傭兵たちはすぐに駆けつけてきた。当然、近くにいた二人へ何が起きたのかを聞いてくる。バカ正直に答えるわけにも行かず、とりあえずは魔動機関車の暴走に巻き込まれた、と説明。もちろん突っ込みどころは多々あったのだが、詳しく追及されなかったのはベヒンモスの亡骸があったからだ。文字通り山のようにでかい魔物、肉も皮も魔石も個人レベルなら取り放題。宝の山をちょろまかし放題である。国の目が入る前に貰えるものは貰おうということで、蒼太の話はすぐに切り上げられたのだ。
しばらくして軍属のメンバーが到着した。一部始終を見ていたサンボが疑問をぶつけるも、根回しによって傭兵達が口添えしてくれたため、その場「は」収めることが出来た。
当然それだけで終わるわけがなく、救援に来た部隊によって『カナメ』へ向かう途中、サンボの馬車に呼び出された蒼太は尋問されることになった。
「……実験車両なら暴走することもあるだろう。だがそんなに都合よく鈍竜に向かっていくか? そんな迎撃システムは搭載していなかったはずだが」
「それについては取り残された私を助けるついでにミディが進行方向を調整していました。核に直撃したのは彼女の功績です」
嘘は言っていない、といわんばかりに、堂々と答弁する蒼太。
その顔にいくつもの疑いの視線が突き刺さる。
この気まずさで虚勢がバレる前に、とっとと話を終えることにして、蒼太は続きを喋った。
「神獣を倒せたのは先頭車両にありったけの魔石をかき集めたのもあります」
「確かに鈍竜の核近くで魔石の残骸が大量に散らばっていました。車両の爆発により起爆したものと思われます」
ありがたい事に、研究者の裏付けがついてきた。現場の確認は済んでいるようだ。
余計な報告をされるより先に、蒼太は畳み掛けた。
「我々は事故を利用して神獣を討伐しただけです。魔石も討伐のために使用しました。なにとぞ弁償だけは勘弁して頂けませんか」
頭を下げ、これ見よがしに手を合わせる。実に卑屈な態度だ。
まるで本題のように金の心配をして見せるデコイ作戦である。
サンボからして見れば、傭兵組合の切り札とも噂されるミディはともかく蒼太は魔力が多いだけの小市民でしかない。大量の魔石だけでなく、国家プロジェクトの魔動機関車まで弁償させられてはたまったものではない、という印象を抱くだろう。
(そして本命である討伐手段から注意をそらさせるつもりだな)
内心、サンボは鼻で笑っていた。いくらなんでもこのタイミングの切り出し方は露骨すぎる。これで誤魔化せる算段なのだろうか、と。
このレベルの駆け引きなど皇国軍総参謀長たる彼にとっては児戯に等しい。当然さらにその裏を読みに行ってもいいが、脳内には事前に調査させたソータという男の情報があった。
壁外で雑貨屋を営んでおり、まるで商才がなく来店すらない事、ガラクタ集めにしか興味がなく、生活基盤は同棲しているミディに頼っているヒモ男、と。
入手した情報に加えて、サンボの観察眼を持ってすれば、なぜ超一流の傭兵ミディがヒモを養っているかの理由も察せられる。自ずと結論は導き出されるのだ。
(頭が回らんがゆえの度胸はあるな。わざわざ交渉を買って出ているのも……女の前だからか。あまり考えがないのなら)
「鈍竜による更なる被害を考えれば、討伐の多少の損は比べ物にはならない。よって責は軍が引き受け、貴様らの功績が相殺されることもないことは明言しておく」
* * * *
「とまあそんなわけで魔動機関車についてはおとがめなし、暴走の原因が俺ってこともバレないと思う」
その晩、カナメ市の宿屋で蒼太は尋問の内容をミディに伝えた。
「それ、本当に大丈夫ですか? 割と見抜かれてそうですけど」
話を聞いた印象では、向こうも敢えて便乗している気がしてならない。蒼太に腹芸ができるとは思えず、ミディは不安を拭えないでいた。
「大丈夫。向こうは俺の人となりを調べてるだろうし、ああいう上に立つタイプの有能な人は要領の良さが売りだから、無駄に疑いまくるってことはしないんじゃない」
「それは、若干見くびってませんか?」
「いや、絶対バレない」
いつになく自信ありげなヒモ男。とはいえそれを妄信するほど彼女も馬鹿ではない。
納得してない、と顔にありありと書かれ、蒼太は説明しようと口を開き、
「あー、説明できないからちょっと待って」
のっけから不安しか感じられない。
ミディからの冷ややかな視線をもろに受けながら、頭の中を整理して再び話し始めた。
「えっと、俺が魔動機関車を暴走させたのバレてもいいんだよ」
