ダメ店主とヴァンパイア   作:丁太郎

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四話 鈍竜狩り-6

 少し時間を遡る。

 

 

 傭兵たちがベヒンモスを牽制しようとしている頃、蒼太は後方の魔動機関車の車内でのんびりと横になっていた。することがないのである。

 同乗していた人員の中で、戦闘どころか自衛もままならない以上、一人で放置されるのも仕方がないのかもしれない。

 若干思うところを感じつつも、言われた通り車内で待機していると外からミディの気配がした。

 偵察を終えてすぐに戻ってきたらしい。

 

 

「お疲れ。どうだった?」

「帝国の実験体ではなさそうです。コアの反応も一つだけでした。あと念のために魔力を開放してみましたが、それに反応する気配もありませんでした」

「陽動でもないってことか」

「まだ断定はできませんが、恐らくイレギュラーで間違いないですね」

 

 

 必死に足止めしている傭兵や兵士には申し訳ないとは思っているのだが、二人にも事情がある。先に帝国の罠かどうかの確認は最優先事項なのだ。

 ミディの偵察のおかげで最大の懸念事項は無くなった。そうなると、次はベヒンモスの対処である。

 

 

「正直、どう?」

「手強いです。黒槍は重さは増えませんから、どんなに貫通力をあげてもコアまでは届かないと思います」

 

 

 蒼太の血を吸ってからまだ数時間。ミディの魔力が満ちてなお、決定打にはならない様だ。

 

 

「ミディでもダメとなると、もう俺たちに出来ることは無さそうだね。大人しくサンボさんの作戦通りに動こうか」

「実はそのことなんですけど……」

 

 

 ミディは先ほど本隊へ報告したことを蒼太に伝えた。

 

 

「ってことは、足止めしても効果ないってこと?」

 

 

 知識がないせいかいまいち事の重大さが分かっておらず、発した疑問は的を外していた。

 

 

「いえ、そもそも早すぎて今の人員では手の打ちようがありません。すぐに撤退の通達が来るかと」

「撤退、か。なら、皆が下がった後にミディが戦うのは? 話聞いた感じだと、普通のと比べて早いってだけで、攻撃当てられるほどじゃないと思ったんだけど」

「そうですね。一方的に攻撃し続けられると思います。ただ距離を取るので魔力の消費が激しくなりますが」

「良いってそれぐらい。ん? もしかしてまた俺を担ごうとしてる?」

「それも良いですが、自由に飛ぶとソータさんが耐え切れなさそうなので今回は見送ります。どちらかというと、その、流石に四度目になると前みたいなことになりそうで……」

 

 

 蒼太が失血により倒れたのはまだ数日前の出来事である。原因でもある彼女にとっては、本人以上に強く意識されてしまっているのだろう。

 そんなことは微塵も気にしていない当事者の方は呑気なものだった。

 

 

「過食は良くないっていうからね、痛あっすいません口が滑りました!」

 

 

 デリカシーのない発言の報いをしっかり受けて、蒼太は額を抑えて平謝りする。

 いつも以上に冷ややかな視線を貰いながら謝り倒したところで、話を戻す。

 

 

「とにかく、血の方は問題ないよ。あの時よりも全然回数は少ないし間隔だって長い。俺の事はいいから、自分の事だけ考えて戦って欲しいな。生半可な相手じゃないんだから」

「はい」

「それじゃ俺は皆と一緒に撤退するけど、無茶だけはしないでね」

 

 

 最後に念押しして、蒼太は機関部の方へと乗り込む。

 何気なく見送ろうとしたミディだったが、扉を閉める直前になって慌ててそれを止めた。

 

 

「ちょっと待ってください! なんでそっちに乗り込んでるんですか!」

「え? これに乗って逃げるんだけど」

「他の人たちは戦った後ですから、機関車を動かす魔力なんて残ってません!」

「あ、そっか。でも俺だけでも動かせるから」

「そんなことしたらソータさんの魔力のこと全員にバレてしまいます! 昼間の事もう忘れたわけではありませんよね!」

「そうなんだよ。それがあるから置いて行くのもまずいと思うんだよ、これ」

「っそれは……確かにそうですね」

 

