魔物を討伐したからといって、仕事が終わったわけではない。
蒼太が助け出した少年の保護に行っている間、ミディは倒した魔物の解体に勤しむ。魔物には力の源『
目当ての物を回収し、腰に付けた保存袋にしまい込んでから彼女はさらに解体を続ける。
肉や皮が欲しいからではない。捨てておいてもいいのだが、後で村人たちが回収することを考えて持ち運びやすいよう整理しているのである。
一通り終えたところで、森の奥から蒼太が少年を伴って歩いてきた。
「お疲れー。いつも仕事早くて助かるよマジで」
「これぐらい造作もありません。あの店で売り上げを出すのに比べれば」
「いや、その、あの……はい。」
「冗談です。ところで」
そこでミディが連れ来た少年に目を向けると、気付いた蒼太が軽く紹介した。
「近くの村のアキレス君だってさ。っと、この子がさっき言ってくれた助けてくれた人だよ」
「先ほどは助けてくれて、あと、村を救ってくれてありがとうございます!」
「仕事ですから」
深々と頭を下げて感謝を告げられたにしては、ミディの対応は素っ気ない。機嫌を損ねたとおびえる少年の背中を軽くたたきながら、蒼太は苦笑いを浮かべていた。
(やっぱ人見知りには年下とか関係ないか……)
冷たい対応だが、彼女の事情を知っている身としては話せるだけマシかと結論付け、フォローに回ることにした。
「にしても良くあんなバケモンから逃げ切れたよな。足早いでしょ? モテる?」
「えっと、村の近くだったのでたまたまです。それに森の中なので追いかけ辛かっただけだと思います」
「追いかけ辛いってもそれは逃げる方も同じじゃん。いや、すごい足してるよホント」
実際、ただの熊でさえ一般人では逃げ切れないだろう。それなのに十二、三の子供が狂熊に追われて逃げ延びたのはにわかには信じがたい事である。
これでもかと褒めちぎっていくが、アキレスの顔は沈んでいく一方だった。
「あの……怒らないんですか?」
(ああ、なるほどね)
浮かない表情に納得がいき、ちらりとミディに視線を向ける。彼女が小さく首を横に振ったのを見て、蒼太はアキレスに語り掛けた。
「今回の事、反省してるしもう充分ビビったでしょ。俺達は君がいてもいなくてアイツを狩りに来てたし、むしろ連れ出してくれたおかげで山狩りしなくて済んだ。だからわざわざ怒ったりはしないかな」
「そう、ですか」
「ま、君の家族がどうするかは知らないけど、痛っ!」
一瞬ホッとした表情を見せたのに、蒼太の一言で元に戻ってしまう。余計なことを、とミディが無言で針を刺した。便利な造影魔法である。
蒼太は若干涙目で刺された足をさすりながら話題を変えた。
「ところで、ここら特有の物ってなんかない?」
「特有ですか? 特別なものなんてうちの村には」
「別にこの森でもいいからさ。なんか珍しいやつとか」
「珍しいものですか……売り物にはならないようなものでも良いんですか?」
「もちろん!」
アキレスが金にはならないと言ってるにも関わず、蒼太は即答する。
ミディはそんな光景を見ながら、やっぱりコレクターじゃないですか、と呆れたようにため息をつくのであった。
* * * *
それから本当に金にならない特産物を回収した後、二人はアキレスを村に送り届けた。アキレスを家族に渡し、村人たちの前で討伐した証拠を提示してようやく村に安寧が訪れた。
いつもなら帰るまでの間に、蒼太が持って来た商品を披露するところ(披露するだけで売れたことはない)だが、今回は最低限の装備で赴いたため行商紛いの事は出来なかった。
恥をかかずに済むとミディは思っていた矢先、
「なんかないですか村長さん。言い伝えのある井戸の水とか、扱いに困ってる魔道具とか、そういう曰く品が」
「あの、うちは普通の村ですので、そういうのは」
「掘り出し物とか家宝とかじゃなくていいんで、なんなら処分が面倒な品でも」
「そうは言われましても……」
まるで押しかけセールスマンのごとく、村長に詰め寄る蒼太。そして困惑する村長。要求されるのが金品ならともかく、先ほどからあげられている例が妙に具体的で実に意味不明なのだ。当然、そんな品物はない。
一応は商売ということで、ミディは離れたところで様子を見ていた。が、なおもしつこく問いかけようとする蒼太を見て、たまらず引き離す。村長があからさまにほっとしていた。
「この人がご迷惑をおかけしました。すぐに帰りますので、報酬は組合宛に」
「は、はい。ありがとうございました」
「首都タリクの西区城壁外ですよ。忘れないでくださいね。ご来店お待ちしております」
深々と頭を下げる村長に見送られ、二人は村を後にした。既に日が落ちて久しいが、吸血鬼たるミディとそのオトモには関係ない。しばらく歩いて村の明かりが見えなくなった頃、二人を隠すように影が覆った。
突然の事に蒼太は身を固くする。いつの間にかその傍にミディが寄り添っていた。
「ソータさん」
「えーっと、ま、まあ確かにそろそろかなとは思ってたんだけど、ここで? 魔力残ってるなら帰ってからでも」
「これでも精一杯なんです。ちょっと消耗しすぎたみたいで」
「ソ、ソウデスカ」
