雑貨屋ザッカヤは今日も朝から閑古鳥が鳴いており、連続売り上げ0円記録を更新していた。
「ミディ! ちょっとこれ見てくれ!」
倉庫を整理していた蒼太が何やら興奮しながら店内に駆け込んでくる。
その手に握られていたのは、
「ただの棒じゃないですか」
ミディの言う通りただの棒であった。しいて付け加えるのであれば、綺麗にまっすぐでチャンバラに理想的な形であるぐらいだ。
今更そんなものではしゃいでいるのか、とジト目を向けられ蒼太は言い訳した。
「ただの棒と違うんだって! この間の村で教えてもらったやつだよ」
「……確か魔力を通すと燃えやすくなる、でしたっけ」
先日バーサクベアから助け出されたアキレスが教えてくれたあの村近辺の珍しい木材である。なんでも非常に魔力を通しやすく、子供程度の魔力でも着火及び炎の管理が楽なことからそれなりに重宝されているのだと言う。割と使い道はありそうだが、薪となると量が嵩むため商品としては取り扱わず、手ごろなものだけ持って来たのであった。
「結局変わった物が欲しかったんですよね」
「だってせっかくだし手ぶらで帰るのも嫌だったから、じゃなくて! 別の売り方ができないか調べようと思ってね」
「他にも特性がないか知りたかったと。それで何か分かりましたか?」
「いや一応売り物として……まあいいや。ちょっと見てて」
そう言って蒼太は魔力を込め始めた。大の男が棒を強く握りしめている様子に、ミディは少し戸惑いを覚えていた。
「やめて! そんな目で見ないで!」
「冗談です。それで何か変わりました? またとんでもない魔力を込めたように見えましたけど」
「ふっふっふ。ではミディ君。お得意の影魔法で切ってみなさい」
「分かりました」
言うが早いか影が動いた。鋭利な刃に変形し蒼太へと斬りかかる。
「え!? 俺!?」
切れ味に特化した影は木材程度なら容易く切り裂き、愚か者の喉元に突き立てられる……はずだった。
まるで金属同士が衝突したような甲高い音を立て、影の刃が木の棒に止められていた。
予想を超える頑丈さに思わずミディは目を丸くした。
「まさか完璧にはじかれるとは思いませんでした。とてつもない硬さですね」
「とんでもないのはミディの方でしょ……防げてなかったら死んでたんじゃないの俺」
「ちゃんと寸止めしますよ。……ですが、棒に対しては本気で切るつもりでしたが」
「俺も正直ここまでとは思ってなかったよ」
試しにナイフを突き立ててみたが同じように弾かれてしまう。見れば、先ほどの影を含めて木の棒には一切破損した様子がなかった。
「それで、どれくらいの間硬いままなんですか?」
「どうだろう、さっきも実演したかっただけで効果が切れたわけじゃないし、あっ硬化のこうk」
「魔石のように貯めておく性質はないようですね。魔法陣もないですし、先ほどの魔力量ですと一日ぐらいは硬いままだと思います」
「……そうだね」
「まあ、ここまで硬いのはソータさんが魔力を込めたからだと思いますが」
ミディの推察はおおよそ当たっていた。切断特化の影ですら無傷で弾き返す異常な硬度は蒼太の魔力量ありきである。しかしながら、武器として活用できる程度であれば現在込められている半分の量で充分である。もちろんそれでも常軌を逸しているが。
とはいえ、ここへ来てようやく、1000日掛けてようやく売り物になりそうな品が見つかったのだ。その事実だけでミディは歓喜に沸いていたが、努めて冷静を保ち、重要なことを尋ねた。
「ところでなんて名前を付けるんですか?」
そう、商品名。古今東西、世界を超えてもなお揺るがない超根本的なPR方法である。購買意欲をそそる名前はそれだけで売れ行きを決めると言っても過言ではない。シンプル、語感、売り文句、どの名前にも売り手の意図は存在する。
待望のまともな商品(当社比)、一体どんな名前だろうとミディは期待に目を輝かせていた。
「ふっふっふ。この棒は見た目に反して伝説の武器にすら優る驚異的な硬さを誇る! 相応しい担い手が現れればかかる百難、すべて打ち払い共にあり続けるだろう」
