魔動機関車が停止してから一時間、いまだに後続の輸送隊の姿は見えなかった。
同行していた研究員によると、機関車の接地面を魔法で整える手法が想定以上に速度の維持に貢献したとのことで、遅れて出発したにもかかわらず輸送隊の倍以上の距離を進んでいた。
これを受けてサンボは「兵は神速を貴ぶ」として、合流を待たずに出発することにした。
「しかし本当に素晴らしい行軍速度だ! 兵站に革命が起きたといっても良かろう!」
ワハハと上機嫌で笑うサンボ。まるで周りの様子など目に入っていない様だ。
長時間魔力を吸われ続けた傭兵たちは、休憩後にもかかわらず早くもぐったりとしている。ヨンナに至っては体を起こす気力もわかないのか、鎧を脱いで横になっていた。
蒼太はそんな彼女を見て、魔力を肩代わりしたいという気持ちが再度湧くも、ぐっとこらえる。それに目ざとく気付いたマリヨがこっそり耳打ちしてきた。
「彼女、ああ見えて意外と余裕あるよ」
「そうは見えないけど……」
「疲労は感じてるだろうけど、魔力が枯渇するのはまだ先だね。寝てるのは体だけでも休めておきたいって理由だから、君が気負いすぎる必要はないよ」
「ああ、うん」
流石は魔眼持ち、状況をよく理解しているが狭い車内での内緒話はまずかった。
向かいのヨンナがジロリと二人を睨みつける。
「聞こえてるんだけど」
「すいません」「申し訳ない」
「どーせ私が一番魔力が少ないですよ」
そういって彼女はフン、と鼻息荒く壁の方に顔を向けた。
詮索されることがなかったのは幸いとはいえ、同乗者と険悪になったのは失態である。
すぐに蒼太は機嫌を直しにかかった。
「そりゃ魔力量はそうですけど、魔法の熟練度は比べ物にならないですよ。俺なんか魔法使えないですし、こんな場面でもないと使い道なんてないんですから」
この男も三年隠遁しているだけあって、ミディよりマシな程度の社交性しかない。いくら何でも露骨すぎやしないだろうか。そのうえ、持つものが自虐的になるのはヨンナのような勝気な性格にとっては逆効果である。現にマリーヨは蒼太の発言を聞いて青ざめていた。
「チッ」
のうのうと喋る蒼太に苛ついたのか、ヨンナが舌打ちする。しかし、その音は魔動機関車の音に紛れてしまい、感覚が鋭敏な傭兵たちにしか聞こえなかった。
まだ打ち解けていないためか、なおも蒼太は褒めにかかる。ニーバンが止めようとするも間に合わなかった。
「余計なこと言わない方が……」
「昨日聞いてきたんですけど、ギルドさんが『ヨンナはトップのバカ二人と比べて加減は上手いし、意識も高いから重宝する』って言ってました」
「それ本当?」
ギルドからの評価を聞くや否や、苛立っていた雰囲気を消して彼女はこちらを向いた。
これで嘘をついていたらもうひと悶着あっただろうが、蒼太はそこまで器用ではない。本当に昨日ヨンナについてギルドに聞いてきていたのが功を奏した。
「嘘じゃないですよ。ミラさんも『どんな依頼もそつなくこなしてくれていつも大助かりです』って言ってくれって」
「ふーん。組合はちゃんと評価してくれてるのね」
満更でもない様子でヨンナは姿勢を戻した。機嫌もよくなり、威圧的だった雰囲気がすっかり和らいでいる。
窮地を脱した男三人はホッと胸をなでおろした。
「ところでソータくん」
「ん?」
「トップのバカ二人っていうのは誰のことだい?」
「そりゃマリヨとフイージのトップ二人でしょ」
蒼太が挙げたのは、傭兵組合最高戦力の一人フイージ・カルー。かの狂熊と組み合ったと言われるほどの筋肉を誇る男である。
魔力トップのマリヨ、筋力トップのフイージ、彼ら二人こそが傭兵組合のWトップであった。
もちろん仲は悪い。
「なんで僕がフイージの奴と並んでバカ扱いされなきゃならないんだ!」
「毎度のように競争して要らん被害出してりゃバカ呼ばわりもされるわな」
こちらは東でトップのニーバンがけらけらと笑いながら事実を指摘する。ちなみに彼はきちんと順序立てて物事を進めるタイプの優秀な傭兵である。
「こないだなんか護衛だってのに魔法の巻き添えで馬車破壊したんだろ? 本末転倒じゃねえか」
「あれは移動疲れでちょっと手元が狂っただけさ」
「頼むからこの機関車は破壊してくれるなよ」
部屋の前方からもヤジが飛んできた。
「おかげさまでそんな魔力はないよっ」
サンボへそう言い返した途端、全員が大口開けて笑った。ムキになっていたマリヨも笑っている。
ただ魔力を抜かれるだけの疲労でなく、心地よい笑い疲れを感じながら、彼らは目的地までの時間を過ごしていた。
……のもつかの間。
「総員出撃準備し待機!」
突然サンボが立ちあがると、号令をかけて慌ただしく部屋を出ていく。即座に意識を切り替えた傭兵組は、素早く荷物をまとめて各々の武器を構えていた。
戸惑う蒼太の耳に影が伸びる。
「進行方向に
「魔物が出たってことか」
魔動機関車は蒼太の知る機関車とは異なり、動力源が魔力なせいかあまり頑丈ではない。強力な魔物、それこそ狂熊の腕力だけで容易く破壊される程度だ。
もっとも、こういった事態は十分予想されている。ミディたち護衛隊の出番だった。
