ダメ店主とヴァンパイア   作:丁太郎

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一話 熊狩り-1

 ここは地球ではないとある世界。

 そこで暮らす生き物は大なり小なり魔力と呼ばれる超常的な力を使うことができ、彼らはその力を用いて生活していた。

 その世界のある都の城壁の外、兵士も巡回しないほど離れた僻地に小さな店が建っている。

 いつからあったのか誰も知らない。いや、そこにお店があるということすら住民は知らないだろう。 

 城壁の外は危険に満ちている。日が落ちずとも何かに襲われることだってあり得る。大国の都市の住民がわざわざ利用することはない。

 しかし不思議なことにその店は、いつになっても潰れる様子が無かった。

 そして今日もまた店が開かれる。

 店の名は「ザッカヤ」といった。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 森の傍らにひっそりと建つ雑貨屋「ザッカヤ」の中で、少女が棚の埃を落としていた。やや細身の見目麗しい美少女だ。だがその美貌以上に目を引くのは、この世界でも特異な銀の髪と深紅の瞳だろう。手に持ったはたきを巧みに動かし、黙々と作業を進めている。

 カウンターの上では一人の青年が神妙そうに手を組んでいた。名前を栗原蒼太という。この店の店主であった。少女が特徴的な見た目をしているのとは対照的に、黒髪黒目の平凡な顔つきだ。その、これといって目を引く要素がない顔に深刻そうな表情を浮かべている。やがてため息を一つついて、

 

 

「さて、ミディくん」

「はい」

 

 

 

 少女の名前を呼んだ。ミディと呼ばれた少女は、手を休む素振りを見せることなく返事をする。

 素っ気ない反応に寂しさを覚えつつ、重々しく蒼太は告げた。

 

 

「お客様が来ない」

「……はい」

「ずっとだよずっと。もう最後に来店があってから1000日になる。そして売り上げに至っては0。こんなんだから帳簿を記入するのもやめてしまった」

「はい」

「繁盛とは言わない。せめて取引実績の一つでも欲しいんだけど、何かいい案ない?」

「お客様を呼ぶのは無理だと思います」

「なんで!?」

 

 

 何故だと憤慨する蒼太を見て、初めてミディは作業の手を止める。そして目の前にあった商品を手に取った。それはガラスビンで中にはひどく濁った深緑の液体が入っている。そのビンを軽く掲げて、蒼太へと問いかける。

 

 

「これは何ですか?」

「それはビンです」

「中身は?」

「ハイポーションじゃなかったっけ?」

 

 

 ポーションとはつまり傷薬だ。治癒の魔力を宿した液体で、経口経皮問わず肉体の損傷を治す効能がある。ハイポーションともなればその効果は絶大だ。今更何を言っているのかと蒼太は聞き返したのだが、

 

 

「そうですね、廃ポーションです。なぜこれを売ってるんですか?」

「回復するから?」

 

 

 ちなみにポーションは腐っていても傷を治す効果はわずかに残る。しかし、その後の処理を怠ると破傷風になる。確実になる。傷薬で命を落とすことになるのだから本末転倒だ。

 この世界では常識なのだが蒼太は知らない。そしてミディは蒼太が知らない事を知らない。故に彼がそれを並べたとき、何か理由があるのだと思っていた。もちろん勘違いゆえに思惑など何もない。

 的を得ない回答にあきれながらもミディはビンを元に戻す。捨てるより先にモノ申したい品はいくらでもあった。

 

 

「ではこの石は?」

「何かの鉱石だったかな? 魔力を通すとデロデロになるよ。知らなかったっけ?」

「いえ、初耳です。簡単に加工できるなら使い道はありそうですね」

「どうなんだろう。一度溶かすと元に戻らないんだよね」

「はい?」

 

 

 その鉱石は蒼太が鉱山都市のぼた山から拾って来たものだ。ミディの知らないうちに陳列されていたが、彼女はどうせゴミだろうとスルーしてきた。用途があれば捨てられていない。案の定である。

