「―――という訳であんたたちぃ! 道中の護衛しっかり頼むぺこよ! 積荷がダメになったらぺこーら達この冬乗り越えられねーぺこ!」
荷台の上でぺこぺこと叫ぶのは今回の依頼主である兎の獣人女性こと
青と白の髪を三つ編みにして左右へ流しており、その三つ編みには何故か所々に人参が突き刺さっている。黒いバニースーツの上から白を基調としたファー付きのワンピースを重ねるというなんとも奇抜なファッションだが、彼女が身に付けているとさほど違和感を感じないから不思議なものである。
今回の依頼は、ぺこらさんの御家が営む農場から王国に向かう道中の護衛任務だ。季節は夏に差し掛かる頃だが、冬を越すための備蓄や来季に向けた種籾の仕入れなどを考慮すると、商いをするにはこの時期がちょうど良いのだろう。
ぺこらさんのご両親、つまりはこの『兎田農園』の農場主から直々の依頼が舞い込んだのが先週のこと。ゆくゆくはこの農場を継ぐ娘に経験を積ませてやりたいが、最初はやはり心配なので信頼出来る白銀聖騎士団に娘の護衛をお願いしたい―――とのこと。
そして、今回はノエル団長の人選のもとで隊を編成している。団長の友人でもあるぺこらさんの護衛に選ばれるということ、それ即ち信頼の印に他ならないだろう。
心の中で最敬礼を送りつつ、再度出立前の確認を行う。特に問題も見当たらなかったため、ぺこらさんに声を掛ける。
「―――。」
「よーし、それじゃあ出発するぺこ。重たいかもしれないけどあんたたちも頑張りな〜! 到着したら美味い人参食わしてやるぺこだからね〜」
御者台から、荷馬車を引く馬にそう語り掛けるぺこらさん。言葉が通じているのか、任せろと言わんばかりに嘶きを返してかっぽかっぽと進み始める。手綱もないのに真っ直ぐ歩いていく辺り、どうやら本当に意思疎通が図れているらしい。
後方の部下たちにハンドシグナルで指示を出し、荷馬車を囲うように人員を配置する。有事の際すぐ護衛に入れるように、私はぺこらさんの隣についた。
農園から王国まではそれなりに距離があるが、道程自体は1本道だ。この辺りの地域で報告に上がるような獣の類は居なかったはずだし、時期を見ても天候の急変や環境生物の異常発生も起こりにくいだろう。
周囲に目を配りつつ、考えられる危険因子を脳内でリストアップしていく。なにせ護衛対象は団長の友人だ。言い方は悪いが王国貴族の警護任務より余程緊張するし、有事に備えすぎて悪いということもないだろう。
ふと、隣のぺこらさんから視線を感じる。ちらちらと時折こちらを見ているようだが、話しかけてくる様子はない。警戒されているというのも少し違うようだが……
「―――?」
「うぇっ!? あ、べ、別になんでもないぺこだけど、ノエールから聞いてた話そのまんまな人だな〜って思って……あ、悪い意味じゃないぺこだよ!? ほんとに仕事熱心っていうか、真面目っていうか!」
任務中なのだからそれはそうなのでは。
団長からは『キミはもっと笑ってた方が素敵だと思うけどなぁ』と言われたこともある。が、どうにも私は公的な場ではほとんど表情筋が動かないのである。無感情ってワケじゃないけど無表情なんですよねー、とはマリンさんの談だ。
ぺこらさんの隣を歩くのが団長であれば話も弾んだ事であろうが……残念ながらトークスキルは鍛えていない私である。外交を行う際にはかなり助かっている表情の少なさが実は致命的なのではと、ここ最近思い始めていたりもするのだ。
「―――。―――?」
「ぺこらさんは分かりやすい? え? ぺこーらそんなに顔に出てるぺこ? 自分じゃあんまり意識したことないぺこなんだけど」
ぺたぺたと自分の顔を触っては首を傾げるぺこらさん。感情をストレートに表現するタイプなのか、ころころと変わる表情は見ていて飽きない。加えて、頭頂から生える立派なうさ耳が彼女の内心を表すかのように動くので非常に分かりやすいのである。
