Dies iraeに空の魔王ぶっ込んでみた 作:ノボットMK-42
まだプロローグなので本編には入らず主人公の過去編的な感じです。上手く書けたらちょくちょく原作キャラ投入…出来たらいいな~
Act.00-A
空を飛びたい
そう初めて願ったのは、まだほんの小さな少年で会った時だ。
私が8歳の時、両親が私に留守番を頼み近所の祭りに出かけてしまった。
自分だけ除け者にされたことに憤慨する私だったが、母が私を窘める為に聞かせてくれた土産話の一つに、私は当初の憤りなど忘れて喰らいついた。
それはパラシュート降下する男のショーだった。あまりにもしつこく聞いてくる私に母は辟易しながらも、有り合わせの物でパラシュートの玩具を作ってくれた。
子供らしく大はしゃぎした私は毎日のように母から貰ったパラシュートで遊んでいたものだ。
まぁだからと言って蝙蝠傘を持って家の二階から飛び降りたのは……若気の至りということにしておいてほしい。
兎に角、単なる子供の遊びに過ぎなくとも、それによって私は空への憧れを強く抱くようになった。
いつもは風景の一部でしかないあの青空を駆け抜けたい。
何ということは無い、子供が一度は望むであろう「空を飛びたい」という夢だ。
大地に佇むことしか出来ないが故に人が抱く空への思いが、私の場合は少しだけ大袈裟だったということなのだろう。
時は流れて1936年12月、私は夢を叶えるべく士官候補生としてベルリン近郊ヴィルトパーク・ヴェルターのドイツ空軍学校に入学した。
本来ならば、姉が専門学校に通い其方の学費で手一杯の実家に私を飛行機学校に通わせる余裕などありはしなかっただろう。
流石に両親に無理を強いることは出来ず、途方に暮れていた時に戦争に備えていたドイツが空軍を設立し、予備役将校の募集を開始した話は正に青天の霹靂であった。
とは言え、試験の倍率は何と100倍、合格率1%の難関試験を突破する必要があった。
正直ダメ元だった。生粋の勉強嫌いの私がそんな狭いどころか針の穴のような門を潜ることなど出来っこないと誰もが思った、私自身も含めて。
それを一発で合格した時は私も家族も喜ぶ前に思わず唖然としてしまったものである。
奇跡の一発合格の後、入学した私は当然のように戦闘機乗りになることを望んでいたのだが、卒業間際に先輩が盛大にぶち上げた演説を聞いて希望を変更することになる。
何でも、卒業生は全員スツーカ隊…つまりは爆撃機隊に編入されることが決まっているらしい。
ならば仕方が無いと私は渋々スツーカ隊を志望した。卒業後に全員戦闘機隊へと配属されていった同期達を見て、漸く勘違いに気が付いた頃には時既に遅し。
今思えばとんだ出鱈目を馬鹿正直に信じてしまったものだ。
そういった経緯もあって配属当初は不満を露に最低限の職務をこなしていた。
しかし実際にスツーカを操縦してみた時、私の中に大きな、あまりにも大きな変化が生じた。
それは何とも言えない感覚だった。母の腕に抱かれているような安心感、パラシュートで遊んでいた時のような高揚感、難関試験を突破した時のような達成感。
大凡これまで感じて来た幸福な感情とも違う未知の快楽に私は身を震わせ、そして悟ったのだ、ここが自分の在るべき場所、このスツーカこそが私の翼であることを。
それからというもの、私はスツーカ隊に所属している事を至上の幸福として感じるようになった。
私の活き活きとした様子に同僚が一時期気味悪がっていたことを今でも覚えている。
しかし至福の時は長続きしないもの、それを私はすぐに思い知らされた。
スツーカの扱いにも慣れた頃、私は不本意にも偵察部隊への転属を命じられてしまう。
ポーランドとの戦争で偵察部隊として初陣を飾り、見事二級鉄十字章を獲得した私は、空軍の花形である戦闘機隊への転属を勧められるが、取るべき選択肢はスツーカ隊への帰還のみ、戦闘機隊への未練は既に無かった。
とは言え、私の希望が全面的に受け入れられる訳ではない。当時、高高度偵察に適したパイロットを選抜する身体検査があった。ここで落ちればスツーカ隊に戻れると私は期待していた。
しかし現実は何処までも無常なもの。あろうことか「異常高度に耐えうる」と合格判定を貰ってしまう。
生まれて初めて味わう規模の絶望感に頭が真っ白になった。しかしこの能力が後に戦場で猛威を振るうことを誰が予想しただろうか。
更に時は経ち1940年、ドイツがフランスに宣戦布告すると共に私はスツーカ隊へと帰還した。
やっと念願のスツーカで飛ぶことが出来ると息巻いていたものの、上司との折り合いがお世辞にも良いとは言えない私は暇さえあれば牛乳を飲んで体操している変人として居残りを食らってしまう。
ここで断言しておくが、牛乳を飲むことは何ら変などではない。
牛乳とは即ち我々人間の血潮と同然、大量に血を流せば人間が失血死してしまうように無くては生きてはいけない生命の燃料なのだ!
それを変だなどという愚か者は37mmのタングステン徹甲弾を死体が粉になるまで見舞ってくれる!絶対にだ!!
