「兄ちゃん、今日も精が出るなぁ」
背の高いトウモロコシ畑の向こうから、誰かが声をかけてきた。彼は、収穫の手を止めて、ゆっくりと声の主の方へ向かって歩く。
「ロペスさん、こんにちは」
畑を抜けると、そこには、荷台に作物を大量に載せたトラックが停車していた。その車の運転席の窓から、隣家のロペスが手を振っている。ロペスは、彼がここに移り住んでから、ずっとこの惑星ディールでの農業のノウハウを教えてくれた恩人だ。ロペスには、妻と二人の子供がいたので、家族ぐるみで付き合っている。
「そろそろ、嵐の季節だぞ。収穫を急がないと、せっかくのトウモロコシが台無しだ。人を雇ったらどうだ?」
それを聞いた彼は、少し焦ったような顔になった。
「そうなんですか? こんなに穏やかな天気なのに?」
ロペスは、若い少年のような顔の彼に向かって、大きく頷いた。
「初めて嵐の季節を迎えるんだっけか。兄ちゃんは、ここに来てまだ半年ぐらいだったっけな。じゃあ仕方がないなぁ。手伝ってやりたいが、うちの畑だってある。悪いことは言わない。急いで人を雇うんだな。恐らく、一週間も経たずに嵐が来るぞ」
そう言ってロペスは、車をがたがたと揺らしながら、ゆっくりとあぜ道を走り去って行った。
残された彼は、大量に育てたトウモロコシ畑を眺めた。
今は、穏やかな風が通り過ぎて、畑の作物をざわざわと揺らしている。既に、日が落ちて来ており、空は赤く、作物も夕日で赤く染まっていた。
本当に、嵐なんて来るのかなぁ――。
少年のような見た目の彼――ロックは、風に緑色の髪をなびかせ、途方に暮れていた。
「うわー、疲れたぁ」
「もう、くたくただよ」
ロックが、自宅の前にトラックを停めると、荷台から、十代も半ばの二人の少年と少女が降りて来て、ぼやいていた。一人は、ロペスの家の次男と、その友人の少女だった。手伝えない、と数日前に言っていたロペスだったが、彼を見兼ねて、彼の二人の子のうちの一人、ジョシュアを、収穫の手伝いに寄越してくれたのだ。そして、その彼が、友人のアンを誘ってやって来てくれたのである。
彼らのお陰で、この数日で、ほとんどのトウモロコシの収穫が終わっていた。恐らく、明日一日あれば、収穫は終わるだろう。
ロックは、二人の様子を見てくすりと笑った。
「昼ご飯を用意するから、少し食べて休もう。午後から、もうひと頑張り頼むよ」
少年と少女の二人は、ロックの家の庭のテーブルの椅子に腰掛けると、愚痴を言いながら、ぐったりとしていた。
「ロックさんは、何でこの星に来たんだ?」
アンが、ロックが用意した昼食をもぐもぐと食べながら、素朴な疑問を尋ねてきた。三人は、ロックの家の外のテーブルに向かい合って座り、それぞれテーブルに並んだ食事に手をつけていた。
「ちょっと、アン! 食べながら喋るのは行儀悪いぞ」
「いいじゃん、別に」
ジョシュアにたしなめられても、アンは気にもとめていないようだ。燃えるような赤いショートヘアが印象的な彼女は、外惑星からやって来たロックに、興味津々だった。
「何でって……」
ロックは、何と答えたものか考えながら、パンを千切って口に入れた。
「わざわざ、他の星から来て、農夫になるとか、おかしな人だと思ってさ」
「おい、ロックさんに失礼だぞ」
「さっきからジョシュアはうるさいなぁ」
ロックは、そんな二人の様子を見て、穏やかに笑っていた。
ジョシュアの方は、アンとは対照的な生真面目な少年だった。しかし、父親ゆずりのがっしりとした肉体は、収穫の手伝いをするのに十分過ぎる力を発揮していた。年ごろの彼が、アンを連れて来たのには、手伝って欲しいからではないのは明白だった。
「農業をやって生計を立てるのは、僕の夢だったんだ。僕が、前に住んでいた惑星は、あまり農業には適さない場所だったんでね。ここは、理想的な環境だと思うよ」
ロックは、にっこりと笑ってアンに答えた。
「ふーん」
アンは、あまり納得がいっていないようだった。
「何かさ、ロックって、私たちより少し年上なんだろうけどさ。時々、父さんと話してるみたいな気持ちになる。なんで、そんなに大人っぽいのさ」
ロックは苦笑いして、それにはちゃんと答えなかった。
「そうかなぁ。そんなに年寄りくさいかな……?」
その夜、ロペスの言っていた通り、風がかなり強くなり始めていた。ジョシュアたちは既にそれぞれ家に送って行ったので、ロックは一人で夕食を食べていた。がたがたと揺れる家は、ロペスが昔住んでいたという古い木造の家だ。彼は、家が飛ばされないか、少し不安を覚えていた。
すると、彼は何かに気がついて、精神を研ぎ澄ませた。
誰か来た――。
誰だろう?