「え?」
「だって暴走じゃないじゃん」
「? ……! そういえばそうでしたね」
本質に気づいたミディの目が丸くなる。
蒼太が絶対とまで言い切れる理由はそこにあった。
「『暴走』を前提の事実とした時点でソータさんの勝ちという訳ですか」
「そうそう。最悪、あの人が『暴走の原因がお前が何かしたからだろ!』とか言ってきても、それはそれで良いんだよ。正常運行だとバレて動力源の話になることさえ避けられれば」
そのために余計な情報が見つからないよう念入りに処理したのだ。新しく魔動機関車が製造されて誤作動を起こさなかったとしても、欠陥車両だったということで片が付く。何せ最初の一台だ。不手際があるのは向こうも承知の上だろう。
……などと、のうのうと語る蒼太。そこへミディがある事実を突きつける。
「結局は暴走させてましたよね」
「……ソウダネ」
「それに見せかけとはいえなかなかの弱みは握られましたね」
「た、確かに」
調子こいているが、別に全て作戦だったわけでもないし、話術によって得た結果でもない。たまたま事実が良い感じに曲解されただけのこと。蒼太がしたことと言えば、誤解を深めるためにしゃしゃりでたことぐらいだ。
それでも煙に巻いたことは間違いなくミディも内心では感心していた。が、それはそれとして懸念される点については確認しておかなくてはならない。
「私個人としては実験に参加するのは最後にして欲しかったのですが」
「店の経営もおざなりになるし」
そこはどうでもいいです、とは言わないのが彼女の優しさである。
「とすると、またミラさんに依頼は受けられない事を言わないと」
蒼太が実験に参加している間は、護衛としてミディの行動も縛られることになる。どうせ何もないのは承知しているが、一緒にいられる口実にはもってこいだ。
だが、蒼太には彼女と違う思惑があるようだ。
「ああ、ごめんミディ。しばらく別でお願いしたいことがあるんだけど」
「……別で、ですか」
「うん。ベヒンモスのことを調べて欲しい。具体的にはシンジンブカ市の被害状況と死体検分。俺はこっちで文献を調べるから、帰ってきたときにイメージを共有して欲しい」
「わかりました。サンプルはいかがしますか?」
「上空から見てくれるだけで大丈夫」
魔法というのは便利なもので、記録を取らなくても見たものをそのまま相手に伝えるものもある。特に彼女は目が良い上に、暗いところも見通せるためこういった偵察や調査にはうってつけであった。
蒼太の頼みを何気なく承知したミディだったが、ふとある事に思い至る。
「もしかして、ベヒンモスを討伐したこと後悔してます?」
返事はない。それがミディの指摘が図星だということを示していた。
しばしの逡巡の後、ポツリと蒼太が話し始める。
「……そりゃあ思うところはあるよ。自分が死ぬって時にも敵意が無くて、しかもずっと人を守ってきた魔物だったって聞けばさ。この街にも来ることはなかったかもしれない。俺が余計なことを思いついたばかりにその可能性すら消えたんだって、ずっと考え込んでる」
「それはそうですが、」
「いいんだ。理屈は分かってる。ただ偉大だった神獣を殺したことに感情が整理できないんだ」
情けない話だと蒼太は自嘲した。ミディに調査を頼んだのも、ベヒンモスの死に意味づけしたいという感傷に過ぎない。
吐露し終え、深々とため息をついている蒼太を見て、正直甘すぎる、とミディは感じていた。
(生きることに対する共感性が高いんでしょうね。……帝国でのトラウマもあるかも知れませんが)
ここまでナイーブになっているのは、なまじベヒンモスの背景を知ってしまったのも大きいのだろう。
「私としてはそういう風に悩んでいてもいいと思いますけど」
「……でも情けなくない?」
「今のソータさんが『かっこ悪いとこ見られたなー』って凹んでいるのは情けないと思います」
「ハイ……」
「ですがいつも食材を大事にしたり、魔物の素材を少しでも有効活用したり、今回みたいに奪った命に悩んでいるところは、むしろ……好ましいです、かね」
食事時や解体前には欠かさず手を合わせているところなど、律儀だなと思っていたものだ。流石に失敗した料理まで食べて腹を壊しているのは考え物ではあるが。
ただ、蒼太の考え方は彼女にとっては眩しく思えた。
「えっと、ですから釈然としたくないからって理由でもはっきり言って下さい。別に呆れたりとかはしませんので」
「じゃ、じゃあそういうことで調査お願いします」
「はい、しっかり調べてきます」