Hologram Diary   作:パラベラム弾

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不知火フレア① Alternative

 

振るわれる剛腕を紙一重でやり過ごし、地を擦るように剣を振り抜く。足の腱を狙った一撃はしかし、魔獣特有の超反応で直撃の寸前に飛び退かれてしまい、表皮を浅く切り裂くのみに留まった。

 

一瞬で間合いの外まで逃げられたが、相手の敵意は衰えていない。少しでも隙を見せればすぐにでも襲いかかってくるだろう。

 

「―――……、」

 

視線は外さぬまま、身体中に溜まった熱を呼吸に変えて吐き出す。

 

乗っていた荷車を引いていた馬たちは最初の奇襲攻撃でやられてしまっており、逃亡は厳しい。それでもなんとか御者の男性は逃がすことが出来たので、彼が助けを呼んできてくれる事を願うしかないか。

 

しかし、村と王都の丁度中間点で襲ってくるとは中々に厭らしい。報告に上がっていた特徴とも一致するし、ここ最近立て続けに村を襲っている魔獣に間違いないだろう。知性を付けてこれ以上の被害を出す前に、この場で仕留めておきたいが……

 

今の私は甲冑も身につけておらず、手に持つ得物も荷馬車の中にあった数打ちの剣1本だけ。少しでも相手の攻撃が掠ればそれだけで致命傷になりかねない。

 

救援が来るまで30分か、1時間か。

 

そもそも、逃がした男性も近くの村に辿り着けているかどうか。

 

脳裏をよぎる嫌な想像を振り払う。その瞬間、私の集中の糸が緩んだのを見逃さなかったらしい。大地を抉る勢いで駆け出した魔獣への対応が一瞬、遅れた。

 

「―――ッ!!」

 

避けられるか。

 

いや、間に合わない。

 

逃れられぬと強張る身体を無理矢理に駆動させ、せめてもの抵抗と衝撃に備え―――

 

 

 

「YAGoooooOOOOO!?」

 

 

 

想定していた衝撃はやって来ず、代わりに魔獣の苦悶に満ちた咆哮が耳朶を揺さぶった。視線を跳ね上げてみれば、一抱えもありそうな魔獣の眼球を貫く矢。おそらく救援に応えてくれた者が放ったものだろうが、高速で動き回る相手の眼球を正確に射貫くとは恐るべき技量だ。

 

一体誰が、と振り返った私の視界を、眩い黄金が駆け抜ける。

 

瞬時に魔獣の背後へ回り込み、地面を削って制動を掛けながら矢を番えて1射。音に反応した魔獣が振り向く頃には既にその死角へと入り込み、後脚の関節に2本を打ち込んでいた。

 

残された左眼で必死に下手人を追おうとする魔獣だが、野生の勘を以てしてもその姿を捉えることはできない。大地を縦横無尽に駆け巡り、時には木々を蹴って宙を舞いながら、瞬く間に魔獣を針山に変えていく。

 

嵐のように浴びせられる矢の暴風に耐えかねたか、魔獣が一際大きく吼えた。その口内には、赤く輝く劫炎が揺らいでいる。炎で周囲一体を焼き払うつもりだろうか。

 

ざり、と足音。

 

気が付けば、彼女は隣に佇んでいた。

 

風に靡く黄金色の長髪は陽光に煌めき、隙間からは長く伸びた耳が目を引く。深い小麦色の肌に映える白装束は、王国では目にすることの無い特徴的な意匠。手に持つ弓へ矢を番える所作に一切の澱みはなく、穿つ目標を捉えた琥珀色の瞳が鋭く細められる。

 

弦の弾ける甲高い音と共に、疾風のような矢が放たれた。唸りを上げて飛翔する矢は狙い過たず、今まさに火炎を吐き出そうとしていた魔獣の口内へと吸い込まれていく。炎熱によって矢が焼失するよりも早く、口蓋から脳髄を刺し穿ち、その生命活動を停止させた。

