Dies iraeに空の魔王ぶっ込んでみた 作:ノボットMK-42
忙しい上に難産でクオリティもお察しですが投降させて頂きます。
今回はキリストくたばれなあの人との絡みです
若干灰色に濁った空の下を歩く二人組の男女。
黒い軍服を纏った男女は人気の無い大地の上を静かに歩いていた。そこは嘗て戦場であった場所だった。
怒号と悲鳴、銃声と爆音が響くこの世の地獄。二人組の片割れである男性は嘗てこの大地の上を飛んでいた。
ガラス製のキャノピー越しに見下ろしていた場所を、こうして自分の脚で歩いてみると、其処は全く別の場所のように思える。
戦いが終わってから大分時間が経ち、戦場の名残など既に消え去っているにも関わらず、まだ血と硝煙の臭いが漂っているような錯覚を彼は覚えた。
「少し驚きました。貴方でもそんな顔をするなんて。」
傍らを歩いていた女性がいつになく神妙な様子の男性を横目に呟く。
彼がいつもの真剣味の欠ける真顔の代わりに浮かべていたのは一言で言えば複雑な表情だ。
戦いの残り香にたじろぐのでもなければ昔を思い出してセンチメンタルに浸っているとも言い切れない。しかし何も感じていないと言えるような能面を張り付けているのでもない。
強いて言い表すとするならば、どんな顔をすれば良いのか分からず困惑しているようだ。
「そうだな。自分で爆撃した地面に足を付けたことは割と何度かあったが、如何せん当時はゆっくりと周りを見渡す余裕も無かったからなぁ。」
逃げる事に必死だったのだと冗談のように話しているが、事情をある程度知っている側からすれば笑い話にならないだろう。
撃墜されて地面に叩きつけられた時点で死んでも可笑しくないというのに、敵だらけの戦場から当然のように脱出するのだからこの男の出鱈目ぶりが窺い知れる。
「その言葉だけで貴方の担当になった医師の気苦労が分かる気がしますね。」
「君までそんな事を言うのかブレンナー。
全く医者と言うのは心配性なんだ。砲弾を正面から貰った訳でもなし、入院しろだの絶対安静だのと一々大袈裟だろう。」
「相手が重病患者なら神経質になって当然です。」
「それもよく言われたよ。貴方は死ななきゃ治らない類の病人だとガーデルマンから特にな。」
「なら彼の助言には従った方が良かったのではないですか?」
「そうは言われても当時基地に居た軍医からは至って健康体だと言われたんだ。他の軍医もそれらしき症状は見られないそうだったし当の本人に至っては全く教えてくれないときた。まったく訳が分からんよ。」
女性、リザ・ブレンナーは軽口を叩いているものの、相手が相手なだけに心中は決して穏やかなものではない。とは言え自分でも驚く程に警戒心も抱いてはいなかったのも事実だが。
現世に残った団員らの過半数と同じくハンスと距離を取っていた彼女だったが、時の巡り合わせと言うものか一足先に接点を持つこととなったのである。
とはいえ、同じ屋敷に住んでいるのだから一切の接触を避けつづけること自体が無理な話だ。増してハンスにとっては様子見に徹したいリザ達の魂胆など態々考慮する必要も無いのだから開けた距離など気分一つで埋めて来ても決しておかしくない。
彼女としてもいつかこの時が来るとは分かっていた。しかし、いざその場面に直面してみれば胃がキリキリと音を立てるような感覚を覚えずにはいられなかった。
「君は確かブレンナーだったか?ベアトリスからちょくちょく話は聞いていたが、こうして話すのは初めてだったな。改めて宜しく頼む。」
此方の気も知らずに呑気に挨拶して来たハンスを見て初めに感じたのはあからさまな雰囲気の違いだった。
確かに対面しているだけでも巨大な壁を前にしているかのような圧迫感を受ける。のだが、それはベルリンで浴びせられた次元違いの殺気と比べるまでもない。
恐らくそのように感じたのは自分だけではない筈だ。日常的に彼と接触しているヴィルヘルムやベアトリス…は元々大して気にしていない節があるが彼らも初対面の時には概ね似たような印象を受けたことだろう。
今まで接触を避けて来た割に、いざ真正面から向き合ってみるとベルリンで見た恐ろしい怪物の姿はそこには無かったのだから実に拍子抜けだ。とは言え、それで安心しきれるほど能天気でもない。
