Hologram Diary   作:パラベラム弾

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6期生
沙花叉クロヱ① Alternative


世の中には、裏稼業というものがある。

 

通常ではありえないレートの取引だったり、ちょっとアブないお薬の開発だったり、荒事や抗争だったり、それに参加する傭兵や用心棒だったり。表社会に馴染みのないお仕事を請け負っている人間は、当然その素性も大手を振って公表する訳にはいかない。

 

だからこそ、そんな彼ら彼女らを束ねる裏の世界のリーダー的存在が必要になってくる。諸人を惹き付ける、ある種のカリスマを有する人達の元に集えば、組織や会社が出来上がるのも自然な事だ。

 

かくいう私も例に漏れず、構成員の1人としてとある組織に名を連ねている。高名な大悪魔の名を冠する総帥のもと、一癖も二癖もある4人の実力者と私たちのような下っ端達で構成される、裏社会でも名の知れた大組織。

 

 

 

 

 

それが、秘密結社holoX(ホロックス)である。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

某日、昼下がり。

 

基地の廊下を歩く私の手にはバケツとモップ。バケツの中には雑巾やらポリ袋やらハタキやら除菌スプレーやら、とにかく様々な掃除用具がぎっしりと詰め込まれている。頭に三角巾を装着し、マスクを二重にした上でゴム手袋まで嵌めているのだから、傍から見れば文字通りの掃除屋である。

 

しかし、こんなフル装備の私が向かっているのはガチの『掃除屋』の部屋。正直言って非常に気が重いのだが、我らが総帥直々の命令とあってはYes My Dark!(了解しました)以外の返答なぞ出来るはずもなく。

 

すれ違う同僚たちに奇異の視線を送られつつ、向かう先は幹部棟。総帥から貸与された上位IDカードキーをパネルにかざし、高級そうな絨毯が敷かれた区画へと足を踏み入れた。

 

背後で扉が閉まると同時、あれだけ騒がしかった構成員達の声が一切消える。廊下を照らす照明の暖かな光とは裏腹に、静まり返った空気に凄まじい場違い感を全身に感じながら歩を進める。

 

案内板なんてものは無いが、ここへ来るのが初めてという訳でもないので今更迷う事もない。子鹿のように震えながらさまよい歩いたことも、今となっては昔の話である。

 

閑話休題(それはさておき)

 

目的地という名の戦場へと辿り着いた私は、深呼吸をひとつしてから呼び出しボタンを押したのだが……返事が、というよりも反応がない。幹部棟は全部屋に声紋認証システムか搭載されているので、部屋主の返事があればロックは解除されるはずなのだが。

 

数秒待ってもう一度押してみるが、扉はがっちりと施錠されたまま。

 

呼び出しの音に反応しないとなると、寝ている可能性が高い。

 

となれば最終手段。部屋に無断で侵入するのは非常に申し訳ないが、そんな事を言っている暇はないため即座に行動。懐からシャチの図柄が描かれたカードキーを取り出し、タッチパネルに滑らせる。

 

ポン、と軽い電子音と共にロックが解除され、スライド式の扉が滑らかに開く。

 

一言断ってから中へ入ると―――そこは、ゴミの山だった。

 

ミルフィーユの如くオブラートで包んで表現をぼかしたとしても擁護できないくらいの汚部屋が広がっていた。開けっ放しのダンボールやパッケージがそこかしこに散らばり、入り切らなくなった紙くずや包装紙が小さなゴミ箱からこぼれ落ちている。床は脱いだ衣類やタオル類、積み重なったビニール袋で埋め尽くされ足の踏み場がなかった。

 

とてもじゃないが人の住む空間ではない、と戦慄しつつ、部屋の奥に据え付けられたベッドに視線を向ける。

 

そこには、こんなゴミ部屋からは想像もできない程に可憐な少女がすやすやと寝息を立てていた。

 

色素の抜けた薄い灰色に、黒い三日月が跳ねた特徴的な髪。眠りについた穏やかな表情が、あどけない印象の顔立ちを更に幼く見せている。しかし、寝返りの際に着崩れたらしいキャミソールから覗く谷間は意外なほど深く、危険な色香を漂わせている。

 

よくもまあこんな部屋で爆睡できるなと呆れ半分感心半分のため息を吐いてから、この惨状を作り出したゴミ部屋の主こと沙花叉(さかまた)クロヱさんの肩を揺する。

 

「ぅ、ん……んー……、もぉすこし、ねかぇて……」

 

寝起きに弱いクロヱさんの舌っ足らずな甘い声に、思わず手を弛めてしまいそうになる。が、心を鬼にして声をかけながら覚醒を促すことしばらく。可愛らしい欠伸と共に、ようやく彼女の意識が眠りの淵から引き上げられてきた。

 