 

ゆっくりと地に倒れ伏す魔獣を睨めつけながら、暫く待って動き出さないことを確認してからようやく彼女は残心を解いた。

 

「ふぅ……大丈夫? どこか怪我してない?」

 

問われて、簡単に身体を検分する。体力的にはそれなりの消耗であるが、見た限り外傷は無さそうだ。痛みや違和感も今のところ感じない。大丈夫だと返事を返すと彼女は僅かに口の端を笑ませ、

 

「そう、それなら良かった。それじゃあ改めて―――私は不知火(しらぬい)フレア。しがないハーフエルフだよ」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……キミも災難だったね。たまたま私が近くに居たから助けに来られたけど、あの男の人が村まで走る羽目になってたらもっと時間掛かってたよ? それまで1人で凌ぐつもりだったってこと?」

 

「―――。」

 

「そうするしかないならそうする、って……たまに思うけど、騎士って大変だよね。そうまでして誰かを護らなきゃいけないなんてさ。生きるか死ぬかの瀬戸際で、自分の命を優先したって誰も咎めないと思うけどな」

 

「―――、?」

 

「え? でも助けに来てくれた? ……いや、だってあんな必死に頼まれたら断れないし……」

 

ところ変わって目的の村。あのあと最低限の休息を取った私たちは徒歩で残りの道程を進み、昼過ぎには村へと辿り着くことができた。フレアさんに助けを求めてくれた御者の男性も無事だったようで、戻ってきた私を見て大号泣していたのは少し申し訳なかった。

 

散らばった積荷は村の若者を集めて後日回収しに行くらしい。幸い資材や物資が大半なので、時間でダメになるということもないそうだ。

 

そして私たちはというと、今は遅めの昼飯を食べている所である。村の特産品である新鮮な葉野菜で肉を巻いて食べるのだが、単純ながらも非常に美味である。乾燥ハーブを挽いたスパイスもアクセントになっていて飽きが来ないのも良い。

 

料理に舌鼓を打ちつつ、先程から疑問に思っていた質問をフレアさんにぶつけてみる。

 

「―――?」

 

「まぁ、いつもノエちゃんの後ろで控えてたし。それに私、人の顔覚えるのは得意なんだよね。副団長なんでしょ? それなら、普段のノエちゃんがどんな感じか聞かせてよ。他にも面白い話があれば、大歓迎」

 

それから、色んな話をした。

 

白銀聖騎士団に入ってからのことや、こなしてきた任務の数々。執務中の団長の様子や、マリンさんやるしあさんとの出会い。小さな悩みや仕事の愚痴まで話題に挙がったが、聞き手に回ったフレアさんは嫌な顔ひとつせず楽しそうに聞いていた。

 

聞き上手とはこのことを言うのか、適度な相槌と時々投げられる質問が話を際限なく膨らませる。元々多くは喋らない私だが、後にも先にもこんなに喋ることはないだろう、と感じるくらいには喋り通しだった。

 

「―――うん。キミの人柄も知れたし、ノエちゃんの様子も聞けたし、とても楽しい時間だったよ。それにしても、マリンやるしあとも面識があるだなんて、意外と顔が広いんだね。会ったことがないのはぺこらだけかな?」

 

「―――?」

 

「そう。兎の獣人なんだけど、喋り方が特徴的だし分かりやすいと思うよ。そのうち何処かで出会(でくわ)すんじゃない? 良い子だし、仲良くしてあげてほしいな」

 

そう言われても、件のぺこらさんとは本当に面識がない。お互いの顔も知らないのに何をどう仲良くすればよいのだろうか。フレアさんとは団長の知り合いという共通点があったから良かったのだが……。

 

うーん、と凝り固まった身体を解すように伸びをするフレアさん。窓の外を見てみれば既に陽は傾いてきており、雲の端を橙色に染め始めている。かなりの時間話し込んでしまっていたようだ。