 この店にはそのようなガラクタの数々が所狭しと並んでいるのであった。そしてそのどれもが棚に置かれて以降、二度と店から出たことはない。むろんそのすべてが蒼太の独断によるものである。

 いい案はないかと言われても、そもそも売れるようなものは無いのだ。

 ミディがそんな冷ややかな思いを抱いていることにも気付かず、蒼太は無駄に頭を悩ませていた。

 

 

「何か一個売れてくれればそれでいいんだけどなー」

「ソータさん」

「ん?」

「私は珍品コレクターの倉庫としか思っておりませんので問題ないかと」

「一応お店だよ! 雑貨屋!」

 

 

 あまりに身もふたもない言い方をされ、思わず声をあげるがそれ以上の反論は出なかった。すでに店としての名目が形骸化して久しい。悲しい事にそれが現実なのだ。

 すっかり意気消沈して項垂れる蒼太をよそに、ミディは先ほどの鉱石を手に取った。

 

(……?)

 

 興味本位で魔力を流したが変化は見られない。

 もしやと、確認しようとしたタイミングでバサバサと鳥の羽音が聞こえた。一羽のハトが窓の向こうに止まっている。

 

 

「ソータさん、鳩丸が黄色紙を持って来ました」

「マジ? 内容は?」

 

 

 鳩丸。それは商売のできない蒼太(とそのせいで巻き添えを食らうミディ)が、生きるため唯一この国で関わりを持っている傭兵組合、そこの伝書鳩12号の通称であった(蒼太命名)。

 蒼太がエサをやっている間に、ミディは文書の内容に目を通す。

 傭兵組合の主な仕事は、危険な動物や魔力を用いてさらに危害をまき散らす『魔物』と呼ばれる生き物を狩る人々のサポートだ。そこから黄色い紙が送られてきたということは、緊急性の高い危険な魔物が出現したということである。

 彼女は素早く読み終えると、簡潔にその内容をまとめて伝えた。

 

 

「熊狩りです。一刻を争うので最低限の準備で向かいます」

「わかった」

 

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 

 木暮の中を少年は駆け抜けていく。心臓はうるさいほど脈打ち、呼吸が際限なく早くなっていく。そんな苦しさすら些細に思えるほどに、彼は必死に逃げていた。

 家計の足しになればと踏み入った森の奥。魔物よけの範囲外なため本来なら禁じられていたが、少年は過去にも探索したことがあった。今日もめぼしい物をいくつか回収して村に戻る、そのはずだった。

 彼が森の奥で見たのは倒木の下敷きになっている熊の死体。頭が潰されていた。珍しい物を見たと思わず近寄り、初めて異変に気付いた。倒木が朽ちていなかったのだ。そして断面はへし折られたかのように歪だった。

 何が起きたのか。分からずとも、すぐに立ち去るべきだと判断したと同時に、

 

 

「……オオオオオォォォ」

 

 

 遠くから低い低い咆哮が響いてきた。

 まるで見られているかのようなタイミングの良さ、いや悪さというべきか、少年は背負っていた籠を投げ捨て脱兎のごとく逃げ出した。

 そうして、もうどれだけ走っただろうか。命の危機を感じ、限界を超えて走った少年の体は今にも倒れてしまいそうだった。

 幸いなことに、少年はこの森自体には慣れている。全力で走ったおかげか、既に魔物よけは越えて村への道も見えてきた。

 ようやく心に余裕ができ、彼は一息ついた。

 

 足を止める。

 その瞬間、何者かに抱えられ、景色が前に飛んだ。直後、道が爆ぜる。

 

 

「え?」

「ブオオオオオオオ!!!!」

 

 

 突如現れたのは大人三人を優に超えるほど巨大な熊だった。腹の底から震わすような雄たけびをあげている。先ほどの爆発はその前腕をたたきつけたことによるものだろう。その剛腕によって地表は粉砕され、隕石が落下した後のような窪地を形成していた。

 そこまで視認してから、初めて少年は自分が何者かに抱えられていることに気が付いた。しかも飛んでいるのか、地面は遠くなり巨大な熊も小さく見えてくる。

 なにが起きたのか呆然としていると、すぐ隣から声がした。

 

