「あの子が超能力を使ったなんて……」
「ああ、神様どうか悪い夢だと言って」
教会で呻くように祈りを捧げる男女がいた。
それを陰から見つめる少女。
……お母さん、……お父さん
私は、そんなにいけないことをしたの?
友達と、その家族を救おうとしただけなのに……。
その少女、アンは、項垂れて教会を後にした。
わずかながら微弱な能力を発揮する超能力者は、この惑星にもいない訳ではなかった。しかし、アンのように強力な超能力に覚醒するような少女は存在していない。農業が主な産業の惑星ディールでは、保守的な思想がごく当たり前であり、普通の人と異なる彼女のような存在は疎まれてしまうだろう。アンの両親の嘆きも、そのようなこの惑星の大人たちに蔓延していたごく普通の思想に過ぎない。
彼女を恐れ、腫れ物のように扱う両親が、少女の小さな世界を破壊するのには充分だった。
トボトボと教会から市街に出たアンは、街を彷徨った。相変わらず、酷い強風が吹き荒れているが、都市部はそれほどでもない。砂埃や落ち葉が舞う中、ふらふらと歩き続けたアンは、気がつけば病院の前にいた。病院の前には、連邦軍と思われる制服姿の兵士たちが何名か立っており、何かを警戒している。前に彼女もお世話になったこの病院には、あの惨劇から彼らを救ったロックが入院しているが、それを起こしたサンドラという女も入院しているらしい。
特に誰に呼び止められる事も無く、アンはエレベーターで目的の階に移動し、その病室に向かった。
病室にいた人物が、アンにそっと声を掛けた。
「やあ」
ジョシュアは、いつもの優しい笑顔で彼女を迎えた。その彼の笑顔も、心なしかいつもより堅い。彼の傍らのベッドには、ロックの姿があった。
アンは、小さく微笑を返すと、ベッドの近くに寄り、ロックの様子を確かめた。これといった怪我や傷は無く、死んだ様に眠るロックの姿を見ると、言い知れぬ不安に包まれてしまう。アンは、小刻みに震えると、自身の身体を抱き締めた。
「まるで、ただ眠ってるみたい。酷い怪我をしていたっていうのに、もう治っちゃったのかな」
「うん。お医者さんも驚いていたよ。でも、まだ意識が戻らないんだ」
「そうなんだ。大丈夫かな」
泣きそうな表情で、アンは更に話し掛ける。
「ねぇ、起きてよロックさん。私……私、いったいどうしたらいいか、わかんないよ」
アンは、膝をついてベッドに伏せると、嗚咽してぐすぐすと泣き始めた。
ジョシュアは、黙って彼女が泣きじゃくるのを見つめた。
彼の父親のロペスを始め、彼の家族は住み慣れた土地をD弾に破壊され、途方に暮れていた。今は、一家は政府が手配した仮住まいに身を寄せているが、ロペスは仕事を失い、これからどうしたらいいのかと、日々嘆いている。おまけに、素姓も知らぬロックの面倒を見てきた善意が、このような不幸を招いてしまったと、ロペスは後悔に苛まれていた。
そしてその矛先は、ロックだけでなく、アンにまで向けられていた。
彼らが救われたのは、アンのお陰でもあったが、それと同時に彼女が超能力者であることが、皆にバレてしまった。今回の事件に、アンも関与していると疑いを向けられ、ジョシュアは父親からアンとの付き合いを控えるように言い渡されていた。これに反発したジョシュアは、鬱々としている家族の居る仮住まいを飛び出し、この病院にやって来たのである。
ジョシュアは、泣きじゃくるアンを抱きしめようと手を伸ばしかけたが思い留まった。そうする事で、彼女の心を癒してあげられるのか、それとも壊してしまうのか、今の彼には自信が無かった。
しばらくして、泣くのを止めて顔を上げたアンは、虚ろな目で眠るロックを見つめた。
「……あの女のせいだ。あの女が来なければ」
勢い良く立ち上がったアンは、今度は怒りに身を震わせている。
「アン?」
アンは、天井を見上げると、意識を集中した。
「最上階……北棟の奥ね」
ジョシュアは、アンがサンドラの居場所を超能力で探っているのに気が付いた。まさか、そんなことまで出来るようになったのかと、彼は驚きを隠せなかった。
