ルヴルは訊かれていないので報告しなかったけど、研修には来ていたんだよ、という体。
なるべく原作(ピエタでの再会のやりとりなど)と矛盾しないように気を付けましたが、何せ組織を絡ませようとすると隙が無いので一部無理があります。
ご了承ください。
クレアは1年ぶりに、だだっ広い洞穴のような組織の本拠地へと足を踏み入れていた。
「相変わらず殺風景な場所だな……」
クレアの苦々しい呟きが、靴音や装備の擦れる金属音に紛れて、延々と続く岩肌に染み入る。
訪れた目的は1年前と同じ、定期的な研修のため。
研修の内容が取り立てて厄介というわけではない。
思考訓練と呼ばれる議論型の座学を受けるだけでよく、戦士の間では楽だと評判だ。
だがむしろその点で、クレアは意義を見出せなかった。
やることといえば、集められた少人数のメンバーで序列を問わず共に卓を囲み、一定のルール下で話し込むだけ。
その思考訓練を終日実施するという研修が、寝食以外は文字通り命を削るばかりの日々を過ごす戦士達にとって、唯一身の安全を保証される時間として半ば休暇のように捉えられるのも無理はない。
一方でクレアはそんなことより、どこにいるとも知れない一本角の覚醒者を探し出すために依頼を一つでも多くこなしたいのだ。
この研修で、たとえ1日だろうと――担当地区との往復を含めばおよそ3日――足止めを食らう事実に歯がゆさばかりが胸を占める。
せっかくイレーネから授かった右腕と高速剣を扱いきれていないことも、逸る気持ちに拍車をかけていた。
そんなことを考えているせいか、クレアの足は知らずに速まった。
ほどなくして目当ての部屋のある通路へ続く角を曲がると、向かいから見覚えのある2人組がやって来る。
向かって右側に並ぶショートヘアのサイドを耳にかけた戦士もこちらに気づいたようで、笑みを浮かべて小走りで駆けてきた。
「よお。クレアも来てたのか」
それに遅れて、秀でた額を少し癖のある前髪が縁取るベリーショートの戦士もやって来る。
「ヘレン、デネヴ。覚醒者狩り以来だな」
クレアはヘレンが飛びつくように遠慮なく肩を組んでくるのを受け止めながら、デネヴとも視線を交わす。
「まったく、こんなことでわざわざ組織に来るなんて面倒だぜ、なあ?」
「クレアに会えて、はしゃいでるくせに」
「そりゃそうだけどよー。ついさっきまでデネヴだって文句言ってただろー」
2人の変わらぬ掛け合いを聞いて、クレアは少しだけ気が紛れた。
知った顔に再会できるだけでも、研修の意義はあるのかもしれない。
3人で連れ立って、簡素な木戸の開け放たれた入口をくぐる。
「お、あっちにミリア姉さんがいるぜ」
ヘレンにつられて部屋の中央に視線を移すと、中央の長机を囲む一角に、ミリアが座っている。
挨拶しようと歩を進めたその時、戦士がそろったのを見計らったように戦士ではない痩身の人物が部屋に現れた。
帽子を被り室内でもサングラスを掛けた男――ルヴルだ。
「全員集まったな。席に着け」
威圧的ではないが有無を言わさぬ声音が部屋に響いた。
「残念だが、挨拶は後だな」
「……ま、がんばって早く終わらせるしかねーか」
デネヴが3人だけに聞こえるように不満を漏らしたのに対し、ヘレンのあからさまに面倒そうな声のトーンに、クレアは思わず吹き出しそうになるのを堪えて机に歩を進めた。
各々分かれて、空席に腰を下ろす。
席順は特に決まっていないようだが、クレアは前回と同じく扉に一番近い席……下座に座った。
部屋の奥で長机の短辺の席に座する組織の者――今回はルヴル――の指定席以外は埋まり、今回の参加者である戦士達が全員集合したことがわかった。
その数、8人。
居並ぶ面々を見ると、ヘレンとデネヴ、ミリアの他に知る顔はない。
その場の全員の目が、入り口から部屋の最奥に向かう黒服の男に向く。
しかし当人は視線をものともせず、ゆったりとした動きで着席してから、机に肘をつき顔の前で手を組んだ。
サングラスが部屋の明かりで光り、人を食ったようないつもの笑みをさらに怪しく見せる。
「さて、研修を始めようか」
数秒前の号令でやや張り詰めた空気は、しかしすぐに戦士達の戸惑いでかき乱された。
「お前達も、さっさと終わらせて休みたいだろう。自己紹介は研修を進めながらでもすればいい」
お膳立てした組織の中枢の一員が、参加者の中に面識のない者同士も多いことを承知していないはずはない。
ただでさえ入れ替わりの激しい戦士達は、任務では必ず己の名前とナンバーを紹介するのがならわしだ。
研修もその例に漏れない。
