シンジンブカ市に近づくにつれ、先遣隊は奇妙なちぐはぐさを感じていた。より街の様子がはっきりとするにつれ、その違和感はより強まっていく。
鈍竜が齎したであろう破壊の後は間違いなく街に致命的なダメージがあったはずだ。だが、先ほどから人が全く見当たらないのだ。生きている人間だけでなく、死体すら転がっていない。神獣乱心の知らせを受け取ってからまだ一日足らず。片づけるにはいくら何でも早すぎる。
そうして街についた彼らを出向かえたのは、復興に励む人々の活気だった。
「瓦礫はここまでどかしてくれよ、道を広く作り直すんだから。あと、設備の魔石ちょろまかした奴はその場でたたっ斬るからな!」
「「「へい!!」」」
親方の怒号と威勢のいい返事からは、とてもではないが魔物による被害の重さは感じられない。
あまりの悲壮感のなさに先遣隊の面々は戸惑いの色を隠せないでいた。
* * * *
魔力というのは目には見えないからこそ、その調整にはそれなりに練習が必要になる。習熟してもなお、魔法の杖に代表されるアイテムに補助して貰うことで、ようやく万全な運用が可能となるほどだ。
技術もなく、そのような補助輪も無い蒼太が自身の膨大な魔力を制御できないのも仕方がない出来事ではあった。
際限なく充填されていく魔力に呼応するかのごとく、魔動機関車はどんどん加速していく。限界点すらとっくに超えているのだが、備え付けられた応急修復機能もフル稼働で、挙動が怪しくなっていく先から直されていくせいで自壊する様子はない。
蒼太の告白からとっさにミディがブレーキを作動させるも、余りにも巨大すぎる魔力の流れを断ち切ることはできなかった。
そして、ミディはハンドルからも手を離した。
「ごめん」
「いえ、別に怒ってはいません。こうなることは正直予想外でしたが、物は考え様です。これだけ魔力がありふれているのなら横転防止も機能するでしょうし、障害物も刃を置いておけば勝手に切れていきます」
「けど流石にここまで速いと衝突したときヤバくない? 俺たちごと木っ端微塵になる気しかしないんだけど」
実は魔動機関車は異様に堅牢になっているため、衝突した場合、中の二人がその他の積載物と一緒にミンチというよりグロテスクなことなるのだが、命を落とすという点に違いはない。
本来はそこそこの速度でベヒンモスに衝突し、重量で魔力核近くまで影魔法を刺し、送り込んだ魔石で魔動機関車ごと爆破する計画であった。
今の速度では衝突した時点で無理心中するようなものである。
危機的状況のなか、彼女はある作戦を思いついていた。
「目隠しはつけておきますから扉を開けてそのままそこで待ってて下さい」
「え? なんて?」
まさかの度胸試しのような発言に思わず蒼太は聞き返した。
「いいから早く!」
だが既に猶予はないため、珍しくミディは語気を強めて急かした。前方にはもうベヒンモスの巨体を見上げるほどに近づいている。蒼太はすぐに彼女の言う通りドアを開けると、閉まらないよう抑えるようにして自身の体を間に入れた。ミディはそれを確認すると、蒼太が転落しないように手足を影で縫い留め、恐怖で腰が抜けないように再度目隠しを行った。
「ちょっと、これ磔スタイルになってない? 目隠しが怖いんだけど」
「集中するので静かにしてて下さい」
戸惑う蒼太をよそに、ミディは全感覚を研ぎ澄ましてハンドルを握る。魔動機関車の進行方向を定めると、車内にあふれる魔力を存分に用いて大地にジャンプ台を生成した。
ベヒンモスまで残り幾許も無い。頬を伝った汗が落ちる刹那にもう一度作戦を脳内でシミュレーションして、ミディはアクセルを踏み込んだ。
