ダメ店主とヴァンパイア   作:丁太郎

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三話 鳩狩り-1

「……これで20羽目か……」

 

 

 傭兵組合組合長ギルドは部下からの報告を受けて頭を抱えていた。

 先ほど呻いた数字、それはこの一週間で失った伝書鳩の数である。この世界の高速通信を担う伝書鳩は非常に優秀で、帰巣率は9割を超える。その鳩たちが20羽も行方不明になるのは異常事態であった。

 苦々しげな表情を見せるギルドに対し、部下は報告を続ける。

 

 

「調査によりますと、同様の被害が皇国の鳩にも見られている模様です。特に東部地域では8割近くの伝書鳩が帰巣できていないとのこと。原因は不明ですが……」

「……帝国の仕業だろうよ。よほど優秀なスパイが潜り込んでいるようだな。それで、鳩商への被害は出てないか?」

「既に兵士が護衛として送られてきたそうです。うちにも多数依頼が寄せられ、いくつかのパーティが向かっております」

「後で依頼内容と受注者をまとめあげろ。等級は全て三級に変更して満たない傭兵が受注したところには代理を送れ。あとフィジカルバカとマジカルバカは招集して待機、一級の依頼以外は受けさせるな。喧嘩しだしたら俺が出る」

「承知致しました。すぐに手配いたします」

 

 

 一通り指示を出したところで、ギルドは深々とため息をつく。嫌がらせで済めばいいが、どうやらことはそれで収まりそうにないからだ。

 対策を講じる相手を脳内で選んでいるなか、忘れていた重要事項を思い出した。

 退室する部下を慌てて呼び止める。

 

 

「そういえば鳩丸は無事なのか?」

「鳩丸?」

「いや、なんだ、特書12号だ」

「無事です。特書用の鳩には被害は出ておりません」

「ならいい。5号と6号も使うからすぐに用意しておけ」

「承知致しました」

 

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

 私の名前は鳩丸。伝書鳩の中でも特別な書類を運ぶために調教された誇り高きスーパーエリートである。

 私のように選ばれし鳩たちは特書と呼ばれ、存在そのものが意味を持つのだ。

 例えば1号は皇宮まで直通でき、その到来は皇国を揺るがす緊急事態を意味する。今のところは仕事がないそうだが、彼女は一切の怠けを許さず、日夜厳しい調教を送っている。まさに特書鳩の鑑である。見てると繁殖期になりそうだ。

 かくいう私はなんでもトップシークレットとかいう存在に向けられる鳩らしい。よく分からないが、一般の組合員が私を使用することは許されていない。その特別扱いは1号と私だけなので別に構わないのだが、その割には忙しい気もする。特書鳩の中では上位の忙しさだ。この間なんて5日と開けず出動したものだ。別に構わないが。どうやら今日も任務があるようだ。

 

 

「12号!」

 

 

 組合員が呼んでいる。そう、私には鳩丸という名前の他に12号と呼ばれている。鳩丸は限られたものが呼ぶ愛称だが、私は気に入っている。この名前を呼んでくれるのは、名付けてくれたミディ様と付き添い兼目印の男、あとはギルドとミラだけだ。

 そして私の役目はミディ様と組合の連絡役である。だいたいは都の外れにいるが、時折とんでもない辺境にいらっしゃるのだ。自慢になるが、私の速度と持久力は鳩並外れている。そこが特書鳩として選ばれたのだろう。その誇りを鳩胸に抱いて任務を果たすのだ。

 呼びに来た組合員の頭に止まり、私は魔力を感知する。今日はいつものところにおられるようだ。これならば向こうでゆっくりすることもできるだろう。

 おや、一般鳩舎がえらく寂しく感じる。普段はもっといるはずだが……もしや何か大事でも起きたのだろうか。もしやここ最近忙しかったのもそのためなのか。

 そうとくればこの鳩丸、微力ながら全身全霊で仕事をしなけばなるまい。ふんっ。

 ああ、すまない。力んでしまった拍子に粗相をしてしまった。だが体は軽くなったぞ。これで往復時間も短縮できるだろうから誉めてくれてもいいんだぞ。おい、なぜ爪弾きにする。やるのか、おら、つつくぞ。