「ふわ……ぁ、おはよぉ、飼育員さん……」

 

「―――。―――?」

 

「ぽぇ……? あ、部屋のお掃除しにきてくれたんだ。ありがとね、ここ最近任務続きで忙しくって……ちょっと散らかっちゃってるけど」

 

この惨状を『ちょっと』と表現するのは無理があるのでは、と喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。ともあれ部屋主の了承は得られたので、早速取り掛かることにしよう。

 

腕まくりをして気合を入れ、ゴミの山に向かって突撃を敢行した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

掃除を開始してから1時間。

 

ようやく散らばっていたゴミよりも床の比率が高くなってきた所である。文字通り足の踏み場がない状態から、なんとか人が生活できるレベルまでは持ち直せたのではなかろうか。生ゴミが混じっていなかったのは本当に幸いだった。

 

次は、溜まった衣類の洗濯になるのだが……これは流石に本人にやってもらった方が良いだろう。シャツや上着だけならまだいいが、この様子だと下着類が出てきてもおかしくはない。そんな見え見えの地雷に突っ込んでいく程の勇気は持ち合わせていないのである。

 

「―――、?」

 

「えぇー……さかまたがやるのぉ? 折角だし飼育員さんがやってくれればいいじゃん」

 

「―――。」

 

「下着とかもあるしそれはダメ? さかまたは別に気にしないけどなぁ。むしろほら、さかまたのパンツだよ? こんな近くで見て触れる機会なんて滅多にない―――ねぇ汚いとか言わないでよぉ!?」

 

ぽぇー! と抗議のスタンスを取るクロヱさんだが、そういったセリフは毎日風呂に入ってから言ってほしいものである。一部の特殊な人間を除いて、男女問わず衛生面の観点からご遠慮願いたい。

 

かといって、

 

「―――?」

 

「お、お風呂はねぇ……さかまた疲れてるから、今はいいかな、うん!」

 

何を隠そう、クロヱさんは大の風呂嫌いなのである。シンプルな風呂嫌いに加えて元々の低血圧があるため、湯に浸かった後はあまり体調が優れないことが多く、風呂に入らない方がコンディションは良いとかなんとか。

 

しかし『風呂に入らない』という事実が周囲の人間に与える印象の悪さはトップクラス。本人が気にしていないからといって、周りがそうとは限らない。

 

「―――?」

 

「……え? 前に入ったのは何日前か? ん、んー……任務帰ってきた直後だったから3日前―――えっ、ねぇ今さかまたのこと臭いって言った!? 臭いって言ったよねぇ!? そんな臭わないよさかまたは! ほら! ほら嗅いで!どう!? 臭わないでしょ!?」

 

「―――!?」

 

クロヱさん的にスルーできない発言だったらしく慌ててベッドから跳ね起きると、此方へと駆け寄ってくる。が、今のクロヱさんは頑丈なコートを脱いだキャミソール姿だ。そんな格好で、顔面偏差値が高すぎる美貌を間近で見せつけられてはこちらの心臓が持たない。

 

というか、クロヱさんの言う通り鼻につく臭いが全くしないのが驚きである。むしろ、さらりと流れる髪からほのかに甘い香りすら漂ってくるではないか。流石に体質がバグっているのでは? ボブは訝しんだ。

 

餅のような頬を膨らませるクロヱさんを宥めすかしてやんわりと押し戻しつつ、それとなく風呂……まではいかずとも、シャワーで汗を流してきてはどうかと提案してみる。彼女も女性なのだから、その辺は気にするはずだ。

 

「ん……まぁ、そうだね。ルイ姉たちとの用事もあるし、ちょうどいいかも」

 

どうやら上の面々で会合か何かがあるらしく、私の提案に対し素直に首を振ってくれた。人と会う時にはやはり身だしなみを気にするようだ。さしものクロヱさんも、そこまで自堕落になっていなくて良かった良かった。

 

歩きやすくなった部屋をすいすいと抜けて、クローゼットをがらりと開くクロヱさん。私は部屋の片付けを再開しつつ、視線を床に落としてそちらを見ないようにする。……ゴミの分別はあらかた終わっているので、次は掃除機とクイッ○ルワイパーで床の掃除に取り掛かるとしよう。

 

いそいそと準備する私の背後から、声が掛けられる。

 

「じゃあ飼育員さーん、さかまたシャワー浴びてくるねー。そんなに時間かからないと思うけど―――」

 

そこで途切れる。どうしたのだろうか、と振り向いた瞬間。

 

「―――覗いちゃダメだよ?」

 

反対側の耳元で、甘い囁き。

 

背筋を羽毛でなぞり上げられたような感覚が走り抜け、思わず耳を抑えながら慌てて身体ごと飛び退いて向き直る。その時にはもう、イタズラな笑みを浮かべたクロヱさんは脱衣所へと消えていくところ。

