Hologram Diary   作:パラベラム弾

7 / 10
鷹嶺ルイ① Alternative

腹が、減った。

 

幽鬼のように覚束無い足取りで、ふらふらと廊下を歩く。

 

情けない声を上げる腹の虫をすぐにでも宥めたいところではあるが、生憎と今の私の冷蔵庫には食材と呼べる物は何一つ入っていないのである。最後の希望だった乾パンも昨日で食べきってしまったし、頼れるもやし先輩も居ない。

 

給料日を明日に控えてこそあれど、空きっ腹を抱えて今日一日を乗り切れるかどうか怪しいところだ。そもそもこのぼやけた思考でまともに仕事が出来るかどうか。

 

ああ、食べたい。

 

血の滴るような分厚いステーキ。ふわとろ卵のオムライス。じっくりと煮込まれたカレー。肉々しいまでに盛られた牛丼。フレッシュな野菜を挟んだサンドイッチ。

 

意図している訳でもないのに次々と脳裏に浮かんでは消えていく料理の数々。というか、具体的なイメージが浮かんできたせいで余計に空腹が増したような気がする。策士策に溺れるとはまさにこの事か……?

 

いよいよ思考が回らなくなってきたところで、踏み出した足からかくんと力が抜けた。まずい、と思ったが踏ん張ることも出来ず、同時に意識が急速に遠のいていくのを感じる。

 

狭まっていく視界の中、猛禽類のような黄金の双眸が見えたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――知らない天井だ。

 

目覚めた瞬間に浮かんできたのはそんな言葉だった。

 

確か、廊下で気を失ってしまったはずだが……どうやら誰かが助けてくれたらしく、柔らかいソファーをベッド代わりにタオルケットが掛けられていた。起きようとしたが鉛のような身体を動かすのも億劫で、視線だけを動かして周囲の状況を確認する。

 

室内は落ち着いたワインレッドとマホガニーで統一されており、奥に見える棚にはワインボトルが並べて置かれている。いくつか並んだ丸椅子に、広々としたオープンキッチン。利便性と機能美を兼ね備え、小綺麗に整頓された部屋は居心地の良い空間を作り出していた。

 

クロヱさんの汚部屋とは真逆だなぁ、とシンプルにクッソ失礼な感想が浮かんできたのは許して頂きたい。なにせ私のお腹は未だに空っぽであり、脳に回すエネルギーなぞ残っていないのだ。

 

などとぼんやり考えていると、突如視界の半分を覆う鳥さんの顔。灰色がかった体毛と、マントのファーのように生え揃った白いワンポイントが特徴的な鳥さん。頭には餅のような丸っこい雛鳥が二匹乗っかっている。何を言っているのか分からないと思うが私も何を言っているのか分からない。だがそれ以外に形容できないのである。

 

慌てて上体を起こすと、

 

「―――おや、目が覚めたかね?」

 

隣から投げ掛けられたその声に、霞がかった頭が一発でクリアになる。

 

女性にしては少し低めの、落ち着いた声色。短く揃えた薄桃色の髪はところどころ白く色が抜けており、鳥類の翼を思わせる。モデルのような長身にスラリと伸びた四肢、ボディラインを浮き彫りにするタイトな服。部屋の内装に溶け込むようなマントが、人の上に立つ者の気風を感じさせる。

 

―――holoXのNo.2、鷹嶺(たかね)ルイさん。

 

組織の経営を一手に担う、頼れる女幹部だ。

 

「―――っ!」

 

「ちょっと、そんなに動いて大丈夫? 廊下で倒れそうになってたから運んできたんだけど……どこか悪いなら、こよりに診てもらった方がいいんじゃ……」

 

心配そうに眉を下げるルイさん。お心遣いは非常にありがたいが、あの人に身体を任せるのは焼肉のタレを頭から被って肉食獣の檻へ入っていくのと何も変わらないので。控えめに言って被検体確定である。

 

しかし、気を失うというのも実際そうあることでは無い。ルイさんにこれ以上気を遣わせるのも申し訳なかったので、恥ずかしながらも素直に白状することにした。

 