 

「怪我は無い?」

「……あ、いえ、大丈夫です!」

 

 

 しかし、聞こえてきた声はあまりにも冷淡で、少年は一瞬自分が気遣われていると気が付かないほどであった。

 思わず聞き返すところだったが、なんとか言葉を理解して返答する。

 それを聞いた少女はただ一言、

 

 

「そう」

 

 

 とだけ言うと、生えている黒い翼を大きく動かし、その場を飛んで離れていった。

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

 間一髪のところで襲われていた子供を救い出したミディは、すぐに魔物のところへと戻った。

 そこでは、盾を構えて必死に囮役を務める蒼太がいた。

 

 

「ファイアーボム! エレクトロボム! ファイアーボム!」

 

 

 ウエストポーチから小石を取り出して投げつけている。それは狂熊『バーサークベア』に着弾と同時に、炎または電気をまき散らして爆発した。彼のメインウェポン、魔石投げである。事前にミディが各属性に変化させた魔力を封じた石、それを魔力を込めながら投げることで、込められた魔力に応じた威力と封じられた属性の爆発を起こす仕組みになっている。

 蒼太は振り回される腕に当たらないよう間合いをキープしながら、こまめに投げつけていた。

 

 

「エレクトロボム! ファイアーボム、っああああああ!! 目がああああああ!」

 

 

 突如として眩い閃光が炸裂する。

 それは割と離れたところにいたミディも思わず目を背けてしまうほどで、近距離でくらった両者はもれなく目を焼かれた。

 

 

「……ライトボム(閃光爆弾)じゃないですか」

 

 

 どうやら間違えて投げてしまったようだ。致命的なミスだが、幸い相手も目が眩んでいるようだ。だが、少しでも冷静になれば嗅覚で蒼太を捉えるだろう。

 魔石投げでバーサークベアの強靭な皮は焼け焦げている。電撃は固く締まった筋肉を痙攣させ弛緩させている。狙うポイントを確認したミディはすぐに魔法を発動させた。

 彼女の右手に魔法陣が浮かび、収束する。いつしか黒い槍をかたどっていた。闇を好む種族『ヴァンパイア』、彼らの固有魔法の己の影に魔力を通すことで物理的な力を持たせる『造影魔法』である。

 ミディは槍を握りしめると半身に構えて振りかぶる。大きなテイクバックの後、綺麗なオーバースローで槍は投擲された。さながら流星のように槍は漆黒の尾を引いて飛んで行く。そして、風切り音よりも早くバーサークベアの脇腹を貫いた。

 

 

「ッガアアアアアア!!!」

 

 

 ひときわ大きく魔物が吠えた。だが、それにはかつてのような威圧感はなく、苦悶に満ちた大音声でしかなかった。すぐにその巨体が力なく崩れ落ちた。恐る恐る近寄った蒼太が盾から手を伸ばす。既にバーサークベアは事切れていた。

 実に完璧な投擲だった。傷めつけられたポイントを的確に穿ち、計算された角度で胸骨を潜り抜け、見事に奥の心臓まで貫いていたのだ。

 

 

「アアアアアアアイッッ!!」

 

 

 一拍おいて、蒼太が怪鳥のような叫び声をあげる。何故かミディがこの魔法で仕留めると毎回あの奇声を上げるのだ。正直こればかりは鬱陶しいと彼女も思っていた。

 何はともあれ、無事討伐に成功した。これで緊急任務の達成である。

 本来であればバーサークベアはここまで早く倒せる魔物ではない。見境なく暴れ狂う高い凶暴性と被害を増大させる尋常ではない膂力、逆立った毛ですら魔力によって硬くなり、表皮は毛と合わさって刃すら通さない強固な鎧と化しているのだ。名のある狩人でも優に一日はかかる。

 傭兵組合の秘密兵器、それが日々売り上げのない店を抱えた二人が日銭を稼ぐために選んだ副業である。

 

 

 

「……副業?」

「副業!」

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