Hologram Diary   作:パラベラム弾

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0期生
星街すいせい① Alternative


『―――すいちゃんはー?』

 

『『『『『今日もかわいいー!!!!』』』』』

 

揺れる青色のサイリウムが、光の海を形作る。

 

美しい衣装を身に纏う彼女は誰よりも眩しく輝いていて。

 

パフォーマンスで上気した頬が。スポットライトに煌めく汗が。魂を揺さぶる言の葉を紡ぐ声が。凛々しくも愛らしい笑顔が。演舞の如く流麗な踊りが。

 

彼女が織り成すもの全てが、より一層彼女の魅力を引き立てている。

 

偶像(アイドル)という言葉がこれ程相応しい人間がこの世に存在するのだろうか。そう思わずに居られないほど、ステージの上に立つ彼女は眩しくて、綺麗で、可憐で、美しかった。

 

その輝きを一度目にすれば、追い掛けずにはいられない。

 

 

 

彼女の名は、星街(ほしまち)すいせい。

 

 

 

彗星の如く現れた、スターの原石である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

彼女との関係は、街角の小さなライブハウスから始まった。

 

音楽に詳しくない私でも知っているような、有名なユニットのライブ告知の掲示。その隅に小さく貼られた、可愛らしい丸文字で書かれたソロライブの告知が目に留まって。出演者の欄をよくよく見てみれば、クラス名簿で見たことのある名前が載っていた。

 

最初は多分、興味本位だったと思う。

 

特別親しいという訳でもないが、まったくの見ず知らずという訳でもなし。興味半分、冷やかし半分の曖昧なきっかけだった。

 

チケットを購入し、メインホールへと流れる人波をかき分けかき分け、サブホールへと辿り着く。扉を開けてみれば、二十人も入れないような手狭なスペースには誰一人として観客は居なかった。

 

スポットライトに照らされる、小さなステージ。

 

その中央で彼女は―――すいせいさんは佇んでいた。

 

開始前の精神統一をしていたのだろうか。自然体で立ったまま目を瞑っていたすいせいさんが、扉を開ける音に気付いて此方を向いた。

 

勝気に吊り上がった深い藍色の瞳は、何処までも続く夜空と星々を思わせる。お洒落なチェックの衣装に身を包み、アップに纏めた水色の髪が活発な印象を与えている。ただでさえ整った顔立ちに薄く化粧が乗って、まるで―――そう。まるで、アイドルのようだった。

 

目線が合う。

 

少しだけ驚いたように目を見開いたすいせいさんは、数度瞬きをすると軽く会釈をしてくれた。そんな丁寧な対応をされるとは思っていなかった私は慌てて会釈を返し、席へと向かう。

 

他に観客も居ないので最前列を陣取ったは良いのだが。開始時刻の1分前になっても、私以外の席が埋まる気配はない。変わらず佇むすいせいさんと、一抹の不安を抱えて見守る私を他所に―――開演の合図が鳴った。

 

本当に大丈夫なのだろうか、と。何を心配しているのか自分でも分からないまま始まったすいせいさんのライブは、私の不安を吹き飛ばす程の衝撃を与えてくれた。

 

心に響く歌詞と、それを歌い上げるすいせいさんの力強くも美しい歌声。30分にも満たない時間で、歌った曲も数曲しかなかったけれど。それでも私は、今までの短い人生の中でかつてないほど心を揺さぶられていた。

 

もっと聴きたい。もっと聞きたい。すいせいさんの歌う姿をもっと見ていたい。彼女の放つ輝きを、もっと間近で見ていたい。

 

まぁ、要するに。

 

一言で言うと、ファンになってしまったのだ。

 

ライブが終わり、肩で息をするすいせいさん。額に流れる汗が、彼女がどれだけの想いでこのライブに臨んだかを物語っている。私は多分、思いつく限りの言葉で賞賛を送ったと思うのだが……生憎、どんな言葉を口にしたのかまではさっぱり覚えていない。ライブの衝撃が強すぎてそれどころじゃなかった。

 

それでも、私の言葉を聞いたすいせいさんは、弾けるような笑顔を見せてくれて。たった一人の観客と共に始まった彼女のファーストライブは、そうして幕を下ろしたのである。

 

以降、『アイドル』星街すいせいの映えあるファン第一号となった私は、欠かさず彼女のライブへと足を運んだ。最前列を陣取ってはサイリウムを振って声援を送り、ライブが終われば感想を書いて彼女の下駄箱へ入れた(恋文と勘違いされて一悶着あったらしい。すいせいさんから連絡先を叩き付けられた)。

 

最初は感想を送るだけだったのが、新曲の歌詞についてや次回のライブのことなど、だんだんと話のタネは増えていき。物怖じしない彼女との距離が縮まっていくのに、それほど時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「……………………、ねぇ」