 

……ほんとにあの人は……。

 

まったく気配を感じさせない接近に『掃除屋』の片鱗を垣間見つつ、ため息と共に掃除を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「はーさっぱりしたぁ!」

 

シャワー上がりでほこほこと湯気を立てるクロヱさん。ご満悦の表情でベッドに寝転がっているが、それならもっと早く入浴すれば良かったのではないだろうか。言っても聞かないだろうし言わないけれども。

 

「飼育員さん、さかまたが居ない間に変なことしてない〜? カメラ仕掛けたりとかしてないよねぇ?」

 

……あの、片付け中なので後にしてもらえると助かるんですが。

 

「―――。」

 

「……さかまたが言うのもアレだけど、こんな美少女にそんな塩対応出来るの凄くない? え? さかまたってもしかしてあんまり魅力ない?」

 

微妙な表情を浮かべるクロヱさん。本人は文句無しの美少女なのだが、いかんせん残念な部分が多すぎてマイナスに偏っているだけなのである。身近に鷹嶺さんのような完璧超人が居ることもあって、比較対象のレベルが高過ぎるというのも否めないが。

 

「え? クロヱさんは素敵なところもありますよ? 『も』ってなんだよ『も』って! フォローになってないんだけど!? さかまただってやる時はしっかりやるんだからね! 飼育員さんは普段のさかまたを知らないからそういうこと言えるんだよ!」

 

「―――?」

 

「いやっ……部屋、の片付けは! 任務で外に出ることが多いから時間取れないだけだし! ……分かった。じゃあ、さかまたの魅力を再確認してもらう為に、飼育員さんのお願いをひとつ聞いてあげるね? なんでもいいよ?」

 

ん? 今なんでもするって言いました?(幻聴)

 

「―――、?」

 

「うん。いいよ? ……さかまたにしてほしいこと、言ってみて?」

 

ごくり、と無意識に生唾を飲み込む。

 

私は―――

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

普段なら、絶対に見ることも触ることもできないだろう。

 

クロヱさんが申し出てくれた今だからこそ、この手でじっくりと堪能することができる。

 

その幸運を噛み締めるように、この光景を脳裏に焼き付けるように。

 

「―――?」

 

「え? あー、これはワイヤー使う時に嵌める手袋。ソコの輪っかにワイヤーが仕込まれてるから触らないでね。素手で触ると指落ちるよ」

 

「―――!?!?」

 

「そっちは仕込み暗器。袖口とかに隠しとくと不意討ちに使いやすいんだよね」

 

「―――!?!?!?」

 

「それは見ての通りただのコンバットナイフなんだけど―――いや待ておかしいだろぉ!?」

 

ぽえぇぇ!! とキレ散らかすクロヱさん。

 

「おかしい……絶対おかしいって……さかまたのことはスルーなの? 確かになんでもいいって言ったけどさぁ、あんな状況で迷いなくその選択肢取れるのはホントに凄くないか? さかまたへの対応が非常によろしくて泣きそうなんだけど」

 

私がクロヱさんにお願いしたのは、彼女が仕事で使用する道具を見せて欲しい、というものだ。holoXの『掃除屋』はその仕事の内容が内容だけに、組織の中でもあまり表立って動くことは無い。

 

一般構成員も利用するエリアではクロヱさんは基本的にマスクで素顔を隠しているし、あまり喋らない謎の多い人物として振舞っているのである(実態はさておき)。

 

しかし、実際のところどんな仕事をしているのか気にならないといえば嘘だ。私の知る限りではPON全開なクロヱさんだが、その腕に関しては総帥からのお墨付きを貰っているのだから人は見た目で判断できないいい例である。良くも悪くも。

 

ひとしきり堪能させて貰ったので、そろそろ本気で凹んでいそうなクロヱさんのフォローに回る。部屋は片付いたのに本人の周囲だけ空気が澱んでいる感じがするのは気の所為だろうか。

 

「―――。?」

 

「ぽぇ……? さかまたはちゃんと魅力的な女性だから心配しないでほしい? ふんっ! 今更そんなこと言われたって……」

 

「―――、―――!」

 

「等身大の目線で接することができるからつい気が緩んじゃう? ふ、ふーん……? まぁ、そういうことなら仕方ないけどさぁ……」

 

「―――!!!!」

 

「えっ? 普段とは違う奔放な姿に魅了されるんです……? ……も、もぉーしょうがないなぁ! そんなに言うなら許してあげなくもないけど! やっぱさかまたの可愛さ出ちゃったかなぁ!?」

 

ぽぇぽぇと鳴きながらにっこにこのクロヱさん。

 

ひとつ言わせて貰うとすれば、

 

 

 

 

―――そんなチョロさで大丈夫か?

 

 

 

 

 

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