まず間違いなく腹の探り合いや騙し合いには向かないヒトなのだろうな、と場違いな感想を抱きつつ、当たり障りのない会話を続けていく。ぺこらさんは意外と人見知りをするようで、最初は探り探りといった様子で話をしていた。
しかし、ノエル団長をはじめとしてぺこらさんと共通の話題には事欠かない。互いのことを話していくうち、徐々にではあるが彼女の顔から緊張が薄れていく。
「―――?」
「うーん……まぁ大体は分かるぺこ。人と接する時間が多い動物ほど詳細まで汲み取り安いぺこだけど、野生動物なんかはニュアンス的になんとなーく分かる程度ぺこ」
「―――、」
「生まれた時からずっとそーいうもんだと思ってたぺこ。むしろあんた達が動物とコミュニケーション取れないってわかった時の方が衝撃だったぺこ」
「―――?」
「厩舎とか行ったら大変そう? ファッ↑ファッ↑ファッ↑ファッ↑ファッ!! ……えちょっと、なにあんた珍獣見るみたいな目ぇしてるぺこなんですけど? 言いたいことあるなら言ってみなぁ? ん??」
特徴的な笑い方だなぁとか思ってませんとも、ええ。
◇◆◇
馬を進めること数時間。
王国まで残り半分に差し掛かろうかという林道で、問題は起きた。
「はっはァ! 命が惜しけりゃ積荷と身ぐるみ、全部置いていって貰おうかぁ?」
いかにも三下ですと言わんばかりのセリフを吐くのは、オークのようにでっぷりと肥え太った山賊の男。周囲にはざっと数えて30人ほどの山賊たちが斧やマチェットを手に、血走った目をギラつかせている。
どこから嗅ぎ付けたのか、今回の運送ルートを把握して待ち伏せされていたようだ。我々だけならこの程度の人数差は問題にならないのだが、今回はぺこらさんを含めて積荷を護りながらの戦闘だ。イレギュラーが起きないとも限らないが、
―――黙ってやられるつもりもない。
返答の代わりに無言で剣を抜き放つ。部下たちも各々得物を構え、ぺこらさんの乗る荷馬車を背に円陣を組んで素早く戦闘態勢へと移っていた。
部下のひとりが声を上げる。
「貴様ら、我々が白銀聖騎士団と知っての狼藉か」
「応とも。てめぇらを狙うためにわざわざ待ち伏せしてたんだからよぉ。しかも副団長サマまで居るたぁツイてるねぇ! こいつは俺たちの名を売るまたとないチャンスだぜぇ!!」
下卑た笑いがそこかしこで起こる。数を揃えただけで既に勝った気でいるならばおめでたい限りだが、襲撃を仕掛けてきたからには何かしらの策があるのだろう。油断なく周囲を警戒していると、山賊の頭目らしき男が胴間声でがなり立てる。
「まずは邪魔な騎士サマ達から片付けるとするかぁ? ―――出番だぜ犬公! 精々働きな!」
ズン、と地面が揺れる。
木々をなぎ倒しながら現れたのは、体高5メートルはあろうかという巨大な狼だった。特徴的な青白い体毛を逆立て、鋭い牙を剥き出しにしてこちらを威嚇している。……この獣は。
「なっ、アルマガルムだと!? 隷属化しているのか!?」
『GYAOOOOOOOOO!!!』
ビリビリと鼓膜を震わせる大音量の咆哮。狼型の魔獣アルマガルムは高い知能を有しており、人間に付き従うことはまずありえない。となれば、隷属魔法で強制的に傀儡としている魔法使いがどこかに居るはずだ。
そいつを倒せば隷属化は解ける。仕組みとしては簡単だが、山賊とアルマガルムを相手にしながら魔術使いを探し出すのは正直厳しい。部下たちは迎撃に、私はアルマガルムを抑え込むので精一杯になるだろう。
何か打開策は―――
「あわわわ……なんかやべーやつ出てきたぺこ……!? しかもなんかめっちゃ怒ってるし、これぺこーら食われるんじゃねーぺこか!? 」
……あるかもしれない。
「―――!!」
「うぇっ!? なにぃ!? こいつを操ってる魔術使いを探して欲しい!? そ、そんなこと言われてもぺこーら全然戦えねーぺこなんですけど!?」
「―――。―――!」