彼には、それを知る術があったが、この惑星ディールでは、一度も使ったことがない。
砂利道の音を響かせながら、ロックの家の前に、ゆっくりと一台の車が停車した。
ロックは、カーテン越しに、その車を眺めていた。
車から降りてきたのは、精悍な顔つきをした一人の青年だった。連邦の制服を着ていることから、恐らく情報部の者に違いないと彼は推察した。その彼は、まっすぐに彼の家に向かって歩いて来て、玄関のドアを躊躇なくノックした。
仕方なく、ロックはそのドアを開いた。
青年は、少し驚いたような顔を見せたが、すぐに表情を引き締めた。恐らく、ロックが少年のような姿をしているのを知らなかったのだろう。
「私は、連邦情報部のマキムラです。あなたは……リヴィングストン将軍ですね?」
ロックは、小さくため息をついて言った。
「今は、ただの農夫だよ。その呼び方、やめてもらえるかな?」
「これは失礼しました。折り入ってご相談が」
ロックのため息は、彼に聞こえるほど大きくなった。
しばらく二人は、互いに睨み合っていたが、結局ロックが折れる形になった。
「風がかなり酷い。中へどうぞ」
「ありがとうございます。では、失礼」
そう言って、マキムラは、ロックの家に招き入れられた。
「この宙域一帯で、海賊の被害が頻発しています。一筋縄で行かない連中で手を焼いています。先日、遂にD弾を使った無差別殺戮事件が発生して、多くの死傷者が出て、都市が一つ消滅する騒ぎがありました。彼らを放置しておくことは出来ません。もはや、一刻の猶予も無くなりました」
ロックの家のリビングで、コーヒーを煎れるロックの背中に、マキムラの切迫した説明が聞こえていた。
ロックは、振り返ると、コーヒーの入ったマグカップを手に、表情を一ミリも変えずに冷酷さを出した声で言った。
「それは、軍の仕事だ。僕には何の関係もない」
ロックは、マグカップを彼の前のテーブルに置くと、自分も向かい側の椅子に腰掛けて、コーヒーをすすった。
「海賊の首領と思われる人物が、自分は伝説の超人、ロックだと名乗っていまして。だから、こうして私があなたを捜索して、事実を確かめに来たのです」
ロックは、またか、と思って特に表情を変えることなく言った。
「なるほどね。では、疑いは晴れましたね。僕は、この半年、ここに引きこもってずっと農夫をやっている。隣のロペスさんにでも確認すれば、証明してくれると思う」
マキムラは、体を起こしてロックに顔を近づけた。
「最初からあなたを疑ってはいません。問題は、その海賊の首領が、本当に強力なESPを使う人物だと言うことです。ここまで、私がやって来たのも一つの縁です。少々、事件解決を手伝って頂けませんか?」
ロックは、それを聞いてやれやれと頭を振った。
「そのような事案は、これまで何度もあったことです。軍のエスパーで対応可能でしょう。何より、僕が関わって、いい事など何も無い。それは、情報部なら知っているはずでは?」
「それで解決する見込みがあれば、こんなことは言いません。軍のエスパー部隊は、苦戦しています」
精悍な顔つきをしていたマキムラが、表情を崩して言ってきた。愛嬌のある表情で、ロックは昔会った人物を思い出さずにはいられなかった。
ロックが更に断りの言葉を言おうとした瞬間、家ががたがたと激しく揺れた。
「いけない!」
ロックは、突然立ち上がると、窓のそばに走り寄った。家の外は、激しい嵐が吹き荒れていた。青くなったロックは、慌てて家を飛び出そうとした。
「どちらへ!?」
マキムラの声に、ロックは思わず立ち止まった。彼は振り返ると、マキムラの鍛え上げられた身体を確認した。少しだけ彼は悩んだが、意を決して言った。
「すまないが、手伝ってくれ!」
二人は、トウモロコシ畑にやって来ると、大急ぎで収穫を行った。予想より早く到着した嵐が、トウモロコシを駄目にする前に、どうしても収穫を終える必要があった。
暗闇の中、車のヘッドライトで畑を照らし、激しく風が吹き荒れる中、二人の男たちは、せっせと収穫を行った。
「すまない! 助かるよ」
「えー? 何か言いました?」
二人は、風に翻弄されながらも、懸命に収穫を続け、二時間後には、ようやく全てのトウモロコシを収穫することが出来た。汗だくになって車に戻った二人は、ぜいぜいと肩で息をしながら、車のシートにもたれていた。
最初に口を開いたのは、ロックだった。
「で、何をすればいい?」
マキムラは、息を切らしながら、少し驚いてロックの方を向いた。
「今、何と?」
「収穫を手伝ってもらった。少しだけ、恩を返させてもらうよ」
マキムラは、満面の笑顔で言った。
「本当に!? よかったぁ……」
ロックは、安堵に浸る彼の表情を見て、くすりと笑った。
続く…
本作は、私のブログ、pixiv、ハーメルンで同一作品を投稿、またはその予定があります。