「ど、どうするつもり!?」
「ちょっと、話しに行く」
アンは、踵を返すと大股で病室から出て行った。一瞬、ポカンとしていたジョシュアだったが、慌てて彼も立ち上がった。
「ま、待って!」
アンがエレベーターで最上階に上がると、直ぐにその棟の廊下の奥に、数名の連邦軍の兵士たちが警護している病室があった。
病室の前には何やらスーツケース大の装置が設置してあり、アンが近づくと不快な感覚が強くなった。
「もしかして、それはESPジャマーってやつ?」
警護していた兵士たちは、アンの前に立ち塞がった。
「お嬢さん、何の用だね」
「このフロアは立ち入り禁止だ。立ち去りなさい」
遅れてそこに駆け付けて来たジョシュアは、アンの腕を掴んだ。
「すっ、すみません! アン、ほら行こう」
アンの瞳は、兵士たちを射抜くように向けられていた。
「通して。話しに来ただけだから」
そう言われた兵士たちは、急に虚ろな目を宙に彷徨わせた。
「……では、どうぞ」
兵士たちは、アンの前を開けると、病室のドアから離れて行った。
「い、いったい何をしたの?」
アンは黙って病室にずかずかと入って行った。
「待ってよ!」
ジョシュアは、アンの後ろを着いて行きながら、病室を囲む兵士たちをちらっと見た。全員、虚ろな表情で焦点が定まっていない。アンに何かされたのは明らかだった。ジョシュアは、急速に力に目覚めてしまったアンに対して、少し恐れのような感情を抱いてしまっていた。
二人でベッドを覗き込むと、サンドラはロックと同じようにただ眠っていた。
静かに寝息を立てる彼女は、アンと同い年ぐらいの少女のように見える。長い金髪のくせ毛がうねっており、その愛らしい顔立ちを引き立てている。ジョシュアは、こんなに可愛らしい子だったのかと少しだけ驚いていた。こうして眺めていると、あのような凶悪な事件を引き起こすようにはとても見えない。
アンは、独り言のように呟いた。
「あなたが来たせいで、ロックさんは意識不明に……ジョシュアは家を無くし……そして私は、ジョシュアの家族だけでなく、自分の家族にも怖がられて、大切な居場所を失った……!」
アンは、唐突に眠っているサンドラの首を、両手で掴んだ。
「アン、何をしてるの!?」
止めようとするジョシュアを振り払い、彼女は両の手に力を込めた。
「アン! そんなことしちゃだめだよ!」
「止めないで!」
アンは、ジョシュアを振り払おうと、思わず力を行使しようとしてした。その瞬間、病室の外に設置してあったジャマーがESP反応を検知し、力を打ち消そうと動きだした。
「ああっ……!」
アンは、ESPジャマーの効果により突然苦しみ始め、頭を抱えて仰け反った。
ジョシュアは、苦しむアンの身体を抱き抱え、必死になって彼女を病室の外へ連れ出した。ESPジャマーから離れると、彼女は少しづつ落ち着きを取り戻して行った。
床に手をついて座り込んだ彼女は、はぁはぁと息を荒げている。そのまま、彼女は顔を上げずにぽつりと言った。
「ごめん……ごめんね、ジョシュア」
「どうして謝るんだよ。お前のせいじゃないから」
泣き続ける彼女の背を押し、二人はロックの病室へと戻って行った。
その頃、ロックの意識は真っ白な空間を漂っていた。
少し離れた場所に、サンドラの意識も同じように漂っていて、二人は互いを認識していた。
「あの娘、動けないあたしを殺そうとしやがったぞ」
「彼女の思考を君も捉えていただろう? どんな気持ちだったのか、君にも分かった筈だ」
サンドラは、しばらく押し黙った。アンの小さな幸せが一瞬で失われたことは、彼女にも理解することは出来た。
「取り返しのつかないことをする前に、ジョシュアが止めてくれると僕には分かっていた」
「……予知能力か?」
サンドラは、楽しそうに目をキラキラさせている。
ロックは、両腕を広げた。
「違うよ。彼らがどんな子なのか、僕は知っている。だから、そんなことはしないって信じていただけさ」