 私が組合員に教育的指導を行っているうちにギルドの部屋に着いたようだ。

 

 

「今日はまた……一段と気が立ってるようだな」

「ええ、本当にこの気性の荒さには手を焼きます。

 

 なんだ、手を焼くだと? この鳩丸の手を? させるものか、

 

これさえなければ最高の伝書鳩なんですが」

 

 

 なんだわかってるじゃないか。そうさ、私は伝書鳩の中でも最高クラスの能力を持っているからな。だからこそ特書なわけだが。気分がいい。もう下がっていいぞ。ご苦労であった。

 組合員の頭からギルドの前に降り立つ。さて、今回は何を運べばいいのかな。黄色か赤か。おい、ふつうの紙じゃないか。なら明日にしてもいいだろう。もうすぐ雨が降るぞ。

 とはいえ私は選ばれし特書鳩。羽が濡れるからとかそんな理由で仕事を拒みはしない。紙が濡れるから明日にしようそうしよう。ちっ、もう括りつけやがった。ごつい見た目で器用な男だ。

 

 

「よし、それじゃ頼んだぞ鳩丸」

 

 

 そう、私は鳩丸。伝書鳩の中のスーパーエリートの特書12号だ。そこまで言われては仕方ない。行ってきてやるか。

 開かれた窓から勢いよく飛び立つ。空気が重いが、まあ私の羽なら雨が降る前に着くだろう。

 にしても飛翔というのは本当に気持ちがいい。忙しさに若干面倒に感じていたが、この昂揚感と開放感は最高だ。どれ、今日は高度も思いっきり上げてみるとするか。私は猛禽類ではないが、ダイビングをするのが得意なのだ。それに上空まで行けば風に乗れる。風を掴んで滑るように飛ぶのも気持ちがいいものだ。おい、向かい風じゃないか。なんてこったい。

 そんなことを考えて上昇しているうちに都から離れたようだ。さすが私だ。ここまで来ればミディ様のところまではすぐである。せっかく高空にいるし、華麗なダイビングエントリーを披露するのも悪くない。ふふふ。

 そして、私は羽を畳んでいざ降下しようとした時。嫌な視線を感じた。

 全く嫌な視線だ。本能に。

 その視線の主は見なくてもいい。私、いや鳩たちなら皆わかる。

 

 

「ピギャアアア!!!」

「クルッポオオオオオオオウ!!!」

 

 

 鷹だ。それもすぐ近くにいる。なんてことだ。私は調子に乗るあまり彼らが索餌している範囲に深入りしてしまったらしい。

 だが……まだ諦めるわけにはいかない。私は特書鳩。白い紙とて、私が運ぶことに意味があるのだ。鷹だからといってやられるわけにはいかない。

 幸い私は降下体勢に入っている。ダイビングする鳩には奴も戸惑うはずだ。

 私は地面に引っ張られるに任せ、ぐんぐんと降りていく。羽は綺麗に折りたためている。これなら相当速度が出るはずだ。

 ……だというのに。全く、なんて生き物だ。猛禽類とかいう奴らはとんでもない。

 振り返るまでもない。今や視線どころか、獰猛な気配までくっきりと感じ取れる。私のダイビングに面食らったはずだろうに、もうここまで距離を詰めてくるのか。

 だが、私にはまだ切り札がある。このギリギリのタイミングで見事に―――

 

 

 気が付けば奴の爪が私を捉えていた。

 体勢が悪い。容赦なく腹部が貫かれている。

 

 

「ポッ……ポゥ……」

「ピイイイィィィィ」

 

 