ルヴルのいい加減とも言える柔軟さやこちらの都合を慮るような言動に、クレアは慣れたものだが、中には面食らった顔をする戦士もいた。
1年前の研修で立ち会った組織の別の者はこうではなかったから、ルヴルは異端なのだろう。
クレアはそんな彼が担当のおかげで普段から多少の勝手をできているのだが、それにつけても今回の段取りはひどいものだった。
「おー、わかってるじゃん。さっさと始めよーぜえ」
「まあ、理には適っているな」
しかし、こんな時こそムードメーカーの出番だ。
イレギュラーな進行に嬉々として乗っかるヘレンと、冷静なデネヴの息の合ったコメントで、固まった空気がほぐれた。
皆、ひとまず落ち着いてルヴルからの次の説明に耳を傾ける。
「研修への参加が初めての者もいるが、思考訓練の基本ルールはわかっているな?」
「あ、あの~」
おずおずと手が挙がり、そちらに全員の視線が向く。
クレアの向かいに座っている手の主は、長い前髪を1房だけ顔の前に降ろした垂れ目の戦士だ。
「あたし、最近やってないから正直ルールあやふやで……」
尻窄みの声を聞いて、ルヴルは一拍間を置いてから背もたれに身を預けた。
「まあ、研修をより有意義なものにするためにも、基本に立ち返るのは良いことだ」
クレアはなぜか自分に、男のサングラス越しの目が向いたことを感じる。
「まず、思考訓練とはなんだ?クレア」
「思考訓練とは、戦術や一般人との接し方をより多様な状況を想定して学ぶためのもの、だ」
嫌な予感に身構えているとやはり名指しされたので、すぐさま答えた。
戦士であれば誰しもが訓練生時代から繰り返し受けてきたから、知っていることだ。
肉体を酷使する戦闘訓練とは違い、知的な遊びとして馴染みを抱いている者は多い。
「いいだろう。具体的には、参加者が戦士役と妖魔役、村人役に分かれて、妖魔討伐の依頼を想定した状況の中で、割り振られた役割を演じるものだな。では、勝敗はどう決まる?」
「村人の振りをした妖魔役を話し合って投票で当てれば戦士と村人の勝利。それより先に村人役が妖魔役より少なくなれば妖魔役の勝利だ」
今度はルヴルの席の次に上座である、クレアとは対角線上に位置どるミリアが指されて答える。
ルヴルはそれに無感動に頷きながら再び机に肘をつき前のめりになると、発破をかけるように一段高めて声を発した。
「今回勝った陣営には、望む装備を増やしてやろう」
戦士達にとっては、思ってもみなかったご褒美だ。
部屋全体が今度は混乱でなく期待でにわかにざわついた。
ルヴルは盛り上がる一同をしり目に、「あとの細かいルールは、訓練の中で都度話せばいいだろう」と垂れ目の戦士に聞かせるでもなく切り上げた。
***
盛り上がる者達の傍らで、ミリアは研修とやらの目的が、単なる戦士の戦術性の向上だけではないことに感づいていた。
確かにルヴルに促されて答えたとおり、思考訓練はお互いの隠した役割を当て合って勝敗を決めるという仕掛けが、単なるごっこ遊びでは物足りない、遊びたい盛りの訓練生達の心を惹きつけ、代々浸透している。
しかし、組織が実戦経験を積んできた現役戦士達を集めて、昔遊びの会を開くわけもない。
これは、組織の者が戦士を評価する場でもあるのだ。
忙しい現役戦士を複数人、たかだか話し合うためだけに近くない組織の本拠地にやってこさせるなどと割に合わないことを課すのは、忠誠心を試すようではないか。
なんでもかつては参加をパスする者もいたが、常習者はナンバーを降格させられたり、挙げ句には剥奪されたという噂だ。
思考訓練の最中の様子からも、離反の兆候の有無を見極めているだろう。
極端な例を挙げるなら、思考訓練で勝つためとはいえ、現実での掟に背く行動を組織の者の目の前で選択すれば、反抗的だと見なされかねない。
さらには、覚醒のリスクまでも推し量られている可能性がある。
興奮して覚醒状態に近づくと、言動や性格が変わり思考訓練のような熟考する作業への耐性が薄れる。
もちろん妖気の質や量も変化は免れない。
組織の者が立ち会って監視し、妖気については参加メンバーの中かはたまた近くの部屋にでも妖気感知に非常に長けた戦士――例えば通称"組織の目"のような――を配して測っているだろう。
つまり、楽な研修という多くの戦士の認識とは裏腹に、訓練生時代に次ぐ第2の選別とも言える重要なものなのだ。
そこに、ミリア、デネヴ、ヘレン、クレアと半覚醒した4人が揃っていると来ると、組織側の思惑を疑わずにはいられない。
――どうかヘマをしてくれるなよ……
ミリアはクレア達に祈るのだった。