「音で分かるぅ!? あんたそれ本気で言ってっ……あーもう! やるしかないぺこ!? これでやられたらマジで許さないぺこだからな!」
「なにをごちゃごちゃ話してんだぁ!? おら、やっちまえ!!」
頭目の合図で、山賊たちが一斉に襲いかかってくる。荷車とぺこらさんの護衛は部下に任せ、アルマガルムを相手取るために前線へと飛び出していく。
素早い動きに牙や爪を使った攻撃が脅威的ではあるが、アルマガルムは本来群れで狩りをする魔獣だ。統制の取れた群れならともかく、一頭だけなら私でも何とか渡り合える。
振るわれる爪をいなし、迫り来る牙を避け、時間を稼ぐことを目的にアルマガルムをその場に釘付けにする。横目にぺこらさんの様子を見てみると、うさ耳を忙しなく動かして術者の所在を探っているようだ。
私もその方面に明るい訳ではないが、隷属魔法の仕組みは洗脳に近く、多くは音を用いて対象の意識を縛るという。対象とする相手にのみ効果を発揮するよう調整するので、その他の生物が聞いてもただの不快な音にしかならないとか。
人間の私にはその音とやらは聞こえないが、聴力に優れた獣人であるぺこらさんならあるいは―――
「うぁ……ッ、なにこの……!? ちょっとあんた、あっちの方からすげー気持ち悪い音してるぺこなんですけど! さっき言ってたのってこれのことぉ!?」
「―――!!」
読み通りだ。
攻撃を捌きつつ、ぺこらさんが示した方角を確認する。木々の間に隠れるように、黒いローブが揺れているのが見えた。奴が隷属魔法の術者で間違いないだろう。
簡単な光魔法でアルマガルムの眼を眩ませると同時、身体強化魔法で脚力を跳ね上げ一息に距離を詰める。慌てて迎撃に移ろうとする黒ローブに先んじて、側頭部へ剣の柄頭をぶち込んで昏倒させた。
これで、隷属魔法の効果は切れるはずだが……。
目眩しから回復したらしいアルマガルム。周囲の状況を把握出来ていないのか、唸り声をあげながらも襲い掛かってくることはない。どうやら解除には成功したようだ。
「ちっ、魔法が解けやがったか! まぁいい、暴れてくれりゃあ結果は同じ―――」
『(あんた聞きなぁ! あんたに魔法かけてこき使ってたのはそこのバカタレ共ぺこ! ぺこーら達はあんたを助けてあげたぺこだよ!)』
「あぁ? 何言ってやがんだこの兎女?」
突然、鳴き声のような声を上げるぺこらさん。一瞬、何を言っているのか理解出来なかったが、ふと気付く。そもそもあれは私たちに向けた言葉ではなく、語り掛けている対象は―――アルマガルムだ。
『(野生の誇りを汚した奴らぺこ! やっちまいなぁ!)』
『GUOOOOOOOOO!!!!』
「なんだこいつ急にっ、ぎゃああああああ!!!」
「に、逃げろ! 殺されるぞ!!」
先程とは一転、私たちではなく山賊に文字通り牙を剥いたアルマガルム。有象無象を束ねた程度の戦力で魔獣を相手にできる訳もなく、我先にと散り散りに逃げていく山賊。私たちとは違い、魔獣は手加減も容赦もしない。逃げ遅れれば死するのみだ。
一瞬で近くにいた山賊を3人ほど噛み殺したアルマガルム。一際長い遠吠えの後、視線を此方に向けた。武器を構えようとする部下たちを手で制し、互いに動くことなく睨み合う。
しばらくそうしていたが、先に動いたのはアルマガルム。自らが噛み殺した山賊の死体を咥えると、フンと鼻息を鳴らして森の奥へと消えていった。
アルマガルムの姿が消えてから1分ほど経ち、ようやく警戒を解いた私は大きく息を吐いた。ぺこらさんは無事、積荷も無傷、部下たちにも怪我はない。予想外の襲撃ではあったが、こちら側の被害ゼロで抑えられたのは不幸中の幸いだろう。
「しッ、死ぬかと思ったぺこ!! え、ぺこーら生きてるぺこだよね!? 実は死んでましたとかいうオチは嫌ぺこなんですけどぉ!? ちょっとあんたぺこーらの声聞こえてる!? 大丈夫ぺこか!?」
「―――。」
「なに笑ってんだバカタレ!」
