ダメ店主とヴァンパイア   作:丁太郎

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閑話 柿狩り

 雑貨屋「ザッカヤ」に客が来ることはない。

 そのため業務といっても特にすることはなく、やれることは在庫の整理ぐらいである。だらだらとやっていてもすぐに終わってしまう。

 二人は今日も早々に作業を終わらせていた。

 

 

「では組合に顔を出して来ます」

「いってらっしゃい」

 

 

 とはいえ暇を持て余しているわけではない。ミディは第一級の傭兵であり、依頼の後処理も相応に面倒である。素性を隠しているのだから猶更だ。

 バーサークベアにランドドラゴン、立て続けに二件も討伐をこなしたため、しばらくは城壁内にある組合に出向くことになるだろう。

 ミディは忙しい。では蒼太はどうだろうか。

 

 

「……何しようか」

 

 

 なんとも見事な穀潰し、になりたくはなかった蒼太。一応彼なりにやれることは作っていた。

 何から手を付けようか少し悩んでから、蒼太は森に向かっていた。

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

 ヒモ回避プロジェクト。収入を得られない蒼太が己のメンツをかけて始めた一大事業である。

 第一弾は早くもとん挫したが、第二弾は今もなお進行中だ。

 その一つは森の中で進められていた。

 森の外縁、ミディに頼んで切り開かれた土地には、いくつもの果樹が植えてあった。

 そのうちの一つはちょうど収穫期なのか大量に実がなっていた。

 

 

「おお~」

 

 

 予想以上の実りっぷりに蒼太が感嘆の声をあげる。依頼のためにしばらく様子を見ていなかったが、ここまでになるとは思っていなかったのだ。

 だが、これだけで成果にはならない。頭ではわかっていながら、蒼太はもぎ取った果実を少しかじる。朱色に染まったその実は柿によく似ていた。

 

 

「しっぶ! うええええ……」

 

 

 舌に乗った瞬間に迸った鮮烈な渋さに吐き出してしまう。いわゆる渋柿であった。

 なぜわざわざ渋柿を育てているのかというと、単に売っていないからである。

 加工法がないのか、ユーリ皇国周辺で知られていないのか、渋柿が売られているのは見たことがなかった。蒼太が育てる果実を選んでいた時も、ミディは不思議そうにしていたほどである。

 

 

「……まあ、こんなくそまずい実が美味しくなるとは思わないよね」

 

 

 改めてその渋さを確認して、蒼太は近くに建てた小屋へと向かう。雨をしのげる程度に屋根が付いただけの小屋には、先日収穫した渋柿が干してあった。

 

 

「頼む……鉄腕の神々よ」

 

 

 その中の一つを手に取り、恐る恐る口にする。この結果に、今後の計画の行く末がかかっているのだ。

 

 

「あまーーーーーい!!!」

 

 

 無事成功したようである。

 予想以上の出来栄えに歓喜し、蒼太は意気揚々と残りの柿の収穫を行っていくのであった。

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

「で、そのシブガキ?はちゃんとした商品になるんですか?」

 

 

 帰宅するなり押し付けられた干し柿を胡散臭そうに観察するミディ。というのもヴァルラヘイムでは解毒の魔法があるためか、毒の有無よりも味が価値を決める。異常な渋さを持つ柿は名前が付けられていないほど無価値な果実なのだ。それが干すだけで食べられるとはにわかに信じがたい。見た目も萎びているも同然だからかなおさらである。

 そんな彼女の警戒を解くように、干し柿を摘まみながら蒼太は説明を続けた。

 

 

「流石に俺がいた世界の物よりかは味は劣るけど、それでも充分商品になるクオリティだと思うよ。珍味として取り扱ったら買う人もいるんじゃないかな」

「ちなみに味はどんな感じですか?」

「んー干し柿としか言えないけど……乾燥してきた柿のジャムって感じ」

「余り食欲がそそりませんね……食べられるようになったのは間違いなんでしょうけど……」

 

 

 蒼太が初めて渋柿を食べたときのリアクションはミディもよく覚えている。人の忠告を聞かずに大口でかぶりつき、しばらくよだれを垂れ流しながら口を半開きにしていたのだ。

 その蒼太がノーリアクションで渋柿を食べ続けている。それだけで食用になったことは理解できた。だが、いざ食すには「呪われた柿はゲロマズ」という常識が邪魔をした。

 そして、ミディは名案を思い付く。

 

 

「どうやら自分で食べるには勇気がいるようです。ソータさんが食べさせてくれませんか?」

「はい?」

 

 

 何を思ったかこんな突拍子もない提案を臆面もなく行うミディに、思わず面食らう蒼太。本気で何を言っているのか分からないといった顔をしていた。

 