 

朝から惰眠を貪っていたところをすいせいさんに呼び出されたのが二時間前。半分寝ぼけた頭で身だしなみを整えて、集合場所のファミレスに到着したのが一時間前。そして、目の前のすいせいさんが腕組みをしながら人でも殺しそうな表情で問題集と睨み合い始めたのが三十分前のことである。

 

「……ねぇってば。もったいぶらずに答え見せてよ。すいちゃんを助けると思ってさー」

 

「―――。―――?」

 

「え? 自分で解かなきゃ身につかない? 先生みたいなこと言うなってぇ……あーもう! なんで貴重な休日をテスト勉強なんかに消費しなくちゃなんねーんだよぉ!!」

 

うがーっ!! と天を仰ぐすいせいさん。試験前の学生なんて誰しも同じことを思っているだろうが、迫り来る試験から逃れる術はないのだ。アイドルを志す身とはいえど、学生であることに変わりはない。

 

しかも、すいせいさんは部活動に所属していない。学園外でのアイドル活動など内申点に響くはずもないので、余計に試験での成績が大きく影響してくるのだ。そのことはすいせいさんに伝えてあるし、彼女も理解はしているはずだ。だからこそ、こうして私を呼び出してまで机に向かう決意を固めている訳なのだし。

 

「ん、んっ―――ねぇお願い☆ すいちゃんにはあなたの力が必要なの! あなたが手を貸してくれるだけでとっても助かるんだ☆ だから、その問題集をすいちゃんに見せてくれると嬉しいな!」

 

かわいい。

 

じゃなくて。

 

いつものハスキーな声から一転、かわいさ全振りボイスと笑顔でそんな事言われても―――

 

「バチコーン☆」

 

かわいい。

 

いや違う、普通に洗脳されそうだった。

 

唐突に『すいせいさん』から『星街すいせい』にジョブチェンするのはやめていただきたい。推しの力を盾にするのは卑怯だと思うの。

 

「ちっ、強情なやつだぜ」

 

おいアイドル志望。舌打ちはいかんでしょうよ。

 

などと、あの手この手で最短ルートという名のカンニングを果たそうとするすいせいさんを説き伏せつつ。こうなるだろうと詰め込んでおいた私の知識を少しでも役に立てるべく、授業の板書と教科書の範囲から要所要所をピックアップして解説していくこととした。

 

こうしてすいせいさんに教えていくことで、私の復習になり知識の再確認を行う機会になるのでお互いにメリットがある。すいせいさんは勉強できるし私も勉強できる。なんなら推しの役に立てるし一石三鳥まである。

 

「って言ってもなぁー。なんかこう、やる気が出ないっていうか……ご褒美的な何かがあると嬉しいんですけどもね? ちらっ?」

 

しかし、この中身幼女なすいせいさんはこの程度では靡かない。私のマンツーマン指導のみでは不服と見える。まあ、大体この後の展開は読めているので今更感が拭えないが。ホストクラブに通う女性とかキャバクラに通う男性ってこんな感じなのだろうか。

 

「―――。」

 

「おっしゃあ言質取った! じゃあ昼までは頑張る! そしたらお前の奢りでカラオケな! あとドリンクバー取ってきて! すいちゃんりんごジュース!」

 

うーんこの。もしかして可愛ければなんでも許されると思ってるフシがあるのではなかろうか。自分の強みを武器として扱えるタイプの人間はこれだからタチが悪いというかなんというか。

 

せめてもの抵抗として、湿った視線をすいせいさんに送ってみる。が、私の視線に気づいた彼女は渾身のドヤ顔を晒して言った。

 

「我を誰と心得る。アイドルぞ?」

 

(仮)ですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強開始からおよそ3時間。ひとまず区切りのいいところまで進んたので、休憩がてら昼食にすることにした。

 

「……疲れた。ライブより疲れた」

 

「―――。」

 

「そーだぞー、私は頑張ったんだぞー。だから昼飯も奢ってくれよなー」

 

机に突っ伏してダウンしているすいせいさんに労いの言葉をかけつつ、メニューから適当に何品か注文する。適当とは言っても、偏食家の彼女でも食べられるようなものをチョイスした。星街家の食卓事情はさぞやすいせいさんに振り回されていることだろう。

 

料理の到着を待つ間、机の上を片付けているとふと思い出す。そういえば、次回のライブの開催日について聞いていなかった。テストが終わるまではやらないとだけ聞いていたが、予定は立ててあるのだろうか。

 

グラスの中の氷をストローでつつき回していたすいせいさんにそう訊ねると、にやりと笑って『耳を貸せ』というジェスチャー。身を乗り出して片耳を差し出すと、喜色を隠しきれない彼女の声が耳朶に染み込んできた。