話を戻そう。
折角爆撃機隊に属しているのにいざという時出撃できない現状は私にとって地獄と言っても過言ではなかった。
出撃命令でエンジンが唸り出すたびに拳を耳につめこみたくなる。スツーカ隊は、クレタで歴史を作っているのに自分だけ基地で燻っていることしか出来ない。
私は口惜しさに男泣きに泣いた。
しかしついに運命の刻、1941年6月22日午前四時。
ラジオで独ソ戦の開始を聞き、とうとう居ても立っても居られなくなった私は宿舎を飛び出して故障機格納庫へ走った。
相手の反論を気迫で黙らせるような形で修理の完了した機体を受領し、そのまま司令部まで再び走って許可を得た私は一目散に戦場へと飛び立った。
夥しい赤軍の大舞台を耽々と爆撃し続け、一ヶ月後には一級鉄十字勲章を獲得するまでに至った。
その後も私は仲間と共にソ連の艦隊へ戦艦1、駆逐艦1撃沈、戦艦1撤退の損害を与えるなどして敵軍に名が知れ渡るほどの活躍を重ねていく。
順風満帆、その一言に尽きた。
私が飛べば勝利は確実であり、ソ連の部隊は為す術も無く鉄屑に変わっていく。
私は空を駆け抜け、地上に這う敵を蹂躙する愉悦に酔っていた。そう、酔いしれていたのだ、陶酔とも言うべき程に。
ある日の戦場で部下の乗ったスツーカが被弾、墜落した。
私は相棒のヘンシェルと共に救出に向かい、首尾良く合流できたものの離陸時に私のスツーカは横転し大破、私達4人は敵地のど真ん中に取り残されてしまった。
味方の陣地までは一番近い場所でも40kmはある。しかもそこへ辿り着くには極寒の河を泳いで渡らねばならなかった。
捕まるくらいならば河へ飛び込もうというヘンシェルの提案で私達はこの河を泳いで渡ることを決めた。
永遠のように感じた600ヤードの寒中水泳を私達は何とか泳ぎ切った、ヘンシェルを除いて。
咄嗟に再び河へと飛び込み彼を救おうとしたが、私の手が届くことはなかった。
苦難はそれだけではなく、不幸にも鉢合わせになったソ連兵に小銃の弾を浴びせられてしまう。この時肩に一発喰らっただけで済んだのは奇跡だったろう。
しかし部下二人ともはぐれてしまい、私は数百人体制で、しかも軍用犬まで引っ張り出して捜索を開始したソ連兵から命からがら逃げ切った。
陣地に戻ったのは私一人だけ、部下達は帰還しなかった。
全身傷だらけ、泥と血に塗れ、味方からは友軍どころかドイツ軍士官とすら信じてもらえなかったが、恐らくそれは当時の私が浮かべていた死人のような表情も原因だったように思う。
今までは自分は無敵だと思い込んで全能感に浸っていた。
だがすぐ側にいた彼を、一番付き合いの長い戦友だったヘンシェルを救えず、助けに向かった部下達を帰還させることも叶わなかった。
救出に向かったのも私ならばやれる、失敗などする筈も無いと確信…否、慢心していたからだ。
その結果、助けようとした者だけでなく大切な相棒までも失ってしまったのだ。
何が無敵だ笑わせる、のぼせ上がって無茶をやらかした結果がこのザマだ。どれだけ敵を倒せても味方を守れないようでは意味が無いではないか。
平たく言えば、私は調子に乗っていたのだろう。それを思い知らされたのだ、大きすぎる代償を支払って。
漸く身分の確認が取れるや否や、私はお偉方から帰還と入院を命じられた。
無論速攻で無視した。
このまま帰還など出来るものか。ヘンシェルは死んだ、イワン共はラジオで私を捕えたなどと高らかにほざいている。
私の、滑稽な敵と愚かしい私自身への怒りは臨界点に達していた。
この地を赤軍共の血で染め上げることでヘンシェルへの弔いとしなければ収まりがつかない。
それに、私が病院のベッドの上で無様に寝転がっている間にも私の部下や同朋は命を落としているのだ。
故に私は戦うことを止めなかった、私は命を賭けて戦うことを決めたのだ。
私の為にわざわざ派遣されて来た軍医を無視してボロボロの身体に鞭打ち出撃、侵攻して来た赤軍の四分の一を叩き潰した。
威勢良く啖呵を切ったものの、こんなことでヘンシェルの魂に安らぎが齎されるのかなど分からない。死者への弔いや哀悼など生者の自己満足に過ぎないのだから。
とはいえ、一応の区切りをつけることは出来た。
やるべきことをやったとは思うが、この件を境に私の胸中には焦燥が募っていく。
今回のことで分かったように私の力などは所詮目の前の敵を倒していく程度のことしか出来ない、守れる命も倒せる敵も所詮はたかが知れている。
人一人の身で全てを守ろうなどと思い上がるつもりは無いが、そうでもしなければ私はまたヘンシェルを失ったあの無力感に苛まれ続けるだろう。
そんなのは耐えられない。
もう私の身近な人物を、守るべき同朋を死なせたくない、だが私は彼等を守るにはあまりにも無力であった。
だから力が欲しかった。同朋を、戦友を、大切なものを守れるだけの力が。
そんな時、奴は現れた。
そこにいるのかいないのか判然としない影絵のような男、今にも擦り切れて朽ち果ててしまいそうなのに異様な気配を放ち続け、濁った目は全てを見透かしているかのように細められていて……
一目見ただけで私はこの男が「異端」である事を悟った。だからこそ恐ろしかった、その得体の知れなさがとてつもなく。
だが、そんな気持ちは奴の発した言葉で霧散する。
「それ程までに請い願うのならば、手にしてみる気はないかな?世の不条理を超えるだけの“力”を」
これが奴との、私に破滅を齎した男との邂逅であった。