「はい!」
「とは言えシンプルイズベスト! この朴訥な武器には凝った名前よりも分かる人には分かる程度のこだわりぐらいがちょうどいい」
「はい」
「そして俺のいた世界では、まさに艱難辛苦に耐えながらも信念一つ、練り上げた魔力で伝説を打ち立てた勇者の話がある。かの勇者の代名詞にもなったパートナーの名前にあやかって」
「”ひのきのぼう”と名付けよう!!!」
「……これひのきじゃないですよ」
ミディは失念、いや考えないようにしていた。この男は自分の店にザッカヤと名付けるほどネーミングセンスがないことを。
とりあえずの礼儀として突っ込みを入れる。既に彼女の意識は明日の仕事に向けられていた。
先ほどまでの熱気が急速に失われていくほど冷たい態度を取られ、蒼太は大慌てで説明を行う。
「本当にそういう勇者、ていうか僧侶の話があるんだって! ひのきのぼうも本当は大した武器じゃないんだけどその僧侶が使ってて、最終的にはマジで伝説になったんだって!」
「……気持ちは分かりましたが、でもひのきじゃないのにその名前なのは」
「そこ変えちゃうとほら、話が伝わらないからさ」
「そうですか。ではひきのぼうということで、人に聞かれたらソータさんが説明してください」
「任せてちょうだい。もう明日持って行っていい?」
「うちの目玉商品になりそうですし、いいんじゃないですか」
名前はともかく、そのポテンシャル自体はミディも認めるところである。思わぬ拾い物に欠ける期待は大きい。折しも明日は組合から魔物の討伐を依頼されている。現地でいくつか売ることができれば、ついに念願の売り上げが記録される。
いそいそと荷物にひのきのぼうを加えたところで、蒼太は思い出したように問いかけた。
「そういえば明日って何倒すんだっけ?」
「地竜です」
地竜。見た目は地球で言うトカゲのようだが、サイズは10m以上。にもかかわらず、魔力を利用して地面に潜ることができ、地面を隆起させて攻撃したり、急襲してくる非常に厄介な魔物である。かなり手強く、一流の傭兵ですら念入りに仲間を募るほどだ。
とはいえミディは何回か倒した経験がある。造影魔法を駆使する彼女にとってはさほど苦戦する相手でもない。
「なので討伐には私が行きますので、ソータさんは行商でもしてて下さい。魔石もあまり補充できませんでしたから」
「いいの? 一人で倒すの面倒じゃない? 確か面倒な魔法使ってくる魔物だった気がするけど」
「たまには腕試ししたい時もあるんです。特に最近は魔法の操作も上達したので」
「確かに精密になったよね……」
ミディは誇らしげに胸を張っているが、蒼太は若干辟易したような表情だ。彼の脳裏には先日の一件、突っ込み代わりに影の針で刺された痛みがよぎっていた。あれが精密化の恩恵なら願い下げである。とはいえ、彼女の戦闘力は見違えるほどに上昇している。腕試ししてみたいと思うのも当然だろう。
それなら、と蒼太は荷造りを適当に終わらせた。
「こんなもんでいいかな。それじゃ俺はもう寝るよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
就寝前の挨拶を済ませて自室に向かう蒼太。その後ろ姿を見送ってから、ミディは敢えて見せなかった依頼書を取り出す。
(イースト辺境伯領バサ村……大山脈付近ですね)
ユーリ皇国最東端の村。巨大な山脈が隣接しており、その向こうにはある国が広がっている。
かの国の存在を思い起こすたび、ミディの中で冷え冷えとした感情が湧き上がっていた。
(……何事もなければいいですが)
頭を振って不吉な想像を追い払う。
しかし、それでも胸中に巣食う嫌な予感までは振り払えないのであった。
「ミディが名づけるとしたらどんな名前になんの?」
「そうですね……不壊棍棒とかですか」
「くっなんてネーミングセンス、だがひのきのぼうに込めた思いなら負けない。あ、あとヒノキの花言葉は不滅らしいよ」
「伝わるといいですね……」
偉大なる僧侶とひのきのぼうとSSの作者に敬意を込めて
それとこの世界には花言葉はありません