 

「口を開けて待ってますので、一欠片入れて頂ければ結構です」

「待って待って。別にそこまでして食べるようなものでもないと思うけど」

「ニホン人のソータさんだけが味見しても、この世界で食べられるとは限らないじゃないですか。売るのでしたらもちろん私も食べます。なので手を貸して頂ければ、と」

「じゃ、じゃあ食べられるようになってからでもいいよ、日持ちもするし」

「……あーん」

 

 

 それ以上有無を言わさず、ミディは待ちの構えに入る。その時、ふと蒼太の鼻に嗅ぎなれない香りが漂って来た。

 

 

「もしかしてさ、お酒飲んだ?」

「…………あーん」

「酔ってるよね! 絶対シラフじゃないって!」

 

(絶対ミラさんの仕業だ……!)

 

 

 街でミディにアルコールを勧められる人物は一人しかない。なんてことしてくれたんだ、と思いながら、蒼太は仕方なしに対応をし始めた。

 

 

「ミディさん、まずは水を飲もう? その方が味も分かりやすいでしょ」

「あーん」

「え、水も!?」

 

 

 こうして蒼太は真理を一つ理解した。

 酔っ払いにはムキになるだけ損だということを。

 もういっそ自分も羞恥心を捨てて目的を果たしてしまうことにした。

 

(業務業務業務業務業務業務業務業務業務)

 

「それじゃ味見をお願いしますよ」

 

 

 仕事の上だと心を静めながら、震える手で摘まみ上げた干し柿をミディの口に入れた。

 途端、彼女はひどく顔をしかめて一瞬で店を飛び出した。

 

 

「ちょ、ミディ!?」

 

 

 突然の事に後を追おうとするも、少し考えて思いとどまる。

 案の定、すぐにミディは青ざめた顔をして戻ってきた。

 

 

「失礼しました……」

「俺の方こそ、ごめん。まさかそんなに味覚が違うとは思わなくて」

「……」

 

 

 蒼太としては、口に合わなかった程度で済むと考えていたが、実際はレベルが違った。酔っていたとはいえ、嚥下していない物で吐き気を催すとなれば、相当酷い味に違いない。

 彼は知らない事だが、渋柿の渋さはタンニンに由来する。地球では干すなり湯もみするなりでどうにかできていた。だが、ヴァルラヘイムでその工夫がないのには理由がある。魔力だ。よりによって干された渋柿の中では、タンニンは魔力と結びついた上で腐敗する。舌には元の渋みだけでなく、腐敗した魔力の風味が襲い掛かるのだ。

 そうとは知らず、醜態を晒させてしまったことに蒼太は凹んでしまっていた。ミディもまだ舌の上の残り香に耐えきれず再び出ていく。

 長い間口をゆすいでいたのだろう。だが、どうしても味は取れなかったのか、正しく苦渋に満ちた表情で帰ってきた。

 そういえば、と先日のことを思い出した蒼太。

 

 

「魔力減ってない? 大丈夫?」

「……正直かなり無駄遣いしてしまいました」

 

 

 補給したばかりだが、吐き気と水で思いのほか消費してしまったようだ。

 あの日、帝国の関与が疑われた地竜を討伐してから、二人の間に新しい約束事ができた。それはミディの魔力を万端にしておくこと、すなわち吸血間隔の短縮である。戦えない蒼太から提案したことだ。

 ミディの返事を聞いて、無言でボタンを開ける。彼女もこんなことで補給していいのかと戸惑っていたが、欲求には抗えず口を着けた。

 

 

「ッ……そんな……」

 

 

 一口含むなり、驚愕に目を見開きいてミディが体を離す。

 

 

「もしかして、まだ味が残ってる?」

「いえ、むしろ……ちょっと頂きます」

 

 

 不安を口にする蒼太をよそに、ミディは影で手繰り寄せた干し柿にかじりついた。

 これに驚いたのは蒼太のほうだ。

 

 

「それクソ不味いんじゃ……」

「これは凄いです! 先ほども柿の甘さはわずかに感じ取れましたけど、腐った魔力のせいでむしろ不味さの補強でしかありませんでした。ですが、血の魔力で満たされた今なら、濃厚な甘さが口の中に柔らかく広がっていく感覚までわかります」

「何言ってん……」

 

 

 打って変わったように絶賛するミディ。それも大概だが、自分の血にまみれたまま食事をされて、蒼太はドキドキしてしまう。生々しさがいつもの比ではなかった。

 そんな心境を知りもしないミディは干し柿を食べ切ると、少し思案してこう言った。

 

 

「ソータさん、血のソースって興味ありませんか?」

「いや、ちょっとキツイっすね……」

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