 痛い。まるで腹が焼けている様だ。しかも私に息があるのを知ってか、さらに力が加えられていく。もう臓器を潰しているのになんて非情な野郎だ。

 ……体から急に力が失われていく。先ほどまで羽ばたいていた翼はまるで私の物ではないかのように動かなかった。

 私は死ぬのか。ここへきてようやくその実感が湧いてきた。まあ、鷹に狩られるというのは鳩として仕方のない事だ。見給えよ、あの嘴と爪の鋭さを。私とは比べ物にはならない。肉体も強靭だ。捕食者という存在の理不尽さがこれでもかと詰まっている。私は肉をついばもうとする嘴を見て、そんなことを考えていた。

 

 

   *   *   *   *

 

 

「クルッポー(貴女はなんて素晴らしい鳩なんだ。しかし、なんでそこまで鍛え上げならもまだ鍛錬に余念がないんだい?)」

「クルポー(私の役目はないほうがいいからよ)」

「ポ?」

「クルポッポー(皇宮への特書、そう聞けば華やかだけどそんな仕事なんて本当はない方が良いの。人間がゆっくり伝聞できる情報の方が平和の証)」

「ポウポウ」

「クルルポッポー(だけど万が一私に仕事が来た時、私はそれを何が何でも達成しなければならない。全ては達成できない事の言い訳にはならない。だからこそ私は全力を尽くす。いつかのために、全力で鍛えて絶対に達成できるように)」

「ポゥ……(やはり貴女は素晴らしい鳩だ……)ポッポッピー(繁殖したい)」

「ポッ!?」

「ポッポ、ポッポッポ(違う、今のはつい本音がでてしまっただけで、貴女と番いになれるだなんてまだ)」

「……クルポー(……別にいいわよ)」

「ポポポ!?」

「ポッポッポー(正直オスとして魅力を感じるわ。もし本気なら応えてあげてもって思えるくらいには)

ポッポポッポー(貴方が今よりもっと魅力的になったら)

クルッポー(次の繁殖期、貴方の卵を産んであげる)」

 

 

   *    *   *   *

 

 

 気が付いた瞬間、私は全ての力を込めて鷹の喉笛を突いた。

 

 

「ピィイイ!?」

 

 

 油断しきっていたのだろう。奴は無様な鳴き声を上げて私を放した。

 ふふふ、さぞ痛かろう。組合員に教育的指導を行ってきただけはあるはずだ。

 だが、所詮は鳩の一撃。少し驚かせただけで鷹を退かせるだけの威力はない。腹部の傷も深い。雨も降ってきて羽根が重く感じる。逃げ切ることはできないだろう。

 だが、私にも誇りがある。気高く最後まで足掻いて見せよう。そうして初めて彼女の言葉に相応しいと思える気がする。

 思わぬ反撃を喰らった奴は、怒り心頭と言った様子だ。手負いの鳩に鳴かされた、なんて恥でしかないだろうからな。

 奴が攻撃をしてくるより早く、私は羽根を畳む。ダイビングだ。二度目だが、やはり鳩の挙動ではないのかほんの僅かにとびかかりが遅れた。

 そして、私には切り札がある。もうタイミングは見誤らない。

 今だ!

 奴の爪が届く直前、私は降下したまま片羽根を上げた。急減速がかかり、体が持ち上がる。だが、奴の爪は私を捉えることはできない。ブレながら急旋回したからだ。これが私の切り札『木ノ葉舞』。木の葉のよう舞い落ちることで、攻撃をかわし、急旋回で私を視界から外させるのだ。

 私は獲物を見失った奴の間抜け面を見下ろしながら、ミディ様のいる近くの森へと飛び込んだ。

 

 

 

 そして木々に身を潜めながら移動してどれ位経っただろうか。

 

 

「鳩丸!!」

「……この怪我でここまで来るなんて……お前……」

 

 

 どうやらミディ様の元へ辿り着くことができたようだ。

 手で掬い上げられた。それが誰の手かもうわからない。どちらだろうと関係ない。私は役目を果たしたのだ。その昂揚感だけでいっぱいだ。

 そう、私は鳩丸。伝書鳩の中のスーパーエリートの特書鳩。

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