となると、心配なのはミディの素性がバレることである。ただでさえ圧倒的な戦闘力、その上ヴァンパイアに見られる影を駆使した戦闘は、見るものが見ればすぐに彼女の正体に気づくだろう。それは極力避けたい事態だ。
「いえ、私を気にする余裕はないと思います」
「それはどういう……」
意図を計りかねた蒼太が言葉の真意を問おうとした時。
「グオオオオオ!!!!!!」
「何この音!?」
突如として人どころか魔動機関車を揺るがすような爆音が響き渡る。
それに反応して傭兵たちが次々と外に出ていく。
蒼太がそれを声を認識するまでは少しのラグがあった。
「もしかして魔物の声!?」
「探知魔法使ってねえのか!? 鈍竜だよ!!」
残っていたニーバンが何を今さらと言わんばかりに、声を張り上げて外に飛び出していく。
だが大音声で耳をやられたのか、くぐもったようにしか聞こえなかった。
辛うじて聞き取れった単語を繋ぎ、魔石を取り出して探知魔法を発動する。
「でっか!!!」
そこで蒼太は初めてミディの言っていた意味を理解した。
並の索敵範囲では探知できないであろう遥か前方。そこに巨大な魔力が佇んでいた。
三度、驚きの声を上げる蒼太の傍にいつの間にかミディが控えていた。
「その反応の主が鈍竜ベヒンモスです」
「ベヒンモス?」
自分の知っているものよりも間抜けな名前だと蒼太は思った。
「国によっては神獣扱いもされる巨大な竜です」
「巨大てったって、え? これ……」
「全長100mは超えてきますね」
「マジでか……」
今までさんざん規格外の生物に遭遇してきたつもりだった。だが、ベヒンモスはその想定を遥かに超えてきた。
「待ってよ、100mって言ったら上で競走できるよ? そりゃでかいけど、言うても50mぐらいじゃないの?」
50mでも競走はできるのだが、そんなことはもう頭の中にない。
「……もっと魔法に集中したら私が言ってるサイズが誇張じゃないってわかりますよ」
「…………確かに」
「で、余りに巨体なせいか名前の通り動き自体は鈍いです。縄張りも狭く、移動範囲も限られています。本来なら観測班がいて移動があればすぐに伝書鳩が飛んでくるはずですが……」
「『鳩狩り』か。これまた帝国案件なの?」
「どうでしょう。流石に鈍竜をコントロールできるとは思いませんが……」
「やっぱり強い?」
「この人数ではすぐ全滅しますね。少なくとも領主軍ぐらいは総動員してようやく移動を阻止できるレベルです」
「無視したらいいんじゃないの?」
「いえ、恐らくですが……」
そこでミディが言い淀む。
ちょうどそのタイミングで、サンボが部屋に怒鳴り込んできた。
「悠長に話している場合じゃないぞ! 奴がこっちに向かってるんだ!」
「だそうです」
「やばいじゃん!」
「早く出ろ!」
* * * *
「~というわけで鈍竜ベヒンモスは街道を破壊しながらこちらに近づいている。損害は不明だが、これ以上は帝国との戦争にも関りかねん。援軍の到着までなんとかして奴をここに留めるんだ!」
乗員を集め、サンボが得られた情報を伝達すた。
蒼太は隣にいる「どうされました」ミディとは反対のマリヨに話しかける。
「魔力残ってる?」
「……ここにいる全員それなりに消耗してるよ。護衛隊の人員は魔法に長けている様子もないし、ベヒンモスの足止めは難しいだろうね」
「結構移動してきたからな」
疲労の色を隠せない様子でニーバンが付け足した。既に彼らは前線のムカエウツ砦が確認できるほどの距離に来ている。相応に魔力を消費していた。
「ま、幸い奴は砦に向っているわけじゃねえ。最悪少しでも移動を遅くさせれば依頼失敗にはならねえだろ」
「やるしかないよね」
そういって傭兵たちはベヒンモスの元へと向かっていった。
既に戦闘員は軒並み出撃しており、魔動機関車の近くに残っているのは非戦闘員の研究者達と蒼太達二人だけになっていた。
「……俺の魔石投げ、通じると思う?」
「ダメージ通ったとしてもそのまま踏みつぶされかねないですね」
蒼太にミディのような身体能力はない。魔石は遠くまで投げられないし、鈍いとはいえベヒンモスの攻撃範囲からは逃げられないだろう。
「ってことは」
「ここで待機しててください」
「了解です」
黒槍ではなく、偽装用に持ってきた槍を装備して、ミディは傭兵たちと合流しようとする。
「そういえば、魔力は補給しなくていいの?」
「……昼に十分頂きましたし、下手に目立つわけにもいかないので」
ミディは血を吸うと魔力が回復すると同時に、短い時間全能力が強化される。いくら激戦とはいえ目立ってしまうだろう。
(……そのままでも十分目立つだろうけどね)
そんな感想は口に出さずにしまっておく。なにせ鉄槍を構え、防具を纏ったミディは神話の
ちょっとどころではなく見惚れていると、ミディが何か言いたげに口を開いた。
「グオオオオオオオオオオオオオ!!!」
が、それはベヒンモスの大音声にかき消される。
既に向こうでは攻撃が始まっているようだった。
「……それでは行ってきます」
「怪我しないでね」