ハンス・ウルリッヒ・ルーデルという男はラインハルト・ハイドリヒとカール・クラフト、即ちメルクリウス等と並び立つ怪物だ。それについては今更疑問など湧かない。だがやはり、目の前の緊張感に欠けた雰囲気の男が正にその人であると考えると違和感が否めなかった。
「突然で済まないのだがこの後時間はあるだろうか?少し付き合って貰いたいんだ。」
唐突に切り出してきた提案はやはり突拍子も脈略も無くて、思わず目を丸くしてしまうような事だった。
思考を再稼働させ、彼の発言の意味を吟味する。何の用があってどのような意図があったのか。軽くハンスの様子を観察してみると急いでいるのでも焦っているのでもない。彼女への提案もすれ違った町民に道を訪ねる程度の気軽さだ。
出来れば断っておきたいと言うのが本音だ。やはり彼の側は居心地が悪い。
しかし、子供でもあるまいに、それだけの理由で引き下がるのはそれはそれで決まりが悪い。果たしてどうしたものか。
本来ならばこの程度の事で一々悩む必要など無いだろうに、相手が相手だけにどうしても慎重にならざるをえない。
「失礼ですが、何の御用なのかお聞きしても宜しいでしょうか?」
とりあえずちょっとやそっとの非礼は気にしないハンスの人格を考慮した上で相手の思惑を探りに行く。首領や彼と共に旅立った3人相手ならばこのような態度はとれないだろう。まぁ彼らならば自分に提案や頼みなどと緩い形を取ることなどしないだろうが。
「ああ、そうだな。用向きも言わずに付き合えというのは礼儀に反する行為だったか。すまない。
実は外を出歩こうと思っていな。一人で行こうとしたらヴァレリアに止められたんだ。」
ヴァレリア。その名前が出た瞬間にきな臭さが一気に増した。
現世に残った団員達を束ねる役目を負った副首領の立場にあるあの男は味方である筈の自分達ですら腹の底を窺えない。
加えて、当人が気付いていないとは言えど、最もハンスに狙われる可能性が高く自分達以上に策を巡らせねばならない男がハンスの行動に干渉した。それが何の意味も持たないとは思えない。一気に雲行きが怪しくなったことにリザは警戒の段階を一つ繰り上げた。
「何でも、外出する際には団員の内誰かを連れて行ってほしいそうでな。まぁ進んで従う必要が無いのも事実だが、後であーだこーだと騒がれるのも面倒だ。そこで君に同行を頼んだよ。」
聞いてみればやはり奇妙だ。団員を連れ添わせるのは一応監視目的なのだろう。目を放しておけない相手であるのは事実だし常に誰かしらが見張っておく必要があるのは分かる。しかし態々同行させる必要はないのではないか?
誰かが着いて行こうが行くまいが、現状ハンスから目を放す人物は団員にはいないだろう。自分でも側に居なくても遠目に観察する。例えそれが屋敷の中だろうが外だろうが変わらないのに、何故藪を突くような真似を?
自分に声をかけたのも疑問だ。
彼はベアトリスと特に親しい関係にある。事実、一日の大半は彼女と行動を共にしているのだ。ベアトリス自身、彼女の気質から考えて言われるまでも無く彼に着いて行きそうなものだが。
ささやかな疑問が募る。この場で考えようにも判断に用いる材料が不足していた。そんな彼女の心情を知ってか知らずかハンスはばつが悪そうな様子で「それに」と目を逸らす。
「詳しくは言えんが個人的な理由があってだな。ベアトリスやヴィルヘルムには頼めんのだ。」
詳しく言えない事情に個人的な理由。それも他の団員達に比べれば打ち解けられている筈の二人に頼めず、その癖まともに会話すらしたことのない自分に提案を持ちかけた。
これはもしかすると彼の個人的な事情と彼の内面に踏み込む恐れがあるのではないだろうか。それを知ることは決して小さくない意味を持つだろう。
しかしヴァレリアの指示であるということが彼女に即断即決を躊躇わせた。出来得ることならヴァレリアの掌で踊らされる羽目になるのは避けたい。体の良い当て馬にされる可能性もある以上は慎重にならねば危険だ。
リザが何かしら考え込んでいる事を察したのかハンスが困ったように蟀谷に皺を寄せた。
「やはり無理だろうか?困ったな、さっきシュピーネには断られてしまったから残るはルサルカだけなんだが、何処にも姿が見えないんだ。君が無理なら彼女が何処に居るのか教えて欲しいのだが良いか?」