ぺこらさんの慌てる姿を見ていると妙に落ち着くのは何故なのか。
◇◆◇
そんなトラブルもあったものの。
日没前には王国の城下町へとたどり着くことができた。護衛の範囲としてはここまでになるのだが、どうせ来たのだからと卸先までついて行くこととした。部下たちは襲撃の件についての報告を上げてもらうために先へ本部へと帰還させている。
夕方となって活気づき始めた市場の喧騒に目を白黒させるぺこらさんを微笑ましい気持ちで眺めつつ、ゆっくりと人混みの中を進んでいく。
「おっ、副団長殿じゃねぇか! 任務帰りかい? ご苦労さん!」
「騎士様、今日もお勤めご苦労様でした」
「きしさまおかえりなさーい!」
「おぉ騎士様! 今日は新鮮な魚が揚がったんだ! 是非帰りに寄っていってくれよ!」
「……あんた、大人気じゃん。人気者は色んな意味で辛いぺこだな」
四方八方から送られる労いの言葉を聞いて、ぺこらさんは小さく笑った。
国や民を守護するのは騎士の責務として当然のことであるが、それは一方的なものであってはならない。私たちが国を愛するように、私たちも国から、民から愛されてこそなのである。
「―――。」
「私は何もしてない? 全てはノエル団長の活躍があってこそ……って、あんたも素直じゃない奴ぺこだねぇ。まぁそりゃ基盤を作ったのは確かにノエールかもしれないけど、あんたたちの頑張りがなんの意味も持たないなんてことは有り得ねーぺこ」
「実際ぺこーらは今日あんたたちに助けられたぺこだし……滅私奉公の志は良いぺこだけど、行き過ぎた謙遜は逆に嫌味に取られちまうぺこだからな! あんたはもっと胸張って堂々としてりゃいいぺこ。この街の住人は別にノエールだけに感謝してる訳じゃねーぺこだろうし……まぁ、他所の事情だからぺこーらがあんまりアレコレ言うのも良くないかもしれねーぺこだな、うん」
……なるほど。
団員以外からの視点では、そう映ることもあるのか。質素と清貧が旨である故に必要以上の誇示はしないよう心掛けてきたのだが、それが逆に壁として映ってしまうこともあると。ぺこらさんのように、気ままに振る舞うことも時には大切ということか。
「兎の嬢ちゃんの言う通りだぜ副団長殿。てなワケでほれ、せっかく町まで来たんならこいつを引いていきな! 在庫処分も兼ねた景品のクジ引き、ハズレはなし!! 副団長殿は無料サービスだ!」
ぺこらさんのよく通る声で大方の内容は聞かれていたのか、雑貨屋の店主がそう言いながらクジをこちらへ差し出してくる。……こういった好意も、素直に受けとっておくべきなのだろう。
お言葉に甘えて、と1本引き抜く。
クジの先は黒。……これは、どうなんだろうか。
無言で首を傾げる私を見た店主が豪快に笑う。
「がっはっはっはっ! 幸運の女神は今日は寝てるみてぇだな! 6等は紅茶の瓶詰めだ、持っていきな!」
「ファッ↑ファッ↑ファッ↑ファッ↑ファッ↑ファッ!! あんたツイてないぺこだねぇ、ちょっとぺこーらに任せときな!」
「おっと、嬢ちゃんは1回200ゴールドな」
「アッ、ハイ。すいません……おっし、行くペこ。見てなよあんた! おらァァァああああ!!!」
ぺこらさんの人見知りが発動。私を煽り散らかしていた時のイキイキした状態から一瞬で借りてきた猫のように大人しくなっている。私への対応はまあ、それなりに気を許してくれているということで別に何とも思わないのだが、落差がありすぎて本人が疲れないかだけは心配だ。
店主から紅茶の瓶を受け取り、蓋を開けて香りを確認。……ネザーウッド産の茶葉とは、6等の景品としては破格に過ぎるのではなかろうか。在庫処分と言っていたし、有難く貰っておくことにするが。
今日の報告が終わり次第、団長へ一杯淹れて差し上げてみるとしよう。夕暮れに染る空を見上げ、そんなことを考える。
きtらあああああああああ!!!! というぺこらさんの絶叫と共に、特賞の当たりを告げる鐘の音が市場に木霊するのだった。