確かに余裕はなさそうだ。無理をしているのか頬が上気し、いつもより声も細い。
そんな状態のミディにお願いされてしまえば、もう拒否する権利はない。
ぎこちない所作で首元のボタンを外す。ミディがそっと肩に手を置き、蒼太が目を閉じた。背伸びをした彼女の唇が首に触れて、
鋭い牙が突き立てられた。
動脈を巡る血液、その一部がミディに飲み込まれていく。彼女の体内へ流れ込んだ血液は内包していた魔力を放ち、自身も魔力へと変換され、限界まで消耗していたミディを癒していった。加えて舌を転がる血液の、良く熟れた果実のような芳醇さも実に心地いい。
疲労が瞬く間にとれ、魔力も満ち、乾いていた喉も潤されていく快感にミディは身を委ねる。求めていた甘美なひと時。夢中になるあまり、いつのまにか蒼太の肩に置かれていた手は背中に回り、二人の体がより密着していた。
ミディが幸福な時間を過ごしている一方で、
(くぁwせdrftgyふじこlp)
痛いやら緊張やらで蒼太の頭の中はてんやわんやになっていた。
既に百を優に超えるほど回数を重ねてきた吸血行為だが、こればっかりは未だ慣れる気配がなかった。痛いだけであればどれほど良かっただろう。むしろ痛みにだけ慣れた結果、伝わってくるのは彼女の柔らかな唇と押し付けられた体の感触だけだ。はっきり言って生殺しである。
首で血を吸われているため、顔が赤くならずに済む事だけが救いだった。
しばらくして名残惜しそうにミディがゆっくりと口を離した。蒼太の固く閉じられた目元がわずかに緩む。彼女は首元に手を伸ばし、
「ご馳走様でした」
「あっ、はい、お粗末様でした。……なんか今日長くなかった? 最近暇だったから間隔開いてるなーとは思ったけど」
「……」
理性を試される辛い時間ながらも、いや、そんな時間だからこそ時間の長短には敏感な蒼太。なんとなく嫌な予感がしてそのことを尋ねると、ミディの目が少し逸らされた。
「怪我……とかはしてなさそうだけど、もしかして魔力使わせ過ぎた? 体調が悪いとかなら早めに」
「いえ、御心配には及びません。帰路の魔力が足りなくなった理由は帰ってからお伝えします」
「なら、まあいいか。頼むから隠し事とかは無しで」
「承知しました」
心配は要らないと告げるミディだが、いつもより丁寧な態度がより蒼太の不安を煽る。とはいえ、教えてくれるのであれば追及はしない事にした。
二人を覆っていた影がより力を帯び形を変える。ミディを残し、蒼太を包み込んで巨大な袋の形になった。
その袋を掴むとミディは黒翼を広げて、彼らが来た方向、即ち「ザッカヤ」へ向けて飛び去って行くのであった。
* * * *
村を出てからわずか一時間。既に二人はザッカヤに戻って来ていた。
簡単な食事を終え、蒼太は気になっていたことを再び尋ねた。
「で、具合が悪いわけじゃないのはなんとなくわかったけど……なんであんなに限界ギリギリになってたんだ?」
「……本当に大した話ではないのですが」
そういって彼女は机の上にあるものを置いた。
「これは……なんか使い道がありそうな鉱石!」
「まあ、その謎の鉱石です。魔力を通すと液状になるとか。ソータさんが言っていたことを試そうとした際に思ったより魔力を消費してしまった結果、必要とする血液が増えてしまいました。申し訳ありません」
「嘘だろ? ミディでもこれ溶かせないの?」
「今なら可能だとは思いますが、また血を頂く事になるかと」
「そんなに……」
ミディはヴァンパイアだ。種族の特性として外部からの魔力の供給を必要とするものの、その保有量は魔法使い10人を優に超える。
「というわけですから、調子が悪いとかソータさんが心配するようなことはありません」
「ならいいんだけど……別に無理して吸血の間隔あけなくていいからね?」
「大丈夫です。必要になればその時は遠慮なく頂きますから」
まだ不安をぬぐえない様子を見て、心配は不要だとミディは牙を見せながら軽口を叩く。
蒼太はお手柔らかに、と苦笑いしながら返して後片付けを始めた。
「明日は組合に行くので早めに寝ますね」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
* * * *
ミディは自室に入るなりベッドへと倒れこんだ。
(―――ッッ!! すみませんソータさん嘘ついてすみません、ただ吸い過ぎちゃっただけで鉱石のことは言い訳で、そんなつもりで言ったわけではないんです、ああでもつい抱きしめてしまったのは大胆だったでしょうか)
枕にうずめているが、その顔色は髪から覗く真っ赤な耳が物語っていた。
いつもの冷静さは見る影もない。彼女もまた度重なる出来事で脳のキャパシティーがオーバーしてしまっていた。
蒼太が年頃であるように、ミディも年頃の少女なのだ。
吸血時間が長かったのは、単に好きな人の血に酔いしれていただけのことである。鉱石に魔力を使い過ぎたというのは、ほとんど理由になっていない。
嘘をついてしまった罪悪感で冷静さを取り戻し、またすぐに羞恥に震える。
そんなことを繰り返してヴァンパイアの少女の夜は更けていくのであった。
翌日。出来てしまったクマを魔法を使ってまで隠そうとする健気な姿がそこにあった。