銀聖騎士団と宝鐘海賊団が修羅と化すので手を出す猛者は居ないと思いたいが―――

 

 

 

半ば自動で回っていた思考を、扉を叩く音が遮った。

 

 

 

すわ事件か、と一瞬で切り替わった頭が考えるよりも先に身体は動く。側に立て掛けておいた剣を腰に提げ、詰所の扉を開け放つ。

 

そこには、

 

「んへへぇ〜、流石副団長殿は仕事熱心ですなぁ! ノックしたらすぐに開けてくれるなんてよく出来た部下だねぇノエルぅ〜!」

 

「あたぼうよぉ〜! だんちょの頼れる右腕だかんね! 潰れたら助けてくれるから大丈夫だよマリン〜!」

 

「ん〜? 潰れるって何がぁ? おっぱいか? おっぱいなのか!? ちょっと、ノエルのおっぺぇは船長のものですからね! キミにあげる分はないでーす! 残念でしたー!」

 

「えーそうなのぉ? じゃあ代わりにマリンのあげればいいじゃん。そうしたらみんな幸せだね!」

 

「やーんノエたん天才! いぇーい!」

 

「いぇーい!」

 

『あはははははは!』

 

泥酔という二文字をこれ以上ないくらい体現したノエル団長とマリンさんが居た。

 

マリンさんはいつものセーラー服チックな赤い服で、黒コートは羽織っていない。団長はオフということもあって白いニットセーターにダークブラウンのチェックスカート。伊達眼鏡のせいかいつもと雰囲気が違って非常に美しい、のだが。

 

二人とも耳まで真っ赤になっているうえ、若干呂律が回っていない。外でしこたま飲んで酔っ払ってきているというのに、見間違いでなければマリンさんが提げている紙袋から酒瓶が覗いている。

 

まさかとは思うがこの人達、騎士団本部の詰所で二次会始めるつもりなんじゃなかろうか。

 

それは流石にまずい。団長の立場上もそうだし、職場にプライベート全開で来てるのもそうだし飲酒もそうだしそもそも私まだ一応勤務中なんですが。とにかくここで酒盛りを始められては色々とアウトなのである。

 

「―――!? ―――!」

 

「えー、ちょっとくらいいいじゃないですかー!」

 

「そーだそーだ! たまにはキミも一緒に飲もうよー!」

 

ダメだこの人達。早くなんとかしないと。

 

普段ならブレーキ役になるハズの団長も、酒の力で暴走列車と成り果ててしまっている。これは、私ひとりでは止められない……!

 

冷や汗が一筋、頬を伝う。

 

その時だった。

 

「お疲れ様です、副団長。交代の時間です 」

 

おお我らが神よ、感謝致します。

 

時間交代で仮眠から戻ってきた団員が、詰所に戻ってきたのだ。これで彼女達を任せて、自分は執務に戻る事が出来る。最悪仮眠なんて取らなくてもいいし、幸い明日は宿直明けで休日。少し騒がしくはなるが、後ろで酒を止めつつ耐久してもらおう。

 

「―――!」

 

「えっ、私がですか? うーん……私よりも副団長の方が適任だと思うんですが」

 

「―――!?!?」

 

おお我らが神よ、寝ておられるのですか。

 

まさかまさかの部下の裏切り。まあ先に人身御供に仕立てあげようとしたのは私の方なのだが、これが因果応報というものか。

 

「副団長どのぉ〜?」

 

「ほらぁ、こっち来なってぇ!」

 

がっし、と団長に首根っこを掴まれる。

 

酔っていても騎士団最強の名は伊達じゃない。そのままずるずると引き摺られ、奥の仮眠室へと運ばれていく。必死に抵抗するが、団長の体幹は微塵も揺らがない。こんな所で実力の差を見せ付けられる事になるとは思ってもみなかった。

 

「……副団長の勤務表、代わりに付けときますので」

 

合掌しながら言わないでほしい。そしてお前はいつか模擬戦で泣かす。

 

「さあ、今夜は寝かしませんよ☆」

 

「朝まで飲んじゃうぞー!」

 

―――私に明日は来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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