遂に耐久限界を超え、魔動機関車は自壊しながら速度をさらに上げていく。危うく車輪が外れるその瞬間、車両はジャンプ台に差し掛かり、空へと跳ねた。
「ヒィッ!! ん? え!? ミディ!?」
目で見えなくともその衝撃は誤魔化せるものではない。蒼太は自分たちの乗る魔動機関車が上空へと射出されたことを悟り、思わず情けない悲鳴を漏らす。その背後にはいつの間にかミディが寄り添っており、その肩を貸していた。親しんではいるが慣れはしない感触に、蒼太の情緒も乱高下する。
さりげなくはないボディタッチを敢行したミディだったが、今回ばかりは役得だと考えているわけではない。彼女の巧みな影操作によって車両からは衝角が長く鋭く生えているが、装備させている影魔法の行使とは別に投影した翼にも集中を研ぎ澄ましている。
そして、宙を舞う魔動機関車の刃はベヒンモスの胸部へと届いた。ミディの攻撃を受け切った肉の硬さは、機関車の質量によってついに切り裂かれていく。
「グオオオオオオオオ!!!!」
恐らく初めて体験するであろう肉を貫いていく攻撃に耐え兼ね、ベヒンモスが苦悶の叫びを放つ。
もはや音波というよりも衝撃波に全身を揺さぶられながらも、蒼太はある違和感に気づいた。
(……これが神獣ってことか)
だが、それに気づいたところで彼らの行動は変わらない。
ベヒンモスが身に突き刺さる異物を振り払おうと身を捩った時、影の先端が胸郭を突破した。
その手ごたえを感じ取るや否や、ミディは取り付けていた魔石を起爆させると、蒼太を抱えて飛び出した。直後、乗っていた車両がベヒンモスへと衝突し砕けていく。
刃が届いてから僅か一秒にも満たない間の出来事である。
爆発がベヒンモスの強固な胸郭の中で起きたことにより、爆風が反射され魔力核へ幾重にも襲い掛かる。
「グオオオオオオオ!!!」
最後に一際高く咆哮してから、鈍竜ベヒンモスは遂にその巨体を横たえる。彼の魔物による被害は地方都市シンジンブカ市と交通大動脈ダイジナ街道の大規模な破壊であり、あわや中枢都市も壊滅するところであった。
だが、迫る危機を乗り越えたにもかかわらず、二人はただ悲しそうにその亡骸を見つめていた。
「……」
ベヒンモスに近づいた蒼太は、無言で手のひらを合わせる。
ミディもその隣に傅き、首を垂れる。
「……やっぱりミディも気づいてたんだ」
「……はい」
それは最も近づいた彼らだからこそ気付けた、ベヒンモスの敵意の無さである。
強大な力を持つ魔物は縄張りを拡大し、より闘争に明け暮れる。むき出しにされた闘争本能は魔力と共に、見えない圧力となって敵対者へと向けられる。
山のような巨体と莫大な魔力をもつベヒンモスともなればそのプレッシャーもまた尋常ではないはずだ。だが、蒼太が怯みもせず、ミディすら感じ取れなかったほどに、彼の魔物からはプレッシャーがなかった。それは胸を貫かれ、核が破壊されてなお変わることはなく、最後までベヒンモスは人類に敵意を向けなかったのだ。
「こういう時、通訳の魔法があればって思うよ」
「そうですか」
「だってさ、言い分を聞けたらこんなになる前に解決できたかもしれなかっただろ? ……ベヒンモスならさ」
「かもしれませんね」
虚しさを誤魔化すようにして蒼太は軽口を叩き、立ち上がった。直に神獣討伐を聞きつけた本隊が近寄ってくる。その前にしなくてはいけない事があった。
砕け散った魔動機関車の残骸のうち、まだ蒼太の魔力が残っている物を拾い集める。探知魔法を使って拾い残しがない事を確認する。
「ファイアーボム」
投げられた魔石が爆発する。残骸にたまっていた魔力が連鎖して派手に爆散していく様子を見ても、そこに爽快さはなかった。