うんうん、と真摯に話を聞いていてくれたルイさんだったが、途中から困ったような顔になり、最終的には片手で顔を覆って項垂れてしまっていた。……いやまあ、そうなりますよね。空腹でぶっ倒れましたなんて間抜けにも程があるので。

 

「や、違うんですよ。いくらholoX(ウチ)が資金難とはいえ、そこまで切り詰めないと食べていけない程だったのか、とショックを受けておりまして……」

 

「―――、」

 

「えっ? もやし!? ちょ、ちょっと待って! 今からキミの給与明細見直してみるから!」

 

言うが早いか、どこからともなく取り出したノートPCを何やら高速で叩き始めるルイさん。重要データも入っているだろうし画面は覗かないようにしているが、彼女からすればあまり宜しくない方向に進んでいそうな気配はヒシヒシと感じる。

 

「基本給がこれ、手当がこれ。雑費と支給品は抜くとして、業務と追加業務はOKで……月々の勤怠もしっかり切ってあるし……ん? あれ? キミ、確かクロヱの部屋掃除とか、こよりの実験手伝ってたりしたよね? それ、特別業務として申請してくれてる?」

 

「―――?」

 

「通常の時間外業務とは別に、幹部メンバーに対して直接的なサポートを行う場合は特別業務として別途手当が出るんだけど……そういう話、聞いてない?」

 

(聞いて)ないです。

 

ルイさんの話が本当なら私はもう少し給料を多く貰えていたということであり、ここまで食い詰める必要もなかった………ってコト?!

 

愕然とする私と、額に手を当てて天を仰ぐルイさん。

 

「まじかぁ……ラプ……そういう大切な話はちゃんと書面で通知しなさいっていつも言ってるのに……。キミも、本当にごめんね? しっかり伝えてなかったこっちが悪いし、未申請分の給与にちょっと色つけて支払わせてもらうから。今日は有給扱いかつ、残日数は据え置きにしておくね」

 

「―――。」

 

「いいのいいの、キミは何も悪くないし。後は……あ、そうだ。お腹すいてるって言ってたよね。お詫びと言っちゃあアレだけど、私で良ければ何か作るよ。嫌いなものとかある?」

 

そう言ってコートを脱ぎはじめるルイさん。了承する前に動き始めるあたり善意で言ってくれているのは分かるのだが、流石にそこまでお世話になる訳には―――と、遠慮しようとしたところで。

 

大人しくしていたはずの腹の虫が、部屋中に響き渡る程の叫びをあげる。飯が食えるとなった瞬間元気になる辺り、丸一日絶食した分の恨み辛みは相当に深いとみえる。

 

「―――、……。」

 

「あははっ。それじゃあすぐに作っちゃうから待っててね」

 

しかしこの人本当になんでも出来るなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

台所こそ我が戦場と言わんばかりに手際よく調理を進めていくルイさんの後ろ姿をボケっと眺めながら、私の膝上を陣取る鳥さん(名前は『がんも』と言うらしい)を撫で回す。

 

ほらここかぁ!? ここがええのんかぁ!? とばかりに右の五指を巧みに動かして顎下から首元をカリカリと掻き回してやれば、目を閉じて気持ちよさそうに鳴き声を漏らすがんも。白い雛鳥×2(『つみれ』と『つくね』と言うらしい。非常食?)も左手で同時に相手をする。羽毛はふわふわとして非常に触り心地が良い。

 

気分はさながら飼育員。そういえば、クロヱさんも私のことを『飼育員さん』と呼ぶが果たしてどんな意味が込められているのだろうか。

 

FXで有り金全部溶かしたみたいな顔でがんも達を愛でる私を、肩越しに見遣ったルイさんが小さく笑う。

 

「や、凄いねぇ。そんなにリラックスしてるがんも、私も初めて見るわ。変な人に対してはめっちゃ威嚇するから、どうやらキミは無害認定されたみたいだねー」

 

「―――?」

 

「ん? うーん……、…………クロヱとか?」

 

クロヱさん、同僚に変な人認定されてますが。

 