 

私は数日間の休暇を申請しているから問題は無いのだが、彼女の方は大丈夫なのだろうか。団長から聞いたところによれば、いくつかの事業を取りまとめているとのことだったが……そんな重要な役職の人(?)が、私との雑談で貴重な時間を無駄にしていなければ良いのだが。

 

しかし、同じく役職者である手前どうしても気になってしまう。

 

「―――?」

 

「ん? あー……、まぁ大丈夫。それよりも、キミと話をすることの方が私にとっては大事なんだよ。だって―――もう、会えないかもしれないし」

 

薄く、息が漏れた。

 

なんでもないように告げられたその言葉を脳が理解するのに、やけに時間がかかった。

 

会えない?

 

フレアさんが?

 

誰に? 私に?

 

いや、私のことはどうだっていい。それよりも、団長は? あんなにもフレアさんのことを慕っている団長を置いていくというのか?

 

二の句を告げずに居る私を見て、慌てたように彼女は口を開いた。

 

「ああいやっ、違うよ。今のは言葉のアヤで、別に今すぐ私がどっか行くとかそういうんじゃないから! ……言い方が悪かったけど、なんていうか、癖みたいなモノかな」

 

「私たちエルフは、キミたち人間よりも遥かに永い寿命を持ってる。だから、過ぎて行く時間、1分1秒がキミたちより何倍も軽く感じてしまうんだ。それこそ、10年や100年なんて、エルフの生から見ればあっという間の出来事に過ぎない。……でも、キミたちは違うでしょ?」

 

「私にとっては一生のうち1パーセントにすら満たない時間でも、キミたちにとっては貴重な時間だ。だから私は、そんなキミたちと過ごせる時間を大切にしたいし、出来ることなら忘れないでいたい。何百何千年経っても思い出せるように、キミたちと過ごす時をこの目と心に焼き付けておきたい」

 

「ノエちゃんたちに限った話じゃないよ。キミもそうだし、これから出会う人たちのことも。たとえ歴史に刻まれなくても、私がずっと覚えていればいい。それがきっと、永い時を生きる私の役目なんじゃないかなって思うんだよね」

 

橙色と濃紺のグラデーションに彩られた空を見上げて、フレアさんは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

 

緑の賢者、森の妖精と称えられるエルフ族の彼女ならば、可能不可能の話で言うなら可能なのかもしれない。たとえ夜空に輝く星々の全てを記憶しろと言われても、やり遂げてしまうのかもしれない。

 

だが、それはきっと―――とても、辛い役目なのだと思う。

 

絆を育むほど、繋がりを重ねるほど、喪われた時の反動は大きい。我々人間の短い生の中でさえ耐え難い離別の苦しみ。フレアさんは、それを何回とも知れず繰り返していくことになる。

 

常に『見送る側』に立たざるを得ない彼女の心中を想うと、どうしようもなく胸が苦しくなって―――

 

「こーら。余計な心配はしなくていいの。顔に出てるぞ?」

 

ぴん、と額を指で弾かれた。

 

困ったように笑うフレアさん。弾かれた額を擦りつつ、自分の頬をぐにぐにと解してみる。はて、自分もそんなに表情が変わる方ではないと思うのだが。エルフ族特有の超直感的なナニカだろうか。

 

「その気遣いは、ノエちゃんやマリンに向けてあげてよ。私たちと違って、2人は普通の人間だからさ……キミみたいに、同じ歩幅で歩いてくれる人が必要だと思うんだよね」

 

「―――。」

 

「うんうん。頼んだぞ若人よ」

 

パシパシと肩を叩くフレアさん。身長は私よりも彼女の方が低いし、外見年齢でいえば団長と変わらないくらいだが、なんというかこう、貫禄のようなものを感じる。強いて言うなら、実家の祖母―――

 

「余計なことは考えないように。いいね?」

 

アッハイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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