ロックは、暗い顔をして目を伏せた。
「それに、そもそも今回彼らに起きたことは僕のせいでもある。僕が、彼女に超能力のレクチャーなどしなければ。僕が、ロペスさんたちと仲良くしなければ。僕が、この星に来なければ……」
「あー、確かにそうだ」
サンドラは、偉そうに頷いている。
ロックは、呆れてため息をついた。
「君に言われる筋合いはない。君のせいでもあるのだから」
サンドラは、フンと鼻を鳴らしている。
ロックは、真剣な表情になって、サンドラを睨んだ。
「そろそろ話してもらおうか。君の雇い主が誰で、何の目的で僕を襲ってきたのか」
「そう言われてもねぇ。あたしだって知らないんだよ」
「やはり、雇い主がいるんだな?」
サンドラは頬を膨らませて唇を尖らせている。
「ここは、あたしの意識の中でしょ。隠し事なんて無意味だって、あたしにも分かってる。本当に、あたしは何にも聞かされてないんだよ。ただ、面白そうだったから、協力してやってただけさ」
「なるほどね……。やれやれ、そんな気はしていたけど、そんな理由だったのか」
サンドラは、その雇い主に孤児院で拾われ、能力を褒められて気分を良くして、言う事を聞いてきたようだ。彼女が雇い主との出会いから現在までを軽く振り返った事が、ロックにも伝わった。
ロックは、そこで彼女が心を読まれないように防御するやり方すら知らないことに気付いた。
「どうやら、本当に嘘はついていないようだね。君は、他人の能力を見ただけでコピー出来る。僕に近付いたのは、僕の力をコピーする為だということは分かっている。まさか、ラフノールの鏡まで見ただけでコピー出来るとは思わなかったよ」
サンドラは、鼻息も荒く興奮した。
「あぁ、あれはラフノールの鏡と言うんだな! もう覚えたから使えるぞ! あれは、何に使うものなんだ?」
ロックは、暫し閉口した。
「悪用するかも知れない君に、教えられるわけないじゃないか」
サンドラの意識は、急にロックのすぐ近くに移動した。
「そんなこと言うなよ。今のあたしじゃ、あんたには敵わないだろ? だから、もう襲ったりしないからさ。なぁ、良かったら、あたしの師匠になってくれよ!」
「はぁ?」
ロックは目を丸くしている。
「なぁ、いいよな?」
ロックは、冷たく断ろうと口を開きかけた。
ふと、彼は彼女の今後のことを考えた。
……体力が回復した後、連邦軍に連行され、最悪極刑、良くて記憶の全消去の処置が取られるだろう。場合によっては、頭に細工をされ軍の言いなりに矯正される可能性もある。
とはいえ、彼女のような稀有な力を持った超能力者はまれだ。彼女に悪意は無く、ただ面白い事がしたいだけなのは、その心に触れて理解した。ただただ純粋で、悪意とは何かも知らない彼女は、そばに置いて教育して更生させるべきではないのか?
果たして軍がそのようなロックの要望を叶えるかは甚だ疑問だが、彼がこの惑星に居場所が無くなったことは間違いない。彼女を連れてこの星を離れ、再び辺境の星で隠遁生活に入り、日夜彼女の教育に務めるのも良いかも知れない。
だがその前に、彼女を操っていた雇用主の方が問題である。見つけ出して、この事件を解決しなければ、隠遁生活などありえない。
ある程度決意を固めたロックは、もう一度口を開いた。
「なら、これからは、僕に協力してくれないか?」
サンドラは、目を輝かせた。
「ほ、本当にいいのか!? ロック師匠!」
サンドラの意識は、ロックにぶつかるように抱きついた。
半ば呆れつつも、ロックは頷いた。
「約束だ。その代わり、君の雇い主を探しに行くのを手伝ってくれ」
サンドラは、何度も何度も頷いた。
「いいとも! いつ行く? 今からか?」
「僕も君も、体力の回復中だ。もう少し休んだ方がいい」
ロックは、その時ある気配に気付いた。
「……いや、向こうから来たかも知れない。お互い、目を覚ました方が良さそうだ」
続く…
本作は、私のブログ、pixiv、ハーメルンで同一作品を投稿、またはその予定があります。