 

 盲点だったところを指摘され、ミディは冷静さを取り戻した。

 蒼太とて全くの考えなしに乗ったわけではない。魔動機関車には彼らの魔力が今もなお色濃く残っている。他者の魔力との比率が異常なほどに、だ。本来なら帰りの運転で少しずつ魔力を減らしていくつもりだったが、もうその機会はないだろう。

 ミディも頭の中で状況を整理する。

 

 

「補給が断たれるとなると、帝国軍は砦を破って機関車を見つけて回収するでしょうね」

「よしんばベヒンモスに破壊されても魔力の残った破片があるし、やっぱこれごと避難した方が良いかなって」

「ですが向こうに持ち帰っても問題では? 乗った人達への言い訳とかもありますけど」

「そこはいじってたら暴走したってことにして、向こうではベヒンモスのごたごたついでに爆発させようかなって考えた」

「そこをしっかりしとかないと別の面倒ごとが起きますよ」

 

 

 計画の詰めの甘さに呆れたような口調だが、内心ミディは歓喜していた。

 日頃、珍品だからと意味不明なものばかり仕入れる考えなしの店主とは思えない深謀なのだ。多少の甘さは惚れた弱みで帳消しである。

 とはいえ蒼太の言う通りだと考えるほど彼女は短絡的ではない。

 

 

「いっそ暴走という名目でソータさんだけ別のところへ逃げるとかどうですか?」

「けどほかのみんな置いてくのはどうかと思うんだよ。すごい人たちばかりだろうけど、相手がアレじゃ巻き込まれる人もいるでしょ」

 

 

 彼方に目を向ければ、既にベヒンモスは姿を現した山を大きくえぐりながら街道を潰してこちらに向かっている。二人が少し相談している間にも、どんどん進撃は迫っていた。

 

 

「そういえばさ」

 

 

 ふと、蒼太は妙案を思いついた。

 

 

「はい」

「さっき軽いから攻撃が効かないみたいなこと言ってなかった?」

「そうですね。影はどうしても私以上の重さにはなりませんので、ってまさか」

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 突如として現れた暴走する魔動機関車。前線に移動していた時とは桁違いの速度であっという間に走り去っていく。

 傭兵たちが呆気にとられるのも無理はなかった。

 

 

「……なんだったんだ、あれ」

「……さあ?」

 

 

 いち早く我に返った一人が疑問を口にするも、それに答えられるものはいない。

 直後に響いたベヒンモスの地鳴りによって現状を思い出した傭兵たちは、狐につままれたように感じながらも一目散に退却していくのであった。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

「いやー、思う存分魔力を開放するのってこんなに清々しいんだね。マリヨの気持ちが少しわかった気がするよ」

 

 

 先頭車両のサンボが座っていた助手席では、目隠しした蒼太が魔力を開放していた。

 ……何故目隠しをしているのかと言えば、おおかたいつもの展開通り、オフロードを爆速で走ることにビビり散らかしたからである。見えていなければいいというのは、それはそれで豪胆な気がしなくもない。

 そんなチキンの隣には、ミディがやけに思い詰めた表情で魔動機関車のハンドルを握っていた。

 こちらはこちらで移動する魔動機関車が木々に衝突しないよう前方に展開した影魔法を駆使して切り開いたり、横転しないようバランスを取っているためである。燃料がアホなせいで、速度制御もままならないなかよく運転しているものだ。しかも自重する気がないせいか、今なお加速し続けている。

 どんどん重くなるハンドルを固く握りしめて、ミディは遂にブレーキをかけることにした。

 

 

「これ以上はもう制御しきれません! 少し魔力を抑えてください!」

 

「……」

 

 

 返事がない。そんなまさか、と一瞬だけ横を見る。幸いなことに気を失っているわけではなかった。

 ミディが神速のチラ見を行ったことに気づいたのか、蒼太は声を震わしながら告げた。

 

 

「ごめん、なんか抑えられない」


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