ヴァルラヘイムのヴァンパイアは自身の影を任意に操作することができる。ミディは非常にこの魔法に長けており、物質として具現化させたり、魔法に寄らない武具として顕現させることすら可能である。戦闘においても強力だが、特に有用なのは長距離を移動するときだと蒼太は感じていた。
「なんで到着早々私を拝んでるんですか」
「だって、普通に移動したら何日かかるかわかったもんじゃないからね。ミディ様様ですよ本当」
ここはイースト辺境伯領バサ村。タリクからは馬車で一週間はかかる僻地である。
いつものようにミディに運ばれてきたのだが、やはりこの移動速度は驚異的だ。蒼太の感覚では、影に包まれて二度寝をしている間にはもう到着していたのだ。ジェット機も凌駕する乗り心地である。
「快適なフライトありがとうございます」
「まあ悪い気はしないので構いませんが……た、たまには開放的になってもいいんですよ? 飛んでる時の景色とか割と絶景ですし」
「高いところ苦手だからいいや」
「……そうですか」
影ばかりでなく二人で一緒に飛びたい、という思いを含めた提案をすげなく断る蒼太。大きく伸びをして仕事モードに入る。
「んー、と……よし、まずは現地調査だな。地竜がどこにいるか調べないと」
「緊急依頼ではないので、村からはまだ遠いところにいると思います。実際、村の中にいる人たちからの情報はありませんでした」
「目撃者はいる?」
「村の狩人が何人か見てますね。それと別の依頼で山脈に来ていた傭兵がいます。彼らの目撃情報はミラさんがまとめてくれました」
そう言って、ミディは荷物から書類を取り出した。
ミラというのは傭兵組合集会所の受付嬢だ。そして二人の事情を知っている数少ない人間でもある。
渡された資料に蒼太は素早く目を通す。そこには時系列順に整理された目撃情報とその信ぴょう性が記されており、さらにはミラ史なりに推測された地竜の潜伏予想までたてられていた。
これならほとんど調査なしで討伐に赴けるだろう。そのあまりの情報密度に、蒼太から思わず感嘆の声が漏れる。
「相変わらずすごいな、ミラさんは……ん? もう一枚あるのか、なんだろ」
まだ何か情報があるのかと紙をめくった。そこには
『ミディちゃんへ
お仕事いつもお疲れ様~
これ、私の今月の休みです。特に予定は無いから、いつでも遊びに来てね
それとこの間、いい感じのお菓子が手に入ったので』
以降、地竜の情報をも上回る書き込みでミディへの熱いお誘いの文が綴ってあった。
途中まで見てしまってから慌ててページを戻す。仕事の資料に個人的な誘いの手紙を同封しないで欲しいものである。
無言でミディの方を見ると、彼女もいたたまれなさそうにしていた。やはり目を通していたらしい。
「読んだなら回収しといてよ」
「ちなみに一番下にソータさんへ宛てたものもありますよ」
「ええ……」
『PS.残業大変でした。お礼はミディちゃんで』
「と、いうわけなので、この依頼が終わったらミディにはミラさんちへ行ってもらって」
「遊びに行くぐらいなら別に構いませんが」
「一週間くらい」
「嫌です」
二人のやり取りからもわかるとおり、ミラという女性はミディを偏愛すること甚だしかった。仕事ができ、傭兵組合の長からの信頼も厚いのだが、それらを駆使してミディにモーションをかけるのである。当然、共同体の蒼太も巻き添えを食らっていた。主に排除される方向で。
「まあ一週間はともかく一回くらいデートしてあげればいいんじゃない?」
そう代案を提示すると、なぜかミディがジト目を向けてくる。
(普段はデートなんて言い方しないくせに……)
そんな彼女の胸中は知る由もなく、蒼太は別の疑問を口にした。
「そういえばこれだけ絞り込めてるのに何でわざわざ村の近くに降りたの?」
ミラのまとめた情報はそれだけで聞き込みを省けるほど詳細だった。恐らく記載された出現予想を回るだけで地竜は見つかるだろう。にもかかわらず、現地に直行せず村に降りた理由が知りたかった。
それとなく聞いたつもりだったが、ミディはいつも以上に冷ややかな表情を纏って返答した。
「昨日言ったじゃないですか。今日は私一人で狩ってみますからソータさんは村にいて下さい」
「でも一人だと大変でしょ。狩るのはともかく後始末は手伝うし、なんかあったら」
「その何かがあるかもしれないから村にいて欲しいんです」
蒼太の言葉を遮るミディ。その話し方は、まるで暗い感情を無理して押し殺したように無機質であった。それを聞いて初めて自分の考えがあっていたことに確信を持つ。
今朝、珍しく早起きできた朝食の準備をしていたのだが、ふとどこに行くのかを聞いていなかったことを蒼太は思い出した。当然依頼書を探して、地名を確認する。そして彼の脳裏にもまた、同じようにかの国の存在がよぎる。
ガド帝国。蒼太を召喚し、ミディを監禁していた国だ。
なんとなく違和感を覚えた昨夜の言動。その理由としては充分だろう。そう思って探りを入れたのだ。
もう意図はバレていると悟り、ミディは努めて平静を装いながら話し始めた。
「地竜は本来砂地を好む魔物です。それなのに生息地から離れて樹海の広がる大山脈近辺に来るのは不自然です」
「でも魔物だし、それぐらいのイレギュラーならない事もないんじゃ」
「ソータさんだってご存じのはずです。帝国は様々な魔物を軍事活用できないか研究していました。地竜もその対象です。偶然ならもっと南方でもいいはずなのに、こんな北の国境まで来て……明らかに人為的なものです」
本当ならザッカヤに置いて行きたかったのだ。しかしタイミングの悪い事に、新商品の行商という仕事ができてしまったのである。さりとて理由を言えば確実についてくる。ミディはそれとなく理由を隠すため、蒼太に村にいるように誘導したのだ。
いまだ目を合わせずに彼女は自分の意図を話す。
「幸い辺境伯は事情通。私たちの事は知りませんが、三年前の帝都の大混乱の真相には詳しいでしょう。私に何かあっても事情を離せば」
「ミディ」
今度は蒼太がミディを遮る。
彼女の言うことはもっともだった。だからこそ、その言い分は通らない。
「俺は付いていく。ミディほど戦えないけど手助けぐらいならできるし、足手まといになりそうならその時は血袋になるよ」
「ですが」
「それにね、あの時だって二人で逃げ切れたんだ。今回だって罠かもしれないけど俺たちならどうにかできるでしょ」
「でもソータさん……戦うの苦手だって危険なのは嫌だって言ってたじゃないですか」
「あのねぇ……」
俯いたまま本音をいうミディを呆れたように見つめる。
今日は本当に珍しい事があるもんだと思いながら、蒼太は言い放った。
「危険なのが嫌だってミディを罠に突っ込ませるなんてするわけないじゃないか。ていうか、もう二度とあんなクソ国家の事で思い詰めない事! いい!?」
不意に蒼太の声が荒くなる。ミディに対してではなく、いまだに自分たちを煩わせる帝国に対してだ。その思いは彼女にも伝わったのか、ようやく顔をあげた。
「罠だってわかってるのにミラさんの所に送り込むのはいいんですか?」
「あれは突っ込んでもらわないと俺が危ないから」
「さっきのセリフもう一度言ってもらえます? 出来ればもっと力強く」
「すみません出来ません」