可哀想だろさかまたがぁ!! と脳内でキレ散らかす一般通過シャチをスルーしつつ海へ帰していると、えも言われぬ良い香りが室内に漂い始める。食欲をハンマーで殴り付けられるかのような、暴力的な刺激。

 

腹の虫も鳴くどころかデスメタル並に騒いでいるが、そろそろ腹を食い破って直接食べに行きそうな勢いだ。頼むから上司の前でこれ以上の醜態を晒す前に自重してほしいところではある。

 

「あはは、そんなに楽しみにされると緊張しちゃうなぁ。急に食べ物お腹に入れると体に悪いから、まずはスープから。ゆっくり飲んでね」

 

そう言って出されたのは、トマトが丸々ひとつ入ったコンソメスープ。鮮やかな赤色と、黄金色に輝くスープの彩りが美しい。スプーンで崩せる程に柔らかく煮込まれたトマトを掬い、口へと運ぶ。

 

……じっくりと火を通すことで引き出されたトマトの甘みと僅かな酸味。コンソメの旨味がしっかりとした満足感を与えながらも、くどさを感じさせない絶妙な調和。これなら大鍋一杯でも飲み干せてしまうかもしれない……!

 

料理の美味しさもさることながら、久々に誰かの手料理を食べた気がする。しかも作ったのがルイさんとあれば、その感動は何倍にも膨れ上がる。

 

あ、なんか涙腺緩んできた。

 

「ッ……!」

 

「? どうし―――ぇえ!? ちょっ、なんで泣いてるの!? あ、熱かった!? それとも何か味付け失敗しちゃったかな!?」

 

な゛ん゛で゛も゛な゛い゛で゛す゛! と鼻水と涙を垂れ流しながらスープを啜る姿はさぞかし異様な光景だったことだろう。しんぱいそうにちらちらと私の様子を窺いつつも、鷹嶺シェフの腕は止まらない。

 

立て続けにカウンターの上に並べられていく料理の数々。ルイさんの得意料理だというビーフストロガノフに、瑞々しい葉野菜のサラダ。こんがりと表面を炙られたクロワッサンと、デザートにはリンゴやオレンジなどのカットフルーツ。もうコース料理としてお金を払ってもいいレベルだ。

 

美味しい。本当に美味しい! 人はあまりにも美味しいものを食べた時に言葉を失うというが、今がまさにそれ。本当は色々と感想を語るべきなのだろうが、今は何を食べても『美味しい』しか言えない。うおォン私はまるで人間火力発電所だ―――

 

吸い込むように料理を平らげていく私。ルイさんはカウンターに肘をつき、組んだ手に顎を乗せて嬉しそうに微笑んでいた。

 

「味の方はどうかな? おいしい?」

 

「―――ッ(無言の頷き)」

 

「それは良かった。喜んでもらえたのなら、作った甲斐があったってものさ。……っと」

 

不意に、ルイさんが身を乗り出した。

 

長い睫毛に縁取られたターコイズブルーの双眸が間近に迫り、心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。白魚のような指先が伸ばされ、私の頬に触れた。

 

突然のことに固まってしまった私。頬をなぞられるむず痒さに思わず目を瞑り―――

 

「―――はい、ソース取れたよ?」

 

…………え?

 

「え?」

 

キョトンとした顔で指にソースを乗っけたルイさんと、間抜けな表情を晒す私。唯一、隣のがんもだけが『何やってんだお前ら』とでも言わんばかりのため息を吐いていた。

 

…………冷静に考えてみれば、あの場面で汚れを拭き取る以外の目的は有り得ないだろうけども。有り得ないだろうけども! かといってこの胸のドキドキは一体どうしてくれるというのか!!

 

羞恥心で顔が熱くなるのを感じつつ、半ば八つ当たり気味にルイさんを睨む……という無礼は働けないので精一杯の抗議の視線を送ってみる。当の本人は全く自覚がないらしく、小首を傾げ―――

 

「?? 急にどうしたのよ……ん、美味しい」

 

ぺろりと指についたソースを舐め取っていた。

 

ッこの人は!! この人はもうホントッッ!!!!

 

『人たらし』とはこういう人のことを言うのかと納得しつつ、出された料理はしっかり完食した私なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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