どうやら本当にベアトリス達を連れて行くのを避けたいらしい。そこまでするのだから彼にとってはそれなりに深刻な問題があると見て良いだろう。
ヴァレリアが何を考えているのかは分からないが確かめる価値はあるかもしれない。若干の不安要素を残しつつもリザは同行の提案を受けた。
そして冒頭に戻り彼女等はルーマニアの北部に居る。季節が季節なだけに気温は低く空模様も生憎の様子。少なくとも散歩日和とは言えなかった。
しかしハンスはそんなことは気にも留めず、ルーマニアに入ったその時から真っ直ぐ歩みを進めている。足取りから察するに何処か目的地があるのだろうが、最寄りの街に向かっているのではなさそうだ。
ちらりと隣を歩くハンスを盗み見ると相変わらず何とも言えない顔をしていた。
ルーマニアに足を踏み入れた辺りからこの様子だったが何が彼をそうさせているのかは分からない。しかし声を掛ければいつものどこか抜けた様子に逆戻りするのだからこれまた不可解である。
「ベアトリスが偶に君の話をするのだが彼女とは以前からの知り合いなのか?」
「君は元々軍属ではなかったそうだが以前は何を?」
「ガーデルマンが言っていた病気に心当たりは?」
「と言うか何故君はスリットの入った服なんぞ来ているんだ?寒くないのか?」
口を開けば下らない話ばかりが飛び出して、警戒している方が馬鹿馬鹿しくなって来る。気が付けば先程まで感じていた筈の威圧感も無くなっていた。と言うより気にならなくなっていた。
不思議なものだが同時に納得もした。ベイとベアトリスが本人等の気質を抜きにしてもハンスに気安く接触できたのはこれが原因だったのだろう。
人たらしというか、カリスマの類というか、間近で接していると無意識の内に警戒心を取り除かれてしまう。そして話してみて初めて分かったことだが、彼の人間性というものが明らかになった。
一言で言えば裏表が無い。隠しごとをしない、する必要が無い。彼は常に真っ直ぐ一つの目的に向かって進んでいる。
歩みの先に在る物が大きいからかもしれないが何を目指しているのか丸分かりで本人も自身の目的を公言して憚らない。
同じ仇である自分達に対しても温厚でいられるのは端から眼中に無かったからだ。今思えばそんなことはあのベルリンでの戦いとも呼べない蹂躙劇の中で理解出来ていた筈なのに、自分達は何処にあるのかも分からない竜の逆鱗に触れる事を恐れつづけていたのだと今更ながらに理解して可笑しくなる。
振り返らず、立ち止まらず、倒れずに進み続ける彼の姿はリザにとっては眩しく見える一方で辛くもあった。
ずっと後ろを向いてそこにある自分の罪に嘆きながらまた罪を重ねて背後に横たわるモノを増やし続けていく。その癖自分は被害者面で嘆くだけ。
自分とは正反対なハンスの姿に展望と嫉妬を抱く自分を更に嫌悪する。或いは彼もまた双首領と同じであるからそうあれるのではと考えて記憶の中に在る悪魔と影絵、そして隣を歩くもう一人の
唐突なことに若干戸惑いつつリザも我に返り立ち止まる。
ハンスは相変わらず前だけを向いていた。しかしその表情は先程までのぎこちない様子は一切無く、寧ろ平常そのものだ。そう、何処までも平常だった。感情の機微を感じさせぬ程に。
突然銅像のように固まって動かなくなった彼の見る先を追えば、いつの間にか自分達の進路上に川があることに気が付いた。どうやらハンスを観察することに夢中で失念していたらしい。
とすると、ここが彼の目的地なのだろうか?見た所そこそこ大きな川ではあるがとりわけ絶景と言う訳でもなければ何か目を引く物があるようにも思えない。
しかし彼はただ只管に黙って川を睨み付けている。いつもの様子からは想像も出来ないような鉄仮面を張り付けて、彼は微動だにしない。
まるで凍り付いてしまったような彼だが、その脳裏には本当に身も凍るような水底に沈んでいく人影が何度も見え隠れしていた。
ここは彼にとっての転機となった場所であり彼自身の赦されざる罪の象徴。
複雑な表情の原因は後悔と罪悪感から来るものであったのか。それは彼本人にしか分からない。
ハンス・ウルリッヒ・ルーデルほどの男が睨みを利かせながらも変わりなく流れ続けるその川の名前はドニエストル。嘗て彼が親友を失った場所だった。
ぶっちゃけリザさんの喋り方どうしようかすごく悩んだ。