 

「聞いて驚け? なんとすいちゃん、芸能事務所にスカウトされたんだよね。だから次は、正真正銘『アイドル・星街すいせい』の1stライブになるわけです!」

 

「―――!!」

 

「うわびっくりしたッ―――てちょっと、声でかいって! 抑えろ抑えろ! ここファミレスだから!……ったく、なんですいちゃんよりお前の方が喜んでんだよって……」

 

頬をかきながら視線を逸らすすいせいさん。

 

嬉しいのは当たり前だろう。だって、それは彼女の夢だったのだから。アイドルになって皆を笑顔にしたいと憧れを追いかけ続けてきたすいせいさんの努力が、実を結んだのだから―――!

 

諸手を挙げて祝福したいところだが、これ以上悪目立ちする訳にもいかないので口頭での祝福に留めておく。しかし、ついにすいせいさんも事務所所属になるのか……自称ファン第1号として、とても嬉しく思う。例えが合っているのかは分からないが、気分はさながら子の成長を見守る親の気持ちだ。

 

「―――?」

 

「あー、前回のライブの時に、事務所の人が歌を聞いてくれてたらしくってさ。楽屋で名刺渡されて、ちょっと話した。面接やって、早ければ再来月くらいにデビューできるかもって言われたけど……」

 

そこで、言い淀む。

 

竹を割ったような性格の彼女にしては珍しく、次の言葉を選んでいるかのようにみえる。形の良い唇が僅かに開いては閉じ、星を散りばめたかのような藍色の瞳が不安そうに揺れていた。

 

数秒程悩む素振りを見せたすいせいさん。

 

深呼吸をひとつすると、意を決したように口を開く。

 

「……お前はさ、いいのかなって。私のことをずっと応援してくれて、ライブにも欠かさず来てくれてさ。色々相談にも乗ってくれたけど、私がアイドルになったら、今までみたいに気軽に遊べなくなるかもしれない。レッスンとか始まったら、連絡も遅れるだろうし、その、なんていうかさ……」

 

話しているうちに、自分でも何を話したいのかが分からなくなってきたのだろう。誤魔化すように飲み物に口をつけるすいせいさん。彼女が伝えたかったことと、私が感じ取ったものが同一のものかは分からないが。

 

―――すいせいさんの想いを尊重して欲しい。

 

私は変わらずアイドル活動を応援するし、ファンの1人として彼女の輝きを追い掛けたい。彼女が許してくれるのなら1人の友人としても接し続けたいし、これからも変わらない関係でありたい。

 

包み隠さず、そう伝えた。

 

私の言葉を聞いたすいせいさんは、いつかのように目を瞬かせていたが。やがて、安心したような笑顔を浮かべてくれた。

 

「……心配してたすいちゃんがバカみたいじゃんか。あーなんか一気に肩の力抜けたわー」

 

「―――?」

 

「あーあーあーうるさいうるさい! 別にお前のことなんて気にしてないからぁ!? すいちゃんのファンが減るのはちょっと嫌だなーって思っただけだし!」

 

かわいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は歌う。超歌う。ありとあらゆるストレスを発散するわ。マイクは渡さないからお前はすいちゃんを崇め奉り、場を盛り上げろ。あとりんごジュースよろしく」

 

「―――。」

 

「なんだいつものことか、って鍛えられすぎだろ……」

 

その後、5割増で不機嫌になってしまったすいせいさんを宥めるべく、当初の約束通り私の奢りでカラオケ店へとやってきた。部屋へ入るなりマイクを独占し、ドリンクバーもそっちのけで曲を入れまくるすいせいさん。

 

そもそも私は歌うのが得意ではないし、他の人が楽しそうに歌うのを隣で聞いている方が性にあっている。しかも歌うのが自分の推しとくればそれを邪魔する道理はない。なんならサイリウムのひとつでも持ってくれば良かった。

 

いそいそとマラカスやタンバリンを準備していると、イントロが流れ始める。これは確か、すいせいさんが最初のライブで歌っていた曲だったか。儚くも力強さを感じさせる、アップテンポな曲調。

 

部屋に備えられた小さなステージに飛び乗ったすいせいさんが、マイクを片手にリズムを取る。見慣れたステップに、見慣れた姿。晴れ舞台でなくとも、彼女の放つ輝きは決して色褪せない。例え彗星(彼女)の行先が宇宙の彼方であったとしても、その光は遍く総てを照らすだろう。

 

『―――♪』

 

カラオケ店の小さな部屋で始まった、星街すいせいのミニライブ。

 

今宵も、音楽はきっと止まない。